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~第9回 鳥羽-神島トライアル~

Jul. 1996 アイランド・シーカヤッキング いざゆかん。潮騒の島へ

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ1

シーカヤックによるアイランドホッピング。今回はイベントでの島渡りをご紹介します。この鳥羽から神島を、2日間で往復するという「鳥羽~神島トライアル」は、今年なんと14回目の開催を予定しているという、国内のシーカヤックに関するイベントでは、もっとも長い期間実施されているもののひとつです(今年のイベント概要につきましては、シーカヤッキングワールドの「イベント情報」を参照してください)。

僕がこのイベントに参加したのは、もう5年前となる第9回目のとき。古い話で誠に恐縮なのですが、イベントの内容自体は大きく変わっているとは思えないので、ここに発表させてください。そしてなぜ今更か、というと実はこの記事、今はなき「探検倶楽部」という雑誌のために書いたのだが、掲載する前につぶれてしまったのである。Gofieldのこの場をお借りして供養もさせてくださいませ。

このイベントのときに、今や本まで出しているさすライター、ポチ直美さんとはじめて会っていた。柴田丈広サイン入りの黄色いホライゾンに乗っていた彼女は、その時からけっこう目だっていたのだろうか?僕が撮影した写真に結構写っていたのであった。

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ2 ~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ3

その年の7月最終週末であった27日から28日にかけて、三重県の鳥羽から伊勢湾の入口に浮かぶ島、神島へシーカヤッキングで渡り、そして帰ってくるという鳥羽-神島カヌートライアルが開催された。(主催:鳥羽市観光協会、協賛:アサヒビール(株)、雪印乳業(株)、UCC上島珈琲(株)、(株)鳥羽水族館、(株)御木本真珠島、伊勢湾フェリー(株))

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ4

日本で行われるカヌーイベントとしては最も古く、第9回目となったこのイベントには56艇60名が参加した。

27日の朝、シーカヤックを載せた車がぞくぞくと鳥羽小涌園のビーチに集まってくる。気温はすでに30度に達し、車から降りた途端、汗が吹き出した。

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ5

9時50分、海水浴を楽しむ子供達を横目に次々とビーチを出発。先導船に導かれ北上する。坂手島の裏をまわって鳥羽水族館の前に出た。水族館の海を臨む窓という窓には「ナンダナンダコノシュウダンハ」といった顔が並ぶ。今は夏休み、家族連れが多い。坂手島をまわりこみ、進路を東にとる。いよいよ横断開始だ。ほどなく右に菅島、左に答志島。島に挟まれた水道を漕いでいく。6隻の伴走船が我々一団を取り囲むように並走する。この船の多い海域を海上保安庁の船も出動、少し離れた位置を進む。そして地元のカヌーショップ、ゴーリキに拠点を置く伊勢大湊カヌークラブ(当時)の精鋭12名がサポートする。

時折やや強い風が正面から顔にあたる。海が小刻みに震えるので風が渡るのが見える。熱いのでパドルを持つ手を海に沈めながら漕ぐ。あたたかい。この豊穣の海も年々汚染がひどくなる一方だという。

12時、休憩地点である菅島の先端に上陸。艇を抜けるなり海に飛び込むもの、日陰に寝っころがるもの。出発する時に渡されたバナナやチーズを腹に入れ、水分を補給する。夏の海の上では自分が思っている以上に体内の水分を出してしまっているものだ。のどが渇いていないと思っていても定期的に充分に水分を取るようにしないと熱射病、ハイパーサーミアにかかってしまうのだ。

13時30分、出艇だ。上げ潮となった海は波が高い。何人か出艇に失敗する。急いでスタッフが救助に向かう。

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ6

菅島を出ると神島がうっすらとシルエットとして海の上に浮かび上がった。神島、かめ島ともいう。遠くから見た島の姿が水ガメを伏せた形に似ているため、かめ島と呼ばれるようになったとも、亀に似ているので亀島と呼ばれたとも言われる。そして三島由紀夫の小説「潮騒」では、歌島の名でその舞台となった。

菅島の影で遮られていたうねりも直接艇にあたるようになった。正面からの風、上げ潮の流れ、そしてうねり。海面は不規則に歪み、パドリングのペースを乱す。ここ伊良湖水道は日本三大潮流のひとつに数えられている。潮流を考えて針路をやや南に取り、神島を2時の方向に見つつ進む。正面に異質な建造物。神島と菅島を結ぶ線上に設置されたそれは、海底の地質調査の為というが、何がうまれることになるのか。橋か、空港か、湾という湾をいじりたいのだろうか。

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ7

隊列が次第に伸びだした。様々なレベルのシーカヤッカー達が集まるのだから当然か。後方ではついてこられない参加者の回収が始まったようである。細かい、しかし高さをもった波がデッキを洗いはじめる。15時、神島が視界一杯に広がる。テトラポットの防波堤をまわりこむと途端に水は静かになった。神島港入港。これで往路完漕。村の中に響くスピーカーで到着を告げる。島の人が出迎える。

参加者は島の民宿に分かれて投宿する。それぞれの宿でそれぞれのもてなしを受ける。伴走船付きとはいえ、自分の力で漕いだのだ。話は尽きない。

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ8

翌日、9時に受付を済ますと10時には次々と岸壁を離れた。名残惜しさよりも漕ぐんだ、という気持ちが勝っているようだ。往路の反省から隊列をなるべく延ばさず、6隻の伴走船が取り囲むように進んでいく。台風9号がはるか南の海上にある。TVの天気予報では画面のはじにあるような位置でもその力によるうねりは確実に押し寄せるという。たしかに昨日よりも大きく、パワーのあるうねりが押し寄せてくる。しかし逆にその分素直になり、パドリングがしやすい。上げ潮も手伝い、神島は見る見る遠くなった。

突然うねりの中からしぶきが飛んだ。とびうおだ。きらりと太陽の光を反射すると、前のカヤックの集団の中に消えた。パシャリ。また一匹。みごとな飛翔で飛び去っていく。我々は彼らにはまだなじみのない物体であろう。

11時30分、菅島に辿り着いた。砂浜に並ぶ色とりどりのカヤック。伝統を最新の技術と理論、そしてデザイナーの感性でモディファイした。

乾燥した昆布を背中一杯にしたお婆さんがカヤックを跨ぎながら村へ向かう。最初は当惑していた様であったが脈々と何十年も続けてきたであろう労働に没頭していた。

簡単な食事を終えた参加者は皆、わずかな日陰を求めて昼寝をはじめた。

菅島の先端部を歩いてみる。波や風で浸食された岩が奇妙な造形を施している。遠く神島が見える。シルエットとなっているそれは往路のときよりも遠くに浮かんで見える。足元の潮だまりを小さな黒い影が弾丸のようにぬけていく。何の稚魚だろう。南からの風が強い。波頭が白くくずれはじめている。

戻ると案の定、当初の予定である菅島の南側を通るのはやめ、往路と同様、答志島との水路を通ることにしたという。同じ風や波であってもカヤッカーのレベルによってゆりかごになったり凶器になったりするのである。ましてイベントである。集団としての技量を見抜く力が必要だ。その点、このスタッフの連中にぬかりはないであろう。

菅島をまわり、いよいよゴールとなる鳥羽小涌園のビーチが見えてきた。白い砂浜と白いパラソルがあちこちに花開き、後ろの木々の上にはホテルが並ぶ。もううねりは入ってこない。しかし海がサラサラと音をたてているのである。流れているのだ。最後の最後でこの日本最大潮流の一つを実感することとなった。

~第9回 鳥羽-神島トライアル~:イメージ9

この当時から遡ること一昨年前、友人とこの海峡を横断したときにもうすぐ坂手島という所でこの流れにつかまり、海でフェリーグライドして島の裏に上陸。潮待ちをしたのだ。しかし今回は休んだばかりで力も充分残っている。まるで川を遡るように流れを抜けた。ゴールはもうそこだ。しかし何ということか。海水浴客であふれんばかりなのである。ネットの端からカヤックの集団はこそこそと入っていく。さらにあろうことか、色とりどりの水着のオネエサンがこれまた沢山おるではないか。こういった光景とはここ数年おさらばしていたので、目がチカチカしてきた。

次々とゴールしてくる人々の顔は一つの達成感に満ちあふれ、志摩の海のように輝いていた。

シーカヤックで自分の力で大海原を渡って島まで行きたい。そして人々の生活をほんのちょっとのぞかせてもらいたい。そんな感覚を味わいたいと思っている方にはうってつけのイベントと言えるであろう。但し、あくまで基本的技術を身につけた人に限るが。

- 西沢あつし プロフィール -
フリーライター・フォトグラファー。主に日本各地のシーカヤッキングにまつわるいろいろなシーンを撮影・レポートして各誌に寄稿してきた。写真は梅田正明氏に師事。昭和41年生まれ、東京都在住。

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