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筑波山・最後の紅葉

Dec. 1, 1996 紅葉を見つついろいろ考えたり考えなかったり。

12月最初の日。朝のニュース映像は白銀の世界だった。天気図は典型的な西高東低冬型。今秋一番の寒さ。何と九州太宰府で雪が降っていた。僕には冬山の経験がありません。そんな私が山のレポートを書くというのもなんですが(「よろず紀行」ぐらいならなんとかなるかも)、とにかく冬用の装備は持ってないのです。実を言うと当初は奥多摩軍畑駅から岩茸石山・惣岳山経由御嶽駅を計画してました。しかし、雪が降ってもおかしくない状況で人気のなさそうな山に入るのはかなりビビります。ちなみに歩行時間は約4時間。都内の予想最高気温は12度。お天気お姉さんはとにかく寒いですよとおっしゃる。あぁ、どうすればいいのか... 正直言って「停滞」したい所ですけど、この日は「最後の紅葉」に相応しい日です。これを逃したら次は来年だ... 等と考えるうちいつしか書庫を漁りだしましてどういう訳か10年程前発行された茨城県地図を発見。私の目は自然に筑波山へと止りました。おぉ!近所にローカル私鉄が走っとる。哀愁度抜群!山頂まではロープウェイですぐ!!これは下界だ!寒くても大丈夫。しかも百名山!これしかない!早速荷物をまとめて出発です。8時過ぎに旅立ちました。

荷物の内容:参考にしてはいけません
チョコレート、ゼリー、現金、茨城県地図、文庫本、使い捨てカメラ、メモ帳、筆記用具、デイリースポーツ、免許証、ちり紙

さて、山の手線、常磐線を乗り継いで土浦駅に到着。ここで「筑波鉄道」なる期待のローカル私鉄に乗換えるはずなのであるが看板が見当らない。試みに土浦の観光案内図を見るもどこにも記載がない。もしや... と思い時刻表を見るとやっぱり廃線になってました。あちゃー。原因は10年前の地図を鵜呑みにした私です。真似するのは止めましょう。しかたなくバスに乗ります。関東バスは時間がくれば何も鳴らさずに静かに走り出します。なかなか大陸的です。しかしこの辺は完全な車社会、つまりは「田舎」なんですな。「筑波駅前」行に乗った人はたったの7~8人。終点まで乗ったのは私だけという体たらく。片道860円。ここで「筑波駅前」にピンと来た人はスルドイ。そう、終点は廃線となった筑波鉄道の旧駅舎なんですよ。しかもレールは完全に剥がされてます。ホームはさながら人生ゲームの「貧乏農場」。過去にさんざん不毛な目にあったことのある私もこの哀愁さには脱帽です。ただでさえ寒い日が余計寒く感じてしまいました。でもここから東京駅までの直行バスが日に往復7~8本あります。運賃は片道1800円とのこと。遠来の方はこれを利用した方がいいでしょう。

今度は「筑波神社前」行に乗換えます。このバスでようやくロープウェイの手前まで行けるわけです。片道210円です。これでようやく筑波山の麓に到着。なんやかんやで着いた頃には12時を回っていました。

筑波山・最後の紅葉:イメージ1

早速神社へ赴き、本日の無事を祈願。ここで気付いたことを一つ。賽銭箱の横に「二礼二拝一礼」の張紙を発見。神社での正式な礼拝手順を伝えとる訳ですが弘法大師の影響の強い讃岐の神社ではあまり見られない光景にここは関東だなと改めて思った次第です。
神社の西隣にケーブルカーの乗場があります。往復で千円。20分毎に運行しています。ケーブルカー乗場付近には真赤な紅葉がぽつぽつ見られます。この雰囲気、そしてこの寒さ。まさしく「最後の紅葉」に相応しい雰囲気です。しかもケーブルカーで上へ行くのに従って紅葉は消えていきます。来週では拝めなかったでしょうなぁ。よかったよかった。

ケーブルカーは10分程度で頂上駅に到着します。駅前には田んぼ一反程の大きさの広場があります。案の定、レストランや土産物屋があります。はっきり言って下界ですわ。今回は風が強いし寒いので有難いですが。それでも人が結構いたのにはちょっとばかり以外でした。

駅の隣に回転レストランがあります。お腹がすいたので中に入り、カレーライスを注文しました.700円です。山の上では標準的なもんでしょう。味は観光地風味(?)ですな。ただし、回転ローラがあまり滑らかでないのには閉口しました。ゴトゴト揺れながら食べるうちにちょっと気持が悪くなったのです。

レストランを出ると先ずは男体山頂上に向います。人が多いのも意外でしたけどちゃんとした山の格好で来ている人も結構多いのにも驚きました(ちなみに山麓から頂上まで歩けば90分ほどだそうです)。もっというとピクニックで来ている人もたくさんいました。それらしいベンチも比較的たくさんあります。お気楽ピクニック派にはお勧めできると思います。ただ、今日はめちゃくちゃ寒いですから外でおにぎりはちょっと辛いかなぁ...

筑波山・最後の紅葉:イメージ2

駅から男体山までは長くても20分ほどで着くはずです。頂上には男体祠と気象庁観測所、NHKの送信アンテナが建っています。独立峰だけあって関東平野一帯が見渡せるなかなかの好展望。気温が低く風が強いので都心まで見えると思いましたけど残念ながら見えませんでした。
男体山から駅前に戻り、そこから女体山までは大体30~40分くらいです。女体山頂にあるのは女体祠くらいのものでこっちの方がより頂上らしい雰囲気です。三角点はこちらにあります。又、頂上ではロープウェイを見ることが出来ます。筑波ドライブウェイの終点(つつじか丘)に向います。筑波神社とはちょっと違うところです。しかし、さむい... あまりの寒さで頂上に居座る気は全く起きず、ほうほうの体でケーブルカーに乗り、降りた次第です。降りてからは、最後の紅葉をいくつか写真に収めるべく神社周辺を散策しておりましたら非常に興味深いものを発見しました。

それは「かがい(本当は「×歌」と書くんですけど×印の漢字コードがないので仕方なく平仮名にしときます。実際のつづりは「櫂」の字の木の部分が女というものです)の地」なる場所です。広さはドッヂボール一面分くらいのなだらかな原っぱです。そこには看板がひっそりと建ってます。看板の文言をそっくりそのまま書いてみます:

[かがいの地]
かがいの場は男体、女体のわかれる筑波山の中股にあった。 当時の祭礼には後世の常識では判断にこまる奇怪な行事がある。筑波明神の祭礼にもそれがあった。 かがいである。男女が集って歌を唱和しながら乱舞し、情の激するにしたがって手をたずさえて陰所に行き愛撫し合った。
古代人にとってはあらゆることに優位する宗教上の厳粛な行事で、こうすることによって神を慰め楽しませていると信じたのだ。それは巨きな木がうっそうと茂り、長い枝を月光の中に墨絵の竜のように四方にのばした所であった。
海音寺潮五郎作「平将門」より
(以上原文のままです)

筑波山・最後の紅葉:イメージ3

今風に言うと乱交パーティ場だったんですね。昔の人は何と羨ましい。現在ではここまで堂々とは出来ません。一体いつから現代人は性に関してこんなにまで身構えるようになってしまったのか。これを読む限り昔の人は「フリーセックス」という言葉は知らなくとも精神は十分それに値していた様です。時代も違うので一概に比較は出来ませんが今の人はやっぱり頭でっかちなのでしょうか。

  草原に若人舞うかなかがいの地
  紅く色づく木々もそぞろに

ちなみにこの一句は原稿を書いている最中に浮びました。ちょっと凝りすぎたかな?その後、ケーブルカーの駅前に「かがいの地」を記念する塔(ハリボテですけど)が建っているのを発見しました。NHK時代劇の舞台になった場所らしく、ノリとしては長浜の秀吉モニュメントと一緒でしょう。でも乱交パーティ場でっせ。今でも伝承として残っていれば別ですが(だったら参加したい!)ちょっとこれはやりすぎ。さっきの看板は人目のつかない場所に置いてあるのも大減点。本当の意味を知らせずによく判らない言葉だけを並べるのは詐欺の手口と一緒です、筑波山観光協会に再考を求めます。万が一観光協会の偉いさんがこれを見たら両方撤去するかもしれないのでチェックした人は早めに見に行きましょう。

最後は一寸ハードな話題になりましたけどまぁ、こんなところで終ります。
げ。帰りのバスは一時間後かぁ... (ほんと,無計画 ^^;ゞ)

当然の事ながら今回は山行とは言えないくらいの楽勝の山でした。
でも、当初の目的どおり最後の紅葉を見ることは出来ました.こらえてください。すんませんが奥多摩はまた今度ということで..

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