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燕岳2763m

Sep.27-28, 2000 憧れの燕(つばくろ)~愛息と紅葉を求めて~

9月26日深夜。高松よりジャンボフェリーに乗り込み、いざ、出発。目指すは長野県穂高町中房温泉。風化花崗岩の独特の山容をもつ北アルプスの「女王」燕岳を目指す!槍ヶ岳から北東に至る山脈。族に表銀座と呼ばれるコースの出発点でもある。愛息幹太の体力と、それを背負うことになる私の体力を考えると1日 5時間の登行が限界と考え、山を選んだ。燕岳の紅葉は例年9月中旬から。今年は少し遅れ気味との情報を燕山荘HPよりキャッチ。錦秋の山頂に期待して挑む。1泊2日の山行。北アルプスの入門コースです。

フェリー、高速を経て9月27日10時過ぎ中房温泉登山口到着。登山口は町営有明荘から5分程度。天気は薄曇り。時折晴れ間を覗かせる程度。10時30分登山スタート。幹太(3歳8ヶ月)、今年、久住法華院温泉、大山に続く三度目の四国外登山に挑む。

燕岳2763m:イメージ1

麓の紅葉はまだ始まっていない。紅葉情報は山頂付近のものであり、例年登山口あたりは10月中旬とのこと。望む山並みには雲がかかり、その美しい姿をまだ見せてくれない。登山開始。日本三大急登と言われる合戦尾根。ガイドブックでは出足は結構きついとかいてあったはず。しかしそうでもない感じ。「大山程じゃないね。」と家内と話す。幹太快調。大山で1/3歩いた実績もあり、今日は楽な登山が出きそう。燕岳までは約30~40分置きにベンチがある。そこで各5 分程度休憩し、快調に進んだ。(ベンチ周辺は多くの人が休憩できるよう十分なスペースが確保されている。ただし水場は第一ベンチ近くだけだったとおもう。第一、第二、第三、富士見ベンチと続く。ちなみに「富士見」ベンチから富士山は見えません?各ベンチごとに標高と山頂までの距離が書かれており目安とする。)

幹太は快調に登っていた。しかし!登山開始約2時間、第三ベンチで「合体する。」との声。子供が山嫌いになっては困るのでその声はいかなる状況であれ聞き入れることにしている。しかしよく頑張った。ここからはチャイルドキャリアーに搭乗です。この第三ベンチからは燕山荘まで普通に登れば2時間。富士見ベンチを経て次の休憩所の合戦小屋まで1時間程度。大天井・常念を左に見ながら登って行く。合戦小屋には暖かいうどんがあると聞いていた。

燕岳2763m:イメージ2

前日雪が降っているという、完全に冬型の気圧配置。スントアルティマチックの温度計は12度と表示していた。予定の約一時間後予定通り合戦小屋到着。下方を望む。穂高の町並みが一瞬顔を見せた。幹太は寒さに震えていた。この寒さ。登ってきてもビールも欲しくない。「味噌煮込みうどん」2つ注文。「山菜うどん」と悩みに悩んだあげく決定。外にも多数のベンチがあり天気が良ければ外で食べるのいい。夏にはスイカがあることでも有名。もちろん生ビールも。味噌煮込みうどんで体の芯まで暖まる。しかし、そのぬくもりも長くは続かなかった。この寒さの中、小雨が降り始めた。フリースの上に合羽を着込む。それでもまだ寒いくらい。腕から外した時計の表示温度は8度になっていた。幹太もかなり寒そうだったので、家内に「先に山荘に行くぞ」と言って幹太を背負い込み山荘を目指した。あと一時間。雨が強くならないこと祈り歩いた・・・。

燕岳2763m:イメージ3

すると・・。小雨が雪に変わった。。。小屋から20分ほど登ると「合戦沢の頭」に出る。ここも「ベンチ」のようなところであり視界が良ければ燕・大天井・槍が望める。確認できたのは周りの木々のみ。それらは(植物に興味がなく名前を知らない)黄色や朱色に色つきとても美しかった。合戦小屋からは樹林帯を抜けて来るので本来ならば視界に広がる景色も楽しめるに違いない。少し歩くと宿泊先の燕山荘が見える。まさにアルプスの山小屋。丸太組で赤い屋根は洒落ていてかわいい。山荘付近は綺麗に色つき、我々を迎えてくれた。

山荘に着いて話を聞くと前日(26日)は例年より20日程度早い冠雪だったとのこと。山は侮れない。かつてまったく同時期の白馬の山小屋で氷点下2度を経験していた教訓が生きた。少々重かったが衣類は十分持って来ていた。白馬山荘で家内が発熱したことを思い出す。。。15時30分。家族三人無事に山小屋到着。結局5時間かかった。登山口の標高1462mから山荘 2680m。約1200mの標高差。日本三大急登は登りごたえがあります。とはいえ、休憩を十分取りながらであれば、普通の体力で十分楽しめると思います。

荷物をおいて山荘自慢のテラスでストーブを囲みココアをいただく。一杯630円也。幹太も満足そう。この寒さが山嫌いにならなければと思い、ココアを勧めた・・・。外の視界はいっぺんに悪くなってしまった。明日の朝に期待しよう。部屋はいかにも山小屋。若いスタッフの「お部屋に案内します。」の声に導かれ部屋に向かった。今までに経験したことのない「部屋」だった。部屋といっても二段ベッドのようなもの。上と下に別れていて廊下からはカーテンで仕切られているだけ。寝台列車を想像してみて下さい。そんな感じです。。。

燕岳2763m:イメージ4

ここで忘れ物に気付く。マグライト。。消灯後のトイレなどに行く際に必要になる。みなさん、お忘れないように。一時間ほど仮眠して夕食。これは素晴らしかった。ハンバーグに魚のフライ。鮭の入ったみそ汁に漬け物。生ビールを注文し、最高の食卓。東京から来ていたおばちゃん等と話が弾んだ。8時就寝。(ここの寝具は寝袋。不特定多数の人が使っても不快感のないよう開発された素材を採用している。女性や神経質な人でも使えるよう配慮されている。)明日のご来光と燕岳登頂に備える。

9月28日 4時30分起床。寒い、とにかく寒い・・・。服を着込み外へ出る。空が明るくなって来た。山荘の外の温度計は氷点下3度。霜柱が立ってる。目の前に見える燕岳。風化花崗岩の独特な山容は非常に美しい。燕岳山頂までは距離にして1㎞程度。頂上が2763mだから標高差80m。花崗岩の白と植物の緑、紅葉の朱と黄色が混ざって素晴らしい。岩稜イメージがある北アルプスの中でこれだけ美しく化粧をする山を見たのは初めてです。これが「女王」たる由縁でしょう・・。

燕岳2763m:イメージ5

5 時35分ご来光。(ご来光の時間の目安をフロントに掲示してある。嬉しい心遣いである。)足下には雲海が広がり、富士山を下に見る。モルゲンロートが槍、穂高を染める。槍の穂先は雲で見えなかった。山荘前からは360度のパノラマ。稜線つたいにどのルートに出ても素晴らしい視界が約束されている。6時に山荘に入り朝食。やはりここの食事はいい。今までの山荘が悪いわけではないが、食材、量共にいい。

燕岳2763m:イメージ6 燕岳2763m:イメージ7

食事も終わり、いざ燕岳へ。山荘から見えるルートをたどるだけ。日も射し少し暖かくなってきた。幹太も自力で登り始めた。山頂までは稜線つたいとなり左には双六・笠が岳、後方に繋がる槍穂高を確認できる。山道は非常に歩きやすく、雪のあとでもぬかるみはない。途中、霜柱を観察したり。風化花崗岩の「めがね岩」で写真を撮ったり・・・。

燕岳2763m:イメージ8

山頂目前で天気が一気に変わり始めた。風が強くなり、ガスが出始めた。山頂付近で視界ほとんどなくなった。最後の最後で足下が悪い。ちょっとした岩登りとなる。幹太を抱きかかえ登頂。山頂は非常に狭い。4人も上れば一杯になるくらい。遅れて強風に怯えながら家内登頂。(※女性にとっては非常に怖いらしい。一般登山路でも恐怖心を抱くポイントがどこの山でも必ずとあることを考慮しなければならない。いけるいける!等という軽率な言葉は恐怖心をもった奴らを苦しめる。絶対に無理をさせないこと。)その時視界はガスに遮られていた。このまま北へ進めば北燕岳へ20分ほどでたどり着く。

登頂記念撮影。そして下山。と同時にガスが切れ始めた。下山ルートは行きを逆戻り。ガイドブックには山荘~登山口3時間30分とあったが4時間以上かかった。下りの厳しさにびっくり。「こんなに急だったんだ・・・。」と話す。とにかく帰りでそれを痛感し、幹太はよく登ったと評価する。下りは危険で歩かせられない。大人も要注意です。さすが日本3急登。大山より足下がいい分楽に感じたのか?大山登山が夏で暑かったから今回の方が楽に感じたのか?いずれにせよ、この急登は名ばかりでないと分かった。無事中房温泉到着。ものすごく充実していた。やはり北アルプスはいい。と言っても「北」しか行ったこと無いんだけど。槍穂高、笠が岳に双六岳。この展望は最高!有明荘の露天風呂、これまた最高!登山口最寄りに中房温泉があるが外来温泉は不可。日帰りの人は有明荘の営業を確認の上出かけましょう。

ここ燕岳は入山ルートもわかりやすく、北アルプスでももっとも気軽に登れる山の一つ。休憩の目安となる「ベンチ」がちょうどいい間隔にある。夏にはかなりの人が押し寄せる。今回紅葉時期であったが空いていた。夏山はもちろんいいがじっくり楽しむならこの時期がお勧めです。私は毎年、9月の最終週と決めて出かけてます。残暑が厳しい折でも、装備には十分注意を。。。

-DATA-

場所:
長野県南安曇郡穂高町有明中房
交通:
高松~神戸(ジャンボフェリー約4時間 4m7,770円)
神戸~長野豊科(名神・中央・長野自動車道5時間 8,650円)
豊科~中房温泉登山口(1時間30分)
タイム:
中房温泉口~燕山荘 5時間
燕山荘~燕岳 30分
燕山荘~中房温泉口 4時間
※今回の登行時間は子連れタイム
駐車場:
登山口に無料駐車場有り
宿泊:
燕山荘(えんざんそう):ワイン等酒類も充実してます。登頂を記念してワインで乾杯もいい。
中房渓谷 有明荘:(外来温泉 大人600円 中学生以下300円)有料にて休憩室での休憩可能。

中国黄山トレッキング

Sep.20-23, 2000 水墨画の世界を行く

中国黄山トレッキング:イメージ1

幽玄の峰を目指して
中国で、水墨画の世界に浸りたい。霧に包まれた険しい峰の写真に惹かれ、飛行機で北京から黄山へと飛んだ。ユネスコ世界文化・自然遺産にも指定された、 72の峰からなる山塊だ。空港近くの屯渓という古い町に1泊し、朝から車で黄山に向かう。約65km、一時間半の道のりだ。山のふもとには黄山の誇る茶畑が広がる。収穫を終えた稲ワラが積まれ、水牛が草をはむ。黄山で一般に利用される登山口は、慈光閣から玉屏楼へと上る前山ルートと雲谷寺から始信峰へと上る後山ルートの2つで、双方にロープウェイが開通している。今回は、車で奥まで入れる後山ルートを徒歩で登ることにした。山中で2泊とって、奥地の渓谷にまで足を伸ばし、前山を下りる。

中国黄山トレッキング:イメージ2

どこまでも続く石段
9月の平日だが、中国十大風景名勝の一つだけあって、ロープウェイ乗り場も登山道も、観光客であふれている。踏圧による環境破壊を防ぐためか、登山道はすべて石段だ。足首の捻挫は防げそうだが、単調でクッションが効かず、意識してテンションを上げていかないと精神的にまいってしまう。 息をきらして上るうち、60キロはある建築資材を、人力で運ぶ人々を目にするようになった。黒い肌に、鍛え抜かれた筋肉。歯をくいしばる彼らの横顔を見ていると、今踏んでいる石段の一つ一つを、軽く踏むことはできなくなる。

中国黄山トレッキング:イメージ3

詩仙、李白の峰に立つ
ふと振り向くと、青い山々の連なりが見える。涼やかな風。針のように尖った岩がそびえ、黄山らしい風景が迫ってきた。登り始めて三時間、山頂のロープウェイの終点に到着。辺りはツアー客でごった返し、日本人の声も聞こえる。そのまま今日の宿、北海賓館へ荷物を置いて、散策へ出る。 夕刻、霧が出始めた。天を指してそびえる黒い峰を、純白の霧が包み込んでいく。はるか下へ続く断崖を見下ろすと、下腹にゾクゾクくる高度感がある。北海賓館の東、始信峰に歩みを進めた。詩仙・李白が黄山を訪ねた折、その絶景に初めて心よりうなずいたことから、その名がついたという。黄昏時の峰に人の姿は無い。薄桃色の空の下、生き物のように霧が動く。刻一刻と山肌が色を変え、山水画の中に溶け込んだような感覚を覚えた。

中国黄山トレッキング:イメージ4

来光を仰ぎ渓谷へ
5時45分に起床し、来光を拝む。茜色の空に、まだ光を帯びていないぼんやりと赤い太陽が昇った。黄山には珍しいという、雲一つ無い快晴だ。奥地の渓谷を目指して太平ロープウェイへ。9時の始発便ということもあり、国内最大・アジア最長をうたう3709メートルのロープウェイも貸切状態だ。松谷庵で降り、渓谷沿いに進む。目の前に、エメラルドグリーンの水をたたえる淵が現れた。翡翠池だ。その先の池のほとりで、冷たい水に足を浸す。朝日を浴びて輝く水面に、時を忘れた。

中国黄山トレッキング:イメージ5

天空に浮かぶ世界遺産
ロープウェーで山頂へ戻り、黄山最高峰の蓮花峰を目指した。数億年前の隆起・浸食を受けてできた垂直の花崗岩の層が、幾重にも連なる。蓮の花というより、天を貫く龍のような勢いだ。きつい傾斜、激しい呼吸に気道が痛くなる。 到着。1864メートル、360度の大パノラマを眺め、今日の宿、玉屏楼へ。過酷な下りだ。急な石段は丸味を帯び、手すりも風化して膝あたりまでしかない。すぐそこは垂直の崖となり、濃い霧がときに視界を覆う。疲労で足の筋肉が震え始め、足をしっかり下ろすことすら困難となる。天空遺跡を彷彿とさせる大自然の前に、ただ次の一歩を見つめ歩くしかなかった。宿に到着し、夜、空を見上げると満天の星。流れ星がこぼれおち、天の川が横たわる。浮かび上がる山々のシルエットを、岩の上に寝転がってぼうっと見ていた。

中国黄山トレッキング:イメージ6

人々に支えられ出会った黄山
長く続く階段を下山し、慈光閣へ。途中スケッチなどしながら、中国水墨画の旅を振り返る。幽玄の霧に立つ奇岩や日の出の美しさは、格別だった。しかしここで得た一番の財産は、人々の惜しみない優しさだったと感じる。この黄山に発つ前日、ガイドとの待ち合わせがうまくいかず、途方にくれたことがあった。苛立っていた我々を、街の人々は車やバス、三輪車に案内し、自分のお金まで払って目的地まで送ってくれた。一見無愛想に見えた中国の人々だが、ひとたび心を開くと、我々が忘れていたようなあたたかな笑顔になる。遥かなる大自然、そして人。奥深い中国の魅力から、当分離れられそうもない。

-DATA-

場所:
中国 安徽省 黄山
車:
北京(飛行機)→屯渓(車1時間半)→黄山麓
ルート:
21日
雲谷寺(徒歩3時間)→北海賓館(徒歩30分)⇔始信峰(ピストン)
22日
北海賓館(太平ロープウェイ)→翡翠池(太平ロープウェイ・徒歩2時間)→蓮花峰(徒歩1時間)→玉屏楼
23日
玉屏楼(徒歩2時間半)→慈閣楼(車1時間半)→屯渓
駐車場:
有り
トイレ:
ホテルやロープウェー乗り場に有り
宿:
北海賓館
TEL0559-5562704
玉屏楼
TEL0559-5562330
食べ物:
水は湯冷ましかミネラルウォーターを。行動食は入山前に購入すると安くて良い。
言葉:
中国語のほか、ホテルでは英語も通じる。

塩塚峰1043.6m

Sep. 21, 2000 塩塚高原のんびりトレッキング

塩塚峰1043.6m:イメージ1

今回、お勧めするトレッキングコースは塩塚高原です。これは、ドライブのついでに気軽に立ち寄れるコースです。高知方面に遊びに行った帰りにまだ時間が早いので、どこかによって帰りたいなーと思いいつつうどん屋に入りました。そこでここの高原のパンフレットを見てちょっと立ち寄って見ることにしました。

塩塚峰1043.6m:イメージ2

車でのアクセスは、高松方面からだと国道32号線を高知方面に向い、池田町を越えて30分程走り国道319号線に入り西に向いて走ります。塩塚高原の道標に導かれて国道を南に折れて30分程走れば塩塚高原にたどり着けます。塩塚高原には霧の高原オートキャンプ場と塩塚高原キャンプ場と二つキャンプ場があるのですが、この二つを結ぶ道の途中に塩塚山頂へと言う看板があります。そこからが登山口です。車は登山口から500mほど塩塚キャンプ場側に行った所のトイレ脇の駐車場に止めることができます。

塩塚峰1043.6m:イメージ3

この、高原のパンフレットには、徳島にこんな素晴らしい高原があったのかと驚かされました。期待に胸を小躍りさせながら車を高原へ走らせます。山間の村を抜けて民家が少なくなるとそこに、パンフレットと全く同じ生つばを飲み込みそうに成るくらいの大草原が広がってます。高原の周りを気持ちよく車で走ってみます。むろん、窓は全開です。気持ち良い秋風を感じ取れました。車をトイレ脇の駐車場に止め山頂を目指します。と言っても高原の中をのんびり歩くだけなので、登山と言うよりはハイキングの雰囲気です。登山口を過ぎて最初はコンクリート敷きの道がしばらく続きます。山でこんなような単調な道だとすぐ飽きるのに高原だとなぜかワクワクします。道の両脇にはススキの大群生が生えている。うーん、こんな所で月見とかしたら気持ちいいだろうなーと妄想にふけりつつ頂上を目指す。途中から道は土道に変わり、最後は緩やかな階段になっています。登山道の階段なんてのは大抵、歩幅にあってなかったり、急過ぎたりして逆に歩きにくいものであるのに、ここの、高原の階段は歩きやすい。あくまでのんびりと息が切れる事もなく山頂に到着。

塩塚峰1043.6m:イメージ4 塩塚峰1043.6m:イメージ5

車を置いた所から30分程で塩塚高原山頂に到着。山頂からの景色は、大草原とススキの群生が目下に見えて最高です。コーヒーでも飲みたくなるようなのどかさである。けれども、今回はコーヒー粉を持ってくるの忘れているので、涙を飲んであきらめました。水筒には土佐の名水梶が森を汲んであったのでそれを飲んでくつろぐことにします。いつまでも下りたくなくなるような山頂ですが、時間には逆らえず日も傾いてきたので下山しました。

塩塚峰1043.6m:イメージ6

今回は、ふらっと、よっただけなのでそんなにゆっくり出来ませんでした。次回は一日かけてこようかなという気にさせられるところですね。事前に予約すればパラグライダーの体験させてもらえるらしいです。次は、弁当を持って、読書アンド昼寝をしに来ようと思います!!

追記:高知方面からのアクセスとして、高知自動車道を利用する方法もあります。この方法だと新宮ICを降りて、およそ30分で到着します。

-DATA-

場所:
徳島県三好郡山城町、愛媛県宇摩郡新宮村
タイム:
登山口~山頂~登山口(50分)
駐車場:
登山口の南(トイレ横)と霧の高原駐車場
トイレ:
登山口の南にあり
周辺観光:
・塩塚高原キャンプ場、・霧の高原
・パラグライダー基地(問合せ:塩塚高原キャンプ場)
連絡先:
塩塚高原キャンプ場 0883-86-3077
霧の高原 0896-72-3113
http://www.vill.shingu.ehime.jp/

霊仙山1083.5m

Sep. 20, 2000 遭難注意!霊仙山歩きの巻

06:30 頃に家を出る。最近は真面目に早起きしてますが、どっこいここは帝都23区内、今回の目的地は何故か滋賀は琵琶湖の西の霊仙であります。本当は前夜発の大垣行き夜行列車に乗り込んで 07:00 辺りからのんびり行こうと思っていましたが、職場でトラブルによる居残りを命ぜられ久々の午前様。しかも 05:00 起床のつもりがやっぱり寝坊で 06:00 にようやく活動開始。名古屋までの新幹線は爆睡した次第。

霊仙山1083.5m:イメージ1

名古屋で新幹線を降りて大垣まで快速列車で移動。大垣-米原間は謀ったかの様に本数が少ないのでしばし乗り換え待ち。で、大垣からは各駅停車で二駅越したら柏原に到着です。柏原はいつ無人になってもおかしくない寂しい駅です。駅前には商店が一軒だけあります。そこでミネラルウォータをオーダしても売ってないとの返事。ま、そんなもんを消費するマーケットはないわけですな。それはそれで結構な事です。お茶やエナジードリンクの類は置いてましたがこの先水場があるとの情報は得ていたので結局買わずに駅を出発。駅前に "霊仙登山口" の看板があるので迷うことはないでしょう。11:25 に歩き始めました。

旧中山道を渡り、国道 21 号線を横断し、更に名神高速道の下をくぐると登山届が置かれたポストがあります(中山道辺りにもあります)。そこで登山届を記入しておると、ポストの中に大量のビラを発見。一枚とりだして見れば、最近霊仙内で行方不明になった男性をお尋ねする内容でした。入山日は 9月 2日。結構ビビったが先を急ぐ。

名神を越えてからしばらくは林道(一部コンクリート舗装あり)が続きます。林道から山道になってすぐ、一合目のちょっと手前に水場があります。標高が低いせいか、キンキンに冷えてはいないですが美味しいです。ここで水を補給してとにかく先を急ぎます(何せ入山時刻が遅いもんで)。霊仙は山容が豊かなのでしょうか、登りといっても緩やかな坂が多く、歩く事自体はそんなにキツイわけではありません。道標も割と多いのですが、少しばかりヤブが多いので天候不順時は注意が必要です。おかげさんでズンドコ進んで 12:57 に四合目に着きました。ここにはコンテナを転用したような避難小屋があります。スノコも付いてますし、小さいながらも窓もあります。中も綺麗で泊るには十分です。水はないですけど。

霊仙山1083.5m:イメージ2

四合目を越えてすぐに林道が見えてきます。エアリアには破線で表示していましたが車が余裕で通ることが出来ます。事実、車が一台停まっていました。本当は通行禁止じゃないの、と思いつつもヤブで少々判りづらい道を歩きます(林道は今回のコースではありません)。途中、トグロを巻いたヘビを発見、おとっちゃまな私は少し腰を痛めました(苦笑)。

十数分間隔で合数を上げていき、13:55 に問題の八合目に到着。ここからはほんの少し下るのですが情けない事に間違えて上(稜線・谷山山頂方向)へ登ってしまいました。上にビニールテープが張っていたのを見たからです。踏跡も確認出来たのでしばらくは疑いもなく上がっていました。ま、地図を見れば大体判るのですけど、それにしてもフェイントテープは困りモノです。今回は他の登山客(ぽつりぽつりと見かける程度)の話し声でどうにか正規ルートに戻れましたが、だれもいなかったらと思うとゾッとします。前出の遭難者もこの辺で迷ったのではないのかな。ともかく、柏原から登る場合は八合目辺りに気をつけて下さいね。

何とか正規ルートに戻り、少し下ると上丹生(かみにゅう)への分岐点に着きます。道標には "四丁横崖" と書かれてありました。ここから先、経塚山までは数少ない上り坂らしいルートです。今まで急いでた分余計に身にこたえながらも 14:25 に霊仙山避難小屋に到着。伊吹山、関ヶ原古戦場への眺めがとても良いです。しかしながら小屋は古く、少々立て付けが良くないようです。醒ヶ井養鱒場バス停(今回の終点)には霊仙山避難小屋は使わないようにとのお達しが書かれておりました。この辺りは既に高木がありません。笹ブッシュの間にルートが見ています。

霊仙山1083.5m:イメージ3

小屋からは経塚山(汗フキ峠への分岐有)まで少し登り、それから一旦下って霊仙山頂です。三角点は標高 1083.5m、最高点は 1098m です。山頂に着いたのは 15:00。天候は晴。北から北東方面には伊吹山や関ヶ原、北西から西南へは琵琶湖や大津の街、南方には藤原の山々が見られます。比良山系はもやで隠れていましたがそれでもいい眺めです。本当はのんびりとしていたいのだが、もう 15:00 を過ぎているのであまり長居は出来ません、と言いつつ 20 分以上もいましたけど……

霊仙山1083.5m:イメージ4

下山ルートは汗フキ峠を経由して醒ヶ井養鱒場バス停までを歩きます。ルートの多くがかなりきつい笹薮で覆われていますので見通しの悪い天候の時は使わない方がいいのかもしれません。途中、霊仙神社(社とお虎ガ池なる小さい沼があります)・見晴台(五合目。どんな眺めかは確認してません)・汗フキ峠(二合目、多賀への分岐あり)を通過して一合目の小屋に到着。営業期間ではないようでして、扉は全て閉められていました。小屋のすぐ脇に缶ジュースと缶ビールの無人販売所があります。豊富な湧き水による自然水冷です。ジュース \150、ビールは \350と良心的なお値段です。私は水だけ補給しましたが、ジュース・ビールに手を出すならば、竹筒にお金を入れてから飲みましょう。

小屋から下ると程なくして一車線幅の林道に出ます。林道からバス停までは結構な道のりですが、養鱒場が見えればバス停までもうすぐです。バスに乗れば 15分程で醒ヶ井駅に着きます。\240 でしたが本数はやっぱり少ないので事前に調べてから利用するようにして下さい。

-DATA-

場所:
滋賀県坂田郡郡山東町
交通:
JR名古屋駅-JR大垣駅(東海道本線快速 29分)-JR柏原駅(東海道本線各停 20分)
駅前に "霊仙登山口" の看板あり

梶ヶ森1400m

Sep. 20, 2000 初秋の梶ヶ森登山JR大田口駅より歩いて登る

夏の暑さも落ちつき、少し涼しさを感じる、登山に最適な季節になった。今日は車でしか山頂へ行った事の無い、梶ヶ森にふもとから歩いて登る事にする。

梶ヶ森1400m:イメージ1

梶ヶ森への登山口はJR土讃線大田口駅と豊永駅からとの2ヶ所に有る。そこで、今回は大田口駅側から登り頂上を経て、豊永駅側へと下山することにした。車での大田口駅へのアクセスは、高松方面からR32を高知方面へ走る。大歩危を過ぎ15分程度走ると大田口駅左折の看板が見えてくる。左折して川を越えると、すぐに駅が見える。駅から3分程歩くと、梶ヶ森登山道の標識がある。登山道のすぐ脇には食料品店があり、食料の買い足しが出来る。行動食に北海道ミルク飴を購入し、登山道を登り始める。

梶ヶ森1400m:イメージ2

道の両端には杉林が続き、なかなかすずしい。しかし、道は結構な急登ですぐに暑くなり汗だくになる。上に羽織っていたシャツを脱ぎ、首にタオルを巻く。10分程で一端、車道に出る。道標に案内されて、またすぐ登山道に戻った。さらに10分程歩くと再び車道へでる、今度は中々、道標が現れない、待ちきれずにそれらしき道に入って見ると、只の民家へ通じる道だった。


梶ヶ森1400m:イメージ3 
梶ヶ森1400m:イメージ4

結局、車道にでてから10分程歩いて星神社と書かれた鳥居を抜けると道標があった。道標に案内されながらさらに車道を進む。このあたりは、東庵谷(ひがしおのたに)と言う集落らしい。昔ながらの家々の雰囲気と棚田の風景に何ともいえない心のやすらぎを感じる。また、道を聞いた時に帰ってくる高知弁が何か面白くて楽しい。道の脇には曼珠沙華の花が咲き誇っていた。谷沿いに小さなお堂が見え、しばらく行くと東庵谷集会所につく、ここから、一端、車道から離れて、徒歩道を登って行く。田んぼの中を歩き立派な農家の横を通り再び舗装路にでる。道標に従い、舗装路の切れ目から徒歩道に入ると、後は山頂までずっと徒歩道が続く。ここまで、登山口から、大体2時間程度かかっている。夕暮れも近づいているので、少し急ぎ足で山頂を目指す。

梶ヶ森1400m:イメージ5

森は再び植林の杉林となる。日がほとんど地表まで届かず、当たりはかなり暗い。鳥の声も聞こえなくなる。途中で分岐点が現れる。左へ行くと、一旦、尾根に出てから山頂を目指す道、右へ行くと山頂までだらだらと登って行く道だ。今回は右へ進む。左へ行った方が近道ではあるらしい。右へ進んでも思った以上に登りはきつかった。山頂に近づくにつれブナやアセビなどの広葉樹が現れ、豊かな植生が広がっている。すぐ横には沢が流れている。沢で猪の子供が水を飲んでいた。僕が近づくとプリッケツを振りながら逃げていってしまった。そういえば、まだ猪の肉は食べた事が無い。森林帯を抜けると、急に電波棟が見えて頂上に着いた。本来、四国山脈が展望できるのだろうが、もう大分日が落ちてしまって、良く見えなかった。結局、登山口からは頂上までは4時間程度かかった事になる。今晩は梶ヶ森天狗の鼻キャンプ場にて野営する。(このレポートは別途掲載してある。)


梶ヶ森1400m:イメージ6

今日は、真名井の滝、定福寺奥の院、竜王の滝を経由して豊永駅へ下る。キャンプ場から、ススキの中の小道を抜け天狗の鼻へ行く。そこから、くまザサの中を歩きそれを抜けると、シャクナゲを中心とした雑木林の中に入る。しばらく歩けば真名井の滝に着く。林の中に有る滝なので、すごく清涼感が漂っている。足を止め少し休憩する。そこからは急な鉄階段が続く。以前はこれらの一部はクサリ場だったようだが、今では全て階段に変わっていた。尻込みしたくなるほど急な階段もあるが、しっかり手すりを握って慎重に下る。

梶ヶ森1400m:イメージ7

下り終わると、定福寺奥の院に着く。梶ヶ森には、梶ヶ森札所なる物が7つある。定福寺奥の院が一番札所である。梶ヶ森山頂の虚空菩薩が七番札所になる。定福寺奥の院からは、竜王の滝駐車場が近いので、ここに車を駐車して札所巡りをするのも楽しそうである。しばらく歩くと森はまた、植林の森へと変わり、杉林が続く。時々、分岐点が現れるが梶ヶ森登山道の道標を目印に下っていく。頂上から2時間程で佐賀山の里に着く。田んぼの間を抜けながら梶ヶ森登山道の道標を頼りに下ると、豊永駅近くの鉄橋に出た。

JRの時間に余裕を持って見ていなかった僕は、佐賀山の里からは、殆ど走り降りる事になってしまった。JRを使う事を考える場合は、本数が非常に少ないので、事前に調べて十分に余裕ある行動計画を立てなくては行けないですね。

-DATA-

場所:
高知県長岡郡大豊町梶ヶ森自然公園
タイム:
大田口駅~梶ヶ森山頂、約4時間
梶ヶ森山頂~豊永駅、約3間10分
水場:
山頂には有り。
トイレ:
山頂のキャンプ場には有り。
山頂周辺観光:
梶ヶ森キャンプ場
梶ヶ森天文台
梶ヶ森札所(1番札所定福寺奥の院、2番札所真名井の滝、3番札所苔の岩、4番札所御影堂、5番札所二人の丘、6番札所天狗の鼻、7番札所梶ヶ森山頂)
竜王の滝
連絡先:
梶ヶ森山荘 0887-74-0256

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク

Sep.20, 2000 海岸線トラックのエッセンス!

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク:イメージ1

ニュージーランド(以下NZ)南島最大の都市クライストチャーチから200kmほど北に、カイコウラ半島という小さな小さな半島が、太平洋にちょこんと突き出している。この半島の北側の付け根に、これまた小さな小さな町、カイコウラがある。聞くところによると人口わずか3,000人ほどというから、むしろ村といってもいいほどの規模なのだが、それにもかかわらずここは海外からの観光客の立ち寄る定番コースに入っている。実はこの町、NZで一番有名なホエール・ウォッチングのメッカなのだ。船や飛行機からのクジラ見物、イルカと一緒に泳ぐドルフィン・スイムなどが人気アクティヴィティだ。また、クレイフィッシュという伊勢エビの一種もここの名物(実はそもそも「カイコウラ」という地名がマオリ語で「クレイフィッシュを食べる」という意味)。というわけで、「クジラを見たりイルカと一緒に泳いだりしたあと、クレイフィッシュを食べる」という目的で、世界各国からの観光客が押し寄せるのだ。

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク:イメージ2

だが、カイコウラの魅力はそれだけではない。太平洋が洗うここの海岸は黒っぽい玉砂利のビーチ。砂浜に打ち寄せる波音もいいが、玉砂利の浜を波が洗う時の甲高い音もまた素晴らしいものだ。海を職場とする私にとっては、こうした波音の違いも「気持ちのいい海」を見分けるための大切な要素。ここのビーチの波音は本当に気持ちが安らぐのだ。さらにクジラ、イルカだけではなく、町のすぐ側にオットセイのコロニーもある。とにかく海が豊かなのだ。陸からすぐの所で水深が突然数千mにまで深く落ち込む地形がそうした豊潤さの秘密らしい。そういう理屈を抜きにしても、ここは本当に気持ちのいい場所なのだ。実際にはクジラと伊勢エビだけで満足して立ち去る方が大多数なのだが、それだけでは非常に勿体無い。アウトドアズマンなら、やはり自分の足で歩いてみなくては!

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク:イメージ3

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォークは、その名のとおりカイコウラ半島の海沿いのトラック。そう、以前にもご紹介した通り、NZのトランピング(トレッキング)の醍醐味の1つである「海岸線トラック」なのである。しかもここはお手軽な半日ハイキングコース。とはいえ、海の美しさは折り紙付きだし、何よりカイコウラ半島はオットセイのコロニーだ。風景もコロコロと目まぐるしく変わり、短いコースなのに本当に楽しみが盛り沢山。十分に海岸線トラックのエッセンスを楽しめるコースであることは保証しよう。私はこのトラックが大のお気に入りで、今までにも季節を問わず何度も歩いている。夏に歩いても冬に歩いてもホントに素晴らしいトラックなのだ。

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク:イメージ4

カイコウラの町からエスプラナードという海沿いの道を南東に車で10分足らず走ると、駐車場で道は行き止まりとなる。ここがペニンシュラ・ウォークのスタート地点だ。『トレッキングレポート No.9002』で、エイベル・タズマン・コースト・トラック名物として「タイダル・ウォーク」と呼ばれる干潮ルートをご紹介したが、実はここも干潮時と満潮時では全くルートが異なる。この半島は標高数十mの高さのなだらかな台地状なのだが、それが海に向かって急激に落ち込む地形。切り立った崖とまではいかないのだが、それでも直登が難しいほどきつい。崖上のなだらかな台地は、NZ名物の牧場地帯。いや、実を言えば急斜面部分も牧場で、中腹では羊がのんびりと草を食んでいたりする。満潮時は、この牧場の中を崖沿いに巡るようについている「クリフトップ」と呼ばれるルートを巡ることになる。つまり個人所有の牧場内を歩くわけだ。日本ではちょっと考えにくいのだが、この辺りのおおらかさはいかにもNZらしい。高さ数十mのルートゆえ、眼下に広がる藍い太平洋をたっぷり堪能できる。ただし景観に目を奪われすぎると、足元一面ビッシリの羊の糞を踏む羽目になるのでご注意を。

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク:イメージ5

一方の海岸線だが、干潮時には崖下に岩場や玉砂利のビーチが現れ、ここを歩く事が出来るようになるのだ。このルートは「ショアライン」と呼ばれる。クリフトップ・ルートで遭遇できるのは羊、牛、馬だが、ショアライン・ルートではオットセイ、クラゲ、ジャイアント・ケルプなどとも遭遇できる。貴方の行いがよければ、イルカのジャンプが見られるかもしれない。色とりどりの海藻類も美しい。場所によっては岩海苔がビッシリ貼りついた岩もあるし、運が良ければ潜らずしてアワビを手にすることも出来るかもしれない。(ただし殻の長辺12.5cm以下のものは禁漁。実はこのサイズのものは、やはり潜らないとなかなかお目にかかれない。)また、岩場の地形自体も非常に面白い。扇型に褶曲している場所、シャレコウベ型に浸蝕された岩がゴロゴロしている場所など、目まぐるしく色々なバリエーションを見せてくれる。

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク:イメージ6

ビーチコーミングをしつつのんびりのんびり歩いても、ショアライン・ルートは2時間半程度。一方のクリフトップ・ルートもゆっくりあるいて1時間半程度。もちろんお薦めは行きにショアライン、帰りにクリフトップを歩く事。干潮時刻をチェックして両方を堪能しよう。逆の歩き方はお薦めしない。水が引いたばかりのショアライン・ルートは岩場がまだ濡れており、非常に滑りやすいからだ。安全のためにもなるべくなら乾いた岩場を歩きたいものだから、潮が引いたばかりの時間帯よりも、潮が満ちてくる直前の時間帯を狙った方が賢明だと思う。ちなみに一番に水没するのはトラック北の端の駐車場付近。途中の玉砂利ビーチ周辺は水没しない。ついでにもう1つ注意点を付け加えよう。このルートはスニーカーでも歩けるほどのお手軽コースなのだが、雨上がりにはクリフトップ・ルートもグチャグチャにぬかるみ、トレッキング・ブーツでも難渋するほど滑りやすくなる。というわけで、両ルートとも濡れたコンディションの場合は要注意。ちなみにショアラインとクリフトップ、2つのルートを行き来出来るのは、トラックの両端と丁度中間地点の合計3箇所だ。

カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク:イメージ7

もう一つ付け加えれば、『トレッキングレポート No.9005』でご紹介した通り、NZの場合は真夏になると、乾燥と強烈な紫外線の影響で草が夏枯れするため、緑滴る牧場風景と蒼い太平洋のコントラストを楽しみたい方は、春か秋がお薦め。海の恐ろしいほどの藍さと黄金に夏枯れした牧草とのコントラストの妙を体験したければ、真夏だ。(ちなみに今回日付は最後に訪れた時のものを記載したが、ご紹介した画像の方は主に98年春に撮影したもの。緑が一番美しい季節ものだ。他に99年夏のものも一部混じっている。)ともかく、これだけ短いコースながら、日本では絶対に味わえない海岸線トラックのエッセンス全てを体験できるトラックは他にはちょっと思い当たらない。カイコウラを訪ねる際はホエール・ウォッチングと伊勢エビだけで満足しないで、ここも歩いてみてはいかが?

-DATA-

場所:
・カイコウラ - ニュージーランド南島最大の都市クライストチャーチから北に約200kmのところにある小さな町。
・カイコウラ・ペニンシュラ・ウォーク - 本文参照。
交通:
○クライストチャーチ - カイコウラ間
・自家用車で約3時間。
・電車で約3時間(1日1本)
・バスで約3時間半
駐車場:
ペニンシュラ・ウォークのスタート地点が無料駐車場。
トイレ:
なし
注意事項:
・本文中に記した通り、クリフトップ、ショアラインともに、乾いていればスニーカーでも歩けるが、濡れているとトレッキングブーツでも難渋するほど滑りやすくなる。

雨飾山1963.2m

Sep. 16, 2000 おすすめ日帰り登山

雨飾山は深田百名山のひとつで、紅葉が美しいことで有名な山である。静かな山が好きな私としては、混雑する紅葉前に登っておきたいと思い、この時期を選んだ。富山県内から国道8号-148号線へ。台風14号の影響か、風が強い。ヒスイの取れる姫川河原は、川下に向かい砂が吹き荒れ、道端のススキは左に右に頭を揺らす。風以外は登山に支障のない天候。

雨飾山1963.2m:イメージ1

9:42登山口出発。まずはやぶの中の木道を歩く。15分位で「雨飾山頂150分」と書かれた標識。ここから本格的な登りが始まる。30分歩くと全行程の11分の4、登山口から1600m地点の標識。この先も標識は山頂まで続き、ペースの参考になる。登山道は一本道で迷うことはないが、きついうえに変化に富み、歩きやすいとはいえない。今回ダブルポールを使ったため、バランスが取れて安心して進めた。 50分位歩くと、視界が開け、これから登る雨飾山と登山道がよく見える。山頂はガスで覆われよく見えない。60分で荒管沢に出る。せせらぎの音を聞きながら休息タイム。思い思いの場所で食事を摂る人、休息する人で賑わう。今回の工程で唯一ゆっくりできた場所であった。沢の上部には、雪渓がまだ残っていた。写真を撮って再び登山道へ。次第に樹林帯から潅木、そして笹の広がる山肌から岩場へと変化する。出発から75分で11分の8、3200mで稜線に着く。風が強くなってきた。空を見上げると、雲が西の空から猛スピードで頭上を通過していく。天候の急変と突風に、前進か撤退かの選択をせまられる。今回は単独登山であったが、周りに山頂を目指す登山者が多く、遭難の危険性はないと判断し、前進する。

雨飾山1963.2m:イメージ2

岩場を抜けると、ラスト800mは笹平となる。遮るものがなく、風は容赦なく襲いかかる。耐風姿勢で風が弱まるのをひたすら待つ。山の風が人を軽く飛ばす威力があることを身をもって体験した。小さなアップダウンを繰り返すと、小高いピークに鉄の柱が立っている。これが山頂の目印かと思ったが、あと10分の急登があると、そばにいた登山者に教えられる。最後の力を振り絞り、岩にしがみつくようにしてスタートから3時間15分、ついに山頂にたどり着く。

山頂は、谷底から雲と風が吹きあがってきているため、何も見えない。記念撮影したらすぐに下山開始。長くいると身の危険を感じる。本ピークの手前に小さなピークがあったので、下山時に立ち寄る。その時強風にあおられバランスを崩し、危うく転落するところであった。逃げるように登山道を引き返す。下山中も風はいっこうにおさまらない。慎重に足場を選ぶ。

雨飾山1963.2m:イメージ3

下山70分で荒管沢に到着。ここまで来れば、風はおさまる。冷たい雪解け水で顔を洗い、昼食を摂り体力回復。あとはハイキング気分で下る。荒菅沢から20分で11分の4ポイント、55分で登山口到着。一気に降りてこられた。下山時には風景写真を撮る余裕も出てきた。緑の中に紅一点ナナカマドが、一足先に赤く色づいており、秋の始まりを見た気がした。疲れた体は、登山口から車で5分のところにある小谷温泉で癒すことにする。木々に包まれた男女別の露天風呂で、登山者でにぎわっている。ちょっと熱めの湯が、これまた効きそうである。料金は「こころざし」。紅葉の時期には山も一新し、赤や黄色に燃えているだろう。これから登り甲斐のある山である。

-DATA-

場所:
新潟県糸魚川市、長野県北安曇郡小谷村
交通:
糸魚川方面なら、国道148号線を南小谷方面に進み、小谷温泉口で左折(トンネル出てすぐ曲がるので注意)し、約20分(17km)。雨飾高原キャンプ場を目指してもよい。
小谷温泉までバスが出ている(時刻表は確認してください)。
駐車場:
登山口前に30台は停まれるスペースあり
トイレ:
登山口にあり
水場:
登山口に蛇口から出る湧水あり

※フィールドにおける危機管理は十分慎重に行ってください。楽しく、安全なトレッキングを!

木蘭囲場 乗馬トレッキング

Sep.12-16, 2000 モンゴル平原を馬で行く

木蘭囲場 乗馬トレッキング:イメージ1

果たしてどこへ行くのやら…
モンゴル平原を馬で駆けたい。しかも、北京から飛行機を使わずにいける、観光客の少ないところで。そんな相談を旅行社にもちかけたところ、「木蘭囲場(ムーランウェイチャン)」を紹介された。北京から列車で4時間、承徳を経由した後、車で135km、5時間の道のり。旅行社も「草原の他には…川や小さな村があるようですが…」と首をかしげる謎の土地。恐いもの見たさで列車・車・宿・ガイドの手配をお願いし、北京へと発った。

木蘭囲場 乗馬トレッキング:イメージ2

中国さいはての国家森林公園へ
北京から電車に乗る。中国の列車事情は悪いと聞いていたが、クッションの効く軟座は案外快適だ。承徳の駅へ着くと、日本語の話せるガイドが迎えてくれた。承徳から車で移動。埃っぽい承徳の街を抜けると、道は広い真っ直ぐな舗装道路になった。省がつくった道とのことで、車酔いの心配もなさそうだ。運転手はパーパー、とクラクションを鳴らして軽快に飛ばす。山のふもとに広がる田んぼ、畑。山のようなワラを背負ったロバが行く。途中の村で休憩をはさみ、ようやく森林公園の入り口に着いた。

木蘭囲場 乗馬トレッキング:イメージ3

クリアな空と森、草原、湖
サイハンバ国家森林公園は中国北方最大の国立公園で、森林区・草原区・生活区の3つに別れている。ここは清の皇帝の狩り場であった河北省木蘭囲場の一角。皇帝はここで狩りをすることで、モンゴル族との関係を保とうとしたという。 まず森林区内の高い塔へ。息をきらして階段を上ると、突き抜けるような青空に迎えられた。どこまでも広がる柔らかな緑のカラマツ林。うっすらと、黄色い紅葉も始まっている。再び車に乗り、森林区を越える。草原を抜け、風の音が聞こえてくる。月亮湖に出ると、馬を引いてもらい、湖畔を一周した。銀に輝く湖面、金色のカラマツ林。音をたてて飛んでいく水鳥を見ながら、ポクポクと気持ちよく馬に揺られた。

木蘭囲場 乗馬トレッキング:イメージ4

パオでの一夜
今日はパオに泊まる。季節ごとに移動して暮らすモンゴルの人々の平たい円筒形の住居で、本来なら木と布でできている。ここは観光客用でコンクリート製だが暖房は無く、昼間22℃あっても夜には4℃まで下がる。湯たんぽを借りて、布団に潜り込んだ。  夜、トイレに起きると辺りは満天の星。月がこうこうと光り、草原と川を照らし出す。満月を見ながら用を足せるのも、仕切りの少ない中国ならでは。

木蘭囲場 乗馬トレッキング:イメージ5

モンゴル平原の暮らしと歴史
馬に乗るため、車で内蒙古自治区へ。独立を果たした外蒙古に隣接する、中国内の蒙古族自治区だ。乗馬費は1人1日で100元+自然保護費30元、計130 元=1690円。たずなを引かれてのびやかな丘を上がると、見渡す限りの大平原に目を見張る。ケルン状に積まれた石には、毎年6月13日に人々が供え物をし、神に祈りを捧げるという。農家で馬を休ませる折、我々も古いレンガの家に入れてもらった。アヒルが歩き、野菜カゴやきぬたが転がる。頬の赤いお母さんが入れてくれたお茶には、黄色い花びらが漂っていた。「これは?」と紙に書いてもらうと「金蓮花」。ほのかな甘味が疲れを癒す。庭の先の平野にポツンたつ石碑の「十二座朕営」の文字は、1680年、清の皇帝がモンゴル族の領土の支配をめぐり戦った歴史を物語る。荒涼たる原野を駆ける馬、人々の息づかいが聞こえる気がした。

木蘭囲場 乗馬トレッキング:イメージ6

自力で乗馬に挑戦
牛や羊を見下ろし、時も忘れて寝転んだ後、今度は自力で馬に乗りたくなった。身振り、手振りで乗馬のレクチャーを受ける。「ja!」とわき腹を蹴ると進み、「yu」とたずなを引くと止まる。爽快だ。青年がコンドル風の鳥を指し、「あの鳥はヘビを食べるんだ」とニッカリ笑う。ジャガイモ畑に到着。鋤で芋を掘り返して、カゴに入れていく。大地に根ざして生きる人々の笑顔は、本当に人間らしい。「この種芋は日本のもので、収穫した芋は日本に送るんだ。」私たちが何気なく食べている芋の裏側に、彼らの汗があるということだ。…と、ガタピシ車がやってきた。公安の人まで首を出し「お前ら、探したんだぞ!」草原でのんびりしすぎたようだ。平謝りに謝って、痛いお尻をさすりつつ草原に手を振った。

木蘭囲場 乗馬トレッキング:イメージ7

さよなら、辺境の地
ニワトリの声、人々の歌。クリアな太陽の光で目が覚める。今日は木蘭囲場を発つ。羊肉や茸のご馳走ともお別れだ。朝から7皿という山盛りでの歓待に応えようと、胃袋の限界に挑戦する。パオの女の子のはにかんだ笑顔に見送られ、車に乗り込んだ。輝く小川、白樺の紅葉。私たちが忘れかけていたものを、辺境の地は取り戻させてくれた。たくさんの観光客は彼らの生活を潤すかもしれないが、引き換えに失われていくものもきっとある。彼らには、真っ直ぐな笑顔で、草原を駆けていてほしいと思った。

-DATA-

場所:
中国河北省木蘭囲場サイハンバ国家森林公園
交通:
北京(列車4時間)→承徳(車5時間)→サイハンバ国家森林公園
駐車場:
有り
トイレ:
パオ、草原の休憩所に有り。中国式だが比較的清潔。紙の持参を
宿:
森林公園内にパオ、ゲストキャビン有り。ゲストキャビンでは暖房も付く
食べ物:
水道水は飲まず湯冷ましかミネラルウォーターを。生活区の村には料理屋もあるが草原にはほとんど無い。事前に手配を
言葉:
基本的に中国語しか通じない
その他:
列車、車、宿、ガイド、食事は旅行社を通じ事前に手配する方が無難
旅行社:
日本手配先 H.I.S. 現地手配先 旅行社 TEL0314-2081070 FAX0314-2089990

鎌倉 源氏山ハイキングコース

Sep.15, 2001 浄智寺~寿福寺

鎌倉 源氏山ハイキングコース:イメージ1

秋の気配を探しに、北鎌倉から鎌倉にかけての山道を歩くことにした。北鎌倉駅東口から鎌倉駅方面に歩く。踏切の手前で右に折れ、緑に囲まれた浄智寺へ。清らかな水が満ちる池のほとりには、鎌倉十井のひとつ、甘露の井がある。すり減った石段の参道を歩くと、中国宋時代の影響を色濃く残す鐘楼門が見えてくる。浄智寺は、鎌倉五山のひとつという、格式をもつ寺だ。石段途中から左に折れ、奥に進むと、道は舗装路から石段、土の道へと変わる。タイワンリスが竹垣や電線の上を渡っている様子も見える。

鎌倉 源氏山ハイキングコース:イメージ2

急坂を上りきると、石碑と五層の塔が立つ天柱峰に到着する。この場所は、鎌倉時代の末期、五山文学の推進に貢献し、浄智寺の住職ともなった明の高僧、竺仁梵僊(じくせんぼんせん)が好んだところだ。天柱峰の碑は、竺仙が著した詩集『天柱集』にちなみ建てられた。また昭和の初めまで金峰松と呼ばれる巨大な松があり、由比ガ浜の漁船の航行目標ともなっていたという。かつては森も手入れされ、周囲を一望できたことだろう。今はスダジイやヤブツバキが茂って眺望は無く、ツクツクボウシのセミしぐれが耳をつく。

鎌倉 源氏山ハイキングコース:イメージ3

南西の山腹に瓜ヶ谷(うりがやつ)やぐら群を秘める尾根を進み、ようやく明るい葛原が岡神社前の広場に出る。祭神は日野俊基。建武の中興を計画し、1331 年、鎌倉幕府の北条高時に捉えられ、その完成に及ばず最期を遂げた場所だ。掃き清められた境内に、黄色く紅葉したサクラの葉が舞い落ちる。参拝を済ませ、南に進むと分岐に出た。右手に進めば銭洗弁天や長谷の大仏方面へ向かうこともできるが、ここではもう少し山道を楽しんでから鎌倉駅に抜けるため、頼朝像の広場を抜けて寿福寺へ向かう左手の道をとる。

鎌倉 源氏山ハイキングコース:イメージ4

頼朝像のある広場へ向かう前に、左手の化粧坂(けはいざか)へ寄り道をした。古道のたたずまいを残す急な坂で、鎌倉の七切通しのひとつだ。化粧坂という名の由来は、付近に遊女が住んでいたためとも、平家の武将の首実験をする際、ここで化粧を施したためともいわれる。足元の粗い砂をよく見ると、白い貝の化石が散らばっている。約200万年前の深沢凝灰岩質粗粒砂岩層という地層で、ウニのトゲやサメの歯の化石も発見されるという。ただし、化粧坂は国指定の史跡にもなっており、掘り返すような行動は慎みたい。

鎌倉 源氏山ハイキングコース:イメージ5

源氏山は、源義家らが前九年の役で奥州へ向かう際に、この山頂に源氏の象徴である白旗を立て勝利を祈願した場所だ。また、山のふもとの寿福寺付近は昔、義朝の館があったこともあり、源氏ゆかりの場所にちなみ、源氏山の名が付けられた。現在は約9.5haが源氏山公園として芝生の広場などが整備され、散策を楽しむ人も多い。木々の間からは、天園ハイキングコースの尾根の連なりや、鎌倉の市街地を見下ろすことができる。源氏山公園のシンボルともいえる頼朝像のある広場から、さらに東の寿福寺方面へ向かった。

鎌倉 源氏山ハイキングコース:イメージ6

ヒノキの木立を抜けて、苔むした静かな山道を下る。ゴンズイの赤い実から黒光りする種がのぞき、足元の切り株には、百を超える黄金色のキノコが群生している。残暑の折、まちなかでは感じ得ない微妙な秋の気配を、自然界の住人たちはしっかりと受け止めているようだ。左手に現れる石段を下り、寿福寺の境内裏の墓地に出た。実朝、政子の墓といわれるやぐらがあるところだ。右手に折れてそのまま直進すると、垣根の向こうに、寿福寺仏殿の重厚な瓦屋根が見える。

鎌倉 源氏山ハイキングコース:イメージ7

寿福寺は、鎌倉五山の第三位にあたり、北条政子が、夫である源頼朝を供養するために建てた禅寺だ。「禅宗は戒律をもって旨となす」との言葉を残し、日本に茶道をもたらした栄西が迎えられたところでもある。苔むした山道で感じた、わび、さびの気配は、禅寺が醸し出す凛とした空気のせいかもしれない。ハギの花が彩る山門や、両脇をコケが覆う石だたみの参道を歩く。にぎやかな小町通りを通って戻るのも良いが、踏み切りを渡らずそのまま南下すれば、静けさの余韻を楽しみながら鎌倉駅西口に出ることができる。

-DATA-

場所:
神奈川県鎌倉市
交通:
JR横須賀線北鎌倉駅より徒歩
コース:
JR北鎌倉駅(徒歩5分)→浄智寺(徒歩40分)→葛原ガ岡神社(徒歩15分)→化粧坂(徒歩5分)→頼朝像(徒歩30分)→寿福寺(徒歩30分)→鎌倉駅
駐車場:
無し
トイレ:
北鎌倉駅、浄智寺、源氏山公園、寿福寺、鎌倉駅に有り

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