June 22, 2005
最初から今まで4~カヤックとさだっちょんのおいしい関係~

ワタクシ、最近つくづく思うんです。
「こんなはずではなかった」と・・・。
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(canoeist6月号より加筆修正・・・特別公開ですよん。長いので注意!!!)
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つまり、こんなに毎週毎週、休日が来るたびにやれカヤックだ、やれトレッキングだ、
やれ登山だ~とお外で遊んでばかりの日々。
デパートでショッピングして、今話題の映画なんか観て、その後
小洒落たレストランでお食事よん。むふっ♪
なぁんてかんぢのいわゆるフツーの生活が、これほど縁遠いものに
なってしまうとは・・・。
当初の予定では、まったく想像もつきませんでした。
そこで今回は、なぜ、さだっちょんがこんなことになってしまったのか多角的な
視野から検討してみることにします。
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そもそもの始まりは、最近登場回数が激減してしまったけれど、やっぱり
なんといっても我が愛するファルトボート「肉まん号」(名前の由来:チンするとおいしい
白い物体)を買ってしまったことでしょう。
あれを買った頃は、まだ岩手に移住して日が浅く、東北地方にお友達もいなくて
「近所にアウトドアで一緒に遊んでくれる仲間がほしいなぁ」と思っていたのと、
「北上川を下ってみたいなぁ」といった程度のごくごく軽い考えでした。
そんなとき、運良くお隣北上市に住むザ・道具フェチことキャパクさんと
知り合いになり、メールをやり取りするうちに、
「ネットですごくお買い得なファルトが出てるよ~。これは絶対『買い』だよ、『買い』!」
などというメールが毎晩のように届くようになったのです。
その『買い』な商品というのが、現在の「肉まん号」すなわちアルフェック・ボイジャー360でした。
このモデルは、今はもうないのですが、ちょうどアルフェック社がモデル
チェンジする前後の時期で、パドルやPFDのついた新品が破格で
売り出されていたのです。
でも、一般的に考えて、嫁入り前のか弱き乙女がブランド品のスーツやバッグ、
あるいは化粧品などを買うのではなく、マイカヤックなんぞを買ってしまうなんて、
やっぱりフツーじゃありませんよね。
私としても、カヤックはもちろんやってみたかったけれど、それは
福山雅治似のステキな男性が現れて、ワタクシのためにカヤックを
組み立て、ラブラブで川を下り、キンキンに冷えたエビスビールを差し出してくれる・・・
そんな甘美なシチュエーションを夢見ていたわけです。
(いや、今だって夢見てますよ!今だって・・・?)
しかし、残念ながら、待てど暮らせど私の福山は現れる気配がありません。
そうこうしているうちに東北三大桜の名所・北上展勝地の桜のシーズンが
近づき、あの桜を北上川から眺めるという壮大な計画が達成できなくなる可能性が
大きくなってまいりました。
そしてある晩、ワタクシはついに悪魔のささやきに屈し、私の福山を裏切って、
たった1回ポチッとそのクリックをしてしまったのです。
肉まん号セット一式が届いたその晩、狭いアパートをいっぱいに使い、1人
汗だくになりながら、初めてファルトを組み立てたか弱き乙女。
数時間かかってようやく様になった不恰好な骨組みだけのコックピットに
乗り込み、缶ビールをプシッとやったときのあの感動は、いまだに忘れられません。
なんてったってワタクシは、あの瞬間「船長」になったんですから!!
その後、肉まん号とワタクシが東北の川を駆け巡り、数々の武勇伝を残したことは、
canoeist2003春号あたりから読破していただければ、おわかりに
なるかと思います。
おかげさまで、肉まん号の組み立てもかなり早くできるようになりました。
ほかのファルトを一人で組み立てたことはないのですが、多分アルフェックは簡単な
ほうではないかな~と思います。
私のように福山を待ちながらも船長になりたい欲求を抑えきれない女性
(そんな人いるのか?)にはオススメの、ホントにかわいい奴なのです!
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さてさて、そうやっていろいろな川で遊んでいるうちに、流れ着いた場所。
当然海ですな。
ある程度穏やかな場所では、流れに身をまかせて、ゆるゆるのんびり下れる川に
比べ、海は当然のことながら漕がなければなりません。
面倒くさがりのワタクシは、実は当初、必死こいて漕がねばならない海はあんまり
好きではありませんでした。
でも、釜石のカヤックショップMESA&三陸カヤックスや、笠島ネイチャーシーカヤック営業部隊など、おもしろい仲間達にくっついて漕ぎ回っているうちに、
気づいちゃったんです。
シーカヤックでしか、そして自分の力でしか行くことのできない魅力的な場所が
こんなにもたくさんあることを。
ちょっとした岬を回るたびに現れるそれぞれ違う表情の絶景、海と一体化した高さから
見上げる独特なアングル、自由気ままに生きる魚、海草、そして鳥たちの世界。
その圧倒的な景色たちに、ワタクシは幾度涙がチョチョぎれそうになったことか。
(案外単細胞なもんで・・・)
決断の早いMOMO組ゆみさんがとっととニンバス・シグネットを購入し、ワタクシもシーカヤック買っちゃう?的発想に至るまで、
そう時間はかかりませんでした。
カタログを見たり、いろいろ試乗させてもらったり、お財布と相談したりしながら、
どの艇にしようか悩んだこと数ヶ月。結論は、案外あっさり訪れました。
昨年の正月、帰省ついでにゆみさんと一緒に参加した三浦のAlgaforstツアー。
ミスターシーカヤッカーこと柴田さんが
「さださん、うちに中古のシーカヤック転がってるども、岩手さ持ってがねっか?
今ならゆみさんの車に乗っけて持って帰れるべ?」
と、ミョーに親しみのわく語り口調でおっしゃったのです。
「試乗していいよ」と言われ、実家のある横浜から駆けつけた夕方、芦名の海に
浮かべた白い中古艇。
それが、現在ワタクシと苦楽をともにしているネッキー・ルクシャⅣだったのです。
正直言って、乗り味・・・一次安定性、二次安定性、座り心地、ターンしやすいかなど、
細かいことはサッパリわかりませんでした。
でも、そのとき(ほかのみんなは陸上から見ているという状況でしたが)ルクシャと
私だけが浮かんだその海には、なんと、まばゆいくらいに輝くオレンジ色の太陽が、
今まさに水平線の彼方へ落ちていこうとしていたのです。
濃紺の海に夕陽がつくったキラキラ光る道。その道を独占して漂うルクシャと私。
きゃーーー!どーしよーーーーー!!
私たちが、離れられない関係になってしまった瞬間でした。
陸上から見ていた皆様も、浜に戻った私のどうしようもないニヤニヤ顔を見て、
暗黙のうちに二人の関係を理解できたようです。
中古とはいえ、万年ボンビーな私にとっては手痛い出費ではありましたけれど、
あいつを手に入れて後悔したことは一度もありません。
というより「買ってよかった!」の一言!
陸上生活では決して味わうことのできない、たくさんの恐怖、今だから笑える珍ハプニング、
そして語りつくせぬ感動を味わってきました。
時にはみんなで、時にはルクシャと二人ぽっちで出会った忘れがたき経験は数知れず・・・。
そうか、今わかったぞ!
私の福山はルクシャだったのねっ!
・・・って、こんな結論でよいのだろうか。
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考えてみれば、偶然始まったわりにしつこく続いているさだブロ&MOMO組
つーしんも、この肉まん号とルクシャ、そしてそれらを通じて出会った
たくさんの良き仲間たちのおかげです。
相変わらずカヤックも作文もヘナチョコですが、これからもたくさんのステキな景色、
そしてステキなカヤッカー達と出会い、さだブロ&MOMOつーを今まで以上に
みんなで盛り上げていけたらいいなぁ~と思います。
というわけで、皆さん!
今後とも懲りずにルクシャ&肉まん号とワタクシのお相手をしてやってくださいませ
なのです~。

大好きな三陸の海にて・・・・
人気blogランキングへ行くー!
*オラの歴史の詰まったカヌー大好き人間のための月刊誌canoeist。来月は、ゆみさんの牡鹿半島レポートです!お楽しみに~~!
っつーか誰か買って!!!!
(さだブロにコメントもつけず、勝手に読んでは毎日ニヤニヤしているそこのあなたへ!)
《参考》
最初から今まで
最初から今まで2
最初から今まで3
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/2236
June 02, 2005
最初から今まで3
えー皆様こんばんわ。
さだっちです。
えーーー・・・・・・・・・・・酔ってます。
泣き相撲の反省会という名目のもとに、ネイティブなおじ様方と飲んでまいりました。
で・・・・・・・いつか書かねばと思いつつ、書けずにここまで来てしまった
「最初から今まで」シリーズ、なんとなく今日なら書けそう・・・・というより
今日しか書く自信並びにイキオイがなさそうなので、書いてみることにします。
ちょっと耳が痛い話になるかもですが・・・ま、今日だけってことでね。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「地方の魅力なんて、住んでみなけりゃわからない!」
若かりし頃のイキオイで移住してしまった岩手県東和町。
実際に住み始めて痛感したこと。
友達・・・腹を割って話せる人がいないということが、どんなにつらいことか!!!
特にも20代前半、友達とのとりとめもないおしゃべりが、何より楽しい時期。
住んでみたら、文字どーり何もない。
それより何より、フツーに話せる人がいない!
正直ゆって、住み始めた当初は、かなり都会が恋しかったです。
一番近い都会・花巻に行ってがく然。
県庁所在地盛岡・・・へ?何これ?
ほんじゃ東北代表仙台は・・・・・は?こんなもんかい。
あの頃は、仕事の都合もあったけど、ほんとにしょっちゅう横浜に帰ってました。
友達との集合は、昔からのシャル中。(西口駅ビル“シャル”の中央エスカレーター前)
繰り出すは、たいてい五番街!ま、西口のバスターミナル近辺もだんだんきれいになって
オシャレなお店も増えてるし、東口もいいよね。
そして、浜の友達にあうたびにゆってました。
「キャー!オシャレなお店ってステキー!飲みに行って、ほかの知り合いに会わないって
なんて幸せなのーーー!!!!」
友達には、
「周りに恥ずかしいから、でかい声でゆわないで」
としょっちゅう諭されてましたけど・・・。
それほど、ワタクシという存在は、人口10,000人足らずの東和町では異色だったわけです。
飲みに行くことはおろか、スーパーに買いモノに行くだけで、こっちは顔もよくわからない
おじちゃん、おばちゃんから
「横浜から役場さ来たんだって?」
「なして来たの?」(なんで来たの?)
「んじゃ、東和町に骨をうずめるの?」
「一人っ子?キョウダイは?」
「あ、次女なの?じゃ、お嫁さんに来るにいいのね」
「今日何食うの?」
・・・というような質問攻め。いつでも、どこでも、いつまでも。
あれはねーーー・・・ホント苦痛でしたね。
大体、一生この地に骨うずめるかどうかなんて決意を20代前半で固めてる人なんて
いるんでしょうか?
キョーダイ?
名前も知らないあんたに、どーして私が家族構成まで話さなきゃならないの?
バンメシ何食うか?
横浜から来たら、モノも食っちゃいけねーのか・・・っつーの!!!
その頃、幸か不幸かワタクシにもつきあっている人がおりました。
彼は兼業農家の長男。
ほかに友達もいなくて、ホントーーーーーーに寂しい頃でした。
だけど、それがまた格好のネタだったんでしょうね。
ひどいときなど、突然見ず知らずの人にめちゃくちゃニコニコしながら
「・・・・で、いつなの?」(つまり「いつ彼の家にヨメに来るのか」という意味ね)
とか、いきなり話しかけられたりして・・・
ワタクシには、ほかに相談する人もおらず、彼にはしょっちゅう
「あのさー、ワタシさーーー、あーゆーふうに、いつでもどこでも質問攻めなの、すっごく気になるんだけど。バンメシ何食うかなんて勝手でしょ?なんで名前もろくに知らない人にスーパーで家族構成までしゃべんなきゃなんないわけ?
お前が先に名乗れってかんぢなんだけど」
と、しょっちゅうもらしていました。
でも、そんなとき、彼の回答は、
「そんなの、社交辞令。挨拶代わりなんだから気にするな」
そういわれてしまうと、「はーそーなのかなーーー」と単純に考えてしまう私。
でも、やっぱりほぼ毎日のことなので、気になる。
でも友達がいないので、そのほかに相談する人といえば、Iターン大先輩の役重さんしか
おりません。
とはいえ、彼女も農家に嫁いだ身の上。
彼と同じように
「あー、そんなの拶代わりだから、気にしないほうがいいよ。周りもだんだん慣れてくるからさ」
はー・・・そーゆーもんなのかー・・・・
その当時のワタクシという人は、完全に「彼の付属物」としてしか見られてませんでした。
ホンット、ただの「金魚のフン」状態ですよね。
それが、また一つワタクシの中で、納得できない部分でもあったわけです。
確かに、その人とはつきあってるかもしれないけど、でも「彼の彼女」の前に
私はただの「さだっちょん」であり、それをただ認めてもらいたかったのです。
なんか引っかかるものがあったけど、肝心の彼や役重さんがあのような反応なので、
挨拶なのだから耐えねばならない・・・と必死に自分に言い聞かせておりました。
転機は、意外なところで訪れました。
当時のお仕事の担当「男女共同参画」
うわ!ださっ!!!
そんなん、声を大にして言うことじゃなかろう!!!
というのが、横浜流さだの考え方だったので、この担当はかなり苦痛でしたけどね。
しかし、このとき偶然参加した東京のフォーラム。
その名も「花婿学校」
ま、要するに農村でヨメが来ない現状のどこがいけないのか、そーゆーあたりを
根本的に考えるってなフォーラムですな。
そこで発表した、山形県南陽市のある女の子。
彼女は、農家の長女。
小さい頃から
「あんたは長女だから、婿とって家を継がねばならん!」
と親に言われて育ったのです。
思春期の時代、ちょっといいなと思う人がいても、相手の家族構成が気になって
思うようにスキになっていはいけないのではないかというプレッシャー。
誰にもこの悩みを打ち明けられず、引きこもりがちに過ごした日々。
そして出会った青年団活動。そこで、彼女は初めてその「こーゆーとこが嫌なのだ」という思いを打ち明けることができたそうな。
そして彼女は、女性初の青年団長になり、バリバリ活躍するようになったのです。
話の大半は、昔のことすぎて忘れてしまったけれど、当時の迷えるワタクシの胸に
いくらもトシの変わらない彼女の話はミョーに響いたらしく、話を聞きながらいつの間にか
涙が流れていました。
そーーだよ!私もイヤなんだよっっっ!!!
あのなんとなく引っかかりながらも「あーそーゆーもんかー」と流そうとしてたのは、
まぎれもなく、ただ単に「イヤだった」だけなのです。
それを「イヤだ」とも言わせてもらえない周囲の圧力に、「イヤだ」と思う感覚すら麻痺して
いた私。
だけど、イヤなもんは、誰がなんと言おうがイヤ!!!!!
それを声に出してゆっちゃいましょーーよ。
そのフォーラムで改めて、そのことに気づかされました。
そして、そのしばらく後、私は別れる決意をしたのです。(もちろん、そのせいだけではないけどね)
だけど、その当時、私の知る限り、東和町のIターン女性は、役重さんのように結婚するか、もしくは別れて東和町を去って実家へ戻るしか前例はありませんでした。
今となっては笑える話かもしれないけど、でも当時のワタクシにとっては
「彼と別れたら、ここにはいられないかもな・・・」
と真剣に苦しまざるを得なかったのです。
だけど・・・・そんなのおかしい!
誰が誰とつきあおうが、誰が誰と別れようが、どこに住むか、どこで働くかは別問題じゃないか!
私は、ただ個人的にまだ東和町ライフに納得してない!
(なにしろ、ただの金魚のフン扱いだったのだから)
そして、そんなヘンな人が住んでも認められる世の中が、東和町にも来てもいいのではないのかと・・・
(大体トウキョウなんて、そんな人たちの集まりで成り立ってるわけだし)
その後、たまたま東和町の農家の長男と恋に落ち、結婚を機に移住してきた
神奈川出身の人と友達になりました。
がしかし、彼女にとって、その生活はあまりのギャップ。
地獄のような日々。・・・わかるわかる!
親戚・親類・「マキ」・地域・・・ものすごい包囲網の中、彼女が数年後、東和脱出を決意したとき、私は・・・・・・・彼女を手伝いました。
人の離婚を手伝うなんて・・・って思う人もいるかもしれません。
でも、ホントにあの当時の彼女は孤立無援。
こんなヘナチョコなワタクシぐらいしか、すがる人もいなかったのです。
今、神奈川で女手一つで長男を育てながら働いている彼女。
当時、東和町で唯一腹を割って話せた彼女がいなくなるのは、私にとっては
寂しい限りでしたけど、でも、神奈川でなんとか苦労しながらがんばってる頼りが
彼女から届くと、私は、やっぱり手伝ってよかったと思うんです。
今、多分世間一般には遊びすぎだと思われる、さだっちょんライフではありますが、
でも、このお外遊び仲間は一度たりとて、こーいったプレッシャーをワタクシに与えたことはありません。
つねに、参加者みんなが対等な立場で楽しみます。
そのことが、どんなにワタクシの岩手生活の支えになっていることか。
多分、この海遊び、川遊び仲間と出会ってなければ、私とて、今ごろは
彼女のように都会の雑踏にまみれる生活に舞い戻っていることでしょう。
戻らないことがよいことなのか悪いことなのかは、わからないけど
でも、今ワタクシは、仕事も遊びも、ブログも、誰の付属ブツとしてでなく
「岩手のさだっちょん」としてやっていくこと、それが何よりも大切なことなように
感じています。
そして、こんな田舎でも、こんな楽しみ方もあるんだぜっ!
いいだろ。へっへーんだ!
・・・ってことを伝えられる手段を、このような形でもてたことは、すごく大きな前進だと思っています。
だから、多分ワタクシは岩手を遊び倒すまでは、多分生息しているでしょう・・・
そして、その後は秋田を、そして青森を
そしてそして・・・あら?一体どこまで行くの??
そんなことをネイティブなじっちゃんと話しながら、そしてまた上司に新たな見合い話を
持ってこられながら、感じた今宵だったのでありました。
ってなわけで、いつもの清き一票よろしくお願いしまーす
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/2152
僕は海外移民だけど、横浜から岩手ってのも、海外移民に近いカルチャーギャップだよねぇ。
いつもながら、この手の話になると、ひたすらうなずきつつ読んでしまいます(笑)
Posted by: Ryu : June 3, 2005 07:01 AM
横浜に住もうが、東和に住もうが、さだっちはさだっち。
ネイティブとの価値観の違いこそが大切なわけで、あえてネイティブになる必要はないと思うよ。
もっも、ネイティブ達はその違いを簡単には認めてくれないんだけどね。
Posted by: 助さん : June 3, 2005 09:28 AM
あーほんと~によくわかる(笑)
いちいちうなづきながら読んでしまった。
こっちに来てからのカルチャーギャップに
「わかる~」「なんか状況が似ているわ~」と
一番共感してくれたのは、
アメリカに移住した友達でした(爆)
私たち、ここでは外国人なのかも・・笑
Posted by: fumiko : June 3, 2005 09:30 AM
追伸
新しいパターンでさだっちなりに生活するのは
とてもいいことだと思う(^^)
っていうかすごいとも思うけど。
パイオニアは大変なのよね(^^;
是非「こういう暮らし方もあるのだ」っていうのを示して頑張って~。
私も我が道を貫けるように頑張ってみるわ~。
Posted by: fumiko : June 3, 2005 09:35 AM
Uターンした俺でさえも凄くいやだった思い出がある。
地元の人たちはいちいち細かいことまで干渉してきて噂が一人歩きしてたり・・・
帰ってきて数年間は地元でも殆ど飲みに出たりしないで盛岡や仙台で遊んでた。
でもこれって単純に東和町と横浜のギャップだけではないような。ある面若者と年寄りのギャップでもある。
(結果的には東和町と横浜のギャップだけど)
田舎は殆どの人口をお年寄が占めてるからねぇ。
そしてその方達は本当に狭いエリアでのみの生活を送っている。よっぽど何か用事がなければ遠くへ出かけたりしない。
俺みたいな男一人家に帰ってきただけでも、格好のネタなのです。
昔タモリが言ってたなぁ「田舎の人ほど他人の心の中に土足で上がり込んでくる」って。
これは確かに当たってるね。
晩ご飯までネタにされるくらい話題が少ないのだよ・・・・トホホホ
実際親子間でも相当ギャップがあるよね、戦中戦後の物がない時代を生きていた人たちと物があふれまくっている世代の自分たち。
日本の歴史上例のないくらいのギャップかもしれない。
で、今、自分としてはまず殆ど気にならなくなっている。
慣れもあるのだけれども、そればかりじゃない。
最近よく聞く言葉「若い人たちは若い人なりの考えがあるから・・・・」
少しずつだけど変わってきているかもしれない。今後は僕らが変えていけば良いだけだしね。
しかし慣れたのは、単純に自分がトシくっただけ????\(>o
Posted by: きゃぱく : June 3, 2005 12:06 PM
いやー酔っ払ってしか書けない本音トーク。
・・・後から読むとハズカシイ限り。
できることなら消し去りたい!!!
でもね、これと似たような経験って、大なり小なり、たくさんの人がしてると思うんだよね。
口に出せないだけで・・・
と思って、いつかは書きたかったのでございました。
コメントなくても、これを見て
「そーか。オラもオラ流をつらぬくぞー!」
などと少しでも思ってくれた人がいたら嬉しい限りです。
Posted by: さだ : June 3, 2005 10:28 PM
助さん>ギャー!!!!コメントくれてたのね。おしょすなや~
でも、お心強いお言葉、どもありがとさんです。
明日も、もちろんサダ流本領発揮でっせ。ふっふっふ
コーヒーぐらいおごってしんぜよう。(安っ!)
フミコさん&キャパクさん>それぞれ、私より数百倍タイヘンな思いをしてきたと思いますわ。
そして、これからもきっと・・・ため息だね。
でも、ぜひぜひフミコ流&キャパク流新スタイルを築いてってくださいね!ホンット応援してまっせ!
そしてRyuさん>いつもこのネタになると、心強い感想をくださってありがとございます。
このシリーズ書くのは、かなりエネルギーがいるのですが、今後とも気長におつきあいくださいなのです。
Posted by: さだ : June 3, 2005 10:41 PM
女性の場合、単身で田舎に行くということは、余計な「意味」を背負わされてしまうんですよね。北海道の農家でも実際にそういった場面を見てましたので。「農家のお嫁さん募集」とか、「就農希望者募集:単身者または妻帯者」といった書き方が今でも平然と見られる。女性はオトコのオマケ、と言わんばかり。
カレシと別れたらここにはいられないかも、という心境は、田舎なら十分あり得るでしょう。そこで「仕方なく」ケッコン、あるいは「仕方なく」横浜へ戻る、という、ありそうな選択肢を選ばず、居場所がないなら作ってやる!と、ホントに作ってしまうのがさださんのすごいとこですねえ。
さださん自身がパワフルでおもしろいから、まわりにおもしろい方が集まってくるんですね。
Posted by: にしやん : June 5, 2005 08:22 PM
いやー、ホントこれを書けるようになったこと自体に時の流れを感じます。
周りのおもしろい人に助けられて、今のさだざえもんがあるんですね~・・・
Posted by: さだ : June 6, 2005 11:19 PM
こんにちは、はじめまして。カヤックつながりで、流れて参りました。
自分も、関西から鹿児島県に8年ほど前に流れてきました。仕事もやや、役場関係・・・ということで、北と南!で似たような感じですね。あ、オスですが。
自分はもともとあまり、周りを気にしないので、いろいろ聞かれましたが、おお!そんなに俺がめずらしいのか!と思っていました。何でこんなところに来たの?という質問が一番多かったですが、鹿児島の良さをその人に再発見させるいい質問だったと思います。でも、女の人だとちがうでしょうね。結婚の話題が多くなるでしょうし。でも、かごしまはどこかあってらかんとしていて、その人が一人で気にせずやっていれば、それはそれで受け入れてくれるんだと思います。しかし、自分も同世代の友達はいないですね。いるのは年上の独り者(なぜかバツイチがおおい)ばかり・・・。
Posted by: うみくろ : July 8, 2005 09:33 AM
うみくろさん>コメントありがとごぜます。
地方へ移住するっていう行為はホント男女差並びに地域の価値観が大きく左右する部分はあるようですね・・・(今だからいえる)
Posted by: さだ : July 8, 2005 10:05 PM
May 23, 2005
ブログってこわい・・・
見合いエントリーした後、突然コンクリートジャングルで
一般的にみて人としての生活の王道を歩む姉からメールが来た。
・・・そして追い討ちをかけるように今日も来た。しかも父君のアドレスから。
東京23区内で幸せな家庭を築いている彼女、どーやら久々に横浜に帰省していたらしく、その報告によれば実家の父上君まで、このブログを熟読しているらしい。
まー、いちお実家にも「今年はとりあえず書いてみます」宣言をした手前、パソコン初心者の父君&姉君にブログのアドレスをおせーる羽目になってしまったけど、まさかほんとに読んでいるとは・・・・
実際見ている宣言をされると、かえってハズカシーってなもんで。。。
ところで「書きます」宣言した際の彼らのリアクション
「そんなもん(・・・書くこと)は一般的にカネにはならんけど、まー好きなよーにやりなさい」
・・・えーそうさせていただきます。
実はワタクシ、とーーーーっくに気づいておりましたが、カネにならんことをマジでやるのが得意なのです。
もちろん、わざとそーしているつもりではなく、そりゃカネがついてくりゃ文句もないわけですが、単細胞ゆえ、おもしろそうだとカネのことなど考えずに先走ってしまって後からチラッと後悔するってなことを繰り返して早30年。・・・・いけませんか?
だってねー、ある日突然津波が来た日には、地震が来た日には、あるいは戦争が勃発した日には貨幣の価値なんて、全然なくなっちゃう日がくるかもしれないでしょ?
「なんなの?この紙切れはー!!!こんなもん腹の足しにならんじゃないの!!」
みたいな?
そしたら、やっぱり自分で食べる分ぐらい、とりあえずつくってキープしといたほうが、かしこいことのようにワタクシには思えるんですよ。(田植えに寝坊しといて、よくゆーよ・・・ああ。マジ反省)
それに、いつどんなことが突然起きてこの世を去ることになるかわからない、このご時勢、
取り急ぎ、おもしろそーなことをやっといたほうが断然おトクじゃないですか?
えー、もちろん、これってとっても現実逃避な言い訳ですけどね。
そりゃ金稼ぐなら我慢して都会に生息するほうが、断然よかことでしょう。
ワタクシにも、それぐらいはわかってきました、最近・・・(遅い?)
とはいいながらも、そんな屁理屈な持論を捨てないがゆえ、自慢じゃないが、ワタクシは「人気ブログランキング」こそ相変わらず低迷しているものの「親不孝ランキング」なんぞがあった暁には、間違いなくトップの座を独占できる自信アリアリ。
大体ホンット連絡しないしーーー。
だって・・・・・・・特に用事ないんだもん。
(えーとえーと・・・・ワラビいる?)
でもさー、よく言うじゃありませんか。
元気がないのは頼りな証拠!!
・・・・あら?なんか違う?
でも、まーそんなよーなことを対外的には言い張っておるわけでして、それが胸はって言えるうちは、とりあえず「さだ家」的には安泰なのですよ。きっと・・・
ネイティブはよく、
「さだっちのオトーサンやオカーサンは岩手に来ることないの?」
と心配して聞いてくれます。
そんなとき、親不孝ブログランキング一位のさだざえもんの回答は、もちろん
「えー。ございませんとも」
実は、それが逆に誇りであったりもするわけです。
(わかるかなー・・・このビミョーなかんぢ。)
いや、正直言えば父上はたった一度来たことあります。
就職前に、Iターンの大先輩である役重さんが心配して、「ぜひ呼びなさい」と
半ば強制的にゆうので、上司命令に逆らえず嫌がる親を押し切って、シブシブ一緒に岩手上陸したのです。
がしかし、その日に限って雪雪雪・・・・・・・・
「あーた、こんな雪降るとこで暮らしていけんの?」と言い捨て、彼はとっととコンクリートジャングルへ戻っていきました。
しかし、実際に岩手生活が始まった後も、あまりにもネイティブがうるさいので
あるとき帰省した際、恐る恐る
「あのー、岩手の皆さんに、親はこっちに来ないのかって、よく言われるんだけど・・・」
と切り出したことはあるのですが、
母上いわく
「なんで、このワタクシが岩手くんだりまで行かなきゃいけないわけ?
いったいなんのために?」
はー・・・そーですね。
仕事にボーリングに絵画に犬の世話、おまけにじーじの世話までやらねばならない
あなたは、つねに忙しいですね。
はい、すんません。。。。
だけれども、ワタクシにとっては、そんなふうにお互い干渉しない我が道を行ってしまう家族構成がいたってフツーなことであり、むしろありがたいこと・・・というより、甘えきっていることでもあるわけです。
多分、生死に関わる一大事が、どっちかに起きればそーも言ってられなくなるわけで、
そーいった事態が今のところは起きずに、お互い平穏に暮らしているのであれば、
それが何よりではないかなーと・・・
なので、そちらはそちらで、子もいちおー手を離れたことですし、好きなようにしてください
ってなかんぢなわけです。
むしろ、昔から連絡をしないことで有名なワタクシのこの乱れきった生活が、
このブログを始めたことにより、突如リアルにあっちに伝わるようになってしまって、
あっちにとっては新鮮かつあきれかえって声も出ない毎日であることでございましょう。
しかし、今まで、さだざえもんは嵐のように過ぎ行く日々の詳細にわたる報告など
親にしたためしはないわけでございまして、そのような観点からしますと、
このブログはいたって親孝行なことに思えてまいりました。
(出たーーー自己美化!)
まー、そんなかんぢで何が結論なんだかようわかりませんけど、相変わらずテキトーに
さだブロは続けてまいりますので、今後とも暗黙のうちにご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
>コンクリートジャングルに生息する家族の皆々様へ
今日ほかのこと書こうと思ってたのにーーーー・・・・まったく!!!!!!
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/2109
見合いエントリーって・・そうだったんだあ・・(笑)
大変?ねえ~(笑)
まあ、見てみるだけでも・・?なんちゃって。
ところで、先日載っていたあの見事な桜、
すごいね~実物みてみたいよ。
あれって岩手?青森あたり?
Posted by: fumiko : May 24, 2005 11:18 PM
桜は岩手県ですよー!
場所は・・・・もったいないので、次回会ったときこっそり教えますね~!
業務連絡>横浜ファミリーへ
こちらの作文は、何年目だかの結婚祝いとして進呈させていただきます。
(手抜き)
Posted by: さだ : May 26, 2005 12:09 AM
May 08, 2005
新しい人種
いつから始まったのか自分でもわからないんだけど、
私は新しい人に出会ったとき、暗黙のうちに2種類の人種にわけるクセがある。
その2種類というのも、時と場合によっていろいろ違う。
カヤックに乗る人と乗らない人、文章で表現しようとする人、しない人
ネットを日常の通信手段として取り入れてる人とそーでない人などなど・・・
でも、一番私の中で大きいのはやっぱり「都会人」と「田舎人」の分け方かな。
「田舎人」と言い切ってしまうと、差別用語のように感じる人がいるかもしれないけど、
私の場合は別で、どちらかというと「都会人」のほうが差別用語。
「田舎人」・・・というより「ネイティブ」は、生きてくうえでの知識も経験も技術も豊富で、
元都会人のワタクシなんぞ、到底かなわない神様のような存在なのだ。
しかも、ぶったまげることは、ネイティブはそれをちっともひけらかしたりしない。
・・・それが自慢すべきことというか、他人にわざわざ言いふらすことでもない、
先祖代々受け継がれ、工夫され、改善されてきた中で習得された、いわゆるフツーの
日常生活だからだ。
それがものすごいことだってことや、ものすごいことだと思う人がいるということにすら
気づいていない。
例えば都会人が
「私、毎日菊名まで歩いて東横線に乗って渋谷まで通って、シティーギャルやってるのよー。東横に急行のほかに特急もできて、菊名はちゃんととまるのよーー。
でも湘南ラインのほうが早いの。すごいでしょー」
なんて、いちいち言いふらしてたら、ただのアホだ。
多分それと同じことだと思う。
だけど、こっちに来てかなり長い年月が経つというのに、元都会人の私にとって
未だにネイティブの底力は密かに感動すべきことばかりなのだ。
ま、それを追求したいという、こちらの無鉄砲な欲求があるからかもだけども。
このブログによく出てくるノリアキ氏なんて、その際たるもの。
しかも、本人が「どーしてこんなことがすごいの?あったりめーだべ?
いちいち、おめーが感動しすぎなんだー。どーしたら、そんなにいちいち感動できるわけ?」
なぁんて本気であきれるとこが、さらにすごい。
でも、そー言われてしまうと、ワタクシとしては面と向かって返す言葉がない。
かといって、流行りもののよーに、スローライフとかLOHASとか都会生活に疲れた人が
とびつきそうな言葉をあやつって、田舎暮らしの表面的にキレーーーな部分だけを
もてはやして実情が伴わないのに無理やり商品化しようとする都会も嫌いだ。
田舎に住んで、ここにはまだ書いてないけど、それはそれはたくさんの嫌な思いもしてきて、今の私がいる。
なんだかんだ田舎の嫌なところはたくさんたくさんある。
でも、かといって、満員電車や緑がこれっぽっちもないコンクリートジャングルに今さら戻って暮らせといわれても多分それは、もっと無理な話だ。
多分、どーやって呼吸をしていいかもわからない。
コトバの問題を取り上げたときにちょっと書いたけど、結局今の私は都会人でもないし、
ネイティブでもない、いたって中途半端な存在なのだ。
我慢して呼吸方法さえ習得すれば、都会人に戻るのはカンタンだろうけど、
ネイティブには多分一生かかってもなれないことを最近薄々感じでいる。
でも、この都会人でもネイティブでもないというのは、ヒジョーに不安定だし、
ある意味ちょっと悲しい。いつまで経っても誰からも認められないかんぢ。
おそらく国籍不明の人とか、そーゆーのとホント同じかもしれない。
ネイティブからも都会人からも珍しがられ、つねに
「どーしてわざわざ横浜から東和町に来たの?」と聞かれる。
別にそんなのどーだって、その人の人生をゆるがす大問題ではないのに。
しかも最近発見したのだけど、おそらく岩手に生息する限り、
これは一生聞かれる質問なのだ。
こっちからすりゃ、いい加減あきる。
多分ネイティブとしては、さらにどうして盛岡でも花巻でも宮守でもなくて「東和町」なのか
ということを聞きたいのだと思う。
ほいでもって、東和町のここがすばらしくて来たのだ!
といって欲しいに違いないのだ。
・・・もっとも明確な意思があって来たすばらしい人材なら、つねに胸をはって
的確な回答ができるんだろうけど、残念ながらワタクシはそうではない。
昔から、けっこうテキトー。
東和町に住んでるのだって、ほんとにたまたまなのだ。
そいでもって、嫌なこともたくさんあったけど、だからといって去るべき決定打とまで行く
ような事件が今のところないから、未だにしつこく生息しているだけなのだ。
むしろ新幹線も空港も車で30分以内(無料駐車場付)、ガソリンスタンド目の前、職場は歩いて5分、「いこい」歩いて10分、宅配は不在でも自動的に職場に届けてくれるシステム、
三陸まで車で2時間(渋滞なし)、お外遊びに事欠かない!とくりゃ、こっちのほーが断然便利でしょ?ぐらいに感じている。
あえて質問に応えるとすれば、都会は人がいっぱいいるから、私一人ぐらいいなくてもいいでしょ?程度で・・・
ホントーは私だってもっとすばらしい回答ができればと思うけれど、うそがつけない性格なので未だに思いつかない。
もっと明確ですばらしい優等生的回答が余裕綽々で言えるようなら、私の人生も少しは
変わってたかもしれない。
そんなわけで、岩手県民になってかなりの年月が経つ今もなお
その質問を受けて明確な答えが出せないたびに
「いったい私はナニジンなんだろーなー」と悲しくなりながら、日々暮らしている。
元岩手県民が就職や結婚を機に都会へ進出したとしても、これほどしつこくは
聞かれないだろうと思う。
そう考えると、逆に腑に落ちない。
「いいじゃん、誰がどこに住んだってさーーーー。
住んでみて決めればいいことでしょ?」
と、やけっぱちに言いたくさえなる。いえないけど。
そんな中、本日、たまたま来町した都会のジャーナリストに回答をもらった。
学生時代社会学を専攻していたという、その記者によれば
私みたいな都会人でもネイティブでもないヘンな人のことを
社会学的には「マージナルマン」というのだそうだ。
「マージナル」とは境界という意味で、まー要するに元都会人だけど縁もゆかりもない
田舎に移住してきたはいいが、かといってネイティブに溶け込めるはずもなく、
ネイティブとは違う視点でその地域を眺め、接しながら生活してるような人のことをさすらしい。
彼は、別な話題でその単語を引用したのだけど、
私にとっては、この10年近く悩み続けてきた自分の立場というものに明確な人種としての
用語が与えられたようで、ミョーにすっきりして、とてもとても嬉しかった。
「その用語は一般的というか流行ってるんですか?」と彼に問うと、
「いや、そーゆーわけでは・・・社会学的には一般的ですが・・・」との回答。
社会学って何?ってかんぢな私としては難しいところだけど、とにかく
自分に確固たる地位が与えられてすばらしいことは確かだ。
流行ってないなら自ら流行らせればいい。
よし!これからは「マージナル・さだ」でいこう。
《本日のマージナル》

よーやっと畑を耕し、じゃがいもとアスパラを植えた。
(前のアスパラどこいっちゃったんだろ・・・)
一度はあきらめかけた今年のさだっちファームだったけど、
やっぱどんな災害がいつ起こるかわからないこの世の中、じゃがいもぐらいは
自分でつくっとかないとねーーーん。
なんだよ!
うら若き(?)乙女がじゃがいも植えて何が悪いかってんだ!!
人気ブログランキングへ行く
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どちらにも分類できない代表?のようなワタクシ(Uたーん組)
いっぺんスパーーっと離れて暮らしネイティブな感性を忘れてしまったのだ!
(なんて元々ないか??笑)
要は比較がないと気づかない、行ってみて、住んでみてしか解らないことってたくさんあるような・・・・
だから昨日も「ノリアキよ旅に出よ」と勧めて見たのだが本人全くその気無し(笑)
マージナルマン、スバラシイではないかい!
Posted by: きゃぱく : May 9, 2005 08:31 AM
なんか、今回は真面目な話と言うかテーマと言うか!
オイラも一度は都会に数年住んでたけど、馴染め
なくて帰ってきた一人、オイラの求める物は都会で見つけれ
なかつた、ヤッパリ田舎者だったのかな
今の世の中デジタルがもてはやされているけど
アナログの持つ魅了!そ、まさに田舎者&田舎で
ある事に誇りを持とう、そしてオイラは背中に田舎者と
言うレッテルを背負って往こう。
Posted by: ローラー田中 : May 9, 2005 11:18 PM
キャパクさんもローラーさんも、私から見れば
ソンケイすべき、れっきとしたネイティブですよ!
目指せニッポンイチカッコイイ田舎者!?
Posted by: さだ : May 10, 2005 12:57 AM
マージナの(?)
駄目人間と相通じるものがあと思います、「だめ」とはもともと、「どっちつかず」とゆう意味だそうです。シーカャッカーの大多数がそんな人なんじゃないでしょうか。
あっ、先日能登で元祖だめ人間のTO-BEさんとお会いしたのに、「駄目人間 Tシャツ」のこと聞くの忘れてた。
Posted by: Qちゃん : May 10, 2005 07:42 AM
長野マージナルのにしやんです。私は「なんで?」と聞かれて「山が好きなので」と応えると、相手も自分も納得してしまっていたので、突き詰めて考えることがありませんでした。
ネイティブにない視点を持っているということをプラスにとらえれば、ネイティブになりきれなくても楽しくやっていけるのではないでしょーか。
触発されて自分が長野で暮らすことの意味を考え直すきっかけになりました。ありがとうございます。
自分の存在について突き詰めて考えるさださんって意外に(失礼)まじめだなあ、と思いましたが、ブログを読ませてもらっている限り、さださんは「ナニジン」というよりも「さだ星から来たさだジン」というぐらい存在感があると思っています。これは賞賛です!さださんの方法で頑張ってください!応援してまーす。
Posted by: にしやん : May 10, 2005 08:28 PM
Ryuさん>おひさでした。
「アンチ社会学」も何も「社会学」って何ぐらいの・・・オハズカシイ
にしやんさん>ありがとうございます。
多分長野は都会に近いのと男性と女性の違いも、関係があるかもしれないように感じました。
「さだ星のさだジン」採用させていただきます(笑)
Posted by: さだ : May 10, 2005 11:31 PM
異邦人意識ってのは、よそから来た人にはどこに行ってもあるんだろうけれども
おいらも、県内とはいえ、盛岡やら、仕事で更に北上やら、またまた盛岡やら動いてても、ヨソ者だなと思うわけです。
かといって、地元に返って昔からの友達と話してても、それはそれで別世界だという…
だけど、いつまでもヨソの人ではお話にならないんだよね
いつまでかはそれは(誰も)判らないけれども、自分はここで一緒に生かされてますよ、という姿勢が大事なんだろうな
てか
実際の所は、よくわからないままに、かなーり住んでいるのでありました
やあ、テーマが難しいので、難かしいコメントをしようとしてしまったぃ
実際の所、そんなに考えてはいないんだけどね
Posted by: ふゆかぶ : May 11, 2005 09:55 PM
ふゆかぶさん>ご無沙汰してました。
実はこの書き込みは、かなりジャーナリストと飲みながら議論してきた後で書いたものなのです。
皆様それぞれ真剣にコメントくださって、ありがたい限りです。
>いつまでかはそれは(誰も)判らないけれども、自分はここで一緒に生かされてますよ、という姿勢が大事なんだろうな
そのとーりですね。そのつもりを忘れずに、マージナル路線でいきましょー!
Posted by: さだ : May 12, 2005 12:35 AM
March 10, 2005
最初から今まで2
本日、我が東和町ではこんなことがありました。
そこで、いよいよ合併についての意見を述べようと思いましたが、その前に“最初から今まで”の続きをやってなかったんですね。
というわけで、まずは、ワタクシと東和町との関わりを明らかにさせてから、合併のこと書こうと思います。
・・・とかいってるうちに、またあれよあれよという間に1ヶ月とかたっちゃうんだろーけど。
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そんなこんなで始まってしまった「全都道府県に足を踏み入れてやるぞ」プロジェクト
ビンボー旅行もさることながら、極力農業現場に触れてみたいというのもあったので、
愛媛県八幡浜市真網代というところでは、みかん農家に住み込んでみかん
収穫アルバイトなんぞも、やってみたりしました。
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って、今ぐぐってみてビックリ!こんな立派になって継続していたーーー!!!
私が行ったのは初年度&2年目で、受入れ側もまだゼンゼン試行錯誤な状態だったのに。。。
お世話になった松浦さんは、えんらくなっちゃってるし、ノリくんは結婚してパパになってるし、それより何より、「なにがアンジュやーーー!」と、ワタクシにみっちりと関西弁を叩き込んだ野田兄さんがいまだにバイトに行ってるとは・・・!!!
そう、何を隠そう、この愛媛こそ、さだっち「アンジュ」説発祥の地なのです!!
いやはや、懐かしい。ひとしきり感傷に浸ってしまいました。
この真穴地区、ホーント美しいんです。みかん山に登って宇和海の向こう九州側へ
夕日が落ちる景色はホントサイコー!ここみて!
4月の座敷雛も一見の価値あり!!!オススメです!!!!
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ところが、このプロジェクトがまだまだ終わらないうちに、来てしまいました就職活動。
バブルの時代を過ぎ、就職氷河期に入りつつあった頃のお話です。
うちの父親は、心配で心配でたまらないらしく、なんだかんだとコネ話を持ってきます。
地方に心を奪われ「風天のトラ子」と化した娘を彼なりに気遣い、
「そんなに牛が好きなら雪印はどうだ?」な~んてかんぢ。
今考えれば、なんと愚かな・・・と思いますけれど、その頃のワタクシは、彼がどんなに
おいしい話をもってこようと、通勤ラッシュに耐えながらコンクリートジャングルへ通う自分をどうしても想像できませんでした。
とにかく地方に住んでみたい。
『訪れる』ことと『住む』ことは違う。
『住んで』みなければ、わからないことがあるんだー!
・・・という変なこだわりが拭いきれなかったのです。
とはいえ、新卒という立場は一生に一度しかありません。
悩み、もがき苦しみながらも、いちおう都会と地方の両方の就職活動を行っていたところ、
なぜか新宿の会社から内定をいただくことができました。
・・・うーむ、それもまた選択肢としては、あり?
しかし・・・
「新宿=通勤ラッシュ!!」
うーむうーむ。悩めるな~・・・・・
ま、いっか~。
そんなわけで、とりあえず、ここでいったん就活は小休止。
気分転換も兼ねて、行き残していた東北旅行へと旅立ってしまったのです。
東北では、ちょっと興味のある人物に会おうと計画していました。
就活中、中野にあるUIターン就職センターだかのおばちゃんが、その人物の新聞記事を
見せてくれたのです。
その人の名前は「役重真喜子」。
東京大学法学部卒、農水省畜産局入局。バリバリのキャリアウーマンです。
ところが、入局2年後岩手県東和町で畜産農家に実地研修。この研修がきっかけとなり、
彼女はなんとキャリアをあっさり捨てて岩手県東和町に移住してしまい、役場職員という
職について自ら牛を飼い始めたというのです。
なんて、ステキな人なんだー!
この人なら、きっと私の気持ちをわかってくれるに違いない!それに実際に「住む」って
やつの体験談も聞いてみたいし。
というわけで、就職活動とはまったく関係なく、いきなり東和町役場に電話をかけ、この
見ず知らずのお方にお話を伺うアポをとってしまったのでした。
さ、明日はいよいよ東和町!
と期待に胸を膨らませながら、東和町の東、民話の里遠野にたどりついたとき、宿泊先の
ユースホステルに一本の電話が・・・。
それは、新宿の会社の内定取り消しを告げる電話でした。
そういえば、迷った末、内定承諾書なるものを出さずに出てきちゃったんでした。
あは。あははははは・・・・・・
まいっか~?
翌日、汚いTシャツにジーンズにリュックという、相変わらずの超ビンボー旅人ルックで
東和町役場を訪れました。
役重さんは小奇麗な服装の、見るからに「できる女」という風貌のお方で、ちょっとタジタジ。
しかしながら、彼女は、こんな無礼なワタクシに腹を立てる様子もなく、
「とりあえず、ここじゃなんだから外いこっか?」と小じゃれた喫茶店へ連れていってくれたのです。
服装の失敗に後悔しつつ、おいしいワッフルなんぞいただきながら、何を話したかはあまり覚えていないのですが、とにかく
「すんげーなー。ホントにこんな人いるんだぁ。かなわないなぁ。」
と、ただただ感動したのと、最後のほうで雑談的に
「いやー実は昨日内定取り消しくらっちゃったんですよね。あっはっは。
また帰ったら就活しなくちゃ~」
というようなことをお話ししたのは覚えています。
その後、慌てふためいて飛んで帰るなどということもせず、フツーに青森秋田と回って
横浜に戻ってまいったわけですが、相変わらず中途半端な気持ちでの就活がうまくいく
はずはありません。
「どうするかな~。ま、全都道府県制覇してから考えるか」
な~んて、就職に関してほとんどあきらめの境地だったある秋の日、役重さんがわざわざ
私ごときに電話をくれました。
「東和町役場で新採用職員の試験があるけど、受けてみる?」
ん?役場職員?・・・公務員って何?
なんて、はてなマークだらけでしたけど、田舎に住めて親に頼らずに生活するお金を稼げるという意味では悪い話ではありません。
そんなこんなで、2回目の愛媛みかんバイト先から、またもや汚い格好で夜行バスと飛行機(もちろんスカイメイト・・・・って今もあるのか?)を駆使して再び東和町へ出向き、役重さんから紺ブレをお借りして試験を受け、
そして・・・・
うわー!現在に至ってるよーーー!
しっかし、人のご縁、時の運っていうのは、つくづくすごいもんですね。
ま、あの当時、次々と奇抜な施策を打ち出すことで有名だった
小原秀夫氏が町長を勤めていたというのも運命だったのでしょう。
その後、町長は代わりましたが、現町長も私のことはあきらめているらしく、
時々通りすがりに
「おー元気か?
まだカヌーだかなんだか漕いでるのか?
次はどこ行くんだぁぁ?」
な~んて声をかけてくださったりすると、ワタクシとしては返す言葉もございませんのです。
ハイ、すいません。
(これ奄美の前に書けばよかった・・・)
そして、我ながらつくづくポリシーがあるようで、まったくない
・・・つねに安易な発想しか思い浮かばないから、いまだに中途半端な生活なのだということを、書いてみて改めて実感しちゃいましたわ。おほほほ
・・・そしてそして、実際に待っていた田舎暮らし生活とは?・・・つづく (のか?)
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/1697
オー、さだ様もQちゃんと似たような人生(??)してますな~
僕の場合はみかん農家ではなく、白馬岩岳スキー場でした。
山小屋なんかでもアルバイトしましたが、結局 「田舎暮らし」 にはご縁がなく、大阪に戻ってきました。
住めば何たらで大阪もあっちこっち旅するぶんには便利ですよ、2時間圏内に日本海、琵琶湖、太平洋、瀬戸内海とフィールドには恵まれてます。ちょちょこと 「小さい旅」 をするのがいいのです。
おーーと、今日はマジメなカキコになってしましった~
Posted by: Qちゃん : March 11, 2005 07:47 AM
1から続けて読みましたが、いやあ、おもしろかった。思い立ってから行動するまでが早い!これが人生を面白くするコツ?
私のことを少し書きますと、都会の大学中退後、自転車に積めるだけの荷物を持って放浪。放浪先でバイト―また放浪をくりかえし、旅の途中で縁のあった長野暮らしを始めて6年です。北海道の牧場も花巻も旅の途中での滞在。それぞれ12ヶ月と10ヶ月。
なんか勝手に親近感を感じています。
Posted by: にしやん : March 11, 2005 05:17 PM
ほう、そうやったんか・・・
田舎の公務員ってのは地元民の貴重な働き口ってイメージが強かったです。
きちんとした試験がないところもあるといううわさも聞いたことあるし・・・
開放的な政策?で東和町は貴重な人材を得たってわけだね☆
それはそうと、うちの雪山仲間で小学校の先生をやっている女の子がいますが、
休み前の出張の時には南しか行っちゃだめ!と言われたそうです。
北へ行ったら、そのまま滑りに行くからだめだとか(笑)
職場でプライベートの行動がそれだけ認識されているのはスゴイことですよ。
Posted by: Far : March 11, 2005 08:28 PM
わー・・・・・・・・・・・・びくりつ。
まずもって、皆さん、こんなマニアックな私的極まりないブログにわざわざコメントくださって、ホントにありがとございます。
えーっとえーっと。。。。
まずQちゃん>大阪は立派な都会です。l
田舎に住んでるとすべての交通機関は東京、大阪中心に成り立っていることを痛感します。なにしろ能登に短時間で行くのに、わざわざ羽田まで行くのがもっとも至近距離になるわけですから。。。あちこち出かけるのに便利なのはうらやましい限りなのです。
それからにしやんさん>はじめまして。
読んでくださって、ありがとーございます。
というか、にしやんさんは察するにワタクシなんぞより、かなりツワモノだと思います。
つーか、そーゆー人のほーが、はるかに多いことは十分承知なので、そーゆー人にこんなの読まれるのは、かなりはずかしー限りです。
そしてFarさん・・・・>そう。そのとーりですね。で、そーいったことは、これからの続編に書こうと思ってました。というか、それを書きたいがために、1&2があっただけです。
今までの分はまだゼンゼン序章に過ぎず、ここからが、もっとも書きにくい領域にいかねばならないわけです。
あーーーホントに書くの難しそうだーーー。
でも、やっぱり、絶対に伝えておきたいことなので、またいつになるかはわかりませんが、必ず書きますね。
今日は、ものすごく酔っ払っていて、へんな文章かも。。。ごめんなさーーーーーーーーい
ホントこんな作文にコメントくださって、ありがとございます。
Posted by: さだ : March 11, 2005 11:58 PM
February 15, 2005
[リレーエッセイ#57ネイティブスピーカーへの道]
はぁ~・・・
Ryuさん[リレーエッセイ#56ガイコクジン歓迎]からのバトンタッチ。
ってゆーかーーー
こんなバトンいりませんからーーーーーーーーーー!
残念!!
といいたいところですが、新人という立場上、そんなわけにもいかず、あたしゃあのエッセイを見てしまった瞬間から半日近く妄想しとりましたがなぁ~。
でも、神様は、決してさだざえもんをお見捨てにはならんのです。
そう!よーやっとワタクシに本日のテーマが去来しました。
・・・やはり、困ったときの「とれたてホップ一番搾り」様様ですわ。むふ
★★★★★★★★★★
ホントに言葉の壁というのは、難しいもんですよね。
昨晩書きました「全都道府県に足~プロジェクト」とやらの実践や、その後おかげさまで何度か海外旅行したおかげで、ワタクシ話せる話せないはともかく、ダイアレクト・スピーカーに溶け込む自信は、けっこうあったのです。
岩手に来る前までは・・・
その根拠となる代表的な例は、初めて関西人なる人種の集団と出会い、たった一人関東代表として自己紹介せねばならなかったときのこと。
そのときはまだ都道府県プロジェクトも始まったばかり。
「みんなサンマかよー?」みたいな集団に溶け込む自信などまったくなく、ドキンチョー心臓バクバクな中、サンマファミリーは次々関西ノリでおもしろおかしくく自己紹介していきます。
「この集団に食われてはならない!」と一人ぼっちの浜っこギャル。
あせりはつのるばかり。
考えもまとまらないまま、自分の番が回ってきてしまったとき、ワタクシの口から出た言葉・・・
「えーとー・・・・あ、あのー・・・よ、横浜から来た『鈴木アンジュ』です!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
(えー言い訳させていただきますと、今までの人生の中で、たった一度だけ似てると言われたことがあるんです!・・・顔の大部分を手でおおった場合のアゴのとんがり具合が。)
その後のツッコミの嵐ならびに溶け込み具合につきましては、ご想像のとおりでございます。
その関西集団とは20日間ほどともに過ごしたのですが、その間ワタクシは終始「アンジュ」でした。
あれからもう○年経つというのに、いまだに律儀に年賀状をくれる京都人は、いまだに「アンジュ元気かー?」と書いてくるので、いい加減恥ずかしいです。
で、えーとなんの話だっけ?
・・・ま、とにかく!
英語にも相通ずるものがあると思うんですが、ダイアレクトスピーカーへの戦略方法として、たとえば
愛媛では「○○ながよ」
北海道では「○○だべやー」
愛知では「ケッタマシーン」
沖縄では「あついさー」
大阪では「ごっつ○○やーん」(ちなみに丸禁ワードは「超」と「じゃん」)
神戸では「がった」「ごんざれっさ」(なにこれ?いまだに謎なんだけど)
英語は・・・"Sorry?""sound's good"
のように、自分なりのキーワード・キーフレーズをマスターし、あとはその種族を観察して特性さえつかんでおけば、ある程度アイスブレーキング段階は乗り越えられると思うんです。
例えば英語などは、上記の言葉を発する場合、あくまで相手の目を見てにこやかに・・・そして理解できるまで、しつこく何回も繰り返す!
この繰り返し術、英語種族には決して失礼なことではなくて、逆に親近感(哀れみ?)を持って接してくれるように思います。
がしかーーーし!
これほど多くの異国語をマスターしてきた(あ、別にしてないか・・・)ワタクシが、初めて大きな壁にぶち当たった場所。
それが、何を隠そう岩手県東和町でございます。
まず、第一にほとんど何を言っているのかわからない。
そして、英語のように何回も聞き返してよろしいという習慣がない。
ましてお仕事・・・初めての配属は農林課。
相手は、いきなりネイティブスピーキング上級者。。。すなわち農家のおじちゃん、おばちゃんがほとんどです。
電話の場合、相手はまさか浜ギャルが相手とは思いもせず、あくまで「役場の人」にかけてるから、当然ネイティブスピーキング炸裂。
聞き返そうにも、そのタイミングも、どの単語がわからないのかも、わかりゃしません。
そんな中Iターンの大先輩、役重さんから受けた秘伝の電話応対術。
「すいません。お電話遠いんですが・・・」
かくいう彼女も、かつて電話で「ベコの粕漬けの担当に代わってくれ」と言われ、そんな食品聞いたことないと不思議に思いながら農産加工担当のほうにまわしたところ、
「牛の貸付」(高齢者肉用牛等貸付制度だかってのがあるのだ)・・・つまり畜産担当だったというのは、彼女の著作にも出てくる有名な話。
電話ではなく、実際会ったときの場合。
聞き取れないと反射的に「えっ?」と聞き返してしまうのが本能ですが、この「えっ?」が使えるのも3回が限度。
そりゃいくらなんでも失礼だもんね~・・・
なので、3回やって駄目な場合、
テキトーに「あーそーですよねー」とか流そうとすると、
その回答は全然「あーそーですよねー」っていう内容じゃなかったり して、
相手はキョットーンみたいな。
(その前に、こっちがキョットーンなんだよ!!!)
しかし、時が経ち、向こうもワタクシというミョーな存在に慣れてくると、
うっかりテキトーな相槌を打とうものなら「○○ってわかるってかぁ?」とか逆ツッコミされたりして・・・
(これが一番困るんです。東和町民の皆様、どうか流してください)
このようにたくさんの東和町民の皆様に鍛えられたおかげで
「じゃさえ(い?)~」「すはんこ」「びらびらとす~」「いづい」「こえ~」
「おがる」「うるかす」「はっけ!」「たつっと」
などなど、数々の新用語をワタクシもマスターさせていただきました。
これらは、いったんマスターすると、かなり便利。
「じゃさい」とか「いづい」なんかは言い得て妙。東京弁には訳せないビミョーな表現ですね。
ところがどっこい、今度は世代や性別によっても使用する言語が違うらしいんです。
農家のおじちゃんが使ってた言葉をマスターしたつもりで、くそまじめに取り入れてしゃべってみたら
「さだちゃ~ん、○○ってあんまり若い女の子は使わないよ~。誰に教わったの?」と笑われたりして。
はー・・・?もうどーすりゃいいのさ、ベイベー。
でも、そんなのは、ほんのささいな笑い話。
本当の東和弁の難しさは、このようなオリジナル用語ではなく、イントネーション!!
こやつがホントーーーーに曲者なんです。
なぜならば、ビミョーに横浜弁と交錯して自然に混ざってしまうから。
かつて私は横浜へ帰省すれば横浜弁とキッチリ使い分けられたものです。
「な~んか、私ってバイリンギャル?」なぁんて、ちょっと調子に乗ったりしてました。
しかーし!
このイントネーションってやつ?
もとが同じ文(単語)なだけにどーにもなりまへん!
つい会話の端々に出てしまうんです。
数年前、親や浜の友達に「なまってるよ」と言われるようになったときのショックといったら・・・。
その指摘以来、極力気をつけるようにして、「最近は言われないな~」と思い、ほっとしていたのですが、この正月、久々に親にこの話をすると
「あー、そんなのもうとっくにあきらめたから流してるだけ」
ですって・・・がーーーーん
そして、さらに。。。本日は出血大サービスしちゃいましょう!
曲者用語の横綱!
それは 「まず」 です!!
都会では「まず最初に・・・」的な使用方法が一般的ですよね?
でも、東和ではこの活用方法が実に広いのです。
例えば議論していて「まあまあ」と相手をなだめるとき
「まあね」とか「そーだね」と相槌をうつとき
「じゃ、またね」と別れるとき・・・などなど。
これらに対して「まぁずさ」「まぁずね~」は一括して有効、とっても便利なのでございます。
しかし、ワタクシは、しばらくこの件に関してまったく意識がなく、「まずスパイラル」の事実が判明したのは、横浜で悪友ヤザマンジュウと飲んでいるときでした。
横浜のこじゃれたお店でシティーギャルトークにはずんでいた矢先、ヤザマンジュウ
の一言。
「ところでさー、そこで『まず』って使わなくない?」
・・・・・・・え?そ、そーだっけ?
そのとき私は初めて「まずスパイラル」の秘密を発見し、切々と彼女に説明したと思います。
で、彼女の回答
「うーんなるほど。それはわかったけど、、、、、でも使わないから」
そして別れ際。切符を買って改札口を通るとき、あれほど議論したというのに、思わず
「んじゃ、まずね~」
と言ってしまいました。
横浜駅の雑踏の中、改札の向こうから
「そこで『まず』って使わないからぁぁぁぁぁ!!!」
と彼女の声が背中を追ってきたあの光景は、今でも忘れられません。
ああ・・・こんな私はこのままホントーに横浜弁が使えなくなり、東和弁スピーカーになってしまうのでしょうか。
そんな一抹の不安にかられつつあった昨今。
職場の飲み会にて、和やかに職場の皆さんと会話していたところ、突然同僚のゆきえちゃんが笑い出しました。
「なんかさぁ、さだちゃんのイントネーション・・・へん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふぇぇぇぇぇん。あたしゃいったいナニジンよ!?
・・・・・ネイティブスピーカーへの道は厳しいのです。
ってなわけで、あとは知らなーいっと。
Goさんよろしく~!
ふう・・・・これ2回分カウントでお願いします。
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/1533
Excerpt: さだっちょんの[リレーエッセイ#57ネイティブスピーカーへの道]からバトンタッチ!...
From: G's コラム アウトドアなブログ
Date: 2005.02.18
一回のエッセーで、オチが何個も散りばめられている!恐るべし、さだっちょん!
(・・・ふぅ。次がごうさんでよかった)
4回分ぐらいに匹敵ですね。朝から大笑いしました。
Posted by: kmorita : February 16, 2005 08:13 AM
同じ様に言葉では酷い目に遭ってきた僕にバトンを渡したのは正解です、大いにそうだそうだと頷いたので、任せなさい!
と言いながら本日は既に落としたけどね。(^^;
Posted by: ごうごう : February 16, 2005 11:27 PM
あーーーーホントだーーーー
楽しみに見に行ったら、全然違うこと書いてるーーー。
なるほど、それもありなのね。ふむふむ・・・
って、こっちも今日の分まだ書いてなかったずらーーー
Posted by: さだ : February 16, 2005 11:40 PM
乱入御免!!
あいかわらずオモロイ文章ですねw
ワシは長崎県から離れて住んだことないのに、長崎弁も五島弁もまともに話せませんよw
なんでや?(いろいろ原因があります)
だいたいワシなんていうやつも、他に1人しか知らないし
ワシもなにじんや~?
ふえ~ん
アイデンティティ喪失 きぶ~ん
Posted by: カドジュン@長崎五島 : February 17, 2005 11:36 AM
ふふふ~乱入大歓迎!!
この内輪コメントが続くさなか、カドジュンさん、、まずはその勇気に拍手&感謝です!!
ってことで、失礼ですがナニジンですか?
・・・なんちゃって。冗談ですよ(笑)
同類が少なくとも2名はいることがわかって嬉しい限りの今宵。
ってゆーか、この際新しい人種つくる?
Goさんのリレーエッセイがますます楽しみですねっっ!
なんだかごまかしてばっかりいるようですけど・・・????
Posted by: さだ : February 17, 2005 07:44 PM
私も大笑い!すごくよくわかる~。
私なんか、両親が九州出身だから、
九州なまりがびみょーに入った標準語を
アクセント辞典をひきひき、上司に注意されつつ、
苦労してようやっと美しい標準語(!?)に矯正したのに!!
・・今度は岩手弁かよ~と涙が出ました(笑)
でも今ではすっかり訛っている(笑)
だけど、イントネーションが違う、
それは岩手弁ではないと夫に言われる。
岩手弁って・・確かにむずかしいね(--;)
Posted by: fumiko : March 18, 2005 05:05 PM



