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ケネプル・サウンド一周 シーカヤッキング 後編

Jan. 6- 9, 2001 強風に出遭う

翌3日目。我々は山ヤさんのような早起きは苦手。キャンプの時も朝寝坊だ。だがこのキャンプサイトの場合は、朝8時の満潮以前にテントを撤収しておきたかったので、異例の早起き。撤収を済ませてから、ここで迎える2度目の満潮を眺めつつ朝食をとり、なんと9時前には水上の人となってしまった。こんなに早く漕ぎ出すのは生まれて初めてだ。この日は薄曇り。前日よりは少々風は強いものの、海面はいたって平静。今日は横断しないで岸沿いをベタベタに漕ぐ事にしよう。ミルズ・ベイを抜けたら艇をまた西に向け、反時計回りのツーリングを続ける。NZティートゥリーのマヌーカの小さな白い花が森中で満開。薄曇の彩度の乏しい光景の中で、森全体がぼぅと白く発光しているかのようだ。墨絵の美にこんな所で出逢えるのだから、世の中ホントに不思議で面白い。

ケネプル・サウンド一周 シーカヤッキング 後編:イメージ1

そのうちに、この日のメインディッシュ、沈没船が姿を現した。30m以上はあろうかという巨体がビーチに横たわり、真っ赤に錆びた骨格を白日の元にさらしている。在りし日にはその美しさや力強さを誇ったであろう彼女もその大きさが災いし、ここでこうしてカキやマッスルに覆われながら朽ち果てつつある。その巨体を、5mに満たない小さな艇が見上げる。なんと言う皮肉だろう。大きさ故に身動きが取れず自滅するのは、何も船に限ったことではないかもしれない。ちょっと哲学的な感傷に浸りつつ、沈没船を後にする。

さて、実は沈没船にアプローチする前から、北風が強くなり始めていた。サウンドの北岸沿いを漕いでいたためにその影響はほとんど受けていなかったのだが、沈没船と本日の目的地の間に横たわるテ・マタウ・ア・マウイ・ベイは、地形の関係で丁度北からの風が激しく吹きぬける場所だった。他の場所とは桁違いに風速が速い。目測で判断すれば、20ノット超。今まで通り岸沿いに漕ごうとすると、しばらくは完全に向かい風となる。目的地は沈没船から見て南西にあたる為、無理をして向かい風の中を北上するよりは、横風を受けつつフェリーグライド(*1)で直接南西に湾をトラバースした方が良いだろうと判断。初心者の妻の艇の風下側に陣取り、彼女を風沈させないように時折指示を与えつつトラバース。たったの5分間のパドリングながら、無事渡り終えてくれた時は私も流石にホッとした。やはりリアス式などの複雑な地形下では、局地的に状況が激変するので気が抜けない。

ケネプル・サウンド一周 シーカヤッキング 後編:イメージ2

結局この風は最終日の朝になっても吹き続けていた。ポーテージに戻るためには、再度この風の中を横断しなくてはならない。前日のルートを戻る訳ではなく、サウンド南側に横断するのだが、やはりテ・マタウ・ア・マウイ・ベイから吹きつける横風をモロに受けてしまうのだ。しかも今回は横断距離が長い。風速が上がる事を想定していくつかの退避ルートを考えた上で、気合を入れて出艇。左舷に受ける強風に向かってリーンしながら必死にパドリングする妻の右舷後方にピタリと張り付き、艇速と風速・風向を計算してフェリーグライド角を随時細かく修正し、彼女に指示を出す。幸い途中で風速が変わることはなかったので5km以上を一気に横断。これで彼女もすっかり横風のコンディションに慣れてしまったようだ。この日は前日と違ってサウンド南岸沿いを漕ぐため、北風の影響を受け続ける事になった。ただし、最初の横断ポイント以降はさほど風力も強くないので、比較的リラックスしたパドリングが楽しめた。むしろ閉口したのは、この南岸のビーチ。それらはことごとく豪華な別荘のプライベートビーチになっており、休憩の為に上陸するのが躊躇われるような所ばかりなのだ。北岸にはビーチがなく、南岸はプライベートビーチばかり。シーカヤッカーがあまり近付かないのは、こういう理由があってのことかもしれない。結局プライベートビーチの1つの隅っこにお邪魔して休憩したのだが、持ち主の犬が目ざとく我々を発見し、棒を咥えて走りよって来て遊べとせがむ。結局棒を投げ疲れて、何の為に上陸したのかわからない始末。そういえば2日目にも我々の艇を見つけてビーチを並走し、行き止まりになって走れなくなると海に飛び込んで艇を追っかけてきた犬もいた。NZの犬は本当に人懐っこくて可愛らしい。

旅もいよいよ終わりに近付いた頃、目的地ポーテージの対岸のグールター・ベイからも、強風が吹き抜けてきていた。これは2日目に泊まったミルズ・ベイのすぐ東の湾。ここを漕いだ時はベタ凪だったというのに、今日は一面の白兎のダンスパーティだ。地形図で予測してはいたものの、こういう悪い予測は当たってもちっとも嬉しくない。ま、文句を言っても始まらない。またちょいと気合を入れるか。とはいえ、妻ももう横風には随分慣れてしまったので、私も然程気を遣う必要はない。彼女はポーテージのホテルでフィッシュ&チップス(*2)を頬張る事だけに気持ちを集中して一心不乱のパドリング。見ていても安心感さえ出てきたので、私もちょっと遊ばせてもらう。風上に向かって少々コースアウトしておいてから追い波に乗り直してミニサーフィンごっこ。うねりはあまり大きくなく、普通なら乗るのが難しいサイズなのだが、強烈な追い風に後押しされて結構上手く乗れてしまう。嬌声を上げつつツーリング最期のパドリングを満喫した。

ケネプル・サウンド一周 シーカヤッキング 後編:イメージ3

リゾートホテルのプールではしゃぐ白人美女達を眺めつつ、妻念願のフィッシュ&チップスをつまむ。さっきまであれだけ気を遣わされた強風も、こうして陸上でのんびりしていれば気持ちのいい涼風だ。やはり風を読み、風を恐れ、風を利用し、そして風を楽しむならば、水の上に出てみるに限る。シーカヤックとは海を楽しむ道具であると同時に、我々が日頃忘れてしまっている風との付き合い方を思い出させてくれる道具でもある事を、改めて再認識しつつ、我々は魚のフライを頬張った。

-DATA-

注釈:
(*1)流れや強風の中を横断する時、流される分を計算に入れて上流(風上)側に艇を向けて漕ぐテクニック。
(*2)イギリス名物、魚のフライとフライドポテトがセットになったメニュー。日本でもアイリッシュパブでお馴染みのメニューだが、イギリス文化圏のNZでももっともポピュラーな軽食の1つ。軽食といってもこちらの1人前で我々夫婦2人が満腹になるのだが。
場所:
・マルボロ・サウンド海洋公園 - ニュージーランド南島北端部マルボロ地方のリアス式海岸線で構成される、非常に美しい海洋公園。拠点はピクトン、ハヴロックなど。
・ケネプル・サウンド - 湖の海域を構成する2本の巨大入り江のうち、西側に位置するペローラス・サウンドの付け根付近から東に枝分かれした中規模の入り江。
交通:
ネルソンより国道6号線をブレナム方面へ。
ハヴロックの町を過ぎたら、景観の美しい事で有名な『クィーン・シャーロット・ドライヴ』へ左折。
途中、リンクウォーターの集落で『ケネプル・ロード』へ左折。『ポーテージ』まではネルソンより車で2時間弱。ポーテージまでは舗装路だが、それ以上先に行くとやがて未舗装路となる。
公共交通手段はないので自家用車、レンタカーで。
艇を下ろせる場所はポーテージに以外にも何ヶ所かあるが、私が見た限りここが一番便利そうだった。
駐車場:
ポーテージのリゾートホテルの駐車場を利用
トイレ:
ポーテージのリゾートホテルを利用。その他にも沿岸沿いにいくつかDOC(NZ自然保護局)管理の小さなキャンプ場があり、そこのトイレが利用できる。しかし、数はさほど多く無いので、小休止の場合はワイルドトイレットとなる。また北岸にはほとんどビーチがないため、大潮の満潮時には上陸ポイントを探すのも難しくなる事にも留意したい。
地図:
DOC発行『Parkmap Marlborough Sounds』がお薦め。海図(マリン・チャート)は夜間航行する予定がない限り、あまり役に立たない。
食料調達:
ポーテージのホテルの売店でかなりのものが入手出来る。釣り道具も揃う。しかし一度漕ぎ出すと海沿いに買い物が出来るような場所はまず無い。
水:
DOCのキャンプ場の水道を利用。しかし生水飲用は厳禁。浄水器、浄水剤などが必要。
その他の危機管理:
・事前の情報収集は微に入り細に入り徹底的に。
・沿岸には多くの民家があるが、おそらく基本的にはホリデーハウスだと思われる。今回はモロにサマーホリデー期間中だったので、たいていの家に人影があったが、シーズンオフとなると非常に人影がまばらになると思われるので、基本的には無人のバックカントリー対策が必要になる。詳しい危機管理対策は『パドリングレポート No.9003』参照。

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