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ダーヴィル島一周シーカヤッキング 前編

May. 18-28, 2000 ガイドの休日 『難所通過』

サーフ!!
ご存知の通り、沖から寄せるウネリが波打ち際の浅瀬で盛り上がり、泡を立てて崩れる白波。では、ディープウォーターのど真ん中で立ち上がるサーフをご存知だろうか?そんなものあるわけがない?あるのだ!海流、潮流、ウネリなどが互いにぶつかりあえば、水深に関わらず海面は立ち上がり、白波が砕ける。こうした変則的なサーフは、動かない事も少なくない。その場で立ちあがり、その場で崩れるのである。私が今漕いでいる『地獄の門』の名を持つ難所は、そうした変則サーフゾーンだった。

ダーヴィル島一周シーカヤッキング 前編:イメージ1

ニュージーランド(以下NZ)南島北端に位置するマルボロ・サウンド海洋公園。リアス式の複雑な海岸線と、幼い日に理科室で目を奪われた硫酸銅の色を思わせる、鮮やかで澄み切った藍色の海を持つ、素晴らしいマリン・フィールド。公園西端に位置するエリア最大の島ダーヴィル島は、全長140kmの海岸線と40,000haを超す面積を持つが、人口は50人を切るという。さらに一帯の海域は人気フィッシングスポットゆえ人の出入りは絶えないものの、一般の観光ルートからは大きく外れるため、この島を訪れる外国人旅行者はほとんどいない。だから自然豊かなNZの中でも、特にバックカントリー気分を満喫できる島だ。残念ながら島中が原生林というわけにはいかず、実際には大半の土地がNZ名物の牧場になってはいるのだが、それでもやはり『ウィルダネス気分』は対岸の本土とは比較にならない。本土からわずか数百mしか離れていないし、適度な間隔で野営適地が点在するので、シーカヤック・フィールドとしても天国である。実際パドリングレポートでご紹介した、我がエイベル・タズマン国立公園を拠点とするガイド達も、ダーヴィル島と聞くと例外無く「あぁ、いいなぁ、オレも行きてぇなぁ・・・」と遠い目をして溜息を漏らす。人気No.1フィールドで毎日漕いでいるプロ連中をも魅了する島なのだ。

ダーヴィル島一周シーカヤッキング 前編:イメージ2

「さすがGofield.com!スゴイ穴場情報!じゃ、ちょっとオイラも!」と思ったパドラーの皆さん、ちょっと待って下さい。世の中そうそう美味い話ばかりではない。実はこの美しい島にもキチンと『トゲ』があるのだ。まずトゲその1、公共交通機関がないこと。つまりカヤックと車を調達して自走していく必要がある。トゲその2、島に渡ってしまうと食料や浄水の補給施設が皆無である事。トゲその3、整備されたキャンプ施設もほとんど皆無に近い事。一周するには最低でも1週間は要するはず。本格的な野営技術が必要だ。トゲその4、限りなく無人島に近い島ゆえ、文明から隔絶される事。怪我、病気などの場合も深刻な事になるし、パドリング中の事故は致命的な結果に繋がる惧れが大きい。天気予報などのニュースも入手し難いので、それらを視野に入れた危機管理テクニックは必須だ。

そしてトゲその5が、お決まりの『難所』だ。島と本土の間に横たわる幅数百mの海峡『フレンチ・パス』は、速い潮流が渦潮を生み出す悪名高い難所。過去に藻屑と消えた命は数知れず。今年に入ってからもすでに3名のダイバーが命を落としている。「柄杓を貸せ」と船幽霊が現れかねない魔の海峡なのである。島を一周すれば初日か最終日に、必ずこの難所を通過することになる。そして北端の『ヘルズ・ゲイト』は、島の東西の海岸を北上してきた潮流がぶつかりあい、オーストラリア方面から寄せてくるウネリも加わって『動かないサーフ』が立ち上がる場所。サーフゾーンを避けて沖に出れば、強い潮流や風に流されて漂流する危険がある。ここも避けて通る事の出来ない場所なのである。双方とも停流時しか通過のチャンスはない。潮流の速い時刻に突っ込めば、我々プロ・カヤッカーといえども命の保証はない。

ダーヴィル島一周シーカヤッキング 前編:イメージ3

私と妻の乗ったタンデム艇は、今まさにそのヘルズ・ゲイトの真っ只中。もちろん今は満潮時、潮は止まっているはずの時刻だ。ところがどっこい、しっかりとサーフが立ちあがっている!流石に『地獄の門』という名は伊達ではない!我々はサーフゾーンの中でただ1箇所サーフが崩れない、幅5mほどのポイントを狙って通過を試みている。崩れないといっても高さ1mのグリーンウォーターが突然立ち上がる。艇はその度に天を突き、次の瞬間藍色の谷底に向かって滑り落ちる、天然のジェットコースターと化す。しかし派手な動きとは裏腹に、艇は実際には亀のような速度でしか進んでいない。このサーフには恐ろしく重量感があるのだ。莫大な量の水の恐ろしいほどの質量感が、パドルや艇底を通じて伝わってくる。粘度の高い重油の海を漕いでいるかのような錯覚さえ受ける。こうなると前方から迫りくる波は、さしずめ巨象がのしかかってくるような圧迫感だ。すぐ左では1.5mのサーフが派手な白いスープとともに崩れ、右側の岩の側にはエディというより渦潮といった方が相応しいようなワールプールが口を開けている。こうなると、正面から迫り来るの象の群れを中央突破するより他に手はない。もちろんここで沈すると、いかにプロといえどもレスキューは難しい。前席の妻は恐怖に駆られて必死のパドリングだ。もちろん表情は伺えないのだが、半ベソ状態だろうことは容易に想像がつく。

しかし私の方はといえば、実はアドレナリンが急速に脳内を充たし始めているのを意識していた。普段の生活では完全に眠っている『己の野生』が目を醒まし始めているのだ。そして一瞬の後、緊張感溢れるこの状況下で、私は完全にハイになっていた。油断できる状況ではないのだが、それでもこの程度ならまだまだ余裕がある。そして、こんな珍しい海面はそうそう体験出来るもんじゃない。!すぐ前を漕ぐ後輩ガイドとともに"Yahoooooo!"と絶叫する。巨象の群れに向かうドン・キホーテだ!奇声はサーフの崩れる音にかき消される。負けじと声を張り上げる。血沸き肉踊る難所通過。我々が狂ったように奇声を上げて喜んでいる事に気付き、妻もようやく少しリラックスしたようだ。おっと、前方では通過し終えた連中が心配そうに見守ってくれている。早い所通過してしまうか。一周ツアー4日目の出来事。

久米島シーカヤック

島唄 Apr.29-May.04, 2000

久米島シーカヤック:イメージ1

久米島の東海岸を囲むように10km沖まで長く突き出たリーフがある。その中に点在する島々をカヤックで巡る。

この季節には羽田~久米島便はなく、那覇で乗り換えて39人乗りのエアーコミュターで久米島空港へ着いた。小さな飛行機は慶良間諸島上空を低空で飛ぶ。タクシーで太田集落へ行きボンベや食料を買いだしして、鳥島漁港から出港した。

久米島シーカヤック:イメージ2

4月29日。鳥島漁港を出るとすぐ正面にガラサー山、ガラサーとはカラスのこと。でも子供達はチンチン山と呼んでいる。その通りチンチンのような岩が青空に伸びている。隣り合わせに那覇からのフェリーが着く兼城港、その長い防波堤の外を廻る。風が強くなった。しばらく行くと波も大きくなりあわててアーラ浜に逃げ込んだ。そこはアーラ山の南面にあたり、三方を高い山に囲まれた隔絶された世界のようだ。一応便所とベンチはあるが水は雨水を貯めたもので使えない。買い物は比嘉集落まで徒歩1時間。夜、焚き火で採ったサザエやモズクを料理していると、浜を挟む二つの川から一斉にホタルが湧きテントを包んだ。翌日は嵐。テントが風でひしゃげる。仕方なくハブに怯えながら林の中に引きずっていった。

久米島シーカヤック:イメージ3

5月1日。舟を出すがまだうねりが残っている。ここから先は島尻崎までは久米島唯一の断崖が続く難所だ。追い風に押されるようにリーフの外に出るとお約束のように波が高くなった。早速判断に迷う。結局戻るのも面倒になって断崖を見上げながら進んだ。ささくれだった黒い崖が垂直に立ち上がっている。そしてその上部は濃い緑がどっしりとアーラ山に続いている。ダツがこっちに向かって飛んできて、3mほど手前に落ちてヒヤッとした。上を向いた鳥の顔をした岩、「鳥の口」まで来ると向かい風に変わった。そろそろ断崖も終わりのはずだ。さっきまで正面に見えていたトゥンバラ岩がずいぶん右に移動した。岩礁の途中が切れて向こう側が見えた。島尻崎、島の最南端だ。島尻崎と岩礁の間を波に乗って抜けるとそこはリーフの中の穏やかな海だった。海岸線を北へ辿って銭田漁港に入る。一休みの後、久米島と橋で繋がれた奥武(オー)島の「畳石」に向かう。溶岩が冷やされたときに規則的な亀甲模様になった石畳の海岸だ。エメラルドの海に黒褐色の石畳がコントラストが映える。東にあるオーハ島は7世帯しかおらず、その代わりハブはたっぷりいるという。ふたつの島に挟まれたイチュンザ岩にキャンプ。誰もいない小さな島は自分だけの独立国だ。

久米島シーカヤック:イメージ4 久米島シーカヤック:イメージ5

5月2日。東に長く延びたイノーの中は安心して舟を出せる。しかし干潮時には舟道を外れると喫水の浅いカヌーでも底を擦る。水深の充分なところを選び1時間かかって誰もいないハテノ浜の先端に上陸した。どこまでも伸びた白い珊瑚の浜がとうとう海に尽きる果て。その白がグラデーションで緑に融けていく。遠巻きに囲むようにリーフの縁が波立ち、延長線上に渡名喜島がぼんやりと見える。奥武島に戻りキャンプ場に行くと雨が降り出した。誘われるままに管理人のおじーの家に泊まる。

久米島シーカヤック:イメージ6

5月4日。奥武島を廻ると久米島との狭い海にでる。ここは潮が退くと川と見間違えるように細くなる。二島を結ぶ橋の下まで来るとダイレクトに風にさらされる。高速船の港、真泊港の長い防波堤の外にでると波も高くなった。航行用にリーフを掘り下げてあるからだろう。引き潮の時間でどんどん海が浅くなっていく。舟を傷つけるので仕方なく沖に舟を向けた。リーフの縁を越え外に出ると真謝港が進路から大きく外れた。阿嘉沖、ここさえかわせば断崖はない。後はいつでも上陸できる海岸線がぐるっと島の反対まで続いているだけだ。大きく揺さぶられる舟の中で断崖の先端だけを見つめて漕いだ。ちらっと断崖から落ちる滝を見た。鼻先をかわすと断崖は後退して広く平らな浜が寝そべっていた。今日は大潮で普段近づけない磯に釣り人が棹を垂らしている。ミーフガーの洞窟。ガラサー山のチンチンに対してここは女性器に見立てられ、二つで子宝のお守りになっている。島の観光ポイントなので人も車も集まっている。しかしここも波が荒く、むき出しの珊瑚礁の海岸で砕け上陸できなかった。前方に見える空港を目指した。いつの間にかもう島の半分を漕いでいた。風は背中に受けるようになった。管制塔を見ながら漕ぐのは不思議な感じだった。ウミガメが首を伸ばして通りすぎていった。次のヤツは舟の手前で潜った。しばらくしてまた来た。ここはウミガメ銀座だ。そろそろ滑走路も終わったのにリーフの中へ入る舟道がない。後で解ったが干潮時には干上がってしまうのだ。まして今日は大潮だから、あるわけがないのだ。さらに1時間以上、リーフの外を大きく廻って内海に入った。5時間以上も漕ぎ続け、やっと出発地の鳥島港に着いた。

-DATA-

場所:
沖縄県島尻郡久米島
交通:
夏期に限り羽田~久米島直行便がある。他の季節は那覇で乗り換えるか一日3便ほどのフェリーで渡る。島内はバスは便も路線も少ないので当てにできない。
駐車場:
観光ポイントには有る。無料。
トイレ:
同じく観光ポイントは有る。無料。
※映画「釣りばか・・」で有名なハテノ浜まで観光船有り。しかし手前のナカノ島までしか行かない船もあるので注意。
昨夏、「ウミガメ博物館」「ホタル館」がオープン。
畳石キャンプ場500円、管理人の家一泊1500円。
地酒「久米泉」は何処にでも有るが「久米島」はこの島以外では手に入れずらい。
参考:「久米島ちゃんぷる情報」http://www2r.biglobe.ne.jp/~yoko-s/
「沖縄の日本軍・久米島虐殺の記録」 新泉社沖縄と戦争は切っても切れない。私たちが絶対に忘れてはいけない話が多く残る。久米島の人々はアメリカにではなく日本軍に殺されていた。

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