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エイベル・タズマン国立公園 トレント川

Oct.15, 2001 キャニオニング - エイベル・タズマンの隠れスポット

エイベル・タズマン国立公園 トレント川:イメージ1


苔生す大岩の上から、暗い碧の滝壷を見下ろす。水面は眼下6m、足がすくみ、弱気が心をかすめる。恐怖を制して3歩下がり、勢いをつけて空中に身を投げる。次の瞬間、全身に痛みを感じるほどの冷水の中で、私は明るい水面に向かって必死に水を掻いていた。再び空気を吸った時、同僚達の歓声が降って来た。下流の岩に向かって泳ぎつつ感じていたのは、跳べた事に対する達成感ではなく、「あぁ、これで先に進める」という安堵感だった。

エイベル・タズマン国立公園 トレント川:イメージ2

キャニオニング。日本ではまだ耳慣れない言葉だが、簡単に言えば、沢登りの反対の『沢くだり』の事。カヤックやラフトを使わず、身体一つで渓谷を下る遊びだ(時にはザイルも使用する)。海外では人気上昇中のアクティヴィティで、ガイドツアーを運行する会社も現れ始めている。私が所属するシーカヤック・ツアー会社は毎年春にガイド訓練週間を設けるが、今年のメニューにはキャニオニングが導入されていた。キャニオニング・ガイド経験を持つ同僚の指揮のもと、全員がエイベル・タズマン国立公園内のトレント川を下るのだ。エイベル・タズマンといえば、私はすでに『パドリングレポート No.9001』『トレッキングレポート No.9002』で紹介している。これらは観光客が気軽に楽しめる、いわば国立公園の『表の顔』。今回は、地元のプロだからこそ足を踏み入れる事の出来る『裏の顔』をお見せする事にしよう。

エイベル・タズマン国立公園 トレント川:イメージ3

天気予報によると、午後からは雨。雨量が多ければ行動中にも水位が上がり、危険性が跳ね上がる。討議の結果、参加者が全員プロという事もあって決行となったが、実は私も含めてほとんどの者がキャニオニング初体験。いつもにも増して軽口の多いスタートとなったのは、不安を押し隠そうとしての事か。まず、マラハウからスタートしてエイベル・タズマン・コースト・トラックに入り、最初のキャンプ場ティンライン・ベイを過ぎたところで現れる分岐点を、左折してエイベル・タズマン・インランド・トラックに入る。NZ有数の人気ルートであるコースト・トラックが海岸線沿いの比較的平坦なルートなのに対し、インランド・トラックは内陸部の準高山植物帯を巡るルート。訪れる人は各段に少なく、これだけでも立派な隠れ名所なのだが、今回はあくまでもアプローチゆえ、紹介は別の機会に譲ろう。出発から急ぎ足で2時間弱、キャニオニングのスタート地点のトレント川の源流に到着。標高約800mのここから海抜0mの海まで、一気に沢沿いに下るのだ。ひょいとまたげる細い流れに拍子抜けしつつも、用意して来たウェットスーツ、パドリングジャケット、ヘルメットなどを身に付ける。山中にそぐわぬ風体の集団の出来あがり。低体温症対策としてしっかり腹ごしらえをすませ、いよいよ出発。天候の崩れとの追い掛けっこだ。

エイベル・タズマン国立公園 トレント川:イメージ4

流れに足を入れた瞬間、脳天まで電流が走った。冷たい!英語の『icecream headache』は、なるほど言い得て妙だ。最初は両側から覆い被さる藪の下を、くぐるようにして進む。キャニオニングと言うよりも、藪漕ぎと言った趣。しかし数分おきに現れる小さな滝が、良いウォーミングアップとなる。いや、そのたびに冷たい水の洗礼を受けるので、クールダウンと言うべきか。やがて両側の山々からの小さな沢水を集めて流れが次第に大きくなるとともに、足元もどんどん険しくなる。時折腰まで水に浸かりながら渡渉するポイントも現れるが、誤って頭までビショビショになって悲鳴を上げる者が必ず1人はいる。足先が冷水で感覚を失っているため、ついつい踏み外すのだ。そのたびにヤジや歓声があがり、グループはリラックスして行く。プロばかりとは言え、どうもランボーのようなわけにはいかないらしい。

エイベル・タズマン国立公園 トレント川:イメージ5

下り始めて1時間も経った頃だろうか、100m近い滝が現れた。コース最大の難所だ。一気に100m落ちる『フォール』ではなく、小さな滝が無数に連続している『カスケード』なのだが、目もくらむ勾配だ。間違えれば命の無い場所も、10箇所や20箇所では無さそうだ。慎重にホールドを探りつつ、小山のような大岩に抱きついてジリジリと下る。足元が見えないので登るよりも遥かに難しい。なるべく水を避けてルートを取るが、滝に打たれつつ下らざるをえない場所も少なくない。水圧に阻まれて思った場所に手足を伸ばせない。滝の中に手を突っ込んで探り当てたホールドが、苔で滑る。これに体重を預けるときは、全身に脂汗がにじむ。冷水を浴びて低体温症ギリギリなのに。互いに声を掛け合い、手を貸し合いつつジリジリと下る。反対に、流れに身を任せる天然のウォータースライダーでは、あまりの爽快さに我知らず歓声を上げている。お調子者は頭から滑る。途中2箇所のザイルを使ったアブセイリング(懸垂下降)を含め、1時間半ほどかけて100mを全員無事で下り終えた時は、1週間のシーカヤック・ツアーに匹敵するほどの達成感と安堵感を覚えた。疲労で軽い低体温症を起こしていたメンバーもいたため、ここで食事休憩。下って来たばかりの滝を見上げつつの握り飯の美味かった事!

エイベル・タズマン国立公園 トレント川:イメージ6

だが、安心するのは早かった。再スタート後に、高さ5mの大岩からの大ジャンプが待ち受けていたのだ。水面は眼下6m。軽い高所恐怖症の気がある私にとって、黒々とした碧色の水が渦巻く滝壷は、悪夢そのものだ。一瞬引き返す事を考えたが、もう無理だ。アブセイリングで降りようかと思ったその時、頭の中で叱責の声が響いた。「何ビビッてんだ!?プロだろう!」フッと恐怖が消えた。その一瞬の隙をついて跳んだ。その後の3時間、私はプロの威信とアドレナリンの助けを借りて、何の躊躇も無く跳び続けた。助走して滝壷にジャンプ、流れに身を任せたまま滝から落下、滝の直前の流れに向かってジャンプしてそのまま水とともに滝壷へ。途中で止まらないと死が待ちうける長い長いウォータースライダー。1つとして同じ落ち方は無かった。怖い時は淡々と、余裕がある時は歓声を上げつつ、跳んだ。同僚の誰一人として私が高所恐怖症だとは気づかなかった。

エイベル・タズマン国立公園 トレント川:イメージ7

午後5時半、ようやく海抜0mに到着。全身くまなく打ち身だらけになり、指一本動かしたくないほど疲労しつつも、我々は完全にハイになっていた。冷たいはずの春の海は、川の水に1日さらされた身体にとっては、ぬるま湯だった。自分のテリトリーに帰ってきた安心感と、海水の優しい感触を楽しんでいると、本格的な雨が降り始めた。どうにか間に合った。春の氷雨が、暖かい歓迎のように感じられた。さて、次回は晴れた夏の日に行くとしようか。

-DATA-

場所:
・エイベル・タズマン国立公園 - ニュージーランド南島北端付近、タズマン湾に西側にある国内最小国立公園
・マラハウ - エイベル・タズマン国立公園南端に隣接する村
交通:
ネルソン - マラハウ間
・自家用車で70分
・バスで1時間半
駐車場:
マラハウの公園入り口に無料駐車場あり
トイレ・シャワー:
コースト・トラック沿いのビーチにはたいていトイレ付きのキャンプ場が整備されているが、インランド・トラック上には極めて少ないし、当然ながらトレント川キャニオニング中には皆無。
公園内でのキャニオニングについて:
本文中に記した通り、ニュージーランドのオフシーズンにスイスでキャニオニングガイドをやっている同僚が開拓したルートを、プロガイド向けのトレーニングとして下った時のレポート。観光客向けに整備されている訳ではなく、コースは完全に手付かずの自然ゆえ、決して素人さんにお薦め出来るコースではないし、経験者も単独行は絶対に避ける事。入山前に届を書いておく事もお忘れなく。

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