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加計呂麻島、西へ(後編)

Jul. 1996 アイランド・シーカヤッキング

加計呂麻島、西へ(後編):イメージ1

さて、江仁屋離でのキャンプを断念した我々は、代わるキャンプ場を探さなければならない。出艇すると、加計呂麻島の一番西のはずれにある集落、実久に針路を定めた。実久。鎌倉時代に、源為朝という伝説の英雄がいたという。伝えに寄れば、義家の孫である頼朝の叔父にあたるというのだそうだが、強力でならしており、彼が使う矢は岩をも打ち砕いたという。保元の乱後、伊豆大島に流されてその地で果てたと歴史の書は伝えるが、実はその後琉球に渡り、彼の地でもうけた子供は、琉球王朝の初代の王となったとの伝説もあるという。その伝説の中の為朝は琉球への旅の途中で喜界島に立ち寄り、島の娘と恋に落ちてもうけた子供が実久三次郎であり、その名前はここ実久の名前の由来となっている。親と同様怪力で、実久神社には彼が持ち上げたといわれる石があるが、どうみてもそれは岩であった。

加計呂麻島、西へ(後編):イメージ2

実久に近づくと水はきらめきを増し、限りなく透明へと近づいていった。カヤックの影が海底の砂に映る。しかもかなりクッキリと。時々サンゴの塊が森のように、都市のように眼下に現れては消えていく。飛んでいる。まるで宮崎駿の描く空中浮遊物体のようだ。カヤックを浜に乗り上げると、今度は足ひれと水中メガネを引っ張り出し、この海を全身で堪能しようと海へ飛び込んでいった。 浜にはトイレに水道、そしてコンクリートのデカイ屋根のついた休憩場があった。その屋根にはビビッドな色調で書かれた抽象画がペイントされていた。しかし、誰もいない。村は強烈な太陽の光が、強烈な色と影をつくりだしている。サンゴを積んだ壁にはヒルガオがツルをからませている。強烈なコントラストの中で淡い色がやさしい。遠くから蝉の声。鳥の声がわたってくる。壁とカジュマルだけが残り、既に家がない区画も多い。空き地かと思ったところには「実久三郎の墓」があった。売店らしからぬ売店でビールとジュースを買う。ビールが喉にしみる。痛いくらいだ。途中会った村の人にやぶに入ってはいけないと言われる。ハブに出くわす可能性が高いからという。特にこの時期は繁殖期でもあり、危険だと言われた。ところどころに3mくらいの木の棒が立っている。これはハブに出くわしたときに彼らを殴り殺すための棒である。

加計呂麻島、西へ(後編):イメージ3

一日中凶暴な光線を発していた太陽がやっと山の端にかかり始めた夕刻、堤防まで釣りに行く。堤防につながれた船の陰に見事なミノカサゴがいた。灰色の堤防に場違いな装飾である。堤防の先端には村の人が二人、何をするではなく寝転がっていた。朝と夕方に与えられた心地よいわずかな時間。その横でロッドを振った。ルアーはフォローティングミノー。シンキングは僕の技術だとすぐにサンゴに引っ掛けてしまうのである。土地の人はあまり食べないそうだが、ヤガラでもあがればおかずの一品にはなる。・・・しかしその目論見は見事外れてしまった。山の向こうはまだ赤い光を発していた。その周りはもうすでに漆黒となりつつある。キャンプ地でゆっくりと夕食の準備をする。江仁屋離では奄美シーカヤッククラブの鶴巻さんと平山らと合流する予定であったが、あれだけ荒れていれば、キャンプの場所を代えることぐらい容易に想像がつくであろう。平山さんはプロの漁師である。そう自分に言い聞かせる。もう寝ようかというとき、「誰かがこちらを照らしているよ」という声。テントから飛び出ると、一条の光がこちらを照らしていた。サンゴのかけらの上においたランタンを手に取ると、船に向かってグルリとまわす。すると向こうも同じ反応をした。鶴巻さんたちはエンジン付きの和船で僕らを探しに来た。みんなで焚き火を囲む。しかし控えめな焚き火と(暑いからということもあるが)必要以上には騒がず、南国特有のゆったりした時間を堪能する。平山さんは20数年前、ダイビングをしたくてこの島にわたってきたそうで、他のダイバーよりも魚を突くのがうまかったために、漁師になってしまったという(編集部注:現在はアイランドサービスという会社で、素潜りガイドやウェークボードのインストラクターをしています)。「昔はもっときれいで、もっとたくさんの魚がいたんだ」日本中、どこへ行っても聞いてしまう言葉。この奄美も最初に訪れたときと比べてだんだんと美しさが遠のいているように感じている。

加計呂麻島、西へ(後編):イメージ4

翌日も快晴なり。本島と加計呂麻島のあいだの海から、雲の力こぶがもくもく湧き上がっている。さて、日差しが本格的になる前に古仁屋を目指そう。手早く食事をしてテントを撤収すると、美しい浜を後にする。実久の湾を出ると東シナ海を渡ってきたうねりが我々を運ぶ。まるで大きな緑色のゼリーの山のようだ。僕らが芝の手前、紀伊の橋杭岩のように一列に並んだ岩の列をくぐりぬけると、うねりはそこから僕らを追うことはなかった。昼までにマラソン大会のエントリーをしなくてはならない。時間がないと悟った我々は、3艇をしばってバウに舫ったロープを漁船になげ、牽引してもらうことにした。普段よりも少々重いエンジン音は、一年ぶりに再開する仲間への期待と同時に、島時間への別れであるようにも聞こえた。

(平山さんとはその後もお付き合いが続き、2001年チームOutdoor奄美マラソンに挑戦!多大なるご協力をいただきました。ありがとうございます)

-DATA-

平山さんの無人島シュノーケリングツアーはここ!
アイランドサービス
http://www.synapse.ne.jp/island-s/

後編 了

- 西沢あつし プロフィール -
フリーライター・フォトグラファー。主に日本各地のシーカヤッキングにまつわるいろいろなシーンを撮影・レポートして各誌に寄稿してきた。写真は梅田正明氏に師事。昭和41年生まれ、東京都在住。

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