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母島シーカヤック一周

Dec.31, 1998 日本で一番早い初日の出

母島シーカヤック一周:イメージ1

1998年元旦我々は運良く父島を一周することができた。二匹目のドジョウを狙って同年末再び「おがさわら丸」に乗り込んだ。目指すは父島のさらに南50kmの母島。

母島シーカヤック一周:イメージ2

小笠原二見港で「ははじま丸」に乗り換える。「おが丸」に比べてはるかに小さい。乗客のほとんどが帰省客のようで観光客はわずかだ。2時間揺られて母島沖港に到着。人口わずか500人ほど、島唯一の集落が手に取るように見えた。岸壁には島民が勢揃いという感じで、あちこちで華やいだ声が上がっていた。

母島シーカヤック一周:イメージ3

12月31日。港への坂道から見下ろすと海は穏やかだ。防波堤の向こうでさざ波が揺れ、さらに沖には向島が浮かんでいる。8時10分、我々は3艇のカヤックを漕ぎ出した。港の防波堤を越えると長く延びる島の南部が見えてきた。それに続く鰹鳥島、二子島、平島、向島が我々を囲むように連なっている。緩やかに低くなる母島西海岸を左に眺めながら行くと、まだ続くと思っていた陸が切れて海がのぞいた。南崎だ。大瀬戸に集められた波が大きくひしめいている。真ん中を突っ切った。船は大きく上下するが波は素直だ。白い砂浜に徒歩でやって来た観光客に目をやる余裕もある。先行の2艇は波が暴れる大きな岩との間にさしかかっていた。そこを抜ければ島の東側に出る。遅れないように後を追う。島の南端を廻ると波はまた規則的になった。相変わらず高いがこの程度は父島で慣れっこだ。それよりも2艇は遙か先だ。早く追いつかなければとパドルに力を込めた。

母島シーカヤック一周:イメージ4

島の東海岸は断崖が続き見所のはずなのだが、曇り空が暗い影を落としている。裏高根の岩を越え東崎湾で最初の休憩。予定通り2時間で来た。カツオドリが頭の上を飛んでいった。東崎を廻ると大崩湾、一層高い断崖が続き一部が最近崩落して赤い地肌がむき出している。大きな湾を横切り石門崎を越えると東港の立派な防波堤が見えた。荒天時の避難港なのだろう。とりあえず逃げ道ができてほっとする。休憩3分。くわえ煙草で再び漕ぎ出すが渇いた喉にはちっともうまくない。しかし急がなければ。この臥牛角という岩を越えれば北港、戦前はここに集落があった。今もその学校跡がジャングルの中にひっそりと残っている。舟足が速くなってきた。潮に乗ったようだ。すぐに北港の深く切れ込んだ湾が見えてきた。

母島シーカヤック一周:イメージ5

北端の乾崎と鬼岩、先行艇はその間にかかろうとしている。あそこを廻ればもうすぐだ。波は音を立てて断崖にぶつかっている。今回初めての緊張が襲ってきた。コースの鬼岩との間には小さな岩礁もいくつかのぞいている。首を伸ばしてコース取りを見極め、力一杯漕いだ。このあたりは海中写真家が行方不明になっているところだ。どうにか抜けてほっとして気が抜けた途端、目の前の海が盛り上がり白波が横から襲ってきて頭から水を被った。一瞬自分の目が点になったのが解った。しかし自然に体がバランスを取りうまく切り抜けることができた。これも西表での沈が役立ったのだろう。

母島シーカヤック一周:イメージ6

島の西岸に回り込むと波がすっかり治まった。しかし潮が逆らしくなかなか進んでいかない。左前方10mの所を三角のヒレがこっちに向かって来る。しかしすぐに海に消えてしまった。イルカだ。それから辺りを何度も見回すが二度と現れなかった。遠くに四本岩(しほんいわ)が見える。中の二つが重なり洞窟のようにになっている。それを目指して重い腕を振る。単調で退屈な時間が続く。西に回っても日が当たらず島は相変わらず暗い。港の入り口の岩礁帯でまた波が高くなったが、岩のてっぺんに立った海鳥を見る余裕があった。港を出て6時間、穏やかな港に舟を着け、ビールを買いに走った。

母島シーカヤック一周:イメージ7

母島の正月イベントは初日の出ツアーから始まる。車で途中まで送ってもらい島の南海岸の小冨士山に登る。ジャングルの中のよく整備された道を2時間。鰹鳥島の向こうから日本一早い初日の出が登った。浜では日本一早い初泳ぎやカヌーレース、名物ウミガメ肉が振る舞われた。カヌーレースでは優勝候補にも上げられていたが、普段のカヤックとは違ったアウトリガーのカヌーに残念ながら6位と健闘及ばず。しかし小さな島の小さなお祭りは楽しくそしてとても長閑に過ぎていった。

-DATA-

場所:
東京都小笠原村母島
交通:
父島より船で2時間。島内はレンタルバイクのみ 一日2500円。
駐車場:
どこでもOKだが車で行く人はいない。
トイレ:
沖港、北港にあり。

※小笠原諸島は全島キャンプ禁止。お正月イベントが多数あり、家族的雰囲気の中で楽しめる。
宿泊 民宿「ママや」 一泊 6000円
母島一周にあたっては「ママや」の折田さんに陸上から監視していただいた。 感謝。

錦江湾・桜島(前編)

Dec. 1998 アイランド・シーカヤッキング

さて、今回のアイランドシーカヤッキングは、現在は一部九州にくっついてはしまったが、名前もそのまま島として残る活火山島、桜島である。

シーカヤッキングは面白いといっても今はやはり冬。できればこの季節もあったかくパドリングなんぞしたいと思うのである。そうするとやはり温泉は不可欠。さらに内湾のおだやかな海がいいなあ、と思えば、このエリアにたどりつくのは必然なのである。

(初出:カヌーライフ23号パドリングエリアガイド・桜島)

錦江湾・桜島(前編):イメージ1

九州は南端にぱっくりと口を開けている錦江湾。その湾をふさぐように、今も活発に活動している桜島が鎮座している。この沿岸は外海からのうねりも入ることが無く、海底から温泉が湧出しているところもあり、暖かく静かな海をツーリングすることができるのだ。 
この火山の最古の噴火記録は和銅1年(708年)だが、地質的には1万3千年前から活動を続けているという。元はその名の通り島であったというが、大正3 年の大噴火で溶岩が東桜島水道を埋めて大隅半島と陸続きになってしまった。そうして今も活発に活動を続ける火山なのである。キャンプする場所を決めるのには、その日の風向きが何よりも一番重要な情報となるのが、このエリアの特徴といえるだろう。

錦江湾・桜島(前編):イメージ2

午後に鹿児島入りした私は、国分敷根にあるキャンプ場で今回のエスコート役であるナノックスのスタッフと合流、海から立ち上る靄の中に浮かぶ桜島を見ながら、国道220号線を下った。そして桜島の付け根で国道を離れ、桜島に入り北上する。溶岩の中にひかれたアップダウンのきつい道を抜けて、浦之前の漁港に車を入れる。港の奥がスロープになっており楽に出艇出来るが、滑りやすいので注意して艇を下ろした。

港ではどうみても笑っている猫が僕らを見送った。木々の向こうには噴煙を吐き出している火山。日本にもこういう風景があるんだ。

10時30分、港を後にする。すぐ正面に見える小さな島、新島(しんじま・別名燃島)を目指す。桜島より北東2kmに位置するこの島は、1779年の大噴火で海底より隆起して出来たという島だ。ゆっくりパドリングしても約15分程度で取り付いた。夏の間は海水浴やキャンプをする人で賑わうという。

錦江湾・桜島(前編):イメージ3

新島をかすめると北上を続けて、11時に中ノ島(軽石島)に近づいた。別名が示すとおり溶岩が固まって出来た島であり、なにか富士五湖で漕いでいるような錯覚にとらわれる。今回エスコートしてくれたNanoksの櫛山さんと八田さん(当時)は早速竿をふりはじめた。この二人は、ちょっとポイントがあると、陸だろうが船の上だろうがとにかくロッドを振っていた。釣果は今回は記さないでおこう。まあ、真冬だし・・・ね。
ここでちょっと休憩をとる。岩に囲まれた真ん中には砂浜があり、潮の干満によってつけられた模様が、溶岩と相まって山水のような様相を見せてくれた。

中之島を出ると桜島がその威容を視界一杯に広げる。進路を桜島の北端である割石崎に向ける。海はあくまでも静かで、潮の流れも感じない。30分ほどで崎に達し、後は海岸線に沿って西にひたすら漕いでいく。

12時をまわった頃西道に到着した。ここは夏期には海水浴場となるが、コープもあり買い出しも可能だ。北岸のベースとしても最適である。昼食は皆思い思いのものを取る。日は暖かく、風がないので、Tシャツ一枚で昼寝をした。ゆっくりしたいところであったが今日のキャンプ予定地までは、桜島をまだ半周近くまわらなければならないため、13時に出発する。

錦江湾・桜島(前編):イメージ4

これから桜島港までは海岸沿いにずっと道路が伸び、少々退屈なパドリングが続く。
小さな港が所々にあり、倉庫には大きく数字が書いてある。まるで基地のようだが、「桜島が噴火したときに、あの数字で避難港を伝えるんです」と橋元さん。今日は年末ということもあり、船舶の往来が少ないそうだが、普段はその往来に充分注意して欲しいとのことだ。島の西に来ると、すぐそばに見える対岸には鹿児島市が見える。錦江湾はその中央を、桜島でぎゅっと絞られたような形になっている。そのため、この付近より潮流が感じられるらしいが、この日は特にそれを感じられなかった。そして岸近くには養殖棚も並び、これを縫うように漕いで行かなくてはならない。養殖帯を越えるといよいよ桜島港。西海から一時間半ほど。ここはフェリー航路を横切らねばならない。こちらは年末ダイヤで逆にひっきりなしに往来している。当然だが横断には充分すぎるほど注意する必要がある。港の出口で一度全艇が集り、充分に間合いを計る。そして一気に横断をした。

錦江湾・桜島(前編):イメージ5

港を越えると、大正の大噴火で流れ出た溶岩の一帯に入った。ダイビングスポットにもなっているという。

大正溶岩を越えたところでようやく、本日のキャンプ地である沖小(おこが)島が目に入った。目的地にはまっすぐ進みたいところだが、航行する船が多いため若干岸寄りに進路を取る。魚影が濃く静かな海ということは、いい漁場ということでもある。くれぐれも動力船には注意してもらいたい。いくら西の国とはいえ、やはり冬は太陽も急いで沈んでいく。なんとなく薄暗くなりかけている空を仰ぎ、パドルに力を入れた。と、そのとき先頭を行く橋元さんがいきなりパドルで海面をぶったたいた。ブレイスを入れるような状況じゃないのに?「カンパチカンパチ!!」弱って海面を漂っていたようだ。帽子をつっこんで頭にかぶせ、カヤックに引き上げた。やりました!50cmはある見事な獲物。まさに酒のさかなです。となると、本日一日竿を振っていた方の面目は?

日はもう、対岸の鹿児島市のすぐ上まで来ていた。桜島はその山肌の赤味をまし、海もそれを映している。16時半、沖小島に上陸。ここはこのエリアをシーカヤックでキャンプツーリングするときには、ほとんどここでキャンプをするという。この取材の前に、Outdoor誌(今はもうないが)で野田知佑氏と内田正洋氏の対談もこの島を使ったそうだ。
振り返れば桜島。太陽の色を反射していた。
 
前編了

- 西沢あつし プロフィール -
フリーライター・フォトグラファー。主に日本各地のシーカヤッキングにまつわるいろいろなシーンを撮影・レポートして各誌に寄稿してきた。写真は梅田正明氏に師事。昭和41年生まれ、東京都在住。

錦江湾・桜島(後編)

Dec. 1998 アイランド・シーカヤッキング

今回はしばらく間があいてしまってすみませんでした。「シーカヤッキングワールド」の方にも書いたんだけど、まあとにかくこれでもかというくらい書かせないための反対勢力が勢ぞろい、という平成13年度第4四半期というやつだったのです。というわけで、温泉の恋しい季節ももうすぐおしまいですが、桜島でのシーカヤッキング完結編でございます。

さて、本日のキャンプ地となる沖小島に上陸した。ここは浜となっているのは、正面に桜島を見据える島の東側のみで、キャンプができるのもこちら側のみ。石はやや大きめで少々でこぼこがきつい。マットは必需品だろう。あちこちにある流木を集めると、早速火をおこす。正面には桜島。太陽が地平線に近づくに従い、桜島は赤から紫、そして漆黒へと刻一刻とその色合いを変えていった。皆思い思いの場所にテントを張る。が、どうも数が足りない。「ああ、僕らはいいんですよ」と櫛山さん(櫛山さんは現在ナノックがツアーを実施する際のツアー・スタッフということです)と八田さん。「焚き火のそばで充分なんですよ」さすが火の国鹿児島。料理番である橋元さんが料理にとりかかった。本日のメインディッシュはチゲ鍋、そして酒は桜島。肴にカンパチの刺身と、残りは熾であぶりながら口に運んだ。
 ちょっとトイレと岸沿いに反対側へ回り込むと、対岸に鹿児島市の光が浮かび上がっている。都市のすぐそばにある鹿児島の自然。真冬であるのにあたたかい。僕らの取材の前週は野田さんと内田さんがOutdoor誌の取材できたそうだ(このとき「攻めダルマ」佐々木氏ははじめてのシーカヤッキングだったそう)

 西に行くほど日の出は遅い。翌朝、といっても8時くらいからやっと活動ができる明るさになる。簡単に食事を済ませ、9:30に島を後にした。島には山羊がいるというが、僕らは出会えなかった。しかし、夜中に草を踏む音が聞こえてきたので、なにかはいるのであろう。船の航行を妨げないように、北上して燃崎を目指す。そして燃崎から観音崎とコーストラインを進む。観音崎を過ぎると大きな白い建物がビルディングが目に付いた。温泉観光ホテルというやつだ。10:30、湯之元に着く。大浴場が海沿いにあり、カヤックで通ると温泉客の注目を浴びるそうだが、今日は改装中らしく、誰も入っていないようだ。ここはアコウの老木から涌く温泉で龍神様の宿る聖域のため、男女とも浴衣を来て入るそうなので期待はしないほうがいい(なんの?)。またこの辺りはイルカが見えることも多いそうだ。シーカヤックから直接温泉にあがれればいいのだが・・・。
 11:00頃、昭和溶岩とよばれる溶岩流の先端部に至る。採石場になっているが、海面から溶岩が10m近くも立ち上がり、威容な景観となっている。この辺りは降灰が多く、また土石流が発生することもありキャンプは出来ない。火山の島を漕いでいると実感する光景だ。しかしながら、小さな湾のいたるところに温泉が涌いており、こうした知られざる温泉探しにカヤックを出すのもいいだろう。有村崎を過ぎて、海に突き出た溶岩帯を過ぎると岸に沿って湾に入っていく。湾の入口には船舶用の標識があるのですぐわかる。湾の奥には漁船が何艘も泊めてあり、そろりと入っていくと「温泉が涌いてあるところがありますよ」といわれる。「ここら辺ですね」といわれた海面をよく見ると、流れがそこだけ違うので海底から湧出しているのがわかる。水中に目を凝らしてみるとはっきりと水の層がわかれているのがわかる。手を入れてみると温かい。まあ真冬に入るほどではないが。「ここなら年中ロールの練習が出来ます」と櫛山さん。が、それにだまされてひっくり返り、水の冷たさに驚いた人がいた(といっても充分に温かいが)そうで、温かいのは表面だけなのだ。
 「ではもう一つ行ってみましょう」大正溶岩を越え、もう一つ先の入り江だ。ちょうど桜島の付け根の位置にあたる。沢山の養殖棚をすりぬけて奥へと向かう。海底を見ると、ガンガゼが4~5匹固まって長い棘をゆっくりと動かしている。珊瑚も見える。やはり海水が温かいのだろう。ドン突きでカヤックを降りると、「この奥にも温泉が涌いているのですよ」といわれ、奥を覗くとバスクリンを入れたような不思議な色の池が、さらに奥へと広がっていた。「通称『ギャオスの池』と呼んでます」と櫛山さん。カヤックを持ち上げてその堰を乗り越え、池に浮かべる。大潮の満潮の時にのみ、カヤックに乗ったままここを越えることが出来るそうだ。再びカヤックに乗り込むと、ゆっくりと前進させた。水の色は次第に黄色が強くなってくる。松や照葉樹が両側より張り出している。不思議な風景だ。途中幅がぐっと狭まっているところがあり、水も岩肌も硫黄の黄色で染まっている。手をつけるとなるほど温かい。最後に黄土色で染まった池に出た。だが池の中心部はそれほど温かくないから、温泉が涌いているのはこの池の出入り口辺りであろう。空がぽかんと明いている。風は遮られ、温かい海の上に浮いているせいか、真冬のツーリングとは思えない穏やかさを感じた。
 時計は13時をまわっていた。方向転換をして元の堰まで戻った。

 そして後はゴールに向かって南下するだけだ。今回は時間が無くなってしまったので小浜であがったが、できればそのまま南下して江之島の対岸、海潟漁港の裏側に海岸があるので、ここに上陸するのがいいだろう。しかし、北西の風が吹いているときは、撤収をすばやくやらないと灰だらけになってしまうそうだ。生きている地球を実感するパドリング・エリアであった。

-DATA-

注意事項
漁船やプレジャーボートが非常に多い海域である。過去にはシーカヤックと漁船の衝突事故も発生しており、漕行には充分に注意されたい。またこの地域独特の注意点として降灰がある。山を中心に風下は常に降灰があるので、風向きを考慮に入れる必要がある。キャンプ地は降灰が予想されるところを避けた方がよい。

- 西沢あつし プロフィール -
フリーライター・フォトグラファー。主に日本各地のシーカヤッキングにまつわるいろいろなシーンを撮影・レポートして各誌に寄稿してきた。写真は梅田正明氏に師事。昭和41年生まれ、東京都在住。

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