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歴史と文学の里の山「天覧山」

Mar.24, 2001 手軽に楽しめる奥武蔵低山トレック

奥武蔵の清流沿いで梅花が開き、甘い芳香を南風にのせている。自宅から仕事場まで片道約3キロを自転車通勤しているのだが、朝な夕な芽吹き直前の樹木や草や土や川面を渡る風さえもが、ネクタイ姿の私を盛んにフィールドへと誘うので、ともするとそのままどこまでもペダルを漕ぎ続けたい衝動に駆られてしまって本当に困る。そこで解消を図ろうと、里山トレッキングに家を出た。向かうのは、緑と清流のまちの飯能市のシンボル「天覧山」である。

歴史と文学の里の山「天覧山」:イメージ1

飯能市街地の北西に位置する天覧山は標高わずか195メートルの低山だ。山というよりはどちらかというと小高い丘と形容したほうが適切かも知れない。この山にハードな山登りの靴は不要、スニーカーで十分。同山は手軽に楽しめる市民の山。だから、夏の早朝、近所のお年寄りたちが頂上から何人も下りてくるなんていう光景にも出くわす。さて、今回のトレッキングの起点に設定したのは飯能河原。入間川が大きく蛇行し、そこに砂利が堆積して形成されたのが飯能河原で、浅い流れと広い河原が特徴。夏にはクヌギやコナラなどの河畔林が緑陰をつくり、小さな子どもも安心して水遊びができるのと、飯能駅を下車して徒歩約15分という立地条件の良さから、シーズンになると涼を求めて大勢の家族連れが来訪する飯能を代表する行楽地だ。西武飯能駅を下車し北口駅前広場を左に折れ、稲荷消防分署横を通過、全国でも珍しい子ども専用の市立図書館(ログハウス風)を右手に見ると、飯能河原は目前。歩行者専用橋の「割岩橋」を渡り切り、袂左側の坂道を下れば、流れの辺りだ。

歴史と文学の里の山「天覧山」:イメージ2

川風を受けながら河原を渡り、さらに名栗村へ通じる県道飯能名栗線を横断すると、飯能市の文化活動の拠点施設ともいうべき、市立郷土館と市民会館の施設が右手に現れる。郷土館は飯能の埋蔵文化財包蔵地の所在を示した立体模型や縄文から近世までの遺物が展示されているので、興味ある人は立ち寄ってみるといい。正面に明治維新の「飯能戦争」の舞台となった能仁寺の山門。明治元年5月。上野の山に立てこもっていた幕府方の彰義隊の一部、振武軍は江戸を追われ、飯能まで逃走。そして能仁寺を本陣として官軍を迎え撃ったが、本陣の同寺は圧倒的な兵力を誇る官軍の砲弾を浴びて飯能のまちとともに焼け落ちた。参謀の渋沢平九郎は敗走、飯能から故郷の熊谷へ通じる峠を下ったが、官軍の兵士に見つかり、峠沿いの流れの辺で腹を切り、22歳の生涯を閉じた・・・これが飯能戦争。焼失した本堂は昭和11年に再建され、現在に至る。

山門をくぐり本堂に向かって歩く。本堂手前を右に折れ、しばらく境内を進み、左折して登り口。同寺の参道も兼ねているのでコンクリート舗装されているが、スギやヒノキの木立と広葉樹の混交林が両側から迫り、そして頭上をも覆っているので、さながら緑のトンネルのよう。一年を通してトレッキングが楽しめる天覧山。夏期、山頂から下り、この辺りまで来ると樹間を吹き抜ける緑の涼風で、たちどころに汗もひいてしまう。ツツジやサクラなどを愛でながら、中腹の広場にたどり着く。整備が行き届いた広場には浄化槽完備の公衆トイレ、東屋やベンチが設けられ、休祭日にはいろとりどりのデイパックを背負ったハイカーたちが休憩する。「これからのバックパッキング」(ジョンハート著、日本語版監修・芦沢一洋)の中に落ち着いた色のパックを選び、自然に溶け込むことを提唱する「パックの色にもインパクト効果を配慮したい」という趣旨の記述がある。異論もあると思うが、全面的に支持したい。さて、広場上段でルートは直進と右折とに分岐する。右を選択すると、神久山(168メートル)から太郎坊(200メートル)を経て、西武秩父線の高麗駅方向、あるいは天覧山の後背に位置する多峯主山(271メートル)へと尾根づたいに向かう。ここは直進して、山頂をめざそう。

歴史と文学の里の山「天覧山」:イメージ3

再び登山道は二手に分かれるが、今回は岩場を楽しむ左ルートをとることにする。やがて、右手側の切り立った岸壁に露座の石仏が出現するが、これが元禄年間、将軍綱吉の生母桂昌院が奉納したといわれる十六羅漢。鏡岩と呼ばれる岩場を抜け、一気に登り詰めれば、すぐに山頂だ。開けた展望台からの眺望は良く、飯能市街地、富士山、丹沢も遠望できる。手軽に登れる山として首都圏の中高年ハイカーたちに人気の高い同山はまた、飯能市民の散策の場でもある。さらに、時期になると、自然保護に関心の高いバードウォッチャーたちがオオタカやサシバ、ハチクマなどの確認にこの展望台を訪れる。

歴史と文学の里の山「天覧山」:イメージ4

現在の呼称は天覧山だが、羅漢山(らかんざん)、古くは愛宕山(あたごやま)とも呼ばれていた。明治16年の明治天皇登頂で今の呼び名になったが、羅漢山の名称は、飯能を舞台に書かれた三島由紀夫の長編「美しい星」(昭和37年)の「四角いモダンな公会堂の純白の建物は、すぐうしろの羅漢山のくろぐろとした夜の塊りから浮き出し・・・・」の文中にも現れる。現在、公会堂はなく、跡地には大型の木製遊具が設置された中央公園が整備され、子どもたちの歓声が響いている。同著をひもとき探索したのなら、天覧山トレッキングもまたひと味違ったものになるかも知れない。

-DATA-

場所:
埼玉県飯能市
交通:
西武池袋線飯能駅下車、飯能河原まで徒歩15分。池袋駅から飯能駅まで特急で約45分。
駐車場:
天覧山下公園(中央公園)。4月1日から同公園で「飯能さくらまつり」が開幕する。
トイレ:
今回のコース起点となる飯能河原、天覧山下公園、天覧山中腹広場。いずれも水洗。
味:
飯能河原に面したクヌギ林の中に蕎麦屋「櫟庵」。手打ちのそばとうどんは美味。そば饅頭やそばプリンなども。
ミュージアム:
天覧山下公園に近接して飯能市郷土館。縄文土器や中世の遺物が常設展示されている。入場無料。月曜休館。ロビーに見学者用のお茶が用意してあるので、トレッキングに疲れたらちょっと寄り道して頂いてしまおう。ただし、他の利用者もいるので喉を潤す程度にとどめること。

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