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熊野古道を歩く

May.04, 2003 小広峠~発心門王子

熊野古道を歩く:イメージ1

2004年に世界遺産として登録される予定の熊野古道。まっすぐに立つ木々のあいだの古い道は、ところどころ苔むして、いにしえの参詣道を感じさせます。本宮、新宮、那智は「熊野三山」と呼ばれ、平安の中期ごろから京の都の人々が、この山の中の道を通って熊野三山に詣でたといいます。道中には、権現の御子神を祀った「王子」と呼ばれる石碑が100近く存在し、かつての参詣者はこの王子を一つ一つ巡拝しながら、熊野三山を目指したのであります。

熊野古道を歩く:イメージ2

この熊野古道が、正式に世界遺産に登録される前に、人が大勢つめかける前にゆっくりと歩いてみたい、というのが今回の古道歩きの動機でした。神々が宿っていそうな古い道が魅力的でした。名古屋からJRワイドビュー南紀に乗り、和歌山の新宮駅を降り立った私たちは、新宮駅からさらにバスに乗り、湯の峰温泉の民宿「くらや」に泊まりました。湯の峰温泉は、浴衣姿の人々がのんびりと歩く、こじんまりとした風情ある温泉街です。名物の「つぽ湯」につかり、宿では鹿鍋や「めはり寿司」をいただいてリラックスし、十分に睡眠をとって翌日の古道歩きにそなえました。

熊野古道を歩く:イメージ3

翌早朝、湯の峰温泉を6時45分に出発するバスに乗り、そこから30分ほどの「小広峠」で下車しました。小広峠を、私たちは古道歩きの出発点に設定しました。世界遺産に登録される準備のためか、真新しい案内標識が立っています。バスが通る鋪装道路のすぐ脇に、古道へ入る細い道がつながっていました。現代から中世へとタイムスリップするかのような、細くて古い道でした。

熊野古道を歩く:イメージ4

小広峠を出発した私たちは、女坂を下り、男坂の険しい登り坂を一歩一歩前に進みました。山は深く、枯れ葉が何層にも重なって土に戻ったかのような柔らかい足場を踏みしめていきます。途中、皇太子殿下行啓の碑も建っていました。湯川王子を過ぎて三越峠に到着したのはちょうど11時。東屋があり、ザックを下ろして宿で作ってもらったおにぎりを昼食としていただきました。30分ほど休憩をとったあと、三越峠を後にしました。しぱらくは下り坂が続きます。細いまっすぐな木が空に向かってのび、その間から眺望が開けました。木の切り株に苔が密集し、まるでベルベッドの椅子のようになった木をいくつも発見しました。手で触ると、ふかふかしていました。

熊野古道を歩く:イメージ5

やがて、猪鼻王子の少し手前で芝生の広場に出ました。そこは、「赤木越え」と呼ばれる湯の峰温泉への道との分岐点でもあります。地上から10メートルくらいのところに広場を横切るようにロープが張られ、等間隔に巨大な鯉のぼりと吹き流しがぶら下がっていました。ときおり5月の爽やかな風を受けて、鯉のぼりは宙を泳いでいました。私たちは再びここで休憩し、足を伸ばし、持参したお菓子を食べ、緑の山を背景に泳ぐ鯉のぼりを眺めました。緑の山に鯉のぼり。純粋な日本の光景、日本的な色彩に、懐かしさを覚えました。

ゴールの発心門王子までは、あと一息。猪鼻王子を過ぎると、すぐに発心門王子に到着しました。13時着でした。余力のある人はここから熊野本宮大社までの約2時間の道のりを歩くのでしょうけど、私たちは、発心門王子からバスにて湯の峰温泉へ戻りました。そして.前日と同じように温泉に使って、古道歩きの疲れを癒したのでした。

-DATA-

場所:
和歌山県東牟婁郡
交通:
名古屋よりJRワイドビュー南紀で新宮下車。熊野交通バスにて湯の峰温泉へ。
湯の峰温泉-小広峠間は、龍神バスに乗車。
バスは本数が限られているので、時刻表をチェツクした上で計画を立てた方がいいです。
駐車場:
無し。
トイレ:
小広王子、三越峠、船玉神社、発心門王子に有り。

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