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加計呂麻島、西へ(中編)

Jul. 1996 アイランド・シーカヤッキング

加計呂麻島、西へ(中編):イメージ1

さて、古仁屋を後にした我々は順調にパドルを回していく。2時間ほどで加計呂麻島側の薩川湾を横切った。ここで、海峡は大きく「く」の字型に曲がっている。左へ行けば東シナ海、右は白浜と呼ばれるところだ。この白浜には東京から移り住んだ彫金師がいたというが、その後どうなったであろう。この分岐点では左に進路をとる。太陽がもうすぐ山の端に届きそうだ。そろそろキャンプ地を決めてしまわないとまずい。加計呂麻島のコーストラインに航路をとる。海岸線には美しい白浜が続くが、目を凝らすとどの浜もかなり上の方まで湿っている。ということは満潮時にはほとんど浜がなくなってしまうということである。芝という村の手前に、他よりも少々幅のある砂浜が見つかった。もう空は赤くなっている。よし、ここでキャンプをしよう。料理の支度を始めると、鈴木のとしちゃんが釣りの支度をしてルアーを海に投げ込み始めた。何投目かで「かかったー」との声。見ると針は口ではなく胴体に引っかかっている。それにどうも食べるサイズではない。しばらく鍋の中で泳がせた後、海に放した。手ごろな板を見つけて来てそれをテーブルにする。その年に新しく購入したキャンピングベッドを広げてそれももの置きにした。浜の砂は実に絵画的で美し白砂であるが、こうした浜は実はキャンプには適さないのである。この細かい粒子がどこまでもまとわりついて侵入する。ましてカメラは要注意だ。フィルムやレンズ交換の際に砂をかんでしまう可能性が高い。もちろん料理の中にも容赦なく入り込む。焚き火をするには流木がほとんどないので、ストーヴで手早く料理をはじめた。 ちょうど島と島との切れ目に東シナ海が見える。そこに沈む夕日をしばし見つめた。

加計呂麻島、西へ(中編):イメージ2

シーカヤッキングのスタイルとして、いかに荷物を小さく、軽くするかという「ミニマリスト」という方向性がある。エクスペディションをするのであれば、艇が軽いというのは危険回避も含めて、カヤッキングのポテンシャルをあげることになる。この言葉、これは僕の知る限りでは、ニュージーランドのエクスペディションシーカヤッカーであるポールカフィン氏が、当時のエコマリン東京のイベントで来日した折、そこでその考え方を披露したことにはじまっていると思う(「カヌーライフ」誌に掲載)。もちろんその考え方は賛成である。しかし普通のカヤッキングのレベルでは、それが目的というわけではない限り、耐乏生活をすることもないのではないかと思うのである。何かやりたいこと、好きなことがあればそれにこだわる、ということもいいと思う。ただし状況の変化に耐えうる範囲、ということになろうが。僕の場合はきちんと睡眠をとれるようにしたい、というのがあり、この当時はコットに凝っていた。夏の南の島では非常に重宝する。多少地面がデコボコでも平気だし、使わないときにはモノ置きになるし、(特にこのようなところでは砂まみれにならなくて済む)背面に風が通るので涼しく、快適な睡眠がとれるのである。今までシーカヤックに積めるであろう市販されている4種類のコットを次々買って試してはみたものの、残念ながらどれも「これだ!」というものがなかった。畳んだときにまだまだ大きく、重いのである。一番安価であったものが、パイプの材質を変えればこれはイケルというものであった。しかし現在の状況では残念ながら新製品のリリースなんて難しいんだろうなあ。というわけで、今現在はコットはほとんど使っておらず、定番サーマレストと状況によってはその下にクレージークリークを広げて敷く、というかたちをとっている。

加計呂麻島、西へ(中編):イメージ3

翌朝は快晴。しかしながら少々南西からの風が強い。なんとか加計呂麻島の西端の島、江仁屋離に足跡を残せればと思うのだが。風でざわめく海面にカヤックを漕ぎ出す。外海が見えるとゆっくりとウネリが入って来た。続けて漕いでいくと、島から沖に向かって岩が並んでいる。それを越えるとウネリがかなり大きくなる。ここが瀬戸「内」と外海との境界なのだろう。加計呂麻島西端の村、実久を過ぎて島が切れ、海峡を抜ける。前面には大海原が広がる。色とりどりのサンゴは見えなくなり、青がぐっと深まる。ウネリはますます大きくなり、強くなった。江仁屋離はすぐそこに見える。真っ黒なアイノコ(奄美にある伝統的な漁師船であるイタツケと、沖縄のサバニとのあいのこであるため、アイノコとつけられた)が波間に見え隠れしている。ここでは充分に現役の船である。ほどなく島の東側に入り込んだ。南西からのウネリは遮られ、海面はゼリーのように静かになった。前方に洞窟を発見。入るのには狭いが、海底のサンゴは見事である。その時に教えてもらったキャンプ地はここから島を1/4ほど周った砂浜である。大きな岩を周った途端、さらにウネリは高くなり、風で波頭が崩れ始めて来た。しぶきがデッキを洗い始めたが、おそらくそこであろうと思われる美しい砂浜には、真っ白に崩れた波が間断なく押し寄せている。砂浜の上には南国特有の椰子の木や潅木が生え、楽園を彷彿とさせる。しかし、この状態で上陸を強行したら別の楽園に飛んでいきかねないので、また来るための口実ができたと思い、潔く撤退をすることにした。(その後現在もこの島でのキャンプは実現していない。また、江仁屋離のキャンプは島の北側―加計呂麻島側―の方が上陸しやすく、またサンゴもきれいである事がわかった)島を一周した後、加計呂麻島に渡って島の影でウネリが遮られる小さなビーチに上陸した。かなりの緊張を強いられたので喉はからからだ。まずはスイカをずばんと取り出すと、ザクザク切り、片端から口に放り込んでいった。

さて、江仁屋離に変わるキャンプ地を見つけなければならない。強烈な陽射しを遮るもののない浜で、途切れることなくスイカをほお張りながら、青い海を見つめた。

中編 了 / 後編に続く

- 西沢あつし プロフィール -
フリーライター・フォトグラファー。主に日本各地のシーカヤッキングにまつわるいろいろなシーンを撮影・レポートして各誌に寄稿してきた。写真は梅田正明氏に師事。昭和41年生まれ、東京都在住。

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