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伊豆三島スーパースパカヤッキング(中編)

Aug. 1995 アイランド・シーカヤッキング

港から漕ぎ出して約15分、港に入って驚いた。白亜の建物がどでんと建っている。リゾートマンション?後で聞けば、今はもう主もいないという。バブルの醜い遺物、ただの自然破壊。

各自ねぐらを設置すると、温泉の用意だ。今回の旅の主目的の一つである。目的地はここから歩いて15分ほどのところにある神津島温泉センターである。いわゆる温泉リゾート施設とやらで、海を臨める露天風呂に、サウナや気泡湯などのある内湯がある。(一時閉鎖されたが、現在は再開されている大人800円)

汗を流すと我々は明日に備えて早々に寝床についた。このときのメンバーに酒呑みがいないことが幸いだったのか、それとも固い意思のメンバーが揃っていたのかはわからない。

翌八月二十六日、いよいよ式根島に渡るのだ。ここから式根島までは約10kmだが、今日は大潮、南西の風やや強く、条件的には決していいとは言えない。横断を三時間と読み、航程の中央で潮どまりになる様に計算し、九時二十分に出艇した。

伊豆三島スーパースパカヤッキング(中編):イメージ1

湾を出ると岸づたいに北上する。適度な追い風と追い波になり、速度は10kmに達した。だがさすが太平洋は黒潮沿いに浮かぶ島、うねりは大きく重い。天上山を見上げると厚く雲がかかっている。風が強くなりそうだ。九時五十分、島の北端である赤崎に達した。順調である。天候明朗なれど波高し。潮は島の間を西から東、つまり左舷から右舷へと57度の方向で流れている。進路は真北、0度に定めた。このあたりのナビゲーションについては「海峡野郎」と異名をとった鈴木俊太郎氏がメインに行った。沖に出るに従い風が強くなってくる。式根島は順光のため、やけに近く見える。やがてウネリはすぐ10m横を漕いでいる仲間の姿を隠すまでになっていった。

水に濡れたパドルの光だけが真夏の陽光を反射させる。この季節帽子は必携である。このときは実用一点張りの麦藁帽子を使用したが、とても具合が良かった。首筋が焼けないように後ろ側に布が垂れ下がるタイプのキャップは、追い風になると汗をかいた首筋に、あとわりついて、ひじょうにうっとうしかったのを覚えている。

海はまさに群青、ネイビーブルー。大海の色だ。しかも透明感があり、吸い込まれそうになる。ついに波頭が崩れ始める。波の進む方向と、進路がずれているために左後方より波をかぶることになる。

十時三十分、ほぼ中間地点。ここまできたら式根島まで渡るしかない。

伊豆三島スーパースパカヤッキング(中編):イメージ2

その時横から「しまった!」という声。佐藤氏が波のブレイクに飲み込まれるがリバーで鍛えた腕でリカバリーする。スプレースカートとライフジャケットの間から海水が浸入したといってよって来る。僕の艇を組んで排水する。道代ちゃんの方はうねりに翻弄されているのがわかる。しかも艇はお世辞にも速く安定性があるとはいいにくいもの。僕の艇は平目のようなうすべったい故、圧倒的な安定性の高さがあるが、フィッシュフォームゆえのスターン側の浮力の少なさで、追い波では半潜水状態になっているという。パドリングする拳は水面に消える(どう考えても体重と不釣合いなようなので、この後艇を替えることになるのだが)。

心情的にはどうしても舳先をビシっと式根島に向けたいところなのだが、それではどんどん東に流されていってしまうのだ。たかが10kmと侮るなかれ。ここは太平洋なのだ。流されて生きているうちにつくところはありゃしない。なんとか二時の方向に島を捉えつつ漕ぎ進む。その時後ろからエンジン音が聞こえてきた。振り返れど寄せてくるのは波の壁。しかし漕ぐのを止めるわけにはいかない。四艇の間を狭める。向こうも確認しにくいだろうし、レーダーにだって映らないだろう。第一こんなところを木の葉みたいにゆられる船がいるなんて誰が考えようか。早く気づいてくれえ。心の中で叫ぶ。うねりの頂点に来たとき、振り返ると、見えた!舳先には人が乗っている。見つけてくれるチャンスは大きいかもしれない。約5分後、左舷100mほどを漁船が追い抜いていった。「物好きな」という顔、「だいじょうぶかね」という顔。僕は笑顔で返事した(と思う)。

十二時、島はもうすぐそこまで迫っていた。式根島と新島が重なって見える。新島はその岩肌を銀色に輝かせ、式根島のそれとははっきりと見分けられる。幸運なことにうねりはだいぶ弱まってきた。それにしても所々ベタッとセロファンを貼ったようなところがあったり、ボイルしているようなところがある。気をつけないとパドルをとられる。海底の地形が複雑なのだろう。

十三時二十分、ついに式根島は御釜湾に入り込んだ。予定通りだ。神津島を見返してみれば、天上山にさらなる雲をいただき、神々しく光の海にシルエットとなって浮かび上がっていた。

「あそこから漕いだのか」「そうだな」「戻れないよね」「のどが渇いたな」「腹も減ったよね」「こんにゃくゼリーがあるよ」「うめえな」「なんかこうしてみるとあっというまだね」「つらかったけど面白かったね」単語か単文での会話が交わされ、しばらくエメラルドグリーンの海でそれぞれの感慨にふけった。僕らにとっては短い夏休みでの十分なエクスペディションなのだ。

伊豆三島スーパースパカヤッキング(中編):イメージ3

ここは海中温泉が沸いているというが、どこだかわからない。それではと、汗を流しに行こうかいと地鉈温泉に向かう。この辺りは切り立った岩と、入り組んだ断崖が続き「式根松島」と呼ばれる。地形図とにらめっこしながらたどり着くことができた。入り口の岩肌は茶色く変色しているのでわかる。ここは「るるぶ」風に言えば、含鉄強食塩温泉にて神経痛、リュウマチ、婦人病、痔病、胃腸病に効くという。とりあえず僕的には神経痛と胃腸病の効用を期待しよう。ここはまさに「カヤックで行く温泉」である。満潮ならば水没するというから、カヤックごと入れてしまうのではないだろうか(そんなことはしないでね)。岩が切り立っていて艇をあげるのに苦労したが、その茶色ににごった、ぬるめの湯船に疲れた身体をひたし、空を見上げれば突き抜けるブルー。木々のグリーン。岩肌のグレー。目の保養とはこういうことを言うのではないだろうか。どの色も美しく、自らを主張しつつもけんかしているわけではない。都会でいつもくすんだ色しか見られないことを哀しく思う。我々で占領していると、山を越えて一組の初老の夫婦が降りてきた。歩くと大変なところなのである。さて、そろそろ行くとしよう。艇をふとみると・・・え?流されかけている!上潮の中で艇をあげたので艇のところまで海面が上がってきたのだ。なんという初歩的ミス!海にはいって乗り込んだ。せっかく温泉に入ったというのに。

さて、次はもうひとつの水没温泉、足付温泉に向かう。温泉の横が漁港になっており、スロープに艇をあげる。漁船の邪魔にならないように上の方までひきあげる。

身体は若干ふやけつつある感があるが、とにもかくにも温泉は今回の大きな目的の一つだ。双方の温泉とも石鹸で身体を洗うことはできない。足付の方には水シャワーがあるが、潮を落とす程度である。ぬるい湯は心をリラックスさせる。とりあえず難しいことはどうでもいいや、とりあえず今幸せだもんナア、と身体的な疲れも手伝い脳をボケボケにしてしまう。

遅い昼飯を島の食堂でかきこんだ。この島の大きさはシーカヤックで遊ぶにはちょうどいいように思う。高い山もなく、三十分くらい歩くと反対側に出ることが出来る。食堂もあるし、酒屋もある。あるみやげもの屋の軒先で猫が二匹、気持ちよさそうに昼寝している。いつかここにしばらくとどまって見ようか。

式根島には島の北側、大浦というところに一箇所のみがキャンプ場となっている。山の斜面がサイトになっており、夏休みということもあって大盛況だ。その場所は昼間はすごく暑いですよ、と言われた一画しかあいていなかった。上の方まで行けばあるのかも知れないが、寝る場所さえ確保できればいいのだ。

今日も遊びつかれて早々に寝てしまった。

- 西沢あつし プロフィール -
フリーライター・フォトグラファー。主に日本各地のシーカヤッキングにまつわるいろいろなシーンを撮影・レポートして各誌に寄稿してきた。写真は梅田正明氏に師事。昭和41年生まれ、東京都在住。

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