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百沢温泉~岩木山観光リンゴ園

Jul.30-31, 2002 岩木山を仰いでリンゴをかじる

百沢温泉~岩木山観光リンゴ園:イメージ1

岩木山を見ながらリンゴを食べたい。かねてからの願いをかなえようと、岩木山のふもとのリンゴ園を目指した。まずは弘前駅からバスで宿のある百沢温泉郷に向かう。やがて、青い山が見えてきた。標高1,625mの岩木山は、青森県で最も高い山だ。平野にすそ野を広げて立つ様は、津軽富士という呼び名にふさわしい。頂上に3つの峰があり、見られる方向によって表情を変える。夕方、本日の宿、アソベの森いわき荘に到着した。アソベの森は岩木山の古名で、アイヌ語で火を噴く山を意味する。古来人々は、噴火する岩木山に神を見出し信仰の対象としてきた。さっそく火の神の恵み、温泉に入る。赤味を帯びたまろやかな湯だった。

百沢温泉~岩木山観光リンゴ園:イメージ2

翌日、岩木山観光リンゴ園に向けて出発した。車道を通らず、自然の多い道を選んで歩いていく。いわき荘北側の車道を東へ進むと、明るいサクラの林に吸い込まれるように階段が続く桜林公園の前に出る。さらに進み、右手に現れる森の道を歩いて下った。ここは、岩木山百沢登山道の一部にあたる。百沢登山道は、修験道の修行の場となった道で、今も集落ごとに鉦や太鼓を鳴らしながら山頂に登り、ご来光を仰ぐ「お山参詣」に使われている。沿道には、高さ15m近いスギの木が並んでいる。風になびくこずえの音が、サアーッと途切れなく響いていた。

百沢温泉~岩木山観光リンゴ園:イメージ3

小さな川を横切り、小鳥の声を聞きながら下っていくと、左手に木の柵が現れる。わきの道を入ると、あでやかな朱色の建物の下に出た。国の重要文化財に指定されている岩木山神社の楼門だ。岩木山神社は、宝亀11(780)年の創建と伝わる。現存する建物は、津軽各藩主により建立されたものといい、400年弱にわたり風雪に耐えてきた。建造物には、精緻な極彩色の彫刻が施されたものが多い。その壮麗さが日光の東照宮を思わせることから、「奥日光」とも称されている。地元、青森県産のヒバでつくられたためもあるのだろうか、驚くほど鮮やかな色彩の建物も、周囲の森の景観にしっくりと溶け込んでいる。

百沢温泉~岩木山観光リンゴ園:イメージ4

水音がする方へ行ってみると、3筋の水が滝のようにほとばしっていた。この御神水は、山に入る登山者が体の邪気を清めるときに用いられている。百沢という地名にあるように、このあたりは昔から水に恵まれたところだったようだ。昔、岩木山に登る人がしばしば行方不明になっていたが、「百の沢を越えた山の麓に寺を建てよ」とのお告げに従って百沢に寺院(現在の岩木山神社)を建てたところ、登山者の事故がなくなったと伝わる。御神水の源となっている小川のそばに近付くと、水辺の小鳥、キセキレイが「チチッ」と鳴いて飛んで行った。

百沢温泉~岩木山観光リンゴ園:イメージ5

岩木山神社の東側から、高照神社に向けて長さ1.8kmの岩木・高照遊歩道を歩く。ミズナラやコナラ、スギ、カラマツなどの大きな木が生える森の中の道だ。やがて到着する求聞寺は、津軽三番札所の霊場にあたる。県内一の大きさといわれる釣鐘を見た後、観音公園を経てさらに東へ進むと、国重要文化財に指定されている高照神社に着く。津軽を統一した津軽為信などをまつる神社で、境内には、為信が豊臣秀吉から与えられたという「友成の太刀」など、津軽藩の宝物が収蔵される宝物殿がある。建物の醸し出す威厳に、津軽のかつての隆盛が偲ばれる。鳥居を出て車道を下り、交差点を左、東側へと進む。

百沢温泉~岩木山観光リンゴ園:イメージ6

坂を上りつめると、岩木山観光りんご園に到着した。ここでは35種類、1,500本のリンゴの木が育てられており、入場料400円を払えば、自分で実をもいで食べることができる。「木の上の方になっているものの方が、お日様をいっぱい浴びておいしくなってますよ」と教えてもらい、はしごに乗って真っ赤なリンゴをもいだ。かぶりつくと、やさしい甘さが口いっぱいに広がる。「なつみどり」という品種の実には、青リンゴらしい爽やかな酸味があった。昼夜の温度差が大きい岩木山麓では、糖度が高く色鮮やかなリンゴがつくられる。岩木山を見上げながら、果汁のしたたるリンゴを心ゆくまで頬張った。

百沢温泉~岩木山観光リンゴ園:イメージ7

車道を歩いて、いわき荘へと戻る。道のわきには田んぼが広がり、リンゴ畑も点在する。遠く南に、青く連なる白神山地の山並みも見えた。宿で預かってもらっていた荷物を受け取り、バスで弘前駅に向かい帰途につく。なぜか、遠ざかり、小さくなっていく車窓の青い山から目を離せなかった。電車で岩木山の周りを一周した後、その麓に訪れたため、ずっと車窓から見えていた青い山を、自分を見守ってくれる存在のように感じていたのかもしれない。短い滞在時間だったが、リンゴはもちろん、温泉、水、米など、岩木山のさまざまな恵みに触れることができた。岩木山が津軽の聖地として、地元の人々に特別な思いをもって語られる理由が分かった気がした。

-DATA-

場所:
青森県中津軽郡岩木町
ルート:
いわき荘前バス停→岩木山神社→高照神社→岩木山観光リンゴ園(片道で徒歩約2時間)
交通:
弘前駅よりバス→いわき荘前バス停下車(いわき荘に宿泊する場合は、シャトルバスの送迎サービスを利用できる)
駐車場:
いわき荘、岩木山観光リンゴ園に有り
トイレ:
岩木山神社にあり
参考文献:
・岩木町観光協会
「岩木町ロードマップ&ドライブガイド」
・岩木町観光商工課他
「岩木山 津軽国定公園 岩木高原県立自然公園」
・(有)岩木山観光りんご園
「ようこそ観光りんご園へ。」
・るるぶ社情報版編集部
「るるぶ情報版 東北② 通巻2151号 青森 るるぶ‘02JTB、2002」

十二湖~大崩

Jul.28-29, 2002 白神山地のブナを訪ねて

十二湖~大崩:イメージ1

白神山地のブナが見たい。そして、ブナの山がもたらす水の恵みに触れてみたい。こう考えて、白神山地の西の端に位置する十二湖から山道を登り、大崩(おおくずれ)を目指すことにした。十二湖とは33の湖沼群の総称で、崩山(941m)の肩にある崩落地、大崩(694m)から12の湖が見えるとされている。夕方、五能線の十二湖駅から車で約3km東側に入り、八景の池のそばの末丸旅館に泊まった。宿の人は、あたたかい津軽弁で周辺の見どころや、周辺の道の案内をしてくれる。静かな緑の池を眺めながらいただく、ニジマスの刺身やカタクリのおひたしも格別だ。隣の席にいた夫婦の「十年前から、毎年ここにきているんですよ」という言葉もうなずける。

十二湖~大崩:イメージ2

翌日、大きな荷物を宿に預かってもらい、まずは大崩への登山口がある青池に向けて、車道を東へ進んだ。道のわきには、ブナやナラ、カツラの森に囲まれた大きな池がいくつもある。十二湖は、280年ほど前の山崩れで、谷川などが埋められた跡に水がたまってできたとされるが、詳しいことはまだ分かっていない。周囲には遊歩道が巡らされており、好みのコースを選んで歩くことができる。30分ほど歩くと、十二湖庵という茶室で、観光バスで訪れた大勢の人が休憩していた。ここでは、沸壷の池の水で点てたお茶(無料)をいただくことができる。そばには、森から流れ出た豊かな水が勢いよく下る渓流もある。シャネルの香水に使われるものと同じ成分という水は、冷たく、ほのかな甘味がある。ここで水を汲み、さらに東へ進む。

十二湖~大崩:イメージ3

ニワトリのトサカのような形をした鶏頭場(けとば)の池の向こうには、これから上る崩山がそそり立ち、大崩の険しい岩肌も見える。ふと、水面に突き出た木の上に赤っぽい鳥が止まっているのに気付いた。少しすると、キョロロロ…と、物悲しい鳴き声が響く。アカショウビンだ。エサの魚を狙っていたのだろう。付近にはカモシカやクマタカもすんでおり、タカの仲間が落としたのか、血まみれのウサギが空から降ってくるのを目撃したという人もいるという。総面積13万 haにおよぶ広大な白神山地の森が、さまざまな動植物をはぐくんでいることを実感できる場だ。ほぼ全域に世界最大級のブナの原生林が広がる白神山地は、極めて価値の高い生態系をもつことから、1993年、日本で初めて世界遺産(自然遺産)に登録された。

十二湖~大崩:イメージ4

「青池」の看板に従い小道に入ると、コバルトブルーの色彩が目に飛び込んできた。十二湖を代表する名湖といわれる青池は、陽が差すと群青色に輝き、少し陰ると深い紺色になって、見る見るうちにその表情を変える。水の青さの秘密は、現在の科学でも解明されていないという。この青池のそばに、大崩へと上る登山口がある。ここから先は土の道となり、歩く人の数もぐんと少なくなる。少し進むと、地元の人が道のわきで山菜を取っていた。津軽弁で「みんず」という。一般にはミズと呼ばれ、おひたしなどにして食べるとフキのようなシャリシャリした歯ごたえがする山菜だ。

十二湖~大崩:イメージ5

大崩までは一本道を1時間半ほど歩けば着くと聞き、軽いハイキング気分で挑んだのはあさはかだった。標高250mから694mまで一気に登る、傾斜のきつい細い道だ。登山道に水場はなく、もっと水を汲んでくるべきだったと後悔した。1983年、M7.7の日本海中部地震が起きて以来、水脈が変わったのか、登山道の水は枯れているという。1時間ほど歩くと、ようやく傾斜がゆるやかになった。沿道のブナやエゾアジサイの青い花、ノリウツギの白い花を愛でながら小さな峰をいくつか回り込んで進む。森の先に光が見え、ようやく大崩へ到着した。名の通り、斜面の岩肌が大きく崩れている。眼下に日本海が見晴らせ、先ほど歩いた十二湖の森も広がる。緑や青、赤褐色など、色とりどりの8つの池を見ることができた。

十二湖~大崩:イメージ6

大崩の道は、白神山地の核心地域にあたる白神岳へも通じている。白神岳から縦走してきた人の「見ごたえあるブナの林がありましたよ」といった話を聞いているうちに、海から霧が吹き上げてきて、またたく間に視界が遮られた。早めに引き返し、十二湖へ下ることにする。明るい霧の立ち込める森に、苔むしたブナの巨木がすっくと立つ。5m近い雪が積もることもある日本海側のブナは、水分を多く吸い上げ、太平洋側の4倍以上の大きさの葉をもつという。滑りやすい下り坂に気をつけながら、青池のほとりに戻った。青池から宿に向かって歩く道筋には、かつて、青森営林局のブナ林の観測に用いられたという樹齢数百年のブナの原生林が広がっている。この森を抜け、道標を頼りに沸壷の池や日暮の池のほとりを通って、日本キャニオンを目指した。

十二湖~大崩:イメージ7

小さなアップダウンのある散策路を経た後、道なりに下る。左手に現れる展望台から見下ろすと、白い岩石の切り立った崖が、日の光を反射してまぶしく光っていた。アメリカのグランドキャニオンを思わせる景観から、探検家の岸衛氏により日本キャニオンと名付けられたところだ。大きく崩壊した山肌には、浸食による筋が幾重にも刻まれており、地学的にも貴重な場所となっている。ここから15分ほどで、八景の池畔に戻る。宿で預かってもらっていた荷物を受け取り、車で駅に送ってもらった。十二湖駅は、海岸のすぐそばにある。線路を渡り、浜辺に下りて白神山地から流れ出た水が注ぐ海に手を浸した。霧の中に立つすがすがしいブナの姿が、まぶたに浮かぶ。多くの命を支えるブナの森の鼓動が、自分の生命の一部にも組み込まれたように感じられた。

-DATA-

場所:
青森県西津軽群岩崎村 十二湖~大崩
交通:
JR五能線十二湖駅より車で10分(付近の宿に宿泊する場合は、送迎車を出してくれることが多い)→八景の池
ルート:
八景の池(20分)→十二湖庵(20分)→鶏頭場の池(10分)→青池、崩山登山口(1時間30分)→大崩(1時間30分)→青池、ブナ原生林(20分)→沸壷の池(30分)→日暮の池(30分)→日本キャニオン(15分)→八景の池
水場:
十二湖庵わきにあり。
駐車場:
十二湖周辺6箇所にあり。(ブナ原生林付近は車の進入禁止)
トイレ:
王池、越口の池そばにあり。崩山への登山道にはない。
参考文献:
・青森県岩崎村観光課『やさしい光に包まれて
 IWASAKI VILLAGE』青森県、青森営林局深浦営林署、ビジターセンターの案内板
・納屋嘉治『日本の森あんない~東日本編』淡交社、1995
・サンタランドいわさき(株)『世界遺産 白神産地 白神岳・十二湖の植物』、2002
・るるぶ社情報版編集部『るるぶ情報版 東北2 通巻2151号 青森 るるぶ`02』JTB、2002
その他:
十二湖駅に止まる五能線は1日に4本程度しかないため、訪れる際には時間調整をしっかり行う必要がある。

白馬岳(大雪渓~白馬岳~栂池)

Sep.20-23, 2002 大雪渓、高山植物など華やかな縦走コース

白馬岳(大雪渓~白馬岳~栂池):イメージ1

北アルプス北部に位置するこの白馬岳は、鹿島槍ヶ岳と共に後立山連峰の主役であり、夏季には高山植物が咲き乱れる。白馬岳(しろうまだけ)の名前の由来は、残雪期における山肌に、馬の形をしたいわ模様が見られることから、山麓の人々がそれを田植えの「代掻き馬」に見立てたことからつけられた。白馬岳の象徴でもある大雪渓は、剣沢雪渓、針ノ木雪渓とあわせて日本三大雪渓とされている。さらに白馬岳は、白馬鑓ヶ岳、白馬杓子岳と続く白馬三山を縦走するコースもあるが、今回は大雪渓から山頂、白馬大池を経て、栂池自然園へ降りることにした。

白馬岳(大雪渓~白馬岳~栂池):イメージ2

アクセスポイントとなる白馬駅までは、新宿・横浜方面から高速バス、電車なら中央本線で新宿から夜行も含めて急行列車が出ている。大阪・京都方面からなら夏季のみ高速バスが出ている。前日に泊まるにしても、白馬周辺には宿泊施設が充実しているので問題はない。登山口の猿倉までは路線バスで白馬駅から 30分である。この登山口には猿倉荘もあり、ここで十分体操をしてから出発しよう。しばらくは林道のような平坦な砂利道が続き、白馬鑓ヶ岳方面への分岐を過ぎる。右手に沢を見下ろしながら40分ほど進むと、急に道が細くなり多少岩がごつごつした道を20分程度登ると二軒の小屋が並ぶ白馬尻である。ふと見上げると白馬岳の稜線がはるか高くそびえ、ここ1530mの白馬尻から山頂までは標高差約1400mもある。ここからいよいよ大雪渓を登るわけだが、熟達者以外は必ず軽アイゼンを付けたほうがいいだろう。持ってなければ白馬駅前でレンタルするか、白馬尻小屋で購入できる。

白馬岳(大雪渓~白馬岳~栂池):イメージ3

大雪渓を登る際には、赤く印をつけられたトレースに従って登ろう。ストックを持っていればより楽に登れるだろう。大雪渓の登りは約2時間から2時間半の行程になるが、はじめは緩やかだが徐々に傾斜がきつくなってくる。ふと白馬尻を見下ろすと、転んだら下まで止まらないような感じである。大雪渓は左右の岩壁から落石することが多く、疲れたからといってあまり休めるような場所はない。雪の中を音もなく転がり落ちてくるので、毎年けが人が出ているから注意が必要だ。夏のハイシーズンには雪渓上部でレンジャーが登山者に注意を呼びかけている。大雪渓を半分以上登ると、左手に鋭く突き上げた杓子岳の天狗菱が望める。涼しい雪渓登りを終えアイゼンをはずすと、急勾配の登山道を登ってゆく。きつい登りではあるが、徐々に高山植物が顔を出し始め、小雪渓を横切るとお花畑が素晴らしい葱平(ねぶかっぴら)である。ここにはトイレと避難小屋があり、休憩に良いだろう。7月下旬から8月にかけて、ここから村営頂上山荘まで、シナノキンバイ、ミヤマキンポウゲ、ミヤマオダマキ、ハクサンフウロ、ウルップソウなどが咲いている。最後は階段をいくつか登り終えると、やっと村営頂上宿舎である。テント泊ならここで、小屋泊まりもできるが今回はさらに20分先の、頂上直下に立つ白馬山荘に宿泊した。この小屋は北アルプス最大の小屋でもあり、通常約1500人も収容できる。時間があれば白馬岳山頂まではほんの15分なので天気が良いうちに登ってきても良い。

白馬岳(大雪渓~白馬岳~栂池):イメージ4

今日はいよいよ稜線歩き。日の出を山頂で迎えるために早く出よう。2932mの山頂からは、北に雪倉岳や朝日岳、北東には戸隠山や妙高山・火打山が望め、南には五竜岳や鹿島槍ケ岳を超えて遠く槍ヶ岳も確認できる。西には近く裏旭岳、西南には剣・立山連峰が荘厳にそびえ、毛勝三山も近い。山頂の東側は何百メートルもスッパリ切れ落ちている。ここから30分富山・長野・新潟3県の境である三国境まで下り、今度は40分ほど小蓮華山まで稜線歩きである。三国境付近から小蓮華山までは8月中ならコマクサが砂礫帯に点在している。コマクサの咲く土壌はデリケートなので、決して周りを踏み荒らさないようにしよう。小蓮華山に着くと、はじめて白馬大池が顔を見せ、山頂には大きな剣が刺さっている。ここから大池までは緩やかな下りが1時間半ほど続き、チングルマやコバイケイソウなども散在しており、運がよければ雷鳥にも遭える。稜線からふと右下に目をやると、昨日登ってきた急な大雪渓をアリのような小ささの登山者たちが登っているのが見える。白馬大池の周りにはハクサンコザクラ、チングルマ、ヒオウギアヤメなどの群落が素晴らしい。

白馬岳(大雪渓~白馬岳~栂池):イメージ5

真紅の白馬大池山荘を後にして、白馬乗鞍岳までは大きなゴロゴロした岩場を30分ちょっと緩やかに登る。バランスを崩して転倒しないように気をつけたい。山頂には大きなケルンが立っているが、これといって展望が素晴らしいわけでもない。ここから天狗原までは1時間ちょっと、雪田を2つほど下り、大きなゴロゴロした岩の道をずっと下る。ここはけっこう膝に負担がかかるし足場も良くないので気をつけたい。下りきって木道になったらもうそこは天狗原の湿原で、ワタスゲやアヤメが夏には一斉に咲き乱れる格好の休憩場所である。天狗原から栂池までは展望のない樹林帯を1時間ほどひたすら下ると、ゴールの栂池自然園である。栂池自然園は入園料こそ必要なものの、6月にはミズバショウ、夏にはニッコウキスゲなどが美しい。あとはロープウェイを乗り継げば栂池高原にでて、そこから白馬駅まではバスで20分ほどである。また、サブルートとしては白馬大池から蓮華温泉まで下ることもでき、展望の良い天狗の庭を経て温泉まで2時間ほど樹林帯を下りつづける。蓮華温泉は「日本の秘湯を守る会」にも登録されており、登山道から外れたところに露天風呂が点在している。蓮華温泉ロッヂから 15分ほど下ればキャンプ場もあり、温泉から大糸線平岩駅まで1時間10分で路線バスも出ている。

最後に、この白馬岳は人気があり派手な山であるが、雪渓や落石、足場の悪い岩道、風の強いときのヤセ尾根あるきなど、思いのほか体力が必要な山である。体力のない登山者は栂池からロープウェイで高度をかせいで山頂を目指せばよいだろう。しかしながら、白馬岳は雲ノ平などと並んで北アルプスで1、2を争うほどの高山植物のお花畑を持つ山でもあり、時期としてはやはり夏期に行くことをお勧めしたい。

-DATA-

場所:
長野県北安曇郡白馬村、小谷村
交通:
1.新宿から中央線で夜行列車「急行アルプス」で6時間弱
2.新宿から中央線で昼の特急「あずさ」で約4時間
3.新宿・横浜方面から京王高速バスで4時間半
4.大阪・京都方面から夏季のみ行き夜行、帰り昼行で9時間
駐車場:
猿倉に50台、栂池自然園(台数少ない)、栂池高原(台数多い)、蓮華温泉に70台程度
トイレ:
猿倉、白馬尻、葱平の避難小屋、村営頂上山荘、白馬山荘、白馬大池山荘、栂池、蓮華温泉
コースタイム:
猿倉(1時間)-白馬尻(2時間半)-葱平(1時間半)-村営頂上山荘(35分)-白馬岳(1時間10分)-小蓮華山(1時間半)-白馬大池(1時間45分)-天狗原(1時間)-栂池自然園<1日目5時間20分><2日目5時間40分>
注意事項:
1.大雪渓での落石に注意。
2.白馬乗鞍岳への登り、天狗原への下りでは足場の悪い岩場が続く。

青の山224m

Jul.20, 2002 古代の風を感じてトレッキング

青の山は丸亀市に生まれ育った私にはとても親しみ深い身近な山である(というよりも丸亀市には山らしい山は青の山と飯野山の2つしかないため必然的に身近な山となる)。車道が整備されているため車では何度も夜景を見に行ったりしたことはあるが、歩いて登るのは小学生の時の遠足以来である。歩いて登れば普段車道では気付かない新しい発見があるかもしれないと思い登ってみることにした。

青の山224m:イメージ1

自動車を青の山登り口にある田潮神社に停める。たかが標高200m程度の山でも、山は何が起こるかわからないため登り口にある神社などには必ずお参りして気を引き締めてから登るようにするとよいだろう。登山を開始して3分(約200m)程歩くと保育所の横に3号古墳が見えてくる。古墳とはいえどもこんもりと盛り上がった小丘に雑草が生い茂るだけであるが説明の看板を読みながら太古の情景を思い描く。

青の山224m:イメージ2

アスファルトで舗装された車道を10分(1000m)程進むと車道の分かれ道にたどり着く。この地点で標高100m程度になる。左(登り)に進むと頂上、右(下り)に曲がると霊園へと向かう道になるが、車道ではなく遊歩道を進む。草木に囲まれた適度な勾配の遊歩道を進んでいく。5分程歩くとベンチがあり分かれ道になっている。この地点で標高150m程度になる。来た道に加え、登る道が左右に1本ずつ、下る道が1本の合計4本の道の交差点になっている。しかし道標らしきものは見当たらない。どの道を選べばよいか少し迷ったが右の登りの道を選んだ。おそらく登り道どちらを選んでも頂上には着けると思うが、ちょっとした道標でもあればより安心なのだが…。

青の山224m:イメージ3

分かれ道から3分程歩くと金網で出来た藤棚のトンネルの跡がある。藤は枯れてしまっているがかつては美しい花を咲かせたトンネルだったのだろうなと想像出来る。トンネルを過ぎて2分程歩くと急な石段が現れる。この石段を駆け上がればすぐに頂上に着けそうだが、そのままのんびりゆるやかな遊歩道を進む。5分程遊歩道を進むと再び分岐点が現れるが、どうやら先程の分かれ道と合流しているようである。

青の山224m:イメージ4

そのまま登るとすぐに突然視界が開け遺跡が現れる。山頂古墳(1号古墳)である。巨石古墳の周りを草が覆い隠してなんとも味わい深い情景をかもし出している。古代の人々はここまでどうやってこの巨石を運んだのだろう。古代の人々の苦労をしばし偲ぶ。山頂広場は広い草原になっておりさわやかな風が吹き抜ける。ここで寝転ぶと気持ちが良い。弁当を広げるのにうってつけの草原である。奥の展望台からは宇多津の町並みや番の州工業地帯、瀬戸大橋が望める抜群の眺望である。山頂のいたるところにちょっとしたアスレチックの遊具があり子供を連れて行けば一日中遊べるだろう。また、アスレッチックの陰に隠れて8号古墳、9号古墳が点在する。説明文の看板も付いているので古代史の勉強にもなる。

残念なことに駐車場に大量のごみが散乱していた。せっかくゴミ箱があるのだが…。車で手軽に山頂に上がれて便利な反面このように自然環境が汚染されるのは非常に残念に感じられた。この山にこられた方は少しでもごみを片付けたり持って帰ったりするように心掛けてもらいたい。

余談だが、山頂や駐車場から眺める夜景は、あまり知られてはいないがまさに100万ドルの夜景である。女の子を口説くには絶好の場所で、実際に筆者も過去に何度もここをデートの場所にしたことがある。機会があれば青の山の昼の顔と夜の顔両方を堪能するのもいかがだろうか。

-DATA-

場所:
香川県丸亀市
タイム:
田潮神社(15分)遊歩道入り口(15分)山頂
交通:
JR宇多津駅より徒歩15分
駐車場:
田潮神社、山頂20台程
トイレ:
山頂にあり
携帯電話:
全域で通話可能
自動販売機:
田潮神社手前の酒店

チョルダトン レアブリード農場

Jul.14, 2002 イギリス観光農場レポート

「ロンドンもよいけれど、イギリスの良さは田舎にある。」そう思うあなた。自分で確かめてみたいあなた。日本人観光客の定番からはずれて、動物に会いに田園へ行きませんか。チョルダトン=レアブリード農場は、広大な草原地帯、ソールズベリー平原にあります。珍しい品種の家畜達を集めた、ちょっと変わった観光農場で、近代農業に忘れられてしまった動物達に会うことができます。

近くに鉄道の駅はなく、バスも不便ですから、アクセスは車で、ということになります。ロンドンからなら、高速道路M4でニューブリー(Newbury)まで行き、バイパスA34を南へ下り、国道A303線に乗って、西へエクスター(Exter)の方角へ走ります。チョルダトン村のロータリー交差点に、“Cholderton Rare Breeds Farm”と書かれた茶色の標識が見えます。国道A303をそのままさらに西に行けば、ストーンヘンジの遺跡があります。国道A303を降りて、標識の指す方に行けば、右手に村人の家が数件あり、左には目指していた農場の牧草地が広がっています。やがて入り口につくと、舗装のしていない駐車場と、入場券やお土産を売る小さな建物が迎えてくれます。

チョルダトン レアブリード農場:イメージ1

敷地内には、放し飼いの孔雀が勝手に徘徊しており、子連れの孔雀を写真に撮る人も。フラワーガーデンや、鯉のいるウォータガーデンなどを通りぬけると、農場のエリアに出ます。農場には、さらにいくつかのエリアがあり、囲いで分けられた牧草地、アヒルやガチョウの池、ウサギ、鶏、羊がそれぞれいる建物などがあります。羊小屋には、10種類ほどの様々なイギリス在来種の羊達が、名札のついた囲いの中にいます。目が隠れてしまいそうなモジャモジャ巻き毛の羊。鹿のような立派な角をもった、最果てのオークニー諸島の種もいます。生産性がないために、これらの美しい羊達は、イギリスの農家からしだいに姿を消し、血が絶えつつあるのです。大規模農法以前の田園に、彼らがのんびり草をたべていた様子を想像しながら、小屋を巡るのもいいでしょう。また、牧草地の方に足を運んで行くと、原種に近い品種の羊の群れもいます。羊というよりも、ヤギに近い外見の彼らは、寒冷地や痩せた土地でも丈夫に生きるそうです。

チョルダトン レアブリード農場:イメージ2

平原を見渡す牧草地には、大きな豚も何種類か飼われています。その中の1,2種類は、その品種としては、最後の一頭となってしまったものだそうです。当の豚はそれを知ってか知らずか、広い敷地をあてがわれ、楽しそうに泥浴びをしています。と、のんびりと豚達を見ている間に、子豚レースの時間になりました。ぬいぐるみの旗手を背に乗せた(というよりも、背に結わえ付けられた)子豚達が、牧草の端に作られたコースを一斉に走る、草競馬ならぬ草競豚です。子豚達は、ちゃんとまっすぐ走るよう調教してあり、ゴールになくも、のどかで、つつましいアトラクションです。

何種類ものウサギを集めた納屋風の建物、“ラビットワールド”を目当てにここまで来る、ウサギ好きの面々もいます。鶏小屋にいた変な鶏には、都会っ子の連れが大笑いです。フサフサの足をした、大型の農耕馬の親子がくつろいでいる牧草地もあります。また、農地でもガーデンでもない、自然遊歩道もあります。昼間は寝ている野生のアナグマの巣の横を、そっと通り抜けるようになっていて、ちょっとしたハイキング気分を軽装備で楽しめます。

持参のサンドイッチなどでピクニックもできますが、ガーデンにカフェがあり、ちょっとした食べ物やお茶が買えます。持ち込みを用意するのが面倒な私達は、ここで紅茶とサンドイッチを作ってもらって、トレイを庭に持ち出し、遅い昼食兼お茶にしました。夏のイギリスは、アウトドアにかぎります。

チョルダトン レアブリード農場:イメージ3

私達がここを訪れたのは、これで2回目。以前来たときは、実は、売り物件となっていたのです。オーナー夫妻の話をうかがったところ、「もう年なので、引き継いでもらえる方に譲って、引退したい。」とのことでした。今回は、カフェで、新オーナーとお話することができました。オーナーが若返りしても、運営方針は変わらず、珍品種保護を実践する観光牧場の精神を引き継いでおられます。広々とした敷地内は、ガーデンあり、牧場あり、自然遊歩道ありで、ゆったりとした一日を過ごせるところです。また、この農場からの、ソールズベリー平原の景色もすばらしく、空気が爽やかです。学校の休みの日は、家族連れも目立ちますが、私達のような、田園好き、自然好きの大人だけのグループも大満足です。ストーンヘンジなどと組み合わせた、ロンドンからの日帰り旅行や、バース、ソールズベリーなどを組み入れた周遊旅行の立ち寄り先にお勧めです。

場所:
イングランド南部 ウィルトシャー州 ソールズベリー平原の端、チョルダトン村の北。
住所:
Amesbury Road, Cholderton, Wiltshire, SP4 0EW
電話:
01980 629438(英国外からは、国別コード44で始め、市外局番の0を取る)
交通:
ロンドンから車で、高速道路M4でレディングに行き、そこから、国道A303線で西へ42マイル
駐車場:
あり
トイレ:
あり
入場料:
大人 4.5ポンド 子供3ポンド
休憩所:
紅茶、軽食を頼めるカフェテリアあり。持ち込は、ピクニックエリアで。
付近の名所:
ストーンヘンジ、ソールズベリー
E-mail:
group@rabbitworld.co.uk

石川町駅~山手町(ベーリックホール)

Jul.06, 2002 横浜お散歩マップ Part1

石川町駅~山手町(ベーリックホール):イメージ1

石川町駅南口を出て右手にまっすぐ進むとすぐに元町商店街になります。でも、今日はあえて裏口を出て山手方面へ上り、歴史的建造物を訪ねたり、ちょっとした曲がり角にも目を向けてみたりしながら、いつもとは違うのんびりとした横浜を楽しんでみましょう。いかにも石川町らしい雰囲気を味わいたければ思い切って「大丸谷坂」を越えてCAFE BARのある次の角を右へ入るのがおすすめです。そのまま真っ直ぐ進み、住宅地の中にある右手の古い石段を登って「大丸谷坂」と合流してみましょう。ちょっとした遠回りも晴れた日には楽しい散歩道。春には石段の隙間から覗く草花が暖かく迎えてくれます。「大丸谷坂」を少し上ると右手に「山手イタリア山庭園」への階段が見えてきます。ここは1880年から1886年迄イタリア領事館があったことから「イタリア山」と呼ばれ、敷地内では幾何学的に配したデザインのイタリア式庭園が年間を通して楽しめる他、「ブラフ18番館」と「外交官の家」を見学することができます。また、「みなとみらい21地区」や関内周辺の市街地を一望することもでき、横浜らしい風景を楽しむ事も出来ます。

石川町駅~山手町(ベーリックホール):イメージ2

【ブラフ18番館(横浜市認定歴史的建造物)】
関東大震災(1923年)後に山手町45番地に建てられた外国人住居で、戦後は「カトリック山手教会」の司祭館として1991年まで使用されていました。同年11月に解体されることとなったため、現在地に移築復元され、山手の暮らしと歴史を伝える資料館となりました。室内には庭で栽培された花を初めとする様々な植物が生けられ、主にフラワーアレンジメントやインテリアコーディネイト等のイベント会場としても利用されています。
【外交官の家(国指定重要文化財)】
1910年に明治政府の外交官「内田定槌邸」として東京渋谷区南平台に建てられてもので、1997年に移築され、国の重要文化財に指定されました。室内には当時の外交官の暮らしぶりが再現されている他、庭では薔薇やラベンダーを初めとする多くの花が栽培され、付近の住民達の憩いの場となっています。

石川町駅~山手町(ベーリックホール):イメージ3

「外交官の家」を後にし、「山手本通り」へ出たら左手の「港の見える丘公園」方面へ進みましょう。通りは高台に位置している為、右の歩道を歩くか左の歩道を歩くかで雰囲気は全く異なってきますが、時間によっては交通量が多くなりますので、横断歩道を渡る時にはくれぐれも注意しましょう。また、歩道は大変狭く、付近の学校に通う子供達や日常生活を送る住民の方々とすれ違うことも多い為、お互いに譲り合いの精神を忘れずに。間もなく正面に緑の屋根のカトリック山手教会が見えてきます。

石川町駅~山手町(ベーリックホール):イメージ4

【カトリック山手教会聖堂】
1862 年に最初の教会として居留地80番(現在の中華街東門付近)にフランス人宣教師によって建てられましたが、その後、山手地区の住宅が増えたことに伴い、現在地へ移転され、ゴシック様式煉瓦造りの大聖堂となりました。しかし関東大震災により倒壊し、1933年に現在の聖堂となりました。ミサやウェディングセレモニーの時間外であれば教会内の見学も可能となります。像やステンドグラスもシンプルではありますが大変美しく、一見の価値ありです。「カトリック山手教会聖堂」を出たら教会を巻き込むように歩いてきた手前の道を入り、「フェリス女子学院大学」方面へと下りましょう。緩いカーブを道なりに進んでいくと、間もなく深い緑に包まれた「山手公園」に辿り着きます。スロープを生かしたこの公園を上から眺めていると、「ああ、ここは山手なんだな。」と改めて実感出来るのではないでしょうか。また、この公園は明治3年に開園された日本最初の都市公園であり、日本で初めてテニスが行われた場所でもあるだけに、「テニス発祥記念館」や1934年に建てられた「西洋館山手68番館」を再生したグラブハウス等があります。「山手本通り」から外れている為、静かな雰囲気が味わえるので、時間があればゆっくりと散歩してみるのも良いでしょう。

石川町駅~山手町(ベーリックホール):イメージ5

緑豊かな「山手公園」を右手に見下ろしながらそのまま左手に道なりに更に進むと「フェリス女学院10号館(学生施設)」が見えてきます。一見、古いだけの建物にも見えますが、こちらも1929年にA.レーモンドによって建てられた、山手に現存する貴重な洋館の一つとなります。震災復興期の山手ではレーモンドのような外国人建築家によるものと日本人建築家によるものとに分かれて建設され、後者の特徴としては、2本の煙突や風見鶏等が挙げられます。続いて「元街小学校」の横を抜けて階段を下ると広い通りに突き当たります。その道を左へ上り、途中、「代官坂トンネル」を右手にフェリスホール前の「山手本通り」に再度合流した後、更に右へと上ると、間もなく左手に2002年7月より一般公開されたばかりのベーリック・ホールが見えてきます。

石川町駅~山手町(ベーリックホール):イメージ6

【ベーリックホール】
昭和5年(1930年)にイギリス人貿易商、ベリック氏の邸宅として建てられ、昭和31年(1956年)にセント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジに寄贈され、寄宿舎としても使用されていました。設計者はJ.H.モーガンで、山手付近だと他にもラフィン氏邸(現山手111番館)、山手聖公会等が彼の作品となります。この建物はスパニッシュスタイルを基調とし、主な部屋が南に向くように建てられており、室内各所のタイルを初め、多彩な装飾が特徴的です。

石川町駅~山手町(ベーリックホール):イメージ7

山手付近には、今回ご紹介した建物以外にも数多くの洋館があります。勿論、見学の出来る洋館以外にも個人宅として使用されている素敵な洋館等も点在し、例えば、山手公園方面へと向かわずに山手本通りを真っ直ぐ歩くだけでも、左右に建ち並ぶ新旧様々な洋館を目にしてさえいれば充分に山手の雰囲気を味わう事も出来るでしょう。また、天候に恵まれなければカフェで雨宿りをしたり、途中からバスに乗って移動する事も出来、楽しみ方は様々です。是非、何度も足を運び、ご自分なりの時間の過ごし方を見付けてみて下さい。

-DATA-

場所:
神奈川県横浜市中区山手町近辺
交通:
JR根岸線 石川町
駐車場:
石川町駅付近、元町商店街付近、山下公園付近等の各所(但し、山手付近にはない)
トイレ:
見学可能な洋館内、他各所

山手町(元町公園~山手外人墓地)

Jul.06, 2002 横浜お散歩マップ Part2

山手町(元町公園~山手外人墓地):イメージ1

前回の石川町駅から「ベーリック・ホール」までの散歩はいかがでしたでしょうか。今回も横浜山手のお散歩を更に先へと続けましょう。「ベーリック・ホール」を後にし、細い横道を越えるとすぐに「元町公園」になります。「山手外国人墓地」に続くこの公園には、プールや弓道場の他「ブラフ80メモリアルテラス」、「エリスマン邸」等の横浜の歴史を忍ばせる施設があり、周囲に建ち並ぶ歴史的建造物とともに山手を象徴する景観を作り出しています。また、「山手 234番館」前にある公衆電話もちょっと面白いので、一度覗いてみてはいかがでしょうか。

山手町(元町公園~山手外人墓地):イメージ2

【エリスマン邸(横浜市認定歴史的建造物)】
A.レーモンドの設計で1925年から1926年にかけて山手町127番地に建てられましたが、1982年にマンション建築の為に解体され、建築史上、価値の高い洋館であったこの建物は、その後、1990年に現在地に再現されました。また、1階では大正時代の代表的な洋館の部屋の様子が再現されており、2階では「横浜山手」の歴史や洋館等が詳しく紹介されておりますので、一度、ここで勉強してから散歩を始めるのも良いでしょう。

山手町(元町公園~山手外人墓地):イメージ3

【ENOKITEI】
1927 年、山手89~234番地付近には同様のデザインを持つ一連の住宅群が建てられていました。この喫茶店も、以前、現オーナーが住んでいた英国様式の西洋館を利用したもので、アンティークなイギリス製の調度品等の装飾により、落ち着いた雰囲気を楽しむことができます。これらの建物は目の前で雰囲気を味わうのも良いものですが、通りを挟んだ向かい側から、ちょっと離れて眺めてみるのもまた素晴らしいものです。
【山手234番館(横浜市認定歴史的建造物)】
「朝香吉蔵」の設計により、昭和初期(推定1927年)に外国人向けアパートとして建てられましたが、現在は山手に関する展示や総合案内を行っています。一見、外国人向けの割には狭いと感じられるかもしれませんが、建物の横を覗くと意外に奥行きがあり、四世帯が充分に暮らせる規模であったことに納得できるでしょう。また、室内を歩き、窓から外観を観察することで、当時、どの様に四世帯に分けられていたのかも良く分かると思います。

山手町(元町公園~山手外人墓地):イメージ4

【横浜山手聖公会】
歴史は古く、1859年の横浜開港と同時に来日した外国人及び英国駐屯軍に基督教礼拝の為の教会が必要となった為、1862年に初代教会を現在の中区山下町に創設しました。その後、横浜が商港として繁栄し始めた頃、山手に居を移し始めた外国人達とともに駐屯軍司令官邸の跡地であった現在地に移転することになりました。現在(四代目1945~)の教会は、戦後、外人会衆の教会(クライスト・チャーチ)と日本人会衆の教会(横浜山手聖公会)の2つの教会が併存した形であったものを一本化したもので、使用されている石の色合いが英国らしく、大変特徴的な建物となっています。「横浜山手聖公会」先の角を右に入ると「猫の美術館(有料)」、続いて「ブリキのおもちゃ博物館(有料)」、そして、その奥にはクリスマスショップ等もあり、大人も子供も充分に楽しむことができます。同じ道を戻る場合には、横からもう一度「横浜山手聖公会」を眺めてみると、正面とはまた違ったイメージを楽しむことができます。

山手町(元町公園~山手外人墓地):イメージ5

【山手資料館(山手十番館庭内・有料)】
当時の数々の西洋館が関東大震災(1923)の為に跡形もなく消滅したなか、木造西洋館としては横浜唯一の遺構となったこの建物は、明治42年に旧園田邸別館として建造され、貴重な存在として知られていたものを現在地に移築したものです。館内に展示された多くの資料は文明開化の頃をしのぶ貴重な存在となっており、また、洋館にも関わらず、随所に日本風のデザインが発見できるこの建物の特徴である外観の鮮やかさにも目を向けてみてはいかがでしょうか。
【山手十番館】
1967 年に「明治百年祭」を記念して、港横浜を見晴らす外人墓地前に誕生したフランス料理レストランで、1977年に敷地内に旧園田邸を利用した「山手資料館」を設立しました。基本的にレストランは予約が必要となりますが、カフェのみの利用の際には予約は必要ありませんので、時間があれば、山手の雰囲気を味わいながらお茶を飲むのも良いでしょう。

山手町(元町公園~山手外人墓地):イメージ6

【山手外国人墓地(横浜外国人墓地資料館)】
横浜に大きな功績を残した外国人約4,500人が眠る墓地で、通常「横浜外国人墓地資料館」のみの公開となっており、墓地内に立ち入ることはできません。しかし、運良く「維持募金公開日」にあたれば、募金(200円以上)をすることで敷地の一部を見学することもできます。もし「維持募金公開日」に「外国人墓地」を訪れたのであれば、見学する前に「山手資料館」を訪れ、横浜に何らかの形で貢献し、現在もこの場所で眠っている外国人の方々について調べてみるのも良いでしょう。彼等は横浜だけではなく、日本の外国文化の発展すべてに貢献したと言えるのではないでしょうか。その後、「外国人墓地」沿いに「見尻坂」を下ると元町へと下りてしまうので、門を背中に「港の見える丘公園」方面へと進みましょう。

山手町(元町公園~山手外人墓地):イメージ7

今回は、「ベーリック・ホール」から「山手外人墓地」迄の最も山手らしい風景の中を散歩してみました。一見、羨ましい洋館での生活ではありますが、これらの洋館や墓地を維持していくのは本当に大変なことなのです。今回、ご紹介しております多くの洋館は無料での公開となっておりますが、やはり見学される方一人一人がこれらの建物を大切に思い、大切に扱うことこそが無料で見学できる一番の条件であることを絶対に忘れないで下さい。私達がマナーを守ってこの町を楽しんでいる限り、この町は私達に素晴らしい歴史を与え続けてくれることでしょう。

-DATA-

場所:
神奈川県横浜市中区山手町近辺
交通:
JR根岸線:石川町
駐車場:
石川町駅付近、元町商店街付近、山下公園付近等の各所(但し、山手付近にはない)
トイレ:
見学可能な洋館内、他各所

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫)

Jul.06, 2002 横浜お散歩マップ Part3

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫):イメージ1

今回は、更に歴史的建造物を求めて、「外国人墓地」を背中に「港の見える丘公園」方面へと進みましょう。ここで一つ忘れてはならないのは、「外国人墓地正門」の存在です。こちらは建設年度不明とされているJ.H.モーガンの作品ですが、昭和20年8月10日に強制撤去された後、23年に写真を基に復元されたものです。正門を背に真っ直ぐ進み、「港の見える丘公園」前の横断歩道を渡ってそのまま歩道を右手に進むと、間もなく「イギリス館」の門が見えてきます。

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫):イメージ2

【横浜市イギリス館(横浜市指定文化財)】
1937年に英国総領事館邸として英国人技師により上海で設計されたコロニアルスタイル(主として英国のGeorge王朝様式の模倣)の建物で、建築当初の姿を留めている上に、珍しいコンクリート構造ということもあり、近代建築の特徴を有する貴重な建物と言われています。1969年に横浜市が買収し、2階に復元室と展示室を設け、2002年1月より一般公開されておりますので、外からしか眺めることができなかった方も、是非、もう一度、足を運んでみて下さい。また、「山手111番館」内のローズガーデン側から見る建物は特に美しく、特徴である白壁と赤い屋根は必見です。

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫):イメージ3

【山手111番館(横浜市登録歴史的建造物)】
1926 年にJ.H.モーガンの設計により英国人両替商ラフィンの住宅として現在地に建設されたこの建物は、芝生が敷き詰められた前庭から眺めた後、裏のローズガーデン側に廻って眺めてみると、地形の高低差を巧く利用していることが分かります。また、左右対称の立面を持つスパニッシュスタイルのこの建物の他にも、付近には、「山手聖公会」や「ベーリック・ホール」など、関東大震災後の山手の居留地時代の面影を残す彼の作品が多数現存しており、それぞれが特徴的な建物となっておりますので、色々な角度から見比べてみるのも良いでしょう。また、敷地内には「大佛次郎記念館(有料)」や「県立神奈川近代文学館(有料)」もありますので、何度か足を運んで少しずつ楽しんでみてはいかがでしょうか。
【港の見える丘公園】
1962年に海港当時に英国兵舎があったところを整備し作られた公園で、1971年にはフランス軍の駐屯地であった「フランス山」が市に譲渡され、1996年に「山手111番館」の敷地を取得し、現在の規模となりました。園内のローズガーデンは5月と10月頃が見頃となっておりますが、年間を通して季節毎の花を楽しむこともできます。

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫):イメージ4

元町、または中華街に戻る場合には「山手外人墓地」沿いの「見尻坂」か、元町公園内の「貝殻坂」を下ると緑豊かで気持ちが良いのでおすすめです。また、「山下公園」に向かう場合には「港の見える丘公園」内のフランス山の樹林を下るか、並列している石段を下り、園内から続く歩道橋を渡って「横浜人形の家」の入り口前(2階)を抜けて「山下公園」へと入るのがおすすめです。多くの観光客は真っ直ぐ園内へと入ってしまうので、あえて園内には入らず、「山下公園通り」の銀杏並木をのんびりと桜木町方面へと散歩してみるのはいかがでしょうか。

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫):イメージ5

【山下公園】
1923 年の関東大震災時には、海岸通り前の海は瓦礫の山となりました。そのような中、復興事業のひとつとして昭和5年に日本初の臨海公園として整備されたのがこの公園で、現在も中央の噴水広場と西側の芝生広場に開園当時の基本形態を見ることができます。また、今春より山下公園内から「赤レンガ倉庫」方面へと「山下臨海線プロムナード」が開通しましたが、今日はあえて歴史を感じる為に古い道を歩くことにしましょう。「山下公園通り」を開港広場方面へと進み、右手に「横浜大桟橋国際客船ターミナル」の表示が見えてきたら右折します。そのまま左手のプロムナードの脇道を港に入っていくと、横浜らしい雰囲気を味わうことができ、夕暮れ時には「みなとみらい21地区」に沈む夕日が幻想的な雰囲気を醸し出してくれるでしょう。
【山下臨海線プロムナード(山下埠頭臨港鉄道線跡)】
1965 年に開業した「山下埠頭臨港鉄道線」は、貨物の取扱量の減少から1986年に営業を中止し、2000年には高架の構造物等を撤去しました。今では「横浜大桟橋国際客船ターミナル」の文字が表示されている高架跡等、ごく一部の面影しか残されておりませんが、周囲を細かく観察すれば、昔ながらの港町横浜の雰囲気を充分に味わうことができるでしょう。

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫):イメージ6

ここから、一旦、山下公園通りに戻り、「赤レンガ倉庫」方面へと進むこともできますが、ここでも横浜の歴史を感じる為に、あえてそのまま海沿いに「山下臨海線プロムナード」の下を歩いてみましょう。この道を歩いているだけで、停泊している船や荷物を下ろす為のクレーンなど、幾つもの歴史を感じることができるはずです。最初の角を左に曲がり、駐車場を抜けて開港の道に合流し、かつて鉄道が通っていた名残である線路跡を利用したプロムナードの前を過ぎると、いよいよ「赤レンガ倉庫」に到着です。

山手町(山手外人墓地~赤レンガ倉庫):イメージ7

【赤レンガ倉庫(赤レンガパーク)】
赤レンガ倉庫は明治40年から大正2年にかけて建設された第一級の歴史的建築物で、早くから異国との交流があった横浜の港には、かつて一大レンガ倉庫群が築かれていたそうです。その一つが現在の「赤レンガ倉庫」となりますが、建設当時の最高水準をとり揃え、内部には荷役用のエレベータやクレーン、そして鉄材使用の本格的な防火構造を持っており、横浜の古き時代の面影が偲ばれる貴重な建物です。私にとって、「赤レンガ倉庫」と言えば、かつて、いたずら書きと劣化した倉庫、そして人影が全くないその異国情緒溢れる雰囲気にふと時を忘れてしまいそうな気持ちになったことを思い出します。しかし1992年に横浜市が国から取得した以降に行われた建物補強工事などにより、今では当時の面影は全く感じられません。現在はホールやショッピングモールとして生まれ変わり、広々とした公園へと移り変わりました。「赤レンガ倉庫」を後にして「みなとみらい21地区」へと足を踏み入れましょう。アーチを抜けたら歴史の町の散歩はおしまいです。ここからは現在の横浜を楽しみましょう。

-DATA-

場所:
神奈川県横浜市中区山手町~桜木町近辺
交通:
JR根岸線 石川町、関内、桜木町
駐車場:
石川町駅付近、元町商店街付近、山下公園付近、新港地区付近(但し、山手付近にはない)
トイレ:
見学可能な洋館内、公園内、他各所

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