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鎌倉 錦秋の渓谷を行く

Nov. 4, 2000 獅子舞~太平山

鎌倉 錦秋の渓谷を行く:イメージ1

鎌倉には、閑静な紅葉の渓谷がある。有名な天園ハイキングコースに通じる、細いわき道だ。雨上がりの青空の下、秋を求めて鎌倉駅へ向かった。観光客で混雑する駅から北東に進み、大塔宮へ。鎌倉幕府倒幕を企てた護良親王が幽閉された土牢のある神社。ヤマノイモの葉が、黄色く照り映えている。北上し、右手に瑞泉寺を見て分岐を左折した。

鎌倉 錦秋の渓谷を行く:イメージ2

永福寺跡へ。この広大な原野には、かつて荘厳な寺院があったという。源義朝が、戦死した義経ら武将の魂を鎮めるため、平泉の中尊寺を模し建立したものだ。今はその面影すらなく、ススキが銀の穂を揺らすばかり。昭和41年に国の史跡に指定され、近く寺院跡の復元が予定されている。分岐を右折し、変電所のふもとを進む。細々と営まれる畑を通ると、道は木々の合間に入って行った。

鎌倉 錦秋の渓谷を行く:イメージ3

二階堂川沿いに進むと、喧噪はパタリと途絶える。流れが細まり、岩壁が両岸に露出する渓谷へ。逆光を浴び、こずえがまぶしく光る。ヒッ、ヒッと静寂を破る鳥の声。ジョウビタキだ。オレンジ色の腹に黒い背、2つの白斑。この斑を着物の紋に見たて、モンツキドリと呼ぶ地方もある。シベリアから飛来した彼らが冬のなわばりを得るための、命をかけた歌を聴く。

鎌倉 錦秋の渓谷を行く:イメージ4

次第に深い森に入ると、せせらぎの音が静かに響いてくる。浸食を受けた岩が階段状に広がり、なだらかに3段、4段と水を落としている。小さな滝つぼに広がる波紋。この河床は、約500万年前の噴火によりできた逗子シルト岩層だ。絶えざる浸食がかたちづくった不思議な地形に、ときおり木漏れ日が差し込む。シダが大きな葉を広げ、太古の水底にいるような錯覚を覚える。

鎌倉 錦秋の渓谷を行く:イメージ5

左右を囲む壁面には、かつてかまくら石といわれ、石垣や石段に用いられた岩盤層がみられる。池子火砕岩層と呼ばれるかなり耐久性がある堆積岩だ。あたりは手入れをされなくなって久しいスギの植林地。水分を含みぬかるんだ土が、足をすくう。古ぼけた板切れの橋を渡りながら、人々が森と共に暮らした時代に思いを馳せる。

鎌倉 錦秋の渓谷を行く:イメージ6

急な傾斜を登るにつれ、林が明るくなっていく。ほんのり紅をまとい始めた木々。温暖で常緑樹の多い鎌倉では、山全体が赤く染まるところは少ないが、ここは沢一帯をイロハモミジが覆っている。朝夕の冷え込みが深まる11月下旬~12月上旬には、谷全体が深紅に染まるそうだ。晴れた日には、紅葉の海から富士山が顔を出す様も見られるはずだ。

鎌倉 錦秋の渓谷を行く:イメージ7

道を登りつめ、天園ハイキングコースの尾根に出た。眼下に広がる海に、やわらかなベール状の光が差し込む。石段状の太平山を通り、苔むした岩間を抜けて、覚園寺方面へ進む。つるべ落としの秋の日に、追われるように下山した。分岐を左折し、ようやく亀ヶ淵の住宅地へ。南下すれば、先の永福寺跡に出る。人恋しくなる黄昏時、にぎやかな小町通りをそぞろ歩いて鎌倉駅へと辿り着いた。鎌倉の秋は、まだ始まったばかり。谷が紅葉で埋まる頃、今度はまた栗ご飯でも持って訪れよう。

-DATA-

場所:
神奈川県鎌倉市二階堂
交通:
横須賀線・江ノ島電鉄線鎌倉駅→徒歩30分またはバス大塔宮
タイム:
鎌倉駅(30分)→大塔宮(15分)→永福寺跡(5分)→分岐を右折(10分)→獅子舞(1時間)→太平山(30分)→覚園寺への分岐(30分)→永福寺跡(30分)→鎌倉駅
駐車場:
無し
トイレ:
駅、ふもとのコンビニ、大塔宮などに有り
参考文献:
『鎌倉なんでもガイド』浄明寺太郎著 ㈱金園社発行
『鎌倉の自然』鎌倉市教育研究所編 鎌倉市編集委員会発行

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