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長崎県・五島列島中通島 その二

May. 1997 長崎県・五島列島中通島 その二

翌日朝7:00、高井旅の浜をでた我々は、進路を東に取り漕ぎ出した。約30分ほどでいくつかの屋根が山あいに見えてきた。福見の集落である。波はまだ高い。慎重に堤防の切れ目から進入する。少し丘を登ったところに、重厚な赤いレンガ造りの教会が目に入った。この村の信仰の中心であり生活の中心である福見教会だ。教会の解説を読むと、ここの住民の実に98%がキリスト教信者という。海を臨む丘の一角に立てられたこの教会は、こじんまりとしてはいるが、その存在感は圧倒的だ。

入り口からそうっと中を覗く、シンと静まり返っている。すでに礼拝は終わったのだろうか。靴を脱いで中にはいる。そうそう、当然だが怪しげなカヤッキングウェアではない。これは最低限の礼節である。目が慣れてくるに従って、白い漆喰と深いブラウンの柱や椅子がはっきりとその輪郭を現してきた。そしてその暗に人為的に、色をつけられた光の帯が差し込んでいる。

誰もいないがつい先ほどまで人がいたのだろう、人のぬくもりが残されているようだ。それとも長年にわたって使われてきた、木々にしみこんだ人の祈りだろうか。今も毎日礼拝が行われているという。ステンドグラス一枚一枚に念入りに通された、その光の筋は厳にして粛。しかしそれは決して強要されたものではないのである。

正面にはマリア様が遠慮がちにしかし、優しさをもって我々を見つめる。その両側に天使を描いたステンドグラス。

しばし沈黙する。

長崎県・五島列島中通島 その二:イメージ1

ふと後ろを振り返ると、入り口の扉の上にはめ込まれたステンドグラスの絵は、昔歴史の教科書で見た、フランシスコ・ザビエル師その人であった。あの教科書の絵をそのままに、美しいステンドグラスとなってよみがえってきた。ふと、教科書の偉人達にイタズラ書きをしてしまったことに罪悪感を覚える。

教会から外に出る。外は初夏の日射し。鳥の声、草が風に揺れる音。暖かく、何もかも優しく包まれる季節である。一つの草花にてんとう虫がとまっている。黄色、赤、黒。ここでは色はくすまない。

様々な思いを後に福見を出発する。ボクははっきり言って宗教自体には興味はない。それよりも訪れた教会、そして各地の仏像や寺院など、その宗教の中に個を埋没させ、それを作り出した人間のエネルギーに感動する。

ただ海に出ると、遥か原始的な宗教であるアミニズムというものが生まれた理由というのがわかる気がするのである。風の神様、波の神様、そして太陽の神様。海に出ている期間が長くなるほど、それを強く感じていく。

さらに北上、コースト沿いに進んでいく。次第に地形は厳しくなり、見事な断崖となった。100mは越えているだろう。地球の歴史を目で確認できる、見事な地層を見せている。遥か上には森が茂っている。この島は第三紀、つまり恐竜が栄えた中生代の火成岩や熱変成岩で生成されている火山の島なのである。ランフォリンクスが森から舞い降りたとしても、違和感はないだろう。

厳しくなる地形に合わせるように、海の表情も険しくなってきた。福見鼻を回り込むと風は激しく背中にあたる。風は波を造り、そしてうねりも加わった。福見でゆっくりしすぎたのか、下げ潮に変わったようだ。パドルでつかむ水の固まりが重い。そう、これでこそ異国の海というものだ。あまりに簡単に漕ぎきれるようではつまらないではないか。かといって危険を喜ぶ柄ではない。

波、風、うねりと戦いつつ網代鼻を回り込むと、ウソのように海面は静かになった。風も遮られると太陽の暖かさを感じる。耳にはパドルが水面を割る音だけが入ってくる。

厳しい自然の為だろう、深い湾の奥に集落が存在する。漁港の入り口にあるスロープに艇を引き上げる。ここには、五島唯一の瀑布、芦山(ろざん)の滝がある。もうつり時はすぎたのだろう、今まさに引き上げようとしている釣り人を捕まえて場所を聞く。一人の釣り人が「こいつに案内させるから」といって少年の肩に手をおいた。「よろしくねえ」少年ははにかみながら頭を下げた。そして自転車に飛び乗ると、我々の先頭に立った。「よく釣りに来るのか?」少年は笑うだけで何も答えることはなかったが、自分だって昔は内向的で(これホント)、とても見ず知らずの人と話なんかできなかったよなあ。と思い出す。

山に追いつめられた少ない平地を最大限利用した、島の集落独特の曲がりくねった小道を進んでいく。「ここからはいって行けばいいよ」というようなことをいったかと思うと、自転車をひるがえして、あっという間に我々の前から消えてしまった。急ではあるが、きれいに舗装してある道を登っていく。またまた何か秘境探険とは言い難いよなあと思いつつ。上からおじいさんやおばあさん、子供達までおりてくる。どうも生活道のようだ。五島唯一の瀑布はあまりにあっけなく我々の前に姿を現した。こういう場合、間の持たせ方に非常に困ってしまうのだ。「滝ですね」「そうですね」「今日は水が多いようですね」・・・ふと海の方を見る。険しい山が迫る谷の集落の向こうに、海が光っていた。

長崎県・五島列島中通島 その二:イメージ2

漁港に戻り、松島さんが船の整備をしている漁師さんに、これからの天気を訪ねた。横で聞いていたのだが、正直な話、ボクには八割がた言っている意味が分からなかった。「午後から風が強くなりそうだとのことです」とのことである。空は青く風は静かだ。しかし海のプロ、しかもこの土地は初めてのボクらがそれに疑いを持つ余地はなかった。こんな時にその土地の言葉が話せたらどんなにいいだろうと思うのである。日本は一つではないのである。そして一つにする必要などないのである。標準語、いや東京弁と言った方がいいだろう、がいかに味気ないものであるか思い知るだろう。リズムが違うのである。そのおかげで大体熊本では真珠をもらいそこねたのであった。

岩瀬浦をでると、断崖の様相が一変した。一枚岩の勇壮な崖が続く。岩と岩の間からは水がしみ出している。森が豊かな島は水も豊かである。潮が速いのだろう。ビシャゴ鼻からあたりから海水に透明度が増し、南国の海に近い色となっていった。艇の影が海底に写る。魚が勢いよく岩陰に隠れる。シーカヤッキングの醍醐味の一つ、浮遊感を味わう。

長崎県・五島列島中通島 その二:イメージ3

ビシャゴ鼻を回り込むと、その厳しい風景に似合わぬ白い華奢な像が目に入ってきた。マリア像だ。これが五島の海の神なのであろう。厳しい海に出ていった海の男達を、その優しい眼差しで守っているのだろう。そういえば、熊本は天草では、どの港の堤防にも恵比須様が鎮座し、あまつさえふるさと創生資金1億円を投じて造った大(バカ)恵比須像まであるのだ。静かな天草の海は、まず遭難することなどないだろう、大漁が第一義の海では、豊饒の神様が祭られるのは当然か。それぞれの海にそれぞれの神様がいて、そこで暮らす人々を見守っている。

マリア像をすぎて商人鼻へ向かう。この島では海に突き出た突端を「鼻」と呼んでいる。鼻の先の海はどこもざわめきたっており、潮流があることを感じさせた。この商人鼻は砂岩質の岩が、厳しい気象によって削り取られ、ワシ鼻のような造形を作り出している。それこそ南蛮からやってきた商人の鼻のように見えたのだろう。そのころよりは多少高さが低くなっているかも知れないが。

長崎県・五島列島中通島 その二:イメージ4

商人鼻を回り込むと、湾の奥に十字架が目に入った。ゆっくりと艇を進める。鳥の声が水面を渡ってくる。食事にしよう。スロープにカヤックを引き上げる。岩瀬浦の漁師の話の通り午後から風が出るのであれば、ここを終着として戻らなければならない。食事をしながらメンバーと相談し、ここで旅を終わることにし、またいつか訪れるであろう口実とすることとした。

初夏の太陽で暖まったスロープに寝っころがると、視界に入った漁船には「聖丸」と書かれていた。

- 西沢あつし プロフィール -
フリーライター・フォトグラファー。主に日本各地のシーカヤッキングにまつわるいろ いろなシーンを撮影・レポートして各誌に寄稿してきた。写真は梅田正明氏に師事。昭 和41年生まれ、東京都在住。


長崎県・五島列島中通島 その二:map

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