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鎌倉 新緑の衣張山へ

Apr.28, 2001 衣張山~釈迦堂切通し

鎌倉 新緑の衣張山へ:イメージ1

新緑の衣張山へ、シャガの花を見に行った。鎌倉駅から大巧寺を抜け、小町大路を北上。頼朝の墓、荏柄天神前を通って第二小学校脇から、草ぶきの山門の杉本寺へと着いた。杉本寺は天平六(734)年に創建され、鎌倉最古の寺といわれる。中世における坂東三十三カ所の第一番の霊場。開山の行基がつくった本尊、十一面観世音菩薩は、寺が火災にあったときに、ひとりで杉の下に逃れ難をさけたといわれる。この寺の背後の丘陵一帯は杉本城のあったところだ。

鎌倉 新緑の衣張山へ:イメージ2

杉本寺の少し先で道を渡り、滑川にかかる犬懸橋から川沿いへ南に入る。東西に走る「平成巡礼路」の四つ辻に、「衣張山」を示す小さな道標が現れた。道にしたがって進むと、スギに囲まれた山道に入る。道の脇でシダやワラビが頭をもたげ、森に小鳥のさえずりが響く。ひとしきり登ると、左手に分岐が現れる。ここはもう衣張山頂上のすぐ下だ。いくつも石づくりの塔があり、北側の山並みがはるかに見渡せる。右手に、大きなやぐらがぽっかりと開いている。中に入ると、ひんやりした空気が体を包んだ。

鎌倉 新緑の衣張山へ:イメージ3

道をそのまま進むと、先ほどの分岐とぶつかり頂上へ。カントウタンポポが咲く、のどかな景色にほっと一息。鎌倉のなかでも東側の、名越や材木座の風景が広がる。衣張山は標高120.6mで、鎌倉では高い山の一つに数えられる。衣張山の名は、頼朝が、夏の暑い日にこの山に白い絹を張らせ、雪の降りかかる冬の景色に見せかけて涼んだという故事に由来すると伝わる。頼朝の権勢の強さから想像された逸話ともいわれるが、海山を見下ろし涼やかな風を頬に受けると、頼朝でなくても世の中の舵を取れそうな気分になる。

鎌倉 新緑の衣張山へ:イメージ4

山頂から南東に伸びる道を行くと浅間山へ。付近から出土したという五輪塔があり、その回りに経文を書き付けた「経文石」が置いてある。菜の花の実が膨らみはじめ、ショカッサイの薄紫色の花が一面に咲く。先ほどの衣張山に比べればこじんまりとした山頂だが、花の咲き乱れる眺めの良い丘は昼寝の場所にはもってこいだ。のどかな景色を堪能した後、「ハイランド方面」と書かれた道標に沿って東南方面に下りた。子ども自然ふれあいの森を経、右手の大町へ抜ける石段へ。道の左手の斜面では、白いシャガの花が満開だ。

鎌倉 新緑の衣張山へ:イメージ5

道を西に向かって歩いていくと、緑豊かな逆川の流れが見えてくる。地元の人が十年以上かけて保全してきた場所で、ホタルやモクズガニもすむという。平成元年、環境庁が逆川ふるさといきものの里・小動物保全区域に指定しているところだ。一般の人が水際に降りることはできないが、輝く水面に飛び交うカワトンボも見られ、水辺の自然を楽しむことができる。分岐の手前の右手の山すそに、黄金やぐらがある。かつて水中の岩肌に生えるコケのために、やぐらのなかの水が黄金色に見えたことからつけられた名という。

鎌倉 新緑の衣張山へ:イメージ6

T字路を右手に曲がり、住宅地の坂を登っていく。やがて道幅が細くなり、岩をくり抜いてつくられた巨大な洞門が目の前に現れた。釈迦堂口切通しだ。思わずくぐり抜けたくなるが、洞門は崩落の危険があるため通行が禁止されている。釈迦堂の名は、鎌倉初期、三代執北条泰時が父義時を供養すべく、この地に釈迦堂を建てたことに由来する。洞門の上の尾根には「唐糸やぐら」「日月やぐら」などのやぐら群がある。このやぐら群は現在立ち入り禁止となっているが、途中まででも行ってみようと歩みを進めた。

鎌倉 新緑の衣張山へ:イメージ7

洞門から名越側へ200mほど坂を下ったところでT字路を左へ登ると、最奥部に「名越山荘」がある。ここから先が、立入禁止区域だ。文献資料を基に、想像を膨らませる。石像のある門前から左手の通路を進んだ奥に、「唐糸やぐら」がある。これは木曽義仲の家臣、手塚光盛の娘の唐糸が、暗殺の意図を頼朝に見破られ、捕えられた土牢と伝わる。また隣接して、内部の壁面にある納骨の穴のかたちが日と月に見える「日月やぐら」がある。衣張山が、そのすがすがしさの奥に深い魅力を感じさせるのは、こうした立ち入ることのできない領域が醸す空気によるものなのかもしれない。

-DATA-

場所:
神奈川県鎌倉市
交通:
JR鎌倉駅より徒歩
コース:
JR鎌倉駅(徒歩30分)→杉本寺(徒歩5分)→犬懸橋(徒歩10分)→衣張山登山口(徒歩40分)→衣張山頂上(徒歩5分)→浅間山(徒歩20分)→子ども自然ふれあいの森(徒歩15分)→黄金やぐら(徒歩15分)→釈迦堂切通し→(徒歩50分)→鎌倉駅
駐車場:
無し
トイレ:
鎌倉駅、子ども自然ふれあいの森にあり
参考文献:
鎌倉市教育研究所編『かまくら子ども風土記 上』鎌倉市教育委員会、2000
御所見直好著『誰も知らない鎌倉路』集英社、1983
浄明寺太郎著『かまくらなんでもガイド』金園社
白井永二編『鎌倉事典』東京堂出版、1991

大磯 新緑の尾根道を行く

Apr.21, 2001 高麗山-湘南平

大磯 新緑の尾根道を行く:イメージ1

現在受講中の県森林インストラクター養成講座の同期生が、親睦会もかねて山歩きをすることになった。今回歩く大磯高麗山(こまやま)の自然林は、古くから神域として保護されてきた場所だ。現在は「高麗山自然林」と称され、神奈川県指定の天然記念物にもなっている。高来(たかく)神社の境内に集合。あいにく小雨まじりの曇天だが、海岸特有の常緑の木々のおかげで、雨をしのぎながら歩けそうだ。

大磯 新緑の尾根道を行く:イメージ2

神社の奥に、登山口がある。道は男坂と女坂に分かれており、中腹で合流するが、後者の方が関東ふれあいの道のメインルートとなっている。女坂の方も、なかなかの急坂だ。一気に高度をかせぐ。木の皮がはがれた様子が鹿の子のようなまだら模様に見えるカゴの木など、温暖な地方に生える木が多い。しばらく展望は無いが、ところどころで、樹林の間から大磯や平塚のまちなみを一望できる。大磯丘陵の東端に位置する高麗山は、相模川の広い沖積平野に接する特徴的な景観をもっている。

大磯 新緑の尾根道を行く:イメージ3

海抜165mの高麗山へ。奈良時代のころ、高句麗王族をはじめとする朝鮮半島の一族がこの山のふもに住んだことが、高麗という地名の由来とされる。白いブラシのような珍しい花は、ウワミズザクラ。サクラらしくないサクラの代表格だ。樹木に囲まれた広間のようなところに、石造りの柱の跡が残っている。ここにはかつて高麗神社の上社があり、また左右の峰の白山・毘沙門天とあわせて三社権現と称されていた。土地の人は、今でも高麗の権現様と呼び親しんでいる。

大磯 新緑の尾根道を行く:イメージ4

辺りには大きなスダジイやタブの木が多く、深い森の精気が漂っている。このタブノキ・イロハモミジなどが多い高木のタブ林は、谷部のように、土壌が厚くて湿度や養分の多い場所に見られるそうだ。一方土壌が浅い山腹斜面にはシラカシやウラジロガシの生えるスダジイ林が発達し、山の南面には、シイやタブなど沿海性の常緑広葉樹が多いという。多様な環境のある高麗山付近ではオオルリ、キビタキなど75種類の鳥が確認され、「かながわの探鳥地50選」にも指定されている。付近の海岸、照ヶ崎は、夏から秋にアオバトの群れがやってくることで有名だが、そのアオバトも当地で見られるそうだ。

大磯 新緑の尾根道を行く:イメージ5

尾根沿いの道を行く。すがすがしい新緑の道は広々として、歩きやすい。八俵山を通り、ヒガンバナの群生地を見て、浅間山へ。山岳信仰の場所らしく、ほこらが立っている。江戸時代、富士山を神とし、白装束をまとって経を唱えながら富士登山をする浅間信仰が広まったといわれる。しかし富士登山は女人禁制で費用と日数がかかったため、富士の見える高台に浅間社をまつってお参りすることで願いが富士山に通じるとする信仰が生じた。浅間社をまつったこの山が、のちに「浅間山」と呼ばれるようになったと伝わる。

大磯 新緑の尾根道を行く:イメージ6

湘南平は海抜181mの丘陵で、桜や夜景の名所としても知られる。かつては千畳敷とも呼ばれたところで視界が広く、晴れた日には相模湾の海岸線をはじめ、丹沢山塊、箱根連山や伊豆の山々、房総半島までが展望できる。が、今日はあいにくの天気。とはいえその分すれ違う人も少なく、静かな山歩きを楽しめる。霧雨に濡れる深紅のツツジの花が、鮮やかだ。山頂部の下段は駐車場、上段は公園になっていて、レストハウスや展望台、テレビ塔などがある。夜景やサクラの名所としても知られる場所だ。

大磯 新緑の尾根道を行く:イメージ7

高麗山や湘南平を含む大磯丘陵は、箱根火山などの火山灰が厚い地層をつくったところ。ここ数十万年に海岸平野から丘陵に変わるなど、激しい地殻変動の証拠もあり、多くの研究が続けられている。楊谷寺谷戸横穴古墳群へ下る分岐点を左手に見ながら、右手の道をとり高田公園へ。ここは相模湾を見下ろす坂田山の一角。「ぶらりひょうたん」などで知られる高田保の墓碑がある。山道に別れを告げ、民家の間を抜けると、JR大磯駅の北側に出た。振り向くと、今日歩いた山並みが見渡せる。海岸性の常緑の森からは想像できなかった高度感のある尾根道。山の自然は歩くたびに、新たな顔を見せてくれる。

-DATA-

場所:
神奈川県中郡大磯町・平塚市
交通:
大磯駅より徒歩20分→高来神社 JR平塚駅より国府津行バス→花水バス停下車→徒歩約5分で高来神社
コース:
高来神社(徒歩40分)→高麗山(徒歩40分)→浅間山(徒歩40分)→湘南平(徒歩40分)→高田公園(徒歩15分)→JR大磯駅
駐車場:
湘南平にあり
トイレ:
高来神社、湘南平、高田公園にあり
参考文献:
大磯町『大磯 歴史と味の散策路 コースガイドマップ』
大木靖衛監修『日曜の地学20 神奈川の自然をたずねて』築地書館、1992
神奈川県『かながわの探鳥地50選』1993
コースガイドマップはJR大磯駅前の観光案内所で入手可

春の息吹に誘われて表参道から明治神宮

Apr.20, 2001 歩いて楽しむ!東京の定番ビューポイントvol.5

こんにちは!時間の経つのは早いですね。もう4月です。みなさんはどうお過ごしでしょうか?私は今年から花粉症になってしまいとても苦しいです。いや~花粉症ってこんなに苦しいものだったとは...しかし、レポートを欠かすことはできません。またこの時期は散歩をするには本当にいい気候なんですよね。と言う訳でマスク携帯での苦しいレポートとなりましたが、内容はとてもよいものになったと思います。それではいつのものように本題へGO!

今回の場所はメインタイトルどおり表参道から明治神宮になります。アクセスは、東京駅から営団地下鉄丸の内線で赤坂見附駅へ、そこから営団地下鉄銀座線に乗り換え表参道駅を下車。A3出口です。所要時間は22分。運賃190円(4/20 現在)。といったところです。午前11時到着しました。

春の息吹に誘われて表参道から明治神宮:イメージ1

地下鉄の階段から外にでると4月にしては少し暑いぐらいのお天気でした。後で知ったのですが、本日の東京の最高気温は26.2度と今年最高を記録し、花粉も飛びまくっていました(苦)。さて、A3出口から地上に出て明治神宮へと向かいます(出てすぐ右側)。個人的にはこの4月、5月の表参道ってとても好きなんです。なんといっても街路樹のけやきが青々として正に春の訪れを感じさせてくれます。また、表参道のこのメイン通り沿いにはオープンカフェを出す店も多く、この通りの春を演出しているようでした。もちろん座席も全部道路側に向けられています。平日の金曜日でしたがオープンカフェの前席に座る人も多く、歩いている人を眺めて楽しんでいるようでした。「バードウォッチィング」でなく「マン(人間)ウォッチィング」といった感じでしょうかね(笑)。デジカメをもって歩いてる自分もオープンカフェの前席にいる外人にジロジロ見られ少し恥ずかしく歩調も早足に! それにしてもマクドナルドまでもオープンカフェとは...やはり、土地柄でしょうか? 少し歩くと歩道橋がありますのでぜひ、上って表参道を見てください。けやきの緑と道路が妙にマッチしていて思わず一枚写真を撮ってしまいました。頬に当たる風も心なしか爽やかです...

春の息吹に誘われて表参道から明治神宮:イメージ2

歩道橋から降りて再び表参道を歩くと「同潤会青山アパート」が右手に見えてきます。このアパートは原宿の名物で、壁にひび割れやツタがからまるとても古いアパートです。アパート言うわりにはその形体が分譲と言うことで殆どがショップになっています。現在、歩行者天国が休止状態になり、また毎年クリスマスに行われていたイルミネーションがマナーの悪さや交通渋滞の原因にもなるということで中止になった今、表参道に残された名所の一つになっています。このアパートについて少し説明させていただくと、このアパートは現存する日本最古の鉄筋コンクリートの集合住宅で築70年(昭和2年完成)という古さです。その間、昭和20年の戦火からも復興し、現在にいたっています。デザインはヨーロッパの基調を参考にデザイン・設計・施工をすべて日本人が行った日本初の鉄筋コンクリート建築だと言われています。また、そのころ近代的設備の一つであったダストシュート(今、これってあるんでしょうか?)が取り入れられて当時のハイテクアパートだったようです。名称の「同潤会」とは、関東大震災の東京復興事業の住宅施設を供給する目的で設立した組織の名称でその後、住宅都市設備公団に事業が引き継がれています。分譲の形式をとるこのアパートは持ち主によってさまざまに内装や外装に工夫がされてレトロな中にもファッションや流行などが主張されているようで目を楽しませてくれます。でも残念なことに老朽化の為に近いうちに取り壊される予定になっているそうです。なんか「住んでいること自体が危険」だそうです。ですので、原宿に来ることがあるようでしたら是非、このアパートを見てやってください。でも取り壊された後には、史上初の住居・教育・商業の一体化した最新のビルへと再生するようです。こちらも楽しみですね。という訳で緑に包まれた消え行く名所を一枚、デジカメに収めました。

春の息吹に誘われて表参道から明治神宮:イメージ3 春の息吹に誘われて表参道から明治神宮:イメージ4

さて、「同潤会青山アパート」を後に表参道を先に進むと、明治通りとぶつかる神宮前交差点があります。その横断歩道を渡り、200メートルくらい進むと「神宮橋」が見えてきました。手前の歩道橋を上がってください。上からJR原宿駅と整然とした「神宮橋」が一望できます。この橋は大正9年、明治神宮の造営時にJR山手線を跨いで架けられ、当時としては珍しく、鉄筋コンクリートの橋桁だったそうです(今と違い、当時は鉄筋コンクリートって本当に珍しかったんですね)。また、橋の装飾に関してはとても苦心したそうで、御影石の高欄部分には黒松を吹寄植して橋を渡る人々に下を走る列車を気付かせないよう配慮すると共に橋詰には石燈籠を現代化した親柱を建てたそうです。その後、六十有余年間その使命を果した後、現在の新しい橋に架け替えられています。現在の橋はできるだけ古い橋の姿を受け継ぐべく、高欄には御影石を使って再現し、親柱には当時の石材を補修してそのままの形に復元したそうです。そして歩道部分の舗装には御影石を組み合わせ、その中に渋谷区の木である「けやき」をデザインして配置し、新しい原宿の街を表現しているそうです。一つの橋にも歴史を感じます... 「神宮橋」を渡るとすぐに古い鳥居が見えますのでそれが明治神宮への入り口(南参道)です。やはり、鳥居に菊のご紋がありました。ここからは身を引き締めて進みます。この面積72ヘクタール、16万本の木と50種類にもおよぶ野鳥が生息する代々木の森の中に明治神宮はあり、御社殿までは結構歩きますのでウォーキングには手ごろな距離でしょう(こんな不謹慎なことでいいのでしょうか?)。玉砂利を踏んで先に進むとここが都会の真中とは思えないような樹木が鬱蒼と茂っています。この代々木の地名は、代々、もみの木が大木となって育つことから「代々木」の地名が生まれたそうです。しかし、もともとは植林による人口の森で、当時は草原と田畑ばかりだったそうです。途中に参拝者休憩所という看板がありましたので休憩することに決めました。中はオープンテラスもあり、とてもきれいで休憩所内にレストラン「よよぎ」という店があり、少し早いと思いましたが昼食へ。時計を見ると11時半を少し回ったところです。注文は「原宿弁当」をとりました。なかなかのお味でした。しばし、休憩...

春の息吹に誘われて表参道から明治神宮:イメージ6 春の息吹に誘われて表参道から明治神宮:イメージ5

1 時間後、再び始動。休憩所から先に進むと我が国で最も大きい木造の鳥居「明神鳥居」があります。この大鳥居は、高さ12メートル、柱の直径が1.2メートル、柱と柱の間が9.1メートル、島木の長さ15.5メートル、笠木の長さが17メートルで原木が台湾丹大山の樹齢1500年の檜を使用しているそうです。大正9年に創建され、昭和41年に落雷で損傷しましたが、昭和50年12月23日に形式寸法共に同じに再建されました。この大鳥居を通って先に行くと右側に「明治神宮御苑」入り口があります。ここは江戸初期以来加藤家、井伊家の下屋敷の庭園だったのを明治時代に宮内省の所管としたそうです。入り口で拝観料500円(小人200円)を払い、私も早速、苑内へ... 武蔵野特有の雑木林の中に明治天皇の思し召しにより皇后様の為に建てられたお茶席の隔雲亭 (かくうんてい)があり、苑内には、お釣台、四阿(あづまや)、菖蒲田(しょうぶだ)、清正井(きよまさのいど)などがありました。なかなかの名苑です。今回は季節がらまだ見れませんでしたが、菖蒲田の花菖蒲は見事で諸外国にまで知られているそうです(見頃は6月中旬)。私的には、山つつじの花や南池の仲良く並んで甲羅干しをしている亀たちの方が心を和ませてくれました。記念に一枚、撮ってあります。この御苑は明治天皇が「うつせみの 代々木の里は 静かにて みやこのほかの ここちこそすれ」とお詠みなったように都会ということ忘れさせてくれるところです。ここもビューポイントとして是非、足を運んでいただきたいエリアです。

春の息吹に誘われて表参道から明治神宮:イメージ7

「明治神宮御苑」を後にした私は、程なく御社殿の門に到着。脇で手を清めた後、明治天皇と昭憲皇太后を祀っている御社殿へ。この明治神宮は明治45年7月 30日に明治天皇が、大正3年4月11日に昭憲皇太后が崩御になり、国民の熱誠によって大正9年11月1日に創建されました。昭和20年の空襲で創建当初の主要建物は焼失しましたが昭和33年11月に神社建築の粋を集めて造営され、現在の社殿が復興したとのことです。また、平成5年10月13日に平成の御大典記念事業として造営された神楽殿が竣工。これにより、今日の明治神宮の姿が完成したとのことでした。参拝した後、境内で休んでいるとなんと結婚式に遭遇しました!古式豊かな行列は正に必見でした。お日柄も良かったんでしょうね。参拝に来ていた人たちも一斉にカメラのレンズを向けていました。外国人の参拝者も「ビューティフル!」を連発。私も嬉しいハプニングにシャッターを連発!ビューポイントをレポートしに来て本当のビューポイントを収めることができて、感謝!感激! みなさんもこんなビューポイントに出会えるといいですね。この日は「御社殿」、「神楽殿」の端正な姿も見事でしたが、この全国一の初詣の人波で埋め尽くされる境内で結婚式を見れたこと方がご利益があったと感じました。そうそう、なぜ参道に玉砂利が敷き詰められるかご存知ですか?日本では昔から神聖なところは、さらに清浄にする為に、きれいな石を敷き詰めたとのことです。玉砂利を踏むことによって身を清め、神聖な場所へ向って行く。玉砂利には魂を安らがせて清めるという絶大な効果があるそうですよ。私も今回それを実感しました。それでは、次回のレポートもお楽しみに!

-DATA-

場所:
東京都渋谷区
交通:
営団地下鉄丸の内線で赤坂見附駅乗り換え営団地下鉄銀座線で表参道駅を下車。A3出口。
駐車場:
なし。都心ですので渋滞の恐れがあります、地下鉄をご利用ください。
トイレ:
明治神宮内参拝者休憩所にトイレあり。
昼食:
明治神宮内参拝者休憩所のレストラン「よよぎ」の「原宿弁当」1000円 南参道入り口脇にもオープンテラスの「コーヒー&パン」の店あり。
施設:
◆神宮
日の出から日の入りまで
◆明治神宮御苑
営業期間:年中無休で公開
時間:11月~2月 9:00~16:00、3月~10月 9:00~16:30
入場料: 大人500円、子供200円
※おすすめは6月中旬の花菖蒲です。

立田山自然公園

Apr.19, 2001 ゆっくりと歴史と自然に触れ合う

立田山自然公園:イメージ1

立田山は、熊本市内より北東部に位置する小高い山。かつての細川家菩提寺であった泰勝寺跡で、現在は山全体が広大な公園となっている。自然と歴史が一体化したこの場所には、今もたくさんの人々が訪れ、よき観光名所ともなっている。

国道3号線を上り、浄行寺交差点を右折して県道337号線へ。熊本市内からは15分程度の距離だが、この浄行寺交差点はいつも渋滞気味で、特に右折は時間帯を問わず渋滞するので気長に待つことにする。そのまま県道337号線を真っ直ぐ進んでいると、案内板が見えてくるのでそれに従い左折。ここからは道幅がかなり狭くなっているので、車の離合には注意!この道沿いの右手に「立田山自然公園」の入口が見えてくる。

立田山自然公園:イメージ2

駐車場に入ると、まず昔ながらの寺が目に入った。どっしりと静かに佇むその様は、周りに荘厳な雰囲気を漂わせており、その歴史が伺えるようだ。さて、入園料(200円)を払い中へと入る。この時パンフレットもくれるので、ぜひもらっておこう。目の前には池が広がり、うっそうと木が繁っている。とはいえ、暗いイメージとは違い、鳥のさえずりなども聞こえてきて、物静かなムードだ。

立田山自然公園:イメージ3

すぐ左手に杉木立に囲まれた「苔園」が見えるので、とりあえずそっちへ向かうことにした。ここでは、いろいろな種類の苔を見ることができるはずなのだが、残念ながら私には分からなかった。。。けれど、一面がきれいな緑に覆われていて、眩しいくらいだ。苔園を回り池のほとりへと向かう。梅と桜の木が植えられていて、桜の時期には、その美しい姿が水面に映し出されて、訪れる人達の目を楽しませてくれるだろう。ちょうど側にベンチがあったので、私もしばらく眺めることにした。その時、後ろのほうで声が聞こえたので振り向いてみると、竹林の中から「たけのこ掘り」をしているらしい人達とも出会うことができた。

立田山自然公園:イメージ4

ゆっくりと桜を堪能した後は、左側に見える藁葺き屋根の建物へ…。この日、入口の柵には鍵がかかっていたため、中へ入ることは出来なかったけれど、ここは当時の面影をそのまま再現してつくられた茶室で、玄関まで続く石畳や苔むした石灯篭などにも、その時代の面影が伺える。そのまま茶室の裏へと回ってみると、竹林の前を通り山道へと続いていた。とはいえ、道はなだらかできれいに整備されているのでパンプスなどでも十分歩くことができる。400~500mの距離で、山道というより遊歩道といったところだ。さっきの池をぐるりと一周する形で、正面入口の前までつながっていたので、またもやベンチで一休みし、ここを後にすることにした。今日の散策時間はおよそ2時間で、ゆっくりと見て回ることができた。

はじめに書いたように、ここは山を丸ごと公園にしてあるため面積もかなり広い。今回は行かなかったが、上の方には遠足でよく使われる広場やアスレチックなどもあり、散歩や親子連れの利用者もかなり多い(入口は別)。また、もう一つの顔として、園内には細川忠興・ガラシャ夫人をはじめとする細川家藩主や泰勝寺住職歴代の墓も整然と並び、見どころの一つとなっている。

-DATA-

場所:
熊本県熊本市立田
交通:
車:国道3号線から県道337号線へ。道途中の案内板より左折。
公共:
市営バス→立田山自然公園入口下車
産交バス・電鉄バス→熊大前下車
駐車場:
あり(無料)
トイレ:
あり
入園料:
大人・高校生以上:200円(30名以上の団体160円)
中学生以下:100円(30名以上の団体80円)
幼児:無料
時間:
AM8:30~17:00(入園は16:30)

さくら草公園

Apr.15, 2001 サクラソウの唯一の自生地と春の公園を歩く

さくら草公園:イメージ1

さくら草公園はさいたま市の西のはずれ、荒川の河原にある公園で、日本最大と言われるサクラソウ自生地を中心とした公園である。サクラソウは花屋で売っているプリムラの仲間で、かつてはここ田島ヶ原のさくら草公園や、浮間ヶ原、戸田など荒川下流の河原に自生地が存在したが、盗掘や急激な都市化により、田島ヶ原のみ自生地が残った。この自生地は国の特別天然記念物にも指定されている。荒川は秩父から流れ出て、東京で東京湾に注ぐ川で、上流から流されたサクラソウの種子が下流の河原で根付いたらしい。サクラソウは埼玉県の県花であり、浦和市の市花でもあった。浦和市は'01年5月1日に大宮市・与野市と合併してさいたま市となったが、まだ市花は決まっていないようだ。

さくら草公園:イメージ2

西浦和駅を下ると、サクラソウの最盛期には改札口に公園への地図を置いていることがあるので、もらって行くと良い。改札を出て、左斜めへ進み、新大宮バイパスの歩道橋を渡る。新大宮バイパス沿いに少し歩き、田島の交差点で左に曲がり、西へ向かう。ゆるやかな坂を上っていくと、荒川の土手に出る。河原が公園になっていて、荒川を渡る秋ヶ瀬橋の左側がさくら草公園、右側が秋ヶ瀬公園である。左下の緑の原の中にピンク色が見えている。そこがサクラソウ自生地である。車道から離れて、ゆるやかな坂を下っていく。遊歩道に囲まれた所に、ピンク色のサクラソウ、そして黄色の花のノウルシが咲いている。5枚の花びらのサクラソウはその花の形が桜に似ていることから、その名前が付いている。ピンク色が鮮やかで、ノウルシの黄色の花との取り合わせも綺麗だ。白い花を鈴なりに付けたアマドコロは南側の遊歩道沿いに多い。尾瀬でも7月頃に見かける花なので、湿地帯を好む花なのだろう。また東側の遊歩道沿いには青紫の小さな花が連なったエンゴサクが見られる。

さくら草公園:イメージ3

サクラソウ自生地の横には、広場があって、芝生の上で弁当を広げたり、ボール遊び・フリスビーをする人で賑やかだ。広場の南側には八重桜がいくつか咲いている。その向こうに池が2つあって、その周りにはもっともポピュラーな桜のソメイヨシノがある。1,2週間前には、満開だったが、今は鮮やかな緑の葉に包まれている。さくら草公園を一回りしたら、さくら草公園の西側から秋ヶ瀬橋の下をくぐって、すぐ北に接している秋ヶ瀬公園へ行ってみよう。秋ヶ瀬公園はここから荒川に沿って上流へ2.5kmほど延びている細長い公園で、南から北へ、水棲植物園、野鳥園などがある。このように人工的に作られている部分もあるが、自然のままの雑木林もあり、既に緑の葉が多くなっているが桜並木もある。林の周辺にはタンポポがたくさん咲いており、歩いていて気持ちいい。散策を楽しんだら、秋ヶ瀬公園の南側に出て、秋ヶ瀬橋のところから西浦和駅へ戻る。秋ヶ瀬橋のたもとに「さくら草公園前バス停」があり、浦和駅へのバスに乗っても良い。

さくら草公園:イメージ4

さくら草公園はJR武蔵野線の西浦和-北朝霞間の荒川の鉄橋の北側にあり、桜が満開の4月上旬には電車からも桜が連なって咲いているのを見ることが出来る。さくら草公園がもっとも人を集めるのが、サクラソウの最盛期の4月20日頃で、その次がソメイヨシノが満開の4月上旬であろう。サクラソウ自生地は夏以降はカヤなどが高く生い茂り、春とは違った景色になる。さくら草を訪れるお勧めの時季はやはり、4月上旬から5月上旬と言える。

(写真は上から、サクラソウ群落、アマドコロ、サクラソウとノウルシ、八重桜、サクラソウ)

-DATA-

場所:
埼玉県さいたま市(旧浦和市)
タイム:
計1時間55分 西浦和駅(19分)さくら草公園前バス停(2分)さくら草公園 さくら草公園一周(30分)さくら草公園(5分)秋ヶ瀬公園 秋ヶ瀬公園一周(40分)さくら草公園前バス停(19分)西浦和駅
鉄道・バス:
JR武蔵野線西浦和駅下車(または浦和駅西口から志木駅北口行きバスにてさくら草公園前バス停下車)
車:
首都高速5号池袋線戸田南インターから新大宮バイパスを北方向へ、田島交差点を左折秋ヶ瀬橋手前信号を「さくら草公園」の標識に従い右折、すぐに左折、T字路を左折でさくら草公園駐車場着(休日は駐車場がすぐ満車となるので車はお勧めできない)
駐車場:
さくら草公園駐車場約60台
自動販売機:
無し
水飲み場:
トイレ前にあり
トイレ:
さくら草公園2箇所
携帯電話:
通話可
公衆電話:
無し

土佐矢筈山 1,607m

Apr.15, 2001 ピクニック気分で大展望を楽しむ。

昨年、急性腸炎で入院して以来、ろくな運動をしていない。ボディブレードをぶるぶるさせるのが精一杯。同じく、ほとんど運動をしていないかみさんを誘って登れる山を探していたら、車でのアプローチこそ長いが、登山口から1時間程度で絶景が楽しめそうな山があった。今回訪れる土佐矢筈山は剣山系の中でも手軽にハイキング気分で登れる山なので、入門には最適だろう。

土佐矢筈山 1,607m:イメージ1

登山口は「矢筈峠」。ここまでは徳島県の祖谷か、高知県の物部村からアプローチする。僕は同じコースを往復するのが嫌いな性分なので、行きは手前の祖谷から入る。R32を大歩危駅の橋から祖谷方向に曲がって、しばらくは昔有料道路だった道をかずら橋方向へ。かずら橋を過ぎたらR439の京柱峠方向へ。この道は国道とは名ばかりで非常に狭いので細心の注意が必要だ。しばらく行くと祖谷山林道への分岐に出る。ここから林道へ。ダートコースになる。ダートをずんずん進むと、今度は笹谷林道。かなり荒れている。僕の車はSUVでなんとか通過できたが、普通のセダンなどでは厳しい。後述する物部村からのアプローチが無難だろう。ちなみに、このダート沿いの谷道川はアマゴがかなり放流されているようで、魅力的なフライエリアが点在している。

土佐矢筈山 1,607m:イメージ2

やっとのことで登山口である「矢筈峠」に到着。既に車は埃まみれだ。反対側の物部村からは綺麗に舗装されたアクセス路があり、なんともつらい気分。まぁ、楽しんだので良しとしよう。南国インターからR195を徳島方向に進み、物部村に入ってすぐの永瀬ダム湖から県道49号で北進。奥物部の笹渓谷を目指す。目指す矢筈峠は笹渓谷の上流だ。登山口の「矢筈峠」は「アリラン峠」とも呼ばれる。峠開設時に多くの韓国の方が作業して、母国の風景に似たこの地を哀愁を込めてそのように呼んだそうだ。登山口には広い駐車場と綺麗なトイレがあり、準備には困らない。ただし、水場、自販機の類は望めない。さて、身支度を整えて出発。

土佐矢筈山 1,607m:イメージ3

最初はやはり大事をとってスローペースでスタート。登山口の案内ポストの中には自由帳なんかもあったりでほのぼのとした雰囲気だ。茂っているのはモミの木ぐらいでブナをはじめ、ほとんどの木々はまだ新芽段階。見通しのいい林間を歩く。多少アップダウンを繰り返すとやがて枝の隙間から目指す土佐矢筈山が顔を出す。頂上付近が笹原で覆われた、四国の山らしい美しい風貌だ。登山道は綺麗に下草や笹が刈られていて非常に歩きやすい。急な部分はきちんと丸太で階段が整備されていて、雰囲気を変えない範囲で素敵な登山道になっている。

土佐矢筈山 1,607m:イメージ5

土佐矢筈山 1,607m:イメージ4

木々を揺らす風の音に混じって、ウグイスが鳴いている。遠くからはキツツキのドラミングが響いている。やがて木の丈が低くなってきて、視界が開け、最後の急登に。笹原の斜面に白い岩が羊のように点々としている。右へ左へくねくねと曲がりながら笹原とコメツツジの中を登る。稜線を吹く風が心地よい。振り返ってみれば登山道からのコースが手に取るようにわかる。ほぼ尾根を直登気味に登ってきたようだ。鞍部に取り付いたところで、そこが京柱峠及び小桧曽山へ続く分岐になる。左の稜線の先端が土佐矢筈だ。笹原の中の道を最後の踏ん張り。頂上は三等三角点。頂上の先の突端からは、右に綱附森、左に天狗塚、三嶺、中央に次郎笈、剣山。剣山系の峰々が美しく連なっている。僕はこういう景色を見るといつも、「縦走欲」を掻き立てられるのだが、いまだ四国では実現していない。展望を楽しんだ後はお弁当。かみさんのおにぎりがいつもよりおいしく思えるのは、景色のせいか、風のせいか。

登山口へ下山後は物部方面に車を進めて「笹渓谷温泉」に立ち寄る。大きな看板などは出ていないので注意しないと見逃しそうだ。土日月祝だけ開いている温泉で、主人の人柄が出ている気持ちのいい温泉だ。しかもかなりしゃれている。湯の花が浮いていて、硫黄臭もあり、かなり効きそう。渓谷の眺めを堪能しながらの温泉。ぜひともコースに入れておきたい。

-DATA-

場所:
高知県香美郡物部村
交通:
JR土讃線高知駅より車で2時間。
タイム:
矢筈峠-(60分)-頂上
駐車場:
矢筈峠登山口約30台可能
トイレ:
矢筈峠登山口駐車場にあり。綺麗。
自動販売機:
まったくなし
携帯電話:
登山口は圏外。頂上に近づくとほぼ通話圏内
温泉:
笹渓谷温泉 08875-8-4550 土日月祝営業 [硫化水素泉。皮膚病、神経痛]
連絡先:
物部村役場 08875-8-3111

鎌倉 シャガの花咲く里の道

Apr.14, 2001 祇園山ハイキングコース

鎌倉 シャガの花咲く里の道:イメージ1

毎年5月になると、祇園山ハイキングコースへシャガの花を見に行くことにしている。しかし今年は大分気温が高いようで、4月半ばにして見頃を迎えたとの便りがあった。花が散らぬうちにと、鎌倉駅へ急ぐ。まずは鎌倉駅の東口から大巧寺へ。別名「おんめさま」とも呼ばれるこの寺は、四季を通して花が絶えず、またその境内を抜けると小町大路へ出られる。南下し、妙本寺へ。駅からほど近い場所にあるにもかかわらず、常に静かなたたずまいで迎えてくれる寺だ。まぶしい新緑のこの谷戸は、阿仏尼がホトトギスの声を聞きに来た場所とも伝わる。足を踏み入れると早速、白いシャガの花が出迎えてくれた。

鎌倉 シャガの花咲く里の道:イメージ2

山門を入ると、右手に苔むした一族の墓や頼家の子、一幡の袖塚が立ちこの比企谷は頼朝の乳母比企(ひき)氏の住んでいたところ。比企能員は2代将軍頼家の命により北条時政を討とうとしたが、はかりごとが事前に漏れ建仁3年(1203)年、能員は名越の邸で刺殺され、一族もこの谷戸で焼き討ちにされた。、比企氏滅亡の悲史を今に伝えている。境内のカイドウの花は、もう少し前に見頃を迎えていたようだ。祇園山ハイキングコースへはこの妙本寺の裏山からも入れるが、全行程を歩くために一度門を出て南下する。鎌倉最古の厄除け神社とされる八雲神社が、その入り口だ。境内のクスノキの巨木から、森の精気が香り立つ。奥の御岳神社にも頭を下げて、右手の細い道から石段を登りはじめる。

鎌倉 シャガの花咲く里の道:イメージ3

急な坂を登るにつれ、ぐんぐんと展望が開けてくる。登りきった地点のT字路を右に行けば、ほどなく丘陵の南端に位置する祇園山へ。海や鎌倉のまちなみが見渡せ、ベンチなども置いてある。一休みして踵を返し、北へと向かう。ここから樹林へ入る。比較的平坦で、歩きやすい道だ。30分ほど進むと、左手に先ほど立ち寄った妙本寺へ向かう分岐が現れた。今回はこの道はやり過ごすが、当分岐付近の斜面では、見事なシャガの群生がみられる。しっとりとした緑の葉の上に、一面、雪を散らしたような白い花が咲き乱れる。

鎌倉 シャガの花咲く里の道:イメージ4

ときおり、木々の間に民家がのぞく。この道は、鎌倉駅から一番近い手軽なハイキングコースだが、うっそうと茂る常緑の森が市街地の喧噪を忘れさせてくれる。少し小高い丘が屏風山(びょうぶやま)だが、樹木が茂り展望は無い。山道は左手に折れ、次第に下る。「腹切りやぐら」と示す古い立て札。「聖域への参拝以外の目的での立入は禁止」と告げる立て札の奥に、黒々とやぐらが口を開けている。中には、数十本の卒塔婆が立てかけられているようだ。北条一族が滅亡した折の墳墓と伝えられる場所で、手を合わせる。

鎌倉 シャガの花咲く里の道:イメージ5

森を抜け、明るい日差しの下、舗装路を降りていく。右手の柵の向こうに、野の花の揺れる静かな草原が広がった。東勝寺跡だ。東勝寺は北条泰時が開いた寺で、代々北条一族の菩提寺であった。元弘三年、新田義貞の軍に追い詰められ、北条高時ら一族がこの寺にこもって自害し果てた。いわば、鎌倉幕府終焉の地だ。その凄惨な光景を思い起こさせる建物の面影も、今は無い。その分かえって、新緑の若葉や花々の白さが目にまぶしく飛び込んでくる。

鎌倉 シャガの花咲く里の道:イメージ6

東勝寺橋の上で、滑川を眺めながら一息ついた。輝く水面。岩肌を滑る流れの上に、ケヤキの大木が影を落とす。この付近には山から海へと移動するアユやモクズガニがすみ、それを狙ってコサギなどの野鳥も舞い降りるという。橋の付近の石碑には、出仕の際に川底に銭を落とした青砥藤綱の逸話が記されている。「銭が無くなることは世の中にとって損失となる」と、落とした値より高価なたいまつで川底を照らし、人足に拾わせたとある。ここから当たり前のように見える自然の風景も、失ってはならない財産のひとつなのだと思う。

鎌倉 シャガの花咲く里の道:イメージ7

南下し、駅へと戻る。行きにも通ったこの小町大路は、若宮大路と平行して南北に走る、閑静な住宅街の道で、鎌倉駅より東側の様々なハイキングコースに向かうときによく利用する。途中で、日蓮上人が法華経の布教活動をしたといわれる日蓮辻説法跡に立ち寄った。この住宅地沿いの道で、かつて日蓮が数珠を振り上げていたと思うと、歴史上の人物が身近に感じられる。今回歩いた山を、左手に眺めながらの帰り道。なだらかな尾根が示すように、祇園山ハイキングコースは、それほど足に自身が無い人にもおすすめできる、静かな山道だ。出発地点の大巧寺境内を再び抜けて、現代の街の喧噪に身を浸した。

-DATA-

場所:
神奈川県鎌倉市
交通:
江ノ島電鉄線鎌倉駅より徒歩
コース:
江ノ電鎌倉駅(徒歩10分)→大巧寺(徒歩15分)→妙本寺(徒歩10分)→八雲神社(徒歩50分)→腹切りやぐら(徒歩15分)→日蓮上人辻説法跡(徒歩15分)→鎌倉駅
駐車場:
無し
トイレ:
鎌倉駅、妙本寺にあり
参考文献:
御所見直好著『誰も知らない鎌倉路』集英社、1983
岸由二編『いるか丘陵の自然観察ガイド』山と渓谷社、1997
浄明寺太郎著『かまくらなんでもガイド』金園社
田中敏治著『てくてくマップ鎌倉』北海道地図株式会社、1988

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ

Apr.13, 2001 裏大仏ハイキングコース

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ:イメージ1

サクラの花びらが舞う季節になった。散りゆく花を惜しみに、裏大仏ハイキングコースを通り源氏山公園へ行くことにする。まずは長谷大仏のある寺、高徳院へ。江ノ電の長谷駅から大仏までの500mほどの道には、観音像のある長谷寺や花のあふれる光則寺などの見どころがある。高徳院の門をくぐると、総高 11.5mの、青銅色の大仏が迎えてくれる。大仏の鋳造は建長4年(1252)年に始まったとされるが、完成時期や原形作者などもあきらかでない。もとは堂内にまつられていたが、明応4年(1495)年、大地震に伴った洪水で堂が壊れて以来、今のように露座の仏となっている。

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ:イメージ2

大仏の姿を拝んだ後は、高徳院の門から再び大通りへ戻り、道なりに進む。新大仏坂トンネル脇から伸びる階段を上って、いよいよ山道へ。出発地点で左手に見える道は長谷貯水池を経て江ノ電極楽寺駅に通じ、またまっすぐ奥に進めば大仏坂切通しを歩くことができる。しかしお花見が目的の今回は、源氏山公園に向かって、右手の山道を登ることにする。最初の急坂で、一気に高度をかせいだ。先ほど歩いていた車道も、すぐに木立の間からかすかに見下ろせる程度となる。

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ:イメージ3

このコースには、木の根が網目のように張り巡らされた場所が数箇所ある。張り出した木の根は、滑りやすい斜面の足がかりになってくれている。鎌倉では表土が薄く、岩盤が比較的、地表近くまで露出している。そのため木の根が地中深くまで張ることができず、地表に浮き出てくる傾向があるそうだ。根が木の重みを支えきれず、大木になる前に倒れてしまうものも多いと聞く。今足がかりにしている巨木もそのうち倒れ、その上から新しい生命が芽生えて、森は次の世代へと受け継がれていくことになるのだろう。

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ:イメージ4

スダジイの茂る道を進む。一度尾根に出てしまえば、あとは比較的平坦でよく踏み鳴らされた歩きやすい道だ。長谷トンネルの上あたりから大仏の後姿「裏大仏」を眺められると聞き、目を凝らす。木々の茂みのなかに、ようやく小さな青い姿を見つけた。草木の茂みが少ない冬場に、目を凝らしてようやく見える程度で、かえって鎌倉の緑の深さが心残る。海を見下ろしながら歩いた後、山中の三叉路で、佐助稲荷へ降りることもできる。

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ:イメージ5

森の道を抜け、山の尾根から住宅地や海を見下ろした後、ようやく源氏山公園に出た。源氏山は、源義家が前九年の役で奥州へと向かう際に、この山頂に源氏の象徴である白旗を立ててその勝利を祈願したゆかりの場所で、別名白旗山とも呼ばれている。約9万haの自然公園に点在する広間には、頼朝像などの名所がある。今回はこのまま鎌倉駅へ出るが、北上し北鎌倉へ抜けるハイキングコースの中継地点でもある。

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ:イメージ6

源氏山公園のなかを少し北へ歩くと、苔むした日野俊基の墓がある。俊基は、後醍醐天皇の側近として北条氏の謀反に参画したため、北条氏の手により鎌倉で斬られた武将だ。〝落花の雪に踏み迷う…年久しくも住み慣れし 十重の帝都をば 今を限りと顧みて 思はぬたびに出で給う〟という『大平記』のくだりは、当時の東下りを叙したものという。はらはらと舞うサクラの花びらに、えもいわれぬ表情を浮かべる人々。今も私たちには、桜吹雪に自らのせつない想いを重ねる日本人の血が流れている。

鎌倉 桜吹雪の源氏山へ:イメージ7

ワラビやシダが顔を出す坂道を源氏山から東側に下りていくと、途中に岩山をくり抜いたトンネルがある。有名な銭洗弁天の入り口だ。本社の隣の洞窟に湧く水は鎌倉五名水のひとつで、銭洗水と呼ばれる。平安末期、災害や貧困にあえぐ世の救済を源頼朝が祈願したところ、「この地に湧く水で神仏を供養すれば大平の世が訪れる」とのお告げがあった。社を建て宇賀福神をまつると世は治まり、いつしか霊水でお金を洗うと倍になって戻るという言い伝えが広まった。歩くついでに、お金が増えれば儲けもの。ひんやりした水で小銭を洗い、佐助トンネルを抜けて鎌倉駅へ戻った。

-DATA-

場所:
神奈川県鎌倉市
交通:
江ノ島電鉄線長谷駅より徒歩
コース:
江ノ電長谷駅(徒歩10分)→高徳院:大仏(徒歩50分)→源氏山公園(徒歩5分)→銭洗弁天(徒歩20分)→佐助トンネル(徒歩15分)→鎌倉駅
駐車場:
なし
トイレ:
高徳院、源氏山公園にあり
参考文献:
岸由二編『いるか丘陵の自然観察ガイド』山と渓谷社、1997
御所見直好著『誰も知らない鎌倉路』集英社、1983
浄明寺太郎著『かまくらなんでもガイド』金園社
白井永二編『鎌倉事典』東京堂出版、1991

鎌倉 春爛漫の里山歩き

Apr.01, 2001 腰越-広町-鎌倉山-深沢

鎌倉 春爛漫の里山歩き:イメージ1

今年もサクラの季節になった。花を愛でながら、静かな広町の森から有名な鎌倉山へと抜けようと考え、家を出た。まずは江ノ電腰越駅から神戸川沿いに歩いて広町の森へ。神戸川は、鎌倉三大緑地の一つ、広町の森から流れ出る川だ。一昔前に比べると、大分水が澄んだように見える。エサの魚を求めて、コサギも舞い降りてきた。教会風の建物のあるモンタナ幼稚園のところで右手に曲がり、東に伸びる道へと入る。細々と営まれる畑のわきを抜けると、次第に緑の谷戸が迫ってくる。

鎌倉 春爛漫の里山歩き:イメージ2

野の花が咲く土水路に沿って先へ進むと、ふいに奥行きのある谷戸の風景が広がった。室ガ谷(むろがやと)と呼ばれる、広町の森への入り口の一つ。ずっと米がつくられていたところだが、三年ほど前から休耕田となっている。最初の分岐を左手へ曲がり、フキ畑の奥から山道を登る。足元の岩は山から湧く水で常に湿っている。“洗い坂”と呼ばれたこの道も、昔よりは大分乾燥してきた。突き当たりの分岐を右へ。地元の人々の手づくりの道標を便りに、山の縁沿いに、東方向、七里ガ浜方面へ向かう。

鎌倉 春爛漫の里山歩き:イメージ3

広町の森は、開発業者と保全を求める市民とのはざまで、20年以上揺れつづけてきたところだ。現在は、都市林公園としての保全の方向性が検討されている。今日歩く道は、地元の市民団体が草を刈るなどして整備しているところだ。また、道の一部は、市が提唱する“市民健康ロード”計画にも盛り込まれている。自然を傷つけるほどの過度な利用は避けたいが、自然とふれあい、森を大切に思う人が増えることは、保全に向けての一歩となるはずだ。寄り道をしてオオシマザクラの巨樹を見てから、森を抜けた。

鎌倉 春爛漫の里山歩き:イメージ4

有名な、鎌倉山のサクラ並木へ。広町の森でよくみられたサクラは、以前炭焼きに使われていたヤマザクラなどだが、この道沿いのサクラは、宅地造成の際に植えられたソメイヨシノが多い。近年は〝サクラばかり植えるのは多様な生きものを守る視点に欠ける〟という指摘もあるが、やはり生まれもった日本人の心は否めない。光あふれる満開のサクラに、思わずため息をつく。最初の左に折れる道を行くと、じきに自動車道へ飛び出した。人と車で混雑する大通りを避け、道を北方向に下っていく。

鎌倉 春爛漫の里山歩き:イメージ5

笛田公園へ出て、芝生の上で一休み。これまで歩いてきた山は、次のような言い伝えで、龍の体になぞらえられている。昔、深沢の湖にいた五つの頭の龍が、子どもを食べるなど悪事を繰り返していた。あるとき現れた美しい江ノ島の弁財天に龍は結婚を申し込む。弁財天が龍の悪行をとがめたところ、龍は改心を誓い2 人は夫婦になった。人々を助け続けた五頭龍が死ぬと、亡骸は変じて深沢から龍ノ口に至る山になったという。物語に重ねてみると、辺りの景色が深みを増してくる。

鎌倉 春爛漫の里山歩き:イメージ6

緩やかなカーブを曲がりながら降りていくと、左手に緑の水面が見えてくる。2つの池が並ぶ、夫婦池だ。昔は水神様の池とも呼ばれ、農業用水のため池として大切にされていた。付近の田畑が減った今は、訪れる人も少なく静まり返っている。下の池の奥に見える小さな畑に行こうと、ササの間の道を進んだ。チィーッ、と澄んだ声。振り向くと、コバルトブルーのカワセミが飛び去った。池を半周して、畑に到着する。日だまりの枯草の、ひなびた香り。菜の花、セリ、水面に写るサクラの木。里山の春だ。 

鎌倉 春爛漫の里山歩き:イメージ7

深沢駅に向かって坂を下りきると、平坦な道の両側に田んぼが広がる。その脇に、今ではめっきり減った藁葺き屋根の民家が2件ほど。昔は鎌倉の内陸地も一面田畑で、ほとんどの家が萱(かや)ぶき屋根だったそうだ。村の人々が皆で萱を刈り、力を出し合って一年に一軒ずつ屋根を葺いていったという。ぬくもりある人々の結びつきが、この里山の風景を守ってきた。当時とは個人の生活も社会システムも異なるが、今の私たちだからこそできる自然との向き合い方もきっとある。この21世紀が、「春の里山はいい」と感じる人々の純粋な思いを、形にしていける時代になればと思う。

※ 鎌倉広町緑地は、2002年10月に保全の方向性が決まり、10年の公園化を目指し、保全・整備の計画が進んでいます。地域や行政の方々のご努力のおかげで鎌倉の美しい宝物が将来に渡り守られていくこと、心より嬉しく、これからも応援しています。

-DATA-

場所:
神奈川県鎌倉市
交通:
江ノ島電鉄線腰越駅より徒歩
コース:
江ノ島電鉄線腰越駅(徒歩20分)→ モンタナ幼稚園(徒歩10分)→ 広町の森室ガ谷(徒歩30分)→鎌倉山住宅地(徒歩40分)→笛田公園(徒歩30分)→夫婦池(徒歩30分)→湘南モノレール深沢駅
駐車場:
なし
トイレ:
市腰越行政センター(モンタナ幼稚園付近)、笛田公園にあり
参考文献:
鎌倉市教育委員会『かまくら子ども風土記 中』2000
小澤彰『鎌倉 下巻』神奈川県郷土文学研究会、1981
その他:
広町の道は、足場が悪い上、分かりにくい。できれば地元の市民団体のイベントに参加を

三毳山(みかもやま)

Apr.01, 2001 万葉集にも詠まれたカタクリ咲く小さな山

三毳山(みかもやま):イメージ1

三毳山は万葉集に詠まれていることと、カタクリの群生地があることで知られる山である。この三毳山(みかもやま)は東北自動車道を東京から北へ向かい、栃木県に入って最初にほぼ正面に見えてくる山で、通ったことのある方は必ず見たことがあると思う。標高は229mと低い山だ。山の北側に、栃木県内でも1、2と言われるカタクリの大群落がある。この大群落は「万葉自然公園かたくりの里」として整備されている。カタクリがほぼ咲きそろったと聞いて、花を見る楽しみのある低山歩きに出かけることにした。

三毳山(みかもやま):イメージ2

朝早く家を出て、東北自動車道を北へ向かう。利根川を渡るあたりで西に、秩父の山と遠く雪を多く残す富士山が見える。栃木県に入って、左カーブのほぼ正面に目指す三毳山が見えてくる。三毳山が間近になると佐野藤岡インターが有り、ここで高速を降りる。三毳山の東側を回り込んで駐車場に着く。かたくりの里管理センターを左に見て、ほぼ南の方向へ、かたくりの里の道標に従って歩き出す。ここから10分ほどで、かたくりの里のカタクリ群生地があり、更に登ったところが三毳山の頂上である。道の両側に売店があるが、店開きはまだのようだ。右側にミズバショウが咲いているが、これは植えたもののようだ。山桜が少し咲き始めている。しばらくのゆるやかな登りで、右側にこぢんまりした野外音楽堂があり、三毳山の四季折々の花などの写真が展示してあった。この少し先でカタクリの群落が見えてきた。緩やかな歩道の両側斜面にびっしりとカタクリの花がある。埼玉・東京あたりで見るものより花が大きく、葉も大きい。ただ、昨日降った雨か、朝露に濡れているので、まだ花を開いていない。しばらくカタクリの花が続き、少し上に行くと、左側に緑の葉の植物がある。名札が立ててあり、それによるとニリンソウのようだ。白い花のつぼみが少しあった。

三毳山(みかもやま):イメージ3

カタクリ群生地が終わり、さらに登っていく。ここから35分程で頂上らしい。葉が少しずつ出てきた雑木林の中を登っていく。階段が作ってあったり、道に小石が敷かれていたりと整備された道だ。整備された道が終わり、少し急になった道をさらに登ると、ひとつピークを過ぎて、道は下りになる。道ばたのヤマツツジが赤いつぼみを付けている。登り返すと、まもなく三毳山の山頂「竜ヶ岳」に到着だ。狭い頂上であまり休むスペースはない。ここからは筑波山や秩父の山、富士山も見えると言うが、かすんで見えない。もっと早い時間や、空気が澄んでいれば見えるのだろう。その代わり、北に日光の山々、西に佐野市街と東北自動車道が見える。道はさらに南へ続き、尾根伝いに三毳神社まで行き、山の東山麓を回って、かたくりの里管理センターへ戻る道もある。今日は今来た道を戻ることにした。カタクリ群生地まで戻ると、カタクリの花がだいぶ開いていた。びっしり並んだ花が花びらを反り返して咲く姿は壮観である。ただ、陽も高くなったこの時間には、三毳山へ登る人、カタクリを見に来た人で、歩道はいっぱいだ。譲り合って道を進みたい。管理センター近くまで下りていくと、行きには開いていなかった売店が開いていて、地元の名産品や、まんじゅう、だんごなどを売っている。

三毳山(みかもやま):イメージ4

カタクリ群生地を歩いていて気づいたのは、カタクリの茎が2、3本折られていたものがあったことである。花だけ折って持ち帰った人がいるのだろうか。管理センター近くの売店でもカタクリの鉢を売っているので、自宅でも花を見たい方は買っていけば良いと思う。かたくりの里にはカタクリの少し前にアズマイチゲが咲き、カタクリが終わると、次にはニリンソウが咲き、夏にはホタルブクロ、ヤマユリ、秋にはヤマトリカブトなどが咲くという。季節を変えて、静かな時期にまた訪れてみたい。

(写真は上から、三毳山、カタクリの花、カタクリ群落、ニリンソウのつぼみ、三毳山頂上から北方向の眺め)

-DATA-

場所:
栃木県佐野市
タイム:
計1時間20分 登り:かたくりの里 管理センター(10分)カタクリ群生地(35分)三毳山(竜ヶ岳頂上) 下り:三毳山(竜ヶ岳頂上)(25分)カタクリ群生地(10分)かたくりの里 管理センター
鉄道・バス:
JR両毛線・東武佐野線 佐野駅からタクシー20分でかたくりの里 管理センター、土日のみ佐野駅近くの市役所前から臨時直行バスでかたくりの里 管理センター
車:
東北自動車道 佐野藤岡インターで降り、国道50号を栃木市方面へ、万葉自然公園かたくりの里の看板に従い、左折、さらに3km進んで左折、旧国道50号を佐野方面に向かうと間もなく、左側にかたくりの里 駐車場入口
駐車場:
かたくりの里 管理センターそばに300台分
トイレ:
かたくりの里 管理センターに有
自動販売機:
かたくりの里 管理センターに有
携帯電話:
通話可能
公衆電話:
かたくりの里 管理センターに有

北キプロス◇安ホリデー

Apr.01, 2001 女神の園

北キプロス◇安ホリデー:イメージ1

オフシーズン(11月~3月)のキプロス島は狙い目である。半分以上のホテルが30%~50%OFFとなる。中でも北キプロスはお薦め。夜は少し寒いが(暖かいセーターと、念のためコートを持っていくことをお勧めします)、日中は、かなり暖かい(平均気温20度弱)。観光客もほとんどいない。賑やかさを求める人には、ちょっと物足りないかもしれない。けれど、柔らかく暖かい日差し、ゆったりと流れる時間、安くて美味しい地中海料理、気まぐれに変わる海の色、癒されるような波音、懐かしい潮の香、地元の人達との交流・・・・。誰もが「南の島」と聞いて思い浮かべる風景は、きっとここにあると私は思う。ちなみに、キプロス人はとても人懐っこい。しかも、日本人を異常に珍しがる。どこに行っても、ちょっかいを出されるので大変だった(笑)。

「安ホリデーに不安はつきもの」
ロンドン・ヒースロー空港から約5時間、真夜中の3:30南キプロス、ラルナカ空港に到着。「おいおい、息が白いぜ?南の島だというのに・・・」空港を出て、私は震えながら前もって頼んでおいたタクシーに乗り込む。街灯も信号もない、ひたすら真っ直ぐな道を凄い速度でオンボロベンツタクシーが走る。目指せ北キプロス!約3時間のドライブ。シートの下のバネがギシギシと軋み、飛び出た一部が身体に食い込んで痛い。でも、いつの間にか眠ってしまった。「お客さん、着いたよ」運転手のオヤジに言われ目を覚ます。(ホテルってただの草薮じゃないか?)よく見ると、草薮の中に寂れた白い建物がポツンとある。「あれホテル?」私が指差して聞くと、オヤジは「そうだ」と肯く。支払いを済ませ、タクシーから降りホテルの取っ手に手をかける。中はがらんどうで真っ暗だ。しかも鍵がかかっている。タクシーのオヤジは行ってしまった。「おい、こら、はめやがったな?このヤロー!」ドアの前でドタバタやっていると、Tシャツに短パンの男が出て来て鍵を開けてくれた。「hello!」と笑ってはいるものの、目がしょぼしょぼしている。どうも客は私だけらしい。(大丈夫なんだろうか?)不安を抱きつつ、私のキプロスホリデーは始まった。

「bath of Aphrodite」

北キプロス◇安ホリデー:イメージ2

アフロディーテの風呂桶である。「Aphrodite's birthplace」(海にデカイ岩が二つ並んでいるアレです)はよく聞く言葉だけれど、「bath of Aphrodite」を知っている人は少ないだろう。何せ北キプロスの僻地なんだからこの風呂桶は。あっちが海の美なら、こちらは山河の美である。今日のメインコースは風呂桶と隣接している「Aphrodite's trail」なのだが、その前に歴史遺産ともいえる(実際に登録はされていないが)風呂桶の紹介を・・・。駐車場に車を停め(キプロスでは車をレンタルすることをお勧めします。交通手段が何もないところなので)野山に放し飼いにされている、山羊の鈴の音を聞きながら、生い茂った木々で薄暗い細い山道を登っていく。雑ではあるけれども、それなりの階段になっているので歩きやすい。時折、右手に広がる谷間から(誰が来たのか?)と山羊がひょいと顔を出す。髭を生やした爺さんみたいで変な顔だ。5分くらい歩いただろうか?汗ばんだ身体を涼やかな風に、すっと撫でられた。微かな水の流れる音。そして、小さな橋を渡りきると目の前に風呂桶が現れる。想像していた風呂桶よりずっとロマンチックだ。足元には直径4、5mほどの浅く澄んだ泉が広がっている。泉を取り囲むように4、5mほどの高い岩壁が聳え立ち、その岩の隙間から一筋の滝が泉に降り注いでいる。水の玉がキラキラと飛び散る様が繊細で、清らかで、幻想的である。「そこは穏やかな母胎中の安らぎだった」なんて、詩人してしまうほどに美しい。それにしても「泳ぐべらからず」という看板がある所を見ると、ここに入って泳いでしまう不届き者がいるらしい。

「Aphrodite's trail」

北キプロス◇安ホリデー:イメージ3

これは、一体どこまで続いているか分からない長い道である。地図によると、一応一周して戻ってくるということになってはいるが、あまりに長い道のりのため、途中でもう戻ってこれないのではないかという不安に襲われる。というわけで私は途中でとぼとぼと引き返してしまった。「trail」という単語を知らなかったのだ。「風呂場の隣だからトイレかな?」なんて考えていたのである。「Aphrodite's trail」とはアフロディーテの小道、アフロディーテの散歩道。足場が悪い所もあったりするので、きちんとした服装で望みましょう。ローファーなんて禁物ですよ(←私)。岸壁の下の海を見下ろしながら小道は続く。太陽の強さ、傾き具合、風の具合によって海の色がコロコロと変わる。歩き疲れたら、道端の石に腰を下ろして海を見ながら一休みすればよい。南の島の時間は、日本のそれよりゆっくりと流れるから。40~50分ほど歩くと右手に消えかけた文字で「Aphrodite's trail」と書かれた小さな看板が見えてくる。看板が指し示す方向は、どう見ても角度30度ほどの獣道である。登るか登らないか、それはあなたにお任せする。ローファーの私は登った。だが、30分で力尽きた。何故なら小道がどんどん細くなるのだ。最後はやっと一人が通れる幅にまでなってしまう。右手は山肌、左手は谷、転げ落ちたら絶対死んじまう・・・。ローファーの私には無理だった。しかし、登ってみるだけの価値はある。「キプロス万歳!」と叫びたくなるくらい景観が素晴らしい。

北キプロス◇安ホリデー:イメージ4

また、キプロス島には釣り具やダイビング機材を貸してくれるショップも多数あるので嬉しい。ただ、北キプロスの一部はトルコ領で現在も冷戦中らしく危険なため、避けることをお勧めする。

-DATA-

場所:
キプロス共和国
交通:
あるにはあるが、車のレンタルの方が安くてお得
駐車場:
心配なし
トイレ:
「bath of Aphrodite」「Aphrodite's trail」は駐車場の側にあり
通貨:
キプロス・ポンド(私が行ったときは£1=¥180~190位でした)
物価:
£2~3で山盛りの料理を食べられます。
日本食店:
ありません。中華料理店はありましたが・・・・
レンタカー:
ホテルに頼めば手配してくれます。
空港からのアクセス:
タクシーをお勧めします。これもホテルが手配してくれます。
CYPRUS:
「キプロス」ではなく「サイプロス」が正しい読み方だそうです。
HP:
http://www.cyprustourism.org/ でかなり詳しい情報が得られます

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