April 5, 2005
[ リレーエッセイ #79 ] スポーツと体育。
■【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れ。風おだやか。(高)24度、(低)10度。
[海洋気象] (エイベル)
変風10ノット。海況おだやか。
その後12時間:変風10ノット
[潮汐表] (ネルソン)
Low 12:17 AM 1.3 m High 06:48 AM 3.5 m
Low 12:55 PM 1.1 m High 07:18 PM 3.5 m

© Copyright Meteorological Service of NZ Ltd
■快晴、無風。インディアンサマー。良きかな。
■昨日は大家の電話番ででネット接続できず。
昨日のログ↓
■【昨日の予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
![]()
雲が次第に広がる。遅くには雨。北風。(高)24度、(低)9度。
[海洋気象] (エイベル)
セパレーションポイントより北:北西20ノット、午前中に30ノット。その他:変風10ノット、午前中に北西20ノットに。夕方に南25ノットに。海況は次第に荒くなる。
その後12時間:南西15ノットに落ちる。
【暴風警報】北10ノット、ただしセパレーションポイントより北では北西25ノット、午前中に35ノットに上がり、夕方に25ノットに落ちる。北部の海況は一時非常に荒くなる。北の波、1m。
その後12時間:
[潮汐表] (ネルソン)
High 05:21 AM 3.3 m Low 11:44 AM 1.3 m
High 06:03 PM 3.2 m

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■大嘘。朝から快晴で、風もなく、超インディアンサマーで暑いの何の。焦げるかと思った。
詳しくは後日アップするが、ゴールデンベイの釣堀に鮭を釣りに行ったのだが、そこのスタッフも暑すぎて今日は釣れないかと思った、って言ってたほど。1.5kgのがちゃんと釣れてホッとしたが。
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■T君は、うちにカヤックを置いて、カフランギ国立公園に二週間ほど山篭りをしに行った。トラウト・フィッシングとテーブルランドのトランピング三昧をする気らしい。二週間たったら、レゲエのおじさんのような臭いを発しながら戻ってくるのだろうか?
留守の間に、ヤツのグラス艇を仕事に使ってボロボロにしておいてやろうかな(笑)
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■シーカヤック・ガイド「Ryu」じゃなくて、ライター「リュウ・タカハシ」の仕事の件。
ここのところローカル誌関連の仕事が多かったのだが、久しぶりにどこからでも読める連載が開始。
BSフジで毎週日曜11:30~12:00放送されている『ワールドバザール21』という番組があるそうなのだが、番組公式サイト上に世界中から毎月レポートが寄せられていて、今回ニュージーランド編を僕が担当することになった。
■そういえば先日ある方から「このブログは、プロのライターが書いているにしてはお粗末!」というありがたいお叱りを受けてしまったのだが、ブログ名副題にある通り、ここは「ライター リュウ・タカハシ」のブログじゃなくて、あくまでも「シーカヤックガイド Ryu」が好き勝手無責任に駄文を書き散らすブログ、というつもりで運営しているので、そこのところよろしくです。
ちゃんと推敲もしないで毎日ポンポンポンと書き散らしてるんで、とてもここの駄文には「リュウ・タカハシ」の署名は入れられないっす(^^;
ホント言うとね、リュウ・タカハシ名義のブログも別途用意しようかと思ったこともあるんだけど、リュウ・タカハシの署名入れるには、しっかり推敲してある程度のレヴェルの分に仕上げなきゃいけなんで、頻繁にアップするとしても週に一度が限度。きっと月一とか、二ヶ月とか一度がせいぜいになりそうで、それならブログにする必要ないじゃん、『パドルの向くまま、気の向くまま』で十分じゃんと気づいたので、さっさとやめたのであった、ハハハ。なんでもかんでもブログにしてしまうっていう風潮も嫌いだしね。
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■リレーエッセイ#78の続き。
「きっかけ」で書けとのことだが、熱心なリレーエッセイ読者の皆様はすでにもうお気づきの通り、ごうちゃんは「きっかけ」と題するリレーエッセイを昨年12月25日にすでに自分で書いてて、後半なんて今回とまるっきり一緒で、ご丁寧にも最後に僕に「きっかけ」っていうお題を投げて来てるところまでまったく同じ(笑)
もちろんそれを受けて、僕は翌日に原点。と題した「きっかけネタ」を書いてるんで、今回は却下。
■が、しかし、「きっかけ」を却下すると、野球ネタになるか。アウトドアネタじゃなくなっちゃうなぁ。いまさら、よく知らない浮き球ベースボールのことも書けんし。ま、いっか。
さすがごうちゃん、鋭い。僕も野球はどっちかって言うと苦手でね。
もちろん草野球の真似事はやったし、小学校低学年の頃はスポーツ少年団のソフトボールにも入ってたんで、小さい頃は特に苦手意識もなかったんだけど、4年生になってから剣道の方に変わったんで、バットを握る機会はほとんどなくなった。
それに加えて、小学校の間ずっと両目とも2.0を誇っていた視力が、中学に入ったとたんに、勉強もせず、本も読まず、TVも見ないという、目に優しい生活をしていたにもかかわらず(じゃぁ何をやってたんだろう???)、なぜか突然ガタガタと落ち始めた。それもなぜか右目だけが急降下してしまったので、遠近感を失ってしまった。
高校のときは体育で野球があったが、ピッチャーの投げる球を打てないのはもちろん、フライがあがると平気で10mくらい落下点の目測を誤るので、死ぬほど嫌いになった。
っつぅか、メガネかけろよ(笑)
正直にいえば、球技は全般的に苦手。野球は上記の通りだけど、サッカー、バスケットボールなどの「チームでゴールを目指す系」のはもっと苦手。決して運動神経が悪い方ではないのだけど、大人数が走り回っている中でボールをポンと渡されると、どう動き、どこへボールを回せば良いのか全然分からなくなって、ボールをくれた人に「つき返す」のが常だった。
野球だったら、バッターなら球を打って走ればいいし、野手なら捕球して一塁で走者を殺せばいいと、やることがハッキリしてる。バレーボールも、相手からの球はセッターに返し、セッターはアタッカーに渡し、アタッカーは相手に球を返せば良いと、これまたシンプル。こういうのなら分かるんだけど、戦略的に動かなきゃいけない類の球技はダメだったなぁ。
ついでに言えば、何より嫌いなのが走ることだった。これは今も変わってなくて、ジムでウェイトトレーニングはやっても、ジョギングはやらない。だから、サッカーなんて僕にとっては悪夢以外の何者でもない。
だから、かろうじて苦手意識を持たずにすむ球技は、バレーボールだけだった。が、チビなので、これもハンデは大きい。ブロックもアタックもほとんど役に立たないんだから。
というわけで、学生時代を通じて、体育っていうのは憂鬱な科目だった。クラブ活動では剣道部に入ってたりしたので、身体を動かすことが大嫌いというわけじゃなかったのだが、体育の授業の雰囲気とか、運動会の雰囲気とか、あぁいうのは大嫌いだったな。
剣道がある学期だけは、例外的に通信簿に「5」がつくので、ホッとしていたけど。
■ニュージーランドに来て初めて知ったのが、「スポーツというのは、楽しい遊びである」という、当たり前のことだった。
「上手にやる」とか「良い成績を収める」とか「上達する」とか「体力増進」だとか「精神鍛錬」だとかのような、日本ではスポーツについて回る諸々の啓蒙的な臭いがない。何年やっても全然上達しないでヘッタクソのまんま、それでも当人も周りの人間もニコニコと機嫌よくスポーツを楽しんでいる人が多いこと!
だから、同じスポーツの愛好者の平均レヴェルを比べれば、技術的には日本人の方が圧倒的に上手いんじゃないかと思う。カヤックだって、日本人カヤッカーの方が、キウィカヤッカーより華麗に漕げる人が多いと思う。
でもアマチュアだったら、「楽しんだ者勝ち」だからね。
以前のリレーエッセイにも書いたことがあるのだが、sportという英単語の語源が「暇つぶし」だと知るに及んで、なるほどと思った。
欧米の「スポーツ」は、やっぱりあくまでも余暇の遊びらしい。中にはエスカレートして本格的に道を極めようとする人ももちろんいるが、基本は「遊び」だ。
ところが、日本の「体育」は、そもそもが「富国強兵のための体錬」がその源流にあり、21世紀の今になってもなお、その封建的な雰囲気を引きずっているような気がする。
欧米の映画にも、軍隊のトレーニングの様子を描いたものがときどきある。最近観たヴィデオの中だと、『ソルジャー』とか『スターシップ・トルーパー』なんかにそういうシーンがあった。あの訓練の雰囲気は、まさしく僕が子供の頃感じていた「体育の授業」とか「スポーツ少年団」のイメージに符合する。
だから日本の場合は、やるからには「道を極める」のが正道である、という雰囲気がいまだに根強く、「いえ、僕は単に遊び半分でやってるんで」っていう人は、若干肩身の狭い思いをどこかに引きずっていたりする。
現に僕も、日本人アマチュアカヤッカーが「始めてからもう○年になるんですけど、年に数回しか漕がないんで、いまだに下手糞で……」と、恥ずかしそうに、申しわけなさそうに言うのを、何度耳にしたことか。
関係ないじゃん、カヤックなんぞ、楽しく遊べればそれで良いんじゃないのぉ?
ってなわけで、僕自身も日本の体育教育のせいで運動嫌いになってしまった「犠牲者」の一人という自覚がある。そんな僕が、封建的な臭いの少ないアウトドアの世界に足を向けたのも、ある意味当然だったような気がする。ま、以前書いたように、そもそもそれ以前からそういう「素質」があったんだろうとは思うけど。
■ちなみに、僕がシーカヤックを知ったのは、ニュージーランド人冒険シーカヤッカーのポール・カフィンが、初の日本一周エクスペディション挑戦中のことだったから、1985年のはずだ。それ以前から『Be-Pal』誌で野田知佑氏の連載を楽しみに読んでいたので、大学に入った1987年の段階ですぐにカヌーを始めていたっておかしくはなかったし、実際始めようと思っていた。
だが、「一人でやると死ぬぞ」というアドヴァイスを聞いてやめちゃったのだ。だって、「スクール」の類には行きたくなかったから。僕がもし体育の授業が好きな人間だったら、すぐにスクールの門を叩いてカヤックを習っただろうが。
今はたくさんの日本のプロカヤッカーとも親交があり、彼らがやっているのは、僕の嫌いな「体育の授業」とは程遠い楽しいものであることも知っているのだが、エイベル・タズマン国立公園にいらっしゃる「体育嫌い」の日本人のお客様を眺めていると、今の二十代の人たちも、20年近く前の僕とそう変わっていないなと感じる。世界中のお客様を眺めていると、本当に日本人は運動嫌いの民族だなぁと思う。
つまり、日本のアウトフィッターの営業妨害をしているのは、案外学校の体育教育なのかもしれない。
今の小学校や中学校の体育の授業はどうなのだろう? あいかわらず、なのだろうか?
■さだっちょんは、体育好きな子供だったのだろうか? 野球少女だったおは思えんが、でも案外……。
というわけで、とりあえず回してみよう。
■あ、そうそう、忘れてた。
これだけ止めたのって新記録やよね?一番は良い事だ。(開き直り)
残念でした、タイ記録。編集長の[リレーエッセイ#72 竹パン]が、同じく中五日の記録を持っている。
ということで、新記録は中六日、つまり一週間後やね。がんばってどなたか更新して下さ……、するなぁ!(笑)
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■体育大好きだった方は
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調査結果は、100年後に発表します。
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/1849
Excerpt: Ryuさんより[ リレーエッセイ #79 ] スポーツと体育。からのバトンタッチ いや〓〓。今日はヒッサビサにエアロビクスしていい汗かいてきたとこに、なんとタイムリーな話題でしょう...
From: さだっちょんのドンブラコ岩手生活
Date: 2005.04.07
February 18, 2005
南北温泉事情。
■【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れ、シーブリーズ。最高気温22度、最低気温12度。
[海洋気象] (エイベル)
セパレーションポイントより北では北西25ノット、その他では10ノット。全海域で、夕方に南西20ノットに変わる。北部の海況は一時荒くなる。午後のにわか雨の中、視界良好。
[潮汐表] (ネルソン)
High 05:34 AM 3.1 m Low 12:16 PM 1.7 m
High 05:55 PM 3.0 m
■ここ一週間は、朝晩の冷え込みがキツイなぁ。もう秋か?
夏至から二ヶ月近くたつと、さすがに最近は起床時にまだ日が出ていなかったりするので、余計に秋の気配を濃厚に感じる。前代未聞の「夏のなかった年」である昨年は別として、今まで2月に秋を感じたことなど一度もなかったと思うんだけどなぁ。また例によって3月に暑い暑いインディアンサマーが来るのだろうか? それともこのまま涼しくなってしまう???
でも、いったん日が昇ればまだまだ暑い。本日は南東10ノット。午後にはシーブリーズに変わったはず。
ちなみに海洋気象予報だが、会社で見たのは上記と違って「南東15ノット、午後シーブリーズ」だった。絶対こっちの方が正解。上記のは記載ミスだろう。天気図も、昨日の午前6時のものから更新されていないので、最新のものが入手できなかった。トラブルの多い予報サイトだ>telstraclear.co.nz
左手親指の突き指がまだ良くないので、本日もレンタル・インストラクター。体調も思わしくないので、半日仕事は助かる。
今日のお客様は北島からの中年キウィカップル4組の8人組。コイツらがけたたましいの何の。ガイド・ツアーの時と違って、レンタル・ブリーフィングではあまり冗談を言わないので、お客様が笑い転げるなんてことはほとんどないのだけど、今日は何を言っても笑いっぱなしのおばちゃんが二人いたので、なかなか講習が進みゃしない。彼らは12時15分のウォータータクシーで、カヤックごとバークベイまで移動するという行程を組んでいたので、それに間に合うように講習と試験を終了させなくてはならず、こっちはかなり焦っていたんだけど。
ただそこはさすがキウィ、締めなきゃいけないとこはちゃんと聞くし、海に出ればパワー炸裂、悪いところを直してもすぐにそれが実行に移せる器用さがあるので、講習もテストもつつがなく終了。
昨日のレンタルのお客様たちも、全員本日仕切りなおし。これだけ良い天気なら、極楽カヤッキングを楽しめたことだろう。 rent 8
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■圧巻。
社団法人日本温泉協会の運営。さすがの情報量なのだが、特にすごいのが「温泉百科」のページ。勉強になる。
しかし、こういうのを見てるとただただウラヤマシイばかり。良いなぁ、ジャパン。
■いや、ウラヤマシがっているだけではイカンのだ。なんせ、ニュージーランドだって捨てたものではないのである。
下層ページの「NZ温泉情報」をご覧あれ。こちらもまた圧巻である。
これがニュージーランド在住のアウトドアズマンの手によるサイトなら僕もそんなに驚かないのだが、実際にはなんと日本在住の個人によって作られているのだから、恐れ入るしかない。ウラヤマシがっているだけじゃなくて、ちゃんと出かけりゃ良いんだよな。このサイトを拝見するたびに、いつも我が出不精を恥じ入ってしまうのである。
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■「トップ返り咲きキャンペーン」実施中(笑)
と
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http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/1553
December 6, 2004
《 自由テーマ 》 プロ論。
■ 【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れる。午後シーブリーズ。最高気温17度、最低気温8度。
[海洋気象] (エイベル)
南西15ノット。海況おだやか。
[潮汐表] (ネルソン)
High 04:56 AM 3.2 m Low 10:48 AM 1.5 m
High 05:33 PM 3.4 m Low 11:42 PM 1.3 m

© Copyright Meteorological Service of NZ Ltd
■ 予報通り、早朝は曇っていたが、すぐに快晴になった。でも、南西が吹いてるからやっぱり初夏にしてはちょっと肌寒い。
■ ウィルソンズの社長に会う用事があり、朝からアポ取りの電話をかけ続けているのだが、さっぱりつかまらん。自分で「月曜の朝一に電話してアポ取ってくれ」って言っておいて、朝から電話するたびに「社長はあと30分で出社予定」と言われ続け、挙句の果ては「午後にならないと出てきません」だと!
こっちにも予定があるんだぞ、バカヤロ。
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■ 極々私的なメモ。
昨夜、久しぶりに愛娘の散髪。一週間ほど前に自分で生え際をハサミでちょん切って500円ハゲを作ってしまったのが良いキッカケになったらしい(笑)

今回は、生まれて初めて「前髪」が作ってみたらしい。ハゲをごまかすため、という噂もある(笑)

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■ スズメレスキュー日記。
スリーデイに出ている間に、二羽とも急に大きくなってビックリ。とくにChibbyが大きくなり、一見しただけじゃChobbyと見分けがつかなくなってきた。
かなり飛べるようになってるものの、ネコに対する警戒感がゼロになってるので、まだ放すわけにはいかない。ココは危ないから使えないけど、ストライピーに協力してもらって、ヤツラを追っかけまわして「ネコは怖いんだぞ!」ってのを再教育しなきゃダメか。
ヤレヤレ。
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■ 先週から始まったリレーエッセイに、おなじみの『にしび~のニッキ』から参加表明!!
ますます面白くなりそうで、ワクワクしておりまするぅ(^^)
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■ さて、「自由テーマ」の第3回目。
本日はちょっと真面目に、硬めの「比較文化論系」のお話をば。
2001年3月執筆の「プロガイド論」を皮切りに、このブログ内でも何度となく「プロ意識」について書いてきた。10月に連載してご好評をいただいた「ガイドのつぶやき」のシリーズも、乱暴に言ってしまえば、要は「プロ意識」について色んな角度から独り言を言ってみたという企画だった。
ところで、「プロ」ってなんだろう?
こんな風に始めると、
「これのどこが『自由テーマ』なんだ? ガイドがどうたらっていういつもの仕事の話じゃん」
というツッコミが殺到しそうだが、今日はガイドの話じゃなくて、世間一般の「プロ」すべてについてポロポロと書いてみる。
■ さて、改めて。
「プロ」ってなんだろう?
ニュージーランド(NZ)に来て、日本との仕事ぶりの違いに驚く方は少なくない。表面的な点しか見ず、金もケチって生活しているワーホリの若い子たちの間では、
「キウィ(NZ人)は怠け者。日本人は勤勉」
という偏見が一般的だ(いや、実はワーホリ君だけじゃなく、良い大人でも「日本人は世界一勤勉」という幻想をいまだに信じている人は少なくないらしいのだが、とりあえず今は便宜的にワーホリ君を代表にしておく)。
ワーホリ君たちにとっては、昼間にラフな格好をして町をブラブラしている人が多いのを見ると、「何なんだこの国は!?」となるらしい。
そりゃそうだよ、ここは一次産業立国だぞ。日本みたいに大多数がスーツに身を包んで9~17時で「宮仕え」しているわけじゃないんだから、そりゃ昼間に町中でラフなかっこうした人がたくさんいるのは当たり前だってば。
産業構造や経済規模が日本とは全然違うんだから、いささか短絡的すぎる。これで「海外に出て見聞を広めた」つもりで国際人を気取られると、ちょいと問題あり。
■ そりゃ確かに、日本人と比べるりゃ、キウィの方が圧倒的に「生活の質」を大切にしている。彼らにとって仕事はあくまでも「金を稼ぐ手段」であり、アフター5、週末、あるは休暇中を本当の自分の生活と思い定めて、よく遊ぶの何のって。
だから、人間性を評価するとき、「仕事熱心」というパラメータは、日本ほど大きくは評価されないのも事実だろう。
そういう意味では、欧州人と非常に良く似た価値観だ。先日のスリーデイ・ツアーにも英国人の医者&弁護士の夫婦がいらっしゃったが、彼らとこの話をしたとき、「日本人は、いまだに休むこと、遊ぶことに後ろめたさを感じていて、勉強や仕事をしているときは他人の目を気にしなくていいから気楽なんだ」という話をしたら、「僕らとはまったく反対のメンタリティーだなぁ」とため息をついていた。
僕自身は金がドカンと転がり込んできて、職業欄に「隠居」と書ける日が一日も早く来ることを夢見ているメンタリティーの持ち主なので、彼らの意見に賛成、ワハハ。
ただし、その可能性はいまのところゼロである、ワハハトホホ。
最近は日本でもこうした生活観が次第に一般的になりつつあり、特にこういうアウトドア系のブログをのぞきに来ていらっしゃるような方たちの中には、そうした価値観の持ち主が多いかと思う。僕とご同類ですな、ワハハ。
ただし、こっちの連中は概して日本人よりもずっと徹底している。
ワーホリ君たちにはなかなか垣間見る機会はないだろうが、確かに5時になったとたんに少々仕事が中途半端でもそこでビシッと切り上げ、悲鳴を聞きつけたクラーク・ケントのように(喩えが古いか)、颯爽と職場を飛び出していくのはキウィにとっては当たり前のことだ。
そんなとき、そういう文化背景をよく理解していない新入社員の日本人が、キリのいいところまであと1時間がんばろうとオフィスで粘っていると、
「こら、さっさとしろ! 僕は早く帰りたいんだ。僕がオフィスを閉めなきゃいけないのに、誰か残ってると帰れないよ。もう良いから後は明日、明日!」
とボスに叱られることになる。
こういうのも、日本人には「怠け者」と映るらしい(ただしキウィ全員がこういう仕事ぶりだというわけではない。遅くまで働く人だっていることは言うまでもない)。
■ でも、キウィってそんなに怠けものかなぁ?
僕がこちらに来て、キウィたちの働きぶりを目にしたときは、むしろ、
「うわぁ、なんてよく働く連中だ!」
と感じたんだけど。
特に、目の前に困った人がいるときに発揮される、「ここまでやってくれるのか!」という親切ぶりは、さすがに世界一のホスピタリティを売り物にする国だと思う。
また、二十歳になるかならないかの若者(いや、むしろ少年、少女と言ってもいい年齢)が、上司の判断を仰ぐことなく、自分の裁量でどんどんと仕事を進めていくさまを見ると、本当に気持ちいい。
あと、肉体労働系になると、日本人との圧倒的な体力差がモノを言う。僕自身こっちの肉体労働業界に入ってずいぶん長いのに、彼らが日本人の数倍の仕事量をアッと言う間にこなしてしまうのには、いまだに唖然とさせられる。
こういうのを目にすると、我が祖国を思って引け目に感じることもしばしば。
■ 確かに日本人の労働時間は、長い。
しかし、仕事量はどうだろう?
17時以前を「時間つぶし」に使い、残業手当のつくアフター5になってから、やっと本気で働き始めるっていう人が昔は非常に多かったが、今はどうだろう? そういう人種が絶滅したとは考えにくいのだけど。
あるいはそうでない人も、必ずしも今日仕上げなくてはならないから残業しているのではなく、別に早く帰ってもすることもないし、遊びに行く金もないから、なんとなく残業している、ってな人はもっと多いんじゃないかなぁ?
こういうのを良しとする文化圏の人間が、17時まで全力で仕事しているキウィを怠け者扱いするのを見て、正直言って僕は大変な違和感を覚えた。
■ ただ公平を期すために申しあげておかねばならないが、もちろんキウィの中にだってとことんレイジーなヤツは多い。日本ではちょっとお目にかかれないようなレイジーぶりを見せてくれるヤツも、確かにいる。こういうときは「他人の目を気にしない」「遊びが身上」という価値観が裏目に出る。
あとよく働く連中にしても、仕事ぶりをつぶさに見れば、日本人の目には「ラテンのり」とも思えるような荒っぽいやり方が目立つのも確かだ。
■ だから、その辺を差し引きすれば、僕自身は「どっこいどっこい、どっちもどっち」と思っている。
ダラダラと長時間働き続けるマラソン型勤務に適応した日本人と、少々荒っぽい仕事ぶりながら短距離全力疾走型で働くキウィ、どっちが勤勉でどっちが怠け者とも言い難いななぁ、という感じ。
■ ただ面白いことに、キウィの中に「キウィは怠け者で、日本人は勤勉」と口にする人間は、少なくない。そのたびに僕は、
「いや、日本人は家に帰りたがらないだけなんだよ。長時間職場にいるのが苦にならないから、マラソン型に細く長く働くだけなんだ」
と言う事が多い。
だって、自嘲気味に「キウィはレイジー」と口にするキウィは、揃いも揃っておっそろしくよく働く連中なんだもん。そういう連中の前では恥ずかしくて、口が裂けても「うん、日本人は勤勉だよ」なんていえない。
■ さてさて、どっちが働きものでどっちが怠け者かはさておき、今度は仕事に対する姿勢を見てみたい。っていうか、これが本題。ワハハ、例によって枕が長いぞ。
先ほど「キウィの方が仕事が荒い」と言ったが、それでもなお、僕が「プロだなぁ!」と感じる仕事ぶりを見せてくれるのは、キウィの方が多い。仕事ぶりを見て「気持ち良いプロ意識」に感動を覚える場合、相手は往々にして日本人ではなく、キウィだったりするのだ。
■ この話をすると、
「そんなことないですよ、日本の方がもっとプロ意識高い人多いですよ!」
と反論する若い日本人も多い。
で、話を聞いてみると、彼らは宮大工の棟梁だとか、頑固な鍛冶屋だとか、芸術的な仕事をする板金屋さんだとか、カリスマ美容師だとか、鉄人シェフだとか、均一な品質の作物を生み出す農家だとか、著名な陶工だとかを挙げる。
フムフム、なるほど、なるほど。彼らはそりゃプロだよね。
ただどうだろう、こういう人たちが本当に「プロ意識」の高い仕事をしているだろうか?
彼らは「職人意識」の高い仕事をするのは間違いないだろうが、「プロ意識」の方は、実際にそれぞれの仕事ぶりを拝見しないことには、なんとも言えない、としか申しあげられない。
■ 僕なりの定義をもう少し詳しく述べると
- プロ意識 :
意識が「顧客満足」「費用対効果」にフォーカス
「お客様に対して恥ずかしくない仕事」という意識が強い
- 職人意識 :
意識が「仕事のクォリティ」にフォーカス
「自分自身や同業者に対して恥ずかしくない仕事」という意識が強い
といったところだろうか。
国民性として、人懐っこくホスピタリティにあふれている反面、ラテンなのりで乱暴な仕事ぶりになってしまう傾向のあるキウィの場合は、どうしても前者が多いように思える。
その反面、人と接するのが苦手でマニュアルがないと挨拶一つ出来ない人も少なくなく、その上自他の区別をあまり明確につけたがらない反面、「仕事」を自分の分身ととらえて丁寧に仕上げようとする傾向のある日本人の場合は、後者が多いような気がする。
日本でも「顧客満足」だの「費用対効果」だの言葉はよく聞くが、概ねマーケティング調査の結果として「数字」に表れたそれを議論している場合が多く、生の生きた人間を相手に「このお客様をどうやって喜ばせようか?」という姿勢は、やはり乏しいような気がする。
意地悪な言い方をすれば、日本人の場合はマーケティング調査をして数字をはじき出すのも「職人的」にこなし、それを元に議論してマーケティング手法を構築するのも「職人的」な作業としてやっている、という言い方も出来るかもしれない。
■ 職人意識は、もちろんプロにとっても非常に大切な要素だ。キウィを見ていると、荒っぽい仕事ぶりに腹立たしさを覚えることもある。そういうときは、日本人のきめ細やかさが懐かしくなる。
ただ、一つ注意しておかなければならないのは、「プロ意識」はあくまでもプロ特有のものであって、アマチュアにはありえないモノであるのに対し、「職人意識」は決してプロ特有のものではない、という点だ。
むしろ、職人意識を遺憾なく発揮できるのは、消費者・クライアントという足かせのないアマチュアだったりすることもある。
一例を挙げれば、家具職人(日本人)がアマチュア木工家(やはり日本人)の手による素晴らしい椅子を目にして、
「良いよなぁ素人さんは。金も時間もたっぷりかけて、こんな芸術品作れるんだからよぉ。オレたちゃ時間も金もかけるわけにゃいかねぇから、こんなシロモン絶対作れねぇよ。一回で良いからこういう仕事してみてぇもんだよなぁ。どっかにこういう仕事注文してくれる人いないもんかねぇ……」
とぼやいたというエピソードを耳にしたことがある。
これなどは「アマチュアの職人意識」のレヴェルの高さを示す好例だが、これは別に木工に限ったこっちゃない。プロ裸足の作品を生み出すアマチュアは、どんな世界にも必ずいる。そういうアマチュアは、プロ意識こそないものの、プロと同等あるいはそれ以上の職人意識を持っている。
つまり逆に言えば、元々はプロだったはずなのに、職人意識をとことん極めた結果、究極の作品を産み出せるようになったものの、その作品が消費者のニーズからどんどん外れていって、プロとしては食えなくなってしまうという場合だってあるだろう。
特に芸術方面では、「売れる作品」を作ることを恥じ、あるいはバカにし、貧乏に堪えながら自分に妥協しない「芸術」を極めるのを良しとする傾向がある。これば、僕の用語で言えば、「職人意識」の塊ではあるが、「プロ意識」は欠片もない、ということになる。
■ 別にどちらが良いとか悪いと言っているのではない。ただ、「職人意識」というのは、プロだけではなく、その道にはまり込んでしまった者ならば、アマチュアでさえしっかりと持っているものであり、すなわち「高い職人意識」はプロの証にはならない、ということを言いたいのだ。
むしろ、同レヴェルの高い職人意識を持つハイレヴェルなアマチュアとプロの間の「一線」が、「プロ意識」なのではないかと思っている。
■ さて、言葉の定義が終わったところでもう一度日本人とキウィの話に戻る。
非常に乱暴にステロタイプ化した印象を語れば、キウィの場合は「プロ意識が高いものの、職人意識が欠落した人間」を非常に多く見かける。
一方、日本人の場合はプロ意識といえば、「職人意識」のことだと思っており、顧客満足、費用対効果などの本来の意味での「プロ意識」は、おまけくらいにしか考えていない人が多いような気がする。
■ どっちが良いかと問われれば、実は僕自身はどっちも失格だと思っている。
僕は、「職人意識」と「プロ意識」の二つが、プロフェッショナルにとっての「両輪」だと考えている。両者のバランスが崩れていると、プロとして真っ直ぐに走れない。
ではなぜ、僕がネット上、あるいは「プロガイド・ワークショップ(PGW)」の場などで「プロ意識」ということばかり強調しているかといえば、上記のように、日本人は職人意識をプロ意識と勘違いし、結果プロ意識が欠如する傾向が少なからずあると思っているから。
逆に真面目な日本人というのは、だいたい職人意識の方はしっかり持っているものだ。
だから、こっちでキウィの若手を指導するときは、徹底して「もっと丁寧に」ということを強調し、彼らに「職人意識」を植え付けようと努力しているのだ。
■ というわけで、僕が日本語で「プロ」、「プロ意識」と言っているとき、決して「職人的仕事」のことを念頭においているわけではなく、むしろ職人的な仕事ぶりばかりにフォーカスしてアマチュア的、オタク的なアプローチに陥る危険性に警鐘をならしているニュアンスが強い。
■ 面白い記事を見つけた。
◇Unforgettable Days...「日本の医療が患者本位にならない理由」
医師の意識だのモラルだのの話題は昔からお馴染みのネタで、このコンテンツでは倫理規定の中に問題点を指摘している。
この倫理規定が「卵」なのか、それとも「ヒヨコ」なのかはよく分からないが、僕の言う「プロ意識欠如」というのがそれと対になっているのは間違いがないように思える。
つまり、日本の医学界には「医学を追及する学者」や「病気と闘う職人」は多いが、「患者の満足を考慮するプロ」は少なく、よって倫理規定にもそういうプロ意識はうたわれていない、と。
僕に言わせりゃ、医者なんて究極のサーヴィス業なんだから、もっとも高いプロ意識が要求される職業だと思うんだけどねぇ。アウトドアガイド風情に「プロ意識が低い」なんて言われることが許される職種じゃないと思うぞ。
■ ただし、上で挙げたような職業の方たちすべてが「職人的で、プロ意識欠如」と言っているわけではないことは、念のため申し添えておかねばなるまい。職人意識とプロ意識をきちんと併せ持った、素晴らしいプロフェッショナルが日本にもいらっしゃることは、僕自身もよぉ~く存じている。医師もしかり。
そして、逆にNZをみると、両方を併せ持った人間はやっぱりそんなに多くないことも申しあげておかねばなるまい。
つまりここで言いたいのは、あくまでも両国の一般的な傾向であり、あるいは日本人は「職人意識」と「プロ意識」を味噌糞一緒にしやすいので、気をつけようぜ、ということである。
■ って、ここまで書いて気づいたんだけど、今回の話って「危機管理考」で述べた、「危機管理」と「自己責任」を混同するなというのと、非常に似た論旨展開だったな。
つまり4年半以上たってるのに、あまり成長していないということか。ガッカリ。
■ 追記(2006年10月4日)。
別冊版「再考『プロ論』」で、当エントリの不明瞭な言葉づかいを訂正。
「プロ意識」の中を「プロ意識」「職人意識」の二つに分けるわかりにくさを、「プロ意識」の中を「ホスピタリティ意識」「職人意識」の二つに分けることで修正。および職種によってこの二つが必要なものと、片方だけでよいものがあることにも言及。
■ 関連過去ログ【ガイドのつぶやき】
◎その1「怖さについて。」 (10月7日)
◎その2「過保護について。」 (10月8日)
◎その3「プロの基準について。」 (10月9日)
◎その4「互助について。」 (10月12日)
◎その5「トウイングについて(前編)。」 (10月13日)
◎最終回「トウイングについて(後編)。」 (10月14日)
◎番外編「老兵は語るべきか、去るべきか?」 (11月13日)
■ 来週月曜日は、柔らかぁ~い、くっだらない話題でもやろうかなぁ。
何かトピックのリクエストあったらどんどんお寄せください。アウトドアネタ縛りはないので、「Ryuにこんなことについて喋らせてみたい」ってな話だったら、何でも良いですよ(ご期待に沿えるかどうかは保証の限りじゃないですが)。
-------------------------------
■ 「自分は職人型にあこがれるな」と思った方は
を、「自分はプロ型を目指したい」ってな方は
を、「オイラは両方をバランスよく兼ね備えた天才プロだぜ!」と思った僕のようなおめでたいタイプの方(笑)は、両方をクリックして下さい。
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/1132
本日も力技のエントリー、お疲れ様です。
力作ゆえ皆さん突っ込みどころがなくて逆に感心しきってしまってコメント出来ないんですよ、うん。
でもコメントがないと可哀想なので無理やりがんぱってしまう私設秘書(笑)。
大雑把に言って仕事に対するスタンスのミクロ的見地とマクロ的見地の相違、といった感じですか>職人とプロ。
あと、プロはその職業についている人間自体、逆に職人はその人間の仕事自体が評価対象になっているという違いもありますよね。
両方の要素が伴っていないとその道のエキスパート(と言う言葉を一応使っておきます)にはなれないですね、確かに。
確かに日本だと職人的仕事の仕方(=ひたすら内省的、自己批判しながら緻密な作業をする)事イコール「デキル」という事になるんでしょうね。
長年に亘る大企業で終身雇用なんていう世界で対外的に個人レベルで血を流しながら戦う事がデフォルトでオミットされているビジネス文化で、日本人のビジネスメンタリティーがそうなってしまったのかもしれないですね。
でも、
数年前に聞いた話ですが、プロダクティヴィティー(生産性)の国別比較では日本はしっかりアメリカに負けていたんですよ。
就業時間に対して実際の生産量が伴ってないとレッテル貼られたような調査結果だったので、一応アメリカで「仕事のできる」「ワーカホリックな」人々に囲まれて仕事をすることが出来たラッキーな私はさもありなん、と思いました。
(この件に関して万一ネットで情報が拾えたらアップします>Ryuさん)
それにしてもウィルソンズの社長、「やっぱりね」といった感じですねぇ。
聞いているこちらも溜息、いやある程度予想通り過ぎて脱力・・・
お気遣いありがとうございます。
コメントいただけると、張り合いがでますです。
でも、力技に見えます?
力抜いてかるぅ~く書いた、「たわごと」なんですけどね。
職人気質のバックグラウンドは、いろいろあるでしょうね。
おっしゃるような「防波堤に守られた職環境」もあるでしょうし、伝統的な気質もあるでしょうし。
> プロダクティヴィティー(生産性)の国別比較では日本はしっかりアメリカに負けていたんですよ。
米国に負けるのは当然だと思いますけど、他国と比べてもひょっとすると最近は危ないんじゃないかなぁとも思います。
ウィルソンズ、社長とは結局あって話できたんですが、今日は下っ端の連中が信じられないミスを連発してまして、これからもその尻拭いでお客様に電話して土下座しなきゃいけません……。
もーやだ、あの連中。
あと、職人気質のバックグラウンドとして無視できないのは、日本人は「普通」を重んじるあまり、自分が良いと思うものが、世間でも良いと思ってもらえるという無自覚の思い込みがあるでしょうね。
お客様が実際にどう思っているかを考えずに、なんとなく自分と同じように感じているという風に勘違いしてしまう。
これなんかは、個々が大きく違うということを前提に生きている欧米文化圏ではちょっと考えにくい話かも。
Posted by: Ryu : December 7, 2004 7:57 PMProfessionalという概念はもともと信仰告白Professionから来ている概念です。この概念が広く認知されるようになったのはヴィクトリア女王の治世下のイングランド。ご存じのようにUKは1000家族に満たない地主貴族が「上流階級」であり、彼らの嫡子ではない子弟かつ他の空き家の爵位(断絶した家系など)もゲットできない人々が医者、弁護士など高等教育を要する専門職に就いて「中流階級」を形成していました(無論、商売に成功して下から上がってきた人々のうち、家業を継げなかった子弟もこのクラスにエントリーします)。
彼らは禁欲的なプロテスタントであり、その信仰の影響で、自らの職業を「天命によるもの」と考えました。神様が自分にその職業を遣わしたのであり、よって自分はその職業に全身全霊を打ち込まなければ・・・・最後の審判の時に天国に行けないであろう。そう考えたのです。こうして自らの職業に宗教的情熱と誇りを持って取り組む人々が生まれ、また社会全体が産業革命により二次産業・三次産業へと重心を移していく中で、プロフェッショナルである、つまり宗教的な心情を根拠に仕事に取り組む態度が高く評価されるようになっていきました。
これが本来の意味での「プロフェッショナル」であり、そういう意味ではRyuさんの言う「職人」気質のほうが原義に近いと言えるでしょう。日本が近代化に成功した理由を、宋の時代の儒教道徳を商工業者向けに再構築した石田梅岩の思想(石門心学)に求めた研究もあるくらいです。石門心学もまた商工業者に、その職業を天職と考えるべしと説く思想でした。
それでは何故、本来は宗教的な意味合いを持っていた職業観であるProfessionalが商道徳として別の意味合いに転化していったのか。マックス・ウェーバーはプロテスタントの予定説(自分が最後に天国に行けるかどうかはあらかじめ決まっている)にその理由を求めました。ぶっちゃけた話、もしも自分の職業が天命によるものであれば、その職業は成功するはずだという論理です。つまり、自分の仕事で成功して稼げば稼ぐほど、天国に行ける可能性が高いと考えられたのです。
ここに、稼ぐけれどもその金を使わず、さらに果てしなく富を積み上げていくという不気味な現象が生まれ、この富の蓄積が資本主義を生んだ、というのが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の説く物語です。
このような歴史的経緯から考えると、Ryuさんの考えるプロ、言い換えれば「愛される商人であろうとする態度」は、宗教的な心情を伴う「己の職業に身命を捧げる態度」とは区別して、出来れば別の言葉で呼ぶべきではないのかと私は思っています。
ほぇぇぇ。
そういう経緯があったんですか。
メッチャクチャ勉強になりました。
僕、何を隠そう世界史、古文、漢文が思いっきりガンでして、さっぱり阿呆なんです。
でも思いっきり興味わいてきたので、こっち方面にもちょいと触手を伸ばして……。
いかん、Hokulea2006さんのお話、ツボに入ることが多すぎて時間が足りん!
編集長みたいに4時に起きるしかないのか?(^^;
しかし、まさかこのブログにマックス・ウェーバーが登場することがあるなどとは、お釈迦様でも予想しなかったのでは?
>出来れば別の言葉で呼ぶべきではないのかと私は思っています。
なるほどねぇ。
「プロ」、「職人」という言葉をここでは使ったのですが、既存の言葉で他に類似のものを探すと、「玄人」くらいしかないですねぇ。
玄人っていうのは、素人との対比が出るから、プロと職人をひっくるめたようなイメージがあるし……。
今後のテーマとさせていただきますm(..)m
日本語においては「プロ」という概念が、さらに職業からも切り離されて、一つの芸能や技能に熟達した人物を指して使われるようになっているような気がします。例の公認指導員問題も、この「プロ」概念の混同が背景にあるのではないでしょうか。内田さんにしろ野田さんにしろ、あるいは日本カヌー連盟の元競技者たちにしろ、カヤックにおいて第三の(日本独自の意味における)「プロ」ではあっても、カヤックによるレクリエーションにおいて「良き商人である」あるいは「宗教的情熱を持って商売に取り組んでいる」という、本来の意味でのプロフェッショナルではありませんから。
Posted by: Hokulea2006 : March 22, 2005 1:21 AM腕に覚えがあることも「まかせとけ、俺はプロだぜ」という表現もありますね>日本語
プロ概念の混同は、ホントにやっかいな問題だと思います。
あと、どこか別のところでも論じたような気もするのですが、それにしたがって、「アマチュア」が「プロ」を軽視するという傾向も、日本には顕著です。
これもプロ問題を考えるときに頭がいたい。
おっしゃるとおり、内田氏も、野田氏も、僕の捉え方では、文筆のプロであって、カヌーのプロではありません。
夢枕獏氏が、格闘技や釣りのプロではないというのとまったく同じ。
でも、日本では前のお二人は「カヌーのプロ」ととらえられてますね(たぶんご本人たちもそう思っていらっしゃる)。
不思議です。
November 22, 2004
《 自由テーマ 》 マスコミに、キチンと懲りて頂くには。
■ 【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れ。午後シーブリーズ。最高気温21度、最低気温10度。
[海洋気象] (エイベル)
変風10ノット、セパレーションポイントより北では午前中に西15ノットに変わり、その他のエリアでは午後に一時北15ノットに。海況はおだやか。
[潮汐表] (ネルソン)
Low 12:43am 1.3m High 07:04am 3.5m
Low 01:13pm 1.3m High 07:25pm 3.6m

© Copyright Meteorological Service of NZ Ltd
■ 快晴だ、おだやかだ、見事だ。これなら予報も文句なくあたるだろう。
しかし、明後日からようやく仕事に復帰の予定なのに、予報がよくないなぁ……。いきなり大雨の中で復帰はなぁ。待機順を下げておいてもらって、出来たらハーフデイとかレンタル・インストラクターとかに回してもらおう。
ちなみに膝の調子はかなり良い。まだ押さえたら痛いので、今日カヤックに乗るのはゴメンだが、明後日にはよくなっているだろう(と祈る)。
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■ 子スズメレスキュー記 速報!
Chobbyの親かChibbyの親か不明だが、外にカゴを吊ってたら両親がカゴにやってきて様子を伺い始めた!(たぶん昨日保護したChibbyの親だろうけど)
大きな進展だ!
彼らの飛んでるのを観察してたら、巣の場所も判明!! しかぁ~し、華奢な木の天辺近く。こりゃ登って返すのは不可能。親に迎えに来させる以外にないな。
今すぐに親に返しても、ココにまたやられるのは見栄三重見え見えなので、毎日こうやって親に会わせつつ、飛べるようになるまで面倒見るしかないか……。
ところで、Chobbyはすっかりなついて手乗りスズメになっちまった。その反省を活かし、Chibbyはなるべく触らないようにしてるのだが、幸いなことにChobbyがけっこうChibbyの面倒を見てくれているようだ。
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■ さてさて、月曜日はアウトドア・ブログという制約を取っ払った [ 自由テーマ ] の日。
っつっても、先週は0回目ってな感じだったから、実質は今日がスタートということになるかな。
で、その記念すべき第1回のネタ、もう皆さんご存知の、そして旬を過ぎかけた話題を取り上げてみる。
『Ryu's Logbook』の芸風は、南半球の辺境から超ナローバンドでネット接続しているという特性をフルに活かした「のど元すぎた頃」なのだが、今回もご多分に漏れず、ウェブの即時性を無視したタイミングが、我ながら見事である。
って、いばるなよ!>ヒゲロン毛の野人
あ、そうそう、10月14日のエントリーほどではないものの、おそらくそれに次ぐ長編になっているはずなので、お茶でもいれてから腰を落ち着けて、ごゆっくりとどうぞ。
■ さて、すでにご覧になった方も多いだろうが、まだの方はまずこちらをご訪問いただこう。
◇「何とも言いようが…」 (ヤースのへんしん「ボランティアを装い、取材活動・・・」経由)
◇「震災で、関西テレビがボランティア装い取材」
片っ端から挙げ始めるときりがないのでこれくらいにしておく。
■ マスコミには知人・友人もたくさんいるので、十把一絡げにマスコミを批判するのはなかなか勇気がいるのだが、マスコミ関係との接触も少なくない商売柄、僕自身も迷惑をこうむった経験は決して少なくない。
ってなこと書くと、このブログを開設当時から読んでくださっている方は、4月29日のエントリーのテレビの件を思い出していただけるかもしれないし、最近いらっしゃるようになった方も、11月12日のエントリーの紙媒体の件は記憶に新しいかと思う。
僕にとっては、別にあれらが初めてというわけでもなければ、珍しい例というわけでもない。
言った覚えのない恥ずかしいセリフを新聞に書かれて大恥かかされたという衝撃の初体験は、確か小学校4年生か5年生のときだったはず。なんせ子供のことだから、級友からもこっぴどく冷やかされ、余計にショックが大きかったのだが、「新聞なんてこんなもんか」ってのがその年齢で勉強できたのは、今にして思えばかえってラッキーだったのかもしれない。
だから僕のマスコミに対する不信感は、もうかれこれ四半世紀以上の歴史を持っていることになる(なんちゅう大げさな書き方だ)。
■ しかし今回の関西テレビの暴挙には、昔の某局による珊瑚落書きヤラセ事件(僕はこういうのもシツコク覚えてるぞ!)以上に唖然とした。
自然破壊を捏造するのもとんでもない話だが、多くの人が苦しんでいる被災地にヴォランティアを装ってもぐりこむなんて、人間の所業じゃないぞ。鬼畜だ鬼畜。
この事件はすぐに話題になって、ネット上でもバッシングはよく目にしたが(っつうか、海外に住んでるとオフラインの雰囲気はよく分からないんだけど)、僕自身が一番気になったのは、「消費者は、実際にキチンと関西テレビに制裁を加えたのか?」という点だった。
そういう視点からの批判は僕には見つけられなかったので、旬をすぎた感があるものの、月曜ネタとして書いてみようと思った次第。
■ 9月29日や9月18日のエントリーでも述べた通り、資本主義社会で企業のシステムの不具合を正すには、その企業に対して消費者がキチンとNOをつきつけることが大切だと思っている。
今回のケースでは関西テレビをボイコット、つまり同局の番組を一切見ないというのが、そのNOとしては一番手っ取り早く、そしてもっとも効果がある方法ではないかと思うのだが、いかがだろう?
視聴率が落ちるというのは、放送局にとってもっとも恐ろしい事態である。十分に制裁としての威力を持ち、不祥事抑止力になりえるはずだ。
逆に、不祥事でかえってニュース番組などの視聴率が上がるならば、不祥事は延々と繰り返されることになる。
国営放送の場合はちょっと事情が異なるが、それでも「被災地の新潟で、暴虐の限りを尽くすマスコミ(国営含む)」の最後に書かれているように、
「オタクの取材陣はヒドイので、今回の受信料は義援金に回しました」
と、各家庭が揃って口にすれば、これだって相当の効果があるはずだ。
■ つまり僕の疑問は、「果たして関西の人たちは、関西テレビを口では批判しながら、それでも漫然と関西テレビを見続けたのか、それともキチンとボイコットして消費者の責任を果たしたのか?」ということだ。
ちなみに、この「視聴ボイコット」というのは、企業に対する抗議行動としては、おそらく最もお手軽で、誰にでもすぐに実行出来るものだ。
欧米と比較すると、概して日本人は口先の批判(しかも陰口)は得意だが、きちんとした抗議行動が苦手という傾向があるように見える(なんのことはない、そういう意味で「マスコミ」と「消費者」は、よく似ているではないか!)。だから余計に、この「視聴ボイコット」という最もお手軽な抗議行動は、今の日本社会を見るときの切り口としては、一つの大きな指標になるような気がする。
つまり、「不祥事を起こした局のチャンネルを消す(変える)」という、リモコンを指一本で操作するだけの抗議行動さえ出来ない輩は、「企業を本当に批判する意思そのものがない」とみなしてもおかしくないと思うのだが、どうだろう?
■ この点が気になって調べたのだが、僕の貧弱な検索能力ではソースが見つけられなかったのであった。トホホ。
こういうときは、元KGBエージェント在米私設秘書のMMさんの力を借りるしかない。すんまっせん、お願いしますm(..)m
僕が欲しかったのは、関西テレビ全体の視聴率の推移、それも出来れば例の不祥事の前後数日間の一日毎の推移(さらに贅沢を言えば、関西他社の同データも欲しかった)なのだが、彼女の腕を持ってしてもそのものズバリのデータは出てこなかったとのこと。
実は、これはある程度予想していた。人気番組トップ10の類の視聴率は公開されていても、局全体の視聴率とかになると、そうそうそこら辺に無料で転がってるわけないだろうなぁ、と。
彼女が探して見つからないのなら、ホントにないのだろう。やっぱり思った通りだったか。
■ で、彼女が見つけてくださったのが、これ。
おぉ、さすが! これで十分、十分、傾向くらいは分かるはず!!
それではこの表を元に、ちょいと計算をしてみることにしよう。
いささか乱暴な方法だが、不祥事の前の週「11月1~7日」(以下、第一週)と当該週「11月8~14日」(以下、第二週)の2週に関して、1~20位までの関西地区の視聴率合計、および、各局の小計を出して比べてみることにする。
(ちなみに執筆時現在、当然ながらその翌週のデータはまだアップされていないので、今回はデータとして活用することが出来なかった)
で、その結果を表にまとめたのがこれ↓。
| 第一週 (%) | 第二週 (%) | |
| 関西 | 144.8 ( 38.0) | 188.7 ( 45.7) |
| 読売 | 108.8 ( 28.5) | 107.3 ( 26.0) |
| ABC | 74.2 ( 19.5) | 78.8 ( 19.1) |
| 毎日 | 33.9 ( 8.9) | 19.3 ( 4.7) |
| NHK | 19.4 ( 5.1) | 18.9 ( 4.6) |
| 合計 | 381.1 (100.0) | 413.0 (100.1) |
賢明なる読者諸氏には釈迦に説法だろうが、2週間だけ抜き出すなんて、上でも書いた通り乱暴な話だ。
さらに(こっちの方がもっと重要な点だが)、あくまでもトップ20に絞ったデータを使っているため、TV局全体の実際の合計視聴率は、ここで計算した数字とはがらりと様子が違う可能性もある。
そういう意味で、この試算は「動かぬ証拠」ではなく、あくまでも参考程度にしかならないことは、僕自身もよく分かった上でやっている。その点を念のために、予めお断りしておく。
僕だって学会に提出する論文を書いてるんだったら、もっと慎重を期してしっかりしたデータを揃えるけど、今回くらいのトピックを、無料公開されている個人(しかも管理人はヒゲロン毛裸足の野人)のブログで軽く論じる程度ならば、こんなもんでも許されるのではないかと判断した。
8月22日に紹介した「反社会学」の手法を使って、知らんぷりしてこのまま、いかにも信憑性あふれるデータのふりして「数字のマジック」を駆使しても良かったんだけど、どうも良心の呵責がねぇ……。いや、こう見えても、小心者の善人と申しますか、善良なる小市民と申しますか、まぁそういうわけでして……。
え? ゴチャゴチャ言ってないで、先に進め? ハイ、そうします。すんまっせんね、ガイドってぇヤツぁね、無駄口叩くのもショーバイのうちでしてね。
■ さてさて。
それぞれのセル(升目)の中の左側の数字は、トップ20内の番組視聴率をテレビ局ごとに単純に合計したもの。
その右のカッコ内の数字は、左の数字をトップ20の合計で割った「トップ20の中で、その局が占める視聴率の割合」だ。
ご覧いただくと一目瞭然なのだが、関西テレビはどちらの週もダントツのトップだなのだが、注目すべきは、不祥事の前の週が38.0%だったのが、不祥事の週にはかえって45.7%と、大幅にスコアを伸ばしている点だ。前週比でなんと20%増!
しかも、他社はすべてスコアを落としている。
上記のように、統計データとしては大雑把なシロモノではあるが、それを差し引いたとしても、これだけ顕著な数字が出てくると、少なくとも関西の視聴者が、関西テレビの不祥事をボイコットで糾弾しようという姿勢を持っていたとは思えないという程度のことは推察してもかまわないのではないだろうか?(回りくどい言い方……)
つまり、関西テレビはどうやら視聴者から「制裁」を受けずにすんだらしいのだ。
これじゃぁ、不祥事は再発するわぃ。新潟の被災者の皆さん、お気の毒に……。
しかし正直言って、ここまで論旨に即した見事な数字が出てくるとは思っていなかったので、僕自身ビックリした。だから余計に良心の呵責を感じた次第(笑)
■ それはともかく、結局そういう事なのだ。
マスコミの不祥事が起こった場合、茶の間は口角から飛び散った泡でベトベトになるほど批判が噴出するものの、きちんと「チャンネルを変える」「テレビのスイッチを切る」という制裁を加えるという行動に出る者は、ほとんどいないのだ。最も簡単な抗議行動であるにも関わらず……。
(と、乱暴な統計数値で断言するところが、いかにも南半球の野人)
抗議の電話やFAX、メールなどを送りつける方たちもいらっしゃることはいらっしゃる。インターネット上で批判する方々も少なくない。
もちろんそれが無駄だとは言わない。そういう行動も、口先だけの批判よりは一億倍ましだと思う(思ってなきゃ、こんなモノ書きゃしない)。
ただ相手は営利企業なのだから、「商品をボイコットされる」のが一番こたえるというのを忘れては、本末転倒の感がぬぐえない。
当該マスコミの放送を視聴し続ける、刊行物に目を通し続けるというのは、結局「不祥事を黙認する」という意味を持ってしまうのだ。
本当に批判したければ、「商品を無視する」に限る。千人が抗議電話をするよりも、十万人がボイコットする方がはるかに効果的なはず。
逆に言えば、抗議電話をかけたってブログで問題を取り上げたって、その局の番組を見てたら台無しどころか、かえって免罪符を与えているようなもんだ、ってことになる。
極端な言い方をすれば、不祥事で売り上げが落ちないどころか伸びてしまうとすれば、「どんなえげつない手を使ってもいいから、話題を作れば視聴率(購読数)が伸びる」と思うのは、営利企業としてはある意味では健全な発想とさえいえるのだから。なんせ、営利企業の最大の命題は「利益をあげること」に他ならないのだ。
■ マスコミの奢り高ぶった不祥事が後を絶たないのには、そりゃ色んな要因があるだろう。
ネット上でいろいろと議論されているように、内部からの自浄も求めなくてはならないと思う。それについては異論はない。しっかり自浄してもらおう。
しかし重ねて言うが、やっぱり相手は営利企業なのだ。営利企業の仕事ぶりが「一向に改善されない」のは、つまりそれを「消費者(=視聴者、購読者)が許しているから」という一面があるということを、我々は心に留めておくべきだろう。
最終的なところで「結局は消費者に許されてしまう」のなら、自浄だの自粛だのを求めたって徹底されるはずがないではないか。ただでも、日本の企業は不祥事や問題が再発しないようにシステムを改善するのが苦手で、とりあえず嵐が過ぎるのを頭を低くして待つだけ、という傾向を持っているのだから。
っつぅわけで、しっかりしてください>関西テレビ受信圏内の皆さん
いや、関西の方だけに言ったって仕方ない。今後の話として、マスコミが不祥事を起こしたときは、テレビ・ラジオだったら当該局の視聴をストップする、新聞・雑誌ならば講読をストップするという形で、是非ともキチンと「NO」を突きつけるようにして欲しいと思う。
極端な話、今回のように地方局が不祥事を起こしたら、全国の系列局すべてがボイコットされてしまうくらいになれば、自ずからマスコミは変わってくるはずなのだ。
マスコミだけに良識や自粛を求めたってダメなんだから。視聴者だって良識と、ある種の痛み(この場合は、例えば見たい番組を我慢すること)を覚悟しなきゃ。
■ 僕? もちろん不祥事発覚以降は、関西テレビのみならず、系列局も含めて一秒たりとも見ていないです、ハイ。
ってのは海外在住者が口にするとちょっと性質の悪いイヤミな冗談かもしれないけど、実際のところ、僕は普段から一貫してマスコミに「NO」を突きつけ続けておりますです、ハイ。
なんせ、元々昔っからテレビも見なければ新聞も読まない人間なんでございます、ハイ。不祥事を起こす会社の媒体なんて、なおさら。
テレビや新聞に目を通さなくても死にゃしないどころか、かえって心安からか健康に生活できるくらいのもんでして、ハイ。
さらに、自分が関わった媒体がいい加減な仕事をした場合は、ご存知のように仕事が今後こなくなるリスクも省みずに、すぐに直接噛み付いておりますです、ハイ。
だから案の定、ライターとしては仕事がちっとも増えやしない(笑)
仕事くださいm(..)m>新聞でも雑誌でもWebでも好き嫌いは申しません、トピックも贅沢は申しません
でも道理に合わないことされたら、すぐに噛み付きますので、お覚悟の程を(爆)
(この一言多い性格を何とかしないと、文筆家としてはちゃんと食っていけないかもなぁ……)
■ ところでこの話をしていたら、家人が突然スッゴイことを言い放った。
「まったく、新潟のヤクザは何ヤッテルの!
住民が困ってるとこに、そういうとんでもないヨソモノ(マスコミのこと)が町に流れ込んできたときこそ、ヤクザの出番でしょ!!
広域なんとやらっていうんだったら、そういうときこそ全国からヤクザが集まってきて被災地守らなきゃダメじゃないの!!!」
視聴率を下げて制裁を加えろっていう話をしてるところにだな、いきなり「ヤクザ」なんて単語が出てくると、さすがの脱線大王の僕も面食らっちまっただよ(^^;
い、いや、まったくおっしゃる通りで。そういうときこそ、「オラが町の○○組の親分さん」が諸肌を脱いで住民を守らなきゃね。任侠道っていうのは、そういうときのためにあるんだよね、ウン。
すると調子に乗った家人、続けて、
「だいたいねぇ、最近の中学生なんかがチンピラみたいなことしてるのも、ヤクザがだらしないからじゃないの!」
と鼻息が荒い。
いや、確かにそれもごもっとも。町で良家の子女がチンピラまがいの粋がり方してるとこに「おいボーズ(オジョーチャン)、んなとこでヤンチャされると、オレ達の面目がなぁ」ってたしなめてあげる「立派な大人」が必要なのだ! そーだ、任侠だ、任侠!!
でもねぇ、今回の話題からはちょいと脱線気味では……。被災地の話を……。
って、余談大魔王の僕が、他人のこと言えた義理じゃないので、黙ってしばし拝聴……。
で、気持ちよく自説を披露し終えた家人、最後にダメ押しの妙案、
「それでね、ヤクザもちゃんとブログを書くの。『今日はヴォランティアを装った関西テレビの取材班を発見した。いつも通り、迅速かつ秘密裡に処理したが、その方法は……(続きを読む)』なんて具合に」
それって、(続きを読む)をクリックすると、ログインIDと所属組織名とパスワードを入力しろって言われんじゃないの?(笑) 何が書いてあるんだろう、コワイねぇ、見たいねぇ。
■ 暴論ではある。ではあるのだが、でも家人はきっと正しい。
僕自身は、そこに思いが至らなかったのが恥ずかしいと感じるのだから、やっぱり家人はたぶん正しい。
ほら、世の中には「毒を持って毒を制す」という言葉だってあるではないか。先人もそうおっしゃってるのだから、家人はおそらく正しい。
そこで、今回の新潟でヤクザ屋さんはどういう活動をしているか調べてみた。
そういえば、確か阪神の震災のときも、どこかの暴力団が支援活動に尽力したという話があったことを思い出したので、これもあわせて探した。
ところが、やっぱり出てこない。
あぁぁぁ、検索が下手糞だぁぁぁ。一回MMさんのところにお邪魔して、検索の集中講座をうけてこなきゃダメだなぁ。
米国留学か。それもいいかも。ついでにサンタフェ研究所も見学して来て、構想実現をもくろむか?
すんまっせん、これもお願いしますm(..)m>MM先生
■ さすが諜報部員並みの検索能力を誇るMM師範、こちらはすぐにポンポンポンといくつか探し当ててくださった。ありがとございますm(..)m
で、まず新潟に関して日本国内で彼女が唯一探し当ててくれたソースがこれ。
いかにも2ちゃんねるらしい「噂話」レヴェルのスレッドで、ソースとしての信頼性はあまり高くないのだが、「火のないところに」という原則に従って「やっぱり支援活動している暴力団もあるらしいね」という程度の確認(?)にはなるかな。
このスレッドの中には、阪神のときに山口組事務所で炊き出しをしたらしいという記述も出ているが、阪神に関してはMMさんはもう一つ、もっと信憑性の高そうなソースを見つけてくださっていた。
あの一連のオウム事件のとき、それまで馴染みのない顔がたくさんブラウン管に現れたが、その中で強烈に僕の印象に残ったのが、この遠藤弁護士だったが、そっかぁ、亡くなってたんだ……。しばし合掌。
しかし、山口組が支援活動を行った裏に、遠藤弁護士の影響があったというのは、なかなか良い話だな。
とにもかくにも、新潟にも暴力団の支援活動の「噂」はあるし、阪神の場合は事実だったらしいことの確認は取れた。
ちなみに暴力団ではなく右翼団体の方は、公式に支援活動をしていることが述べられている。例えば↓
■ 日本語サイトがダメなら、英語サイトがあるさ!
実際、これが海外にいくと、もう少し信憑性の高そうなソースが出てくるのだ(って、MMさんが見つけてくださったんだから、偉そうな口きくな!>野人)。
まず新潟だが、こういうのがある。
◇[ Capital Letters: Justin Mccurry in Tokyo ]
MMさんによると
英国ガーディアン誌に載った「らしい」記事。実際のガーディアンのアーカイブサーチではヒットしていません
とのことだが、いかにもジャーナリストが書いたと思われる記事の中に、
The homeless turned to the city's well-organised mafia for emergency food, water and clothing
という一文が見える。なるほど。
一方の阪神の件は、「泣く子も黙る英文Wikipedia」(by MMさん)に、
と、下から5段落目に
For example, immediately after the Kobe earthquake, Yamaguchi-gumi whose headquarter are in Kobe mobilised itself to provide disaster relief services, and this was reported by media as a contrast to the much slower response by the Japanese government.
という記述がある。
ちなみに、日本語版Wikipediaの中にはソースがなかったとのこと。アハハ、さすが日本語版だ。
さらに、なんとNASAの教育系情報発信サイト内にもチラリと。
下の方に"Yamaguchi-gumi, a Japanese Organized Crime Syndicate, Pitches in to Help Victims of the Kobe Earthquake."と題された一章があり、上記Wikipediaと同様の内容に加えて、「義理」「人情」という言葉まで説明してある。
■ ここで得意技の余談。
「ヤクザ」に関するトピックの検索結果が、ご覧いただいた通り日本語サイトだけではちゃんとした資料が出てこず、英語サイトを活用してやっとある程度形になるという事態になった。
日本特有のトピックでさえこれだもの(他の例だと、日本の差別の実態が、オーストラリア発行の旅行ガイドブックにさえ書かれているということは、以前話題になったエントリーで述べた通りだ)、世界共通のトピックを比べたとき、日本語情報と英語情報に、どれだけ量・質・バイアスの差があることやら、考えただけでもおそろしくなる。
こういう例を目の当たりにすると、日本語で流れてる情報など氷山のほんの一角に過ぎないということを、改めて思い知らされるではないか。
僕には、MMさん以外にも検索の上手い友人が何人かいる。日本語サイトの検索ならば、ひょっとするとMMさん以上かもしれない知人もいる。
それでもなぜMMさんにお願いするかといえば、彼女が彼らの中で最も語学が堪能だからだ。日本語サイトも英語サイトも完全に活用できるゆえに、彼女の検索結果が最も信頼性が高いと思えるからだ(今月10日のエントリーのコメント欄で明かになった通り、彼女は中国語のサイトまで検索してしまう!)。
デジタル・ディヴァイドということが言われている。主に「ハード」を持つものと持たざるものの格差という視点で語られることが多いような気がするのだが、そうしたデジタル機器の能力やネットインフラの格差もさることながら、結局のところは最終的には語学力と検索能力という「ソフト」がモノを言うんだろうなと、改めて痛感する今日この頃。
しかしなぁ、僕の場合は検索能力をなんとかしないとヤバイぞ……。米国留学かなぁ、マヂで……。
■ 話を戻す。
MMさんが多忙な中ご尽力下さったにも関わらず、残念なことに海外サイトをもってしても、家人の言うような身体を張ってハイエナ・マスコミを阻止しようとしたヤクザの美談は、やっぱり出てこなかった。
やっぱり、そういう事例はないんだろうかねぇ。もしあれば、きっとどこかで話題になってるはずだが、それをMMさんが探し出せないという可能性はかなり低いもんなぁ。
ホントはね、炊き出しなどの普通の支援活動もさることながら、こういう有事にはそれぞれの「得意技」を活かした活動をする方が効率が良いわけで、ならばヤクザ屋さんたちには、やっぱりアホなマスコミを排除して「市民を守る」という活動をしていただきたいと思うのだ。
もちろん、「広域」と呼ばれる全国的なネットワークを活かして支援物資をどんどん運び込んでいただくっていうのも、是非ともお願いしたいところなんだが、でもやっぱりヤクザ本来の使命、「自分の縄張りを、余所者に荒らされないように守る」っていうところでがんばっていただきたいのだが。
暴力団新法? こういう非常時に、しかも「市民を守る支援活動中」のヤクザ屋さん相手だったら、そんなにカタイこと言わずにちょいと特殊な運用したっていいじゃないの。そういう「非常時における法の適切な運用」だって、立派な支援活動、復興運動の一環のはずだぞ。
■ 取材を妨害されたハイエナ・マスコミは、いっせいに叩きに走るだろうけど、ヤクザ側に理があるならば、最初に説いたとおり我々が「視聴・購読ボイコット」でヤクザの肩を持てばいいじゃないの。
問題は、マスコミが完全に足並みそろえていっせいに「報道の自由の侵害!」、「報道は暴力には屈しない!」などと言って暴力団叩きキャンペーンを始めたときに、「いや、それはオカシイ!」と言える一般視聴者がどれだけいるかだろうか?というところに帰結してしまうんだけど……。
ネット上では「おかしい!」という人はたくさん現れるだろうが、それをオフラインの世界のボイコット・ムーヴメントにまで広げることが出来るか?
結局最後の最後に、ハードルの高い課題が残ってしまったか……。
■ と、ここまでが今日の本題。
こっからは脱線のボヤキなんだけど、しかしまったく、今回の震災では、周辺で嫌な話ばかりきくぞ。
もう面倒だからソースを引用しないけど、新潟の震災をネタにしたオレオレ詐欺の被害も広がっていると聞く。もうこんなの、外道、畜生、鬼畜、虫ケラだ。
悪党にだって、悪党なりの仁義ってものがあるんじゃないのか?
詐欺やるんだったら、話を聞いたこっちが喝采したくなるような見事なカラクリのカゴ抜けで、悪徳成金から金取れってば。
こういう仁義もへったくれもない連中が横行するのも、家人の言う通り、プロのヤクザ屋さんが「本物の仁義」を見せてくれなくなっているからかもしれない。
あと、もうあちこちで紹介されて有名になったページだけど天漢日乗「2004-10-26」のコメント欄を見ると、
2ちゃんの偽善的な団結力と、わかったつもりの日記ほどはたからみてこそばゆいものはない
などと抜かしている馬鹿がいる(こういうハンドルネームを使ってくれると、こっちは気楽でありがたい)。
僕は2ちゃんねるは嫌いで、普段は足を踏み入れないんだけど、それでも実際に行動している人は尊敬する。十把一絡げにしてこうやって実際に手足を動かして支援活動している人まで揶揄するような馬鹿が現れるとなると、もう世も末だと感じざるを得ない。
■ というわけで、今日のまとめ。
- 企業の不祥事は、「ボイコット」で糾弾しようではないか(by 野人)>ALL
- 非常時には、がんばって「オラが町」を守ってあげてください(by 家人)>任侠な方々
- 日本では、「2ちゃんねる」が重要な情報ソースです>それでいいのか、ジャパン?
- 論旨に都合の良いデータが出てきて、大変助かりました>MM様
■ 今回のは一応マスコミ批判記事なので、週刊!木村剛「ブログはマスコミに報いる庶民の一矢だ!」にもトラックバックしておく。
って、これをマスコミ批判記事と呼んでも良いのだろうか?(^^;
ま、いいやね、なんせダウンアンダーの野人の放言だから。
■ 追記(11月23日)。
えぇいついでだ。週刊!木村剛「頑張れ!マスコミの良識派たち!」にもトラックバックしておくぞ。
僕だって、マスコミ内部の自浄作用に期待したいことは期待したいからね。
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■ 「よし、ボイコットするぞ!」と鼻息が荒くなった方は
を、「任侠、しっかりしてくれ!」と思ったエキセントリックな方は
を、「MMさんの検索能力、素晴らしい!」と思った方は両方をクリックしておいて下さいな。
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/1068
Excerpt: 『Ryu's Logbook』さんのブログにTB!!(去年、中学生だった息子が
From: ヤースのへんしん
Date: 2004.11.22
Excerpt: 「関西テレビの記者がボランティアを装って取材活動した」との記事。私も読みました。もう何とも言いようがありません… あれだけマスコミ批判が高まっているにもかかわらず。それ...
From: ガ島通信
Date: 2004.11.24
全くこっ恥ずかしいったらありゃしない>上司の究極の誉め殺し攻撃。
頂いたお言葉に見合う実力を付ける様に今後も精進致しますデス。
でも、外国語に「堪能」と言うのは真っ赤な嘘ですよ。
日本語も英語も中途半端で不自由しているんですから・・・
読者の皆様で出所の確かなソースをお持ちの方(新聞のスクラップ等)がいらっしゃればよいのですが。
さて、
実はソースとしては信憑性に欠けるという事で南半球にお送りしなかった英文サイト
http://www.sensorium.org/sensingjapan/interview/tsumura/
に面白い話が載っておりまして、
阪神大震災の際に某ヤクザさんが真っ先に簡易風呂サービスを提供したのですがほんの短い期間のみに終わり、それに取って代わってやってきたのは自分を仏陀の生まれ変わりと謳っている教祖がいる系カルトだったとか。
という事で、支援に関しては当初の意図の純粋さはともかく、世に知れた時点では本当の仁義と言うよりは任侠売りのマーケティングの要素の方が強かったかも知れませんね。
ちなみにこのサイトには他にも頭を抱え込んでしまうような震災時の体験者語録(例:ベトナム人コミュニティーでは自衛隊がやってきてクーデターを起こすという噂がまことしやかに流れていた)がザクザクとありますので、英語に負けずにみなさんも斜め読みなさって下さい。
眼鏡マークの有名検索サイトで拾えばベータ版の自動翻訳が出来ますから、それを元に・・・と言いたい所ですが、今見たら翻訳された日本語を見たほうが余計分けがわからなくなっているのでお勧めは出来ません。辞書を片手に、が無難ですね。
それから、
国内のニュースの裏が国内ソースで取れないって言うのは結構顕在化しているのではないですか。
記者クラブと言う名の下に自主検閲かけちゃっている某国のソースに2ちゃんが上がってくるのは仕方がないところでしょう。
こちらもイラク情勢では国内のニュースはプロパガンダにしか思えないものが多いのでついついBBCやNHK国際放送の情報を仕入れては自分で「思想のマニュアル修正」をしている始末です。
> 信憑性に欠けるという事で南半球にお送りしなかった英文サイト
フム、信憑性はともかく、面白いサイトじゃないですか!(笑)
> 国内のニュースの裏が国内ソースで取れないって言うのは結構顕在化しているのではないですか。
これが、結局今あちこちのブログで議論になっている「既存メディアvsブログ」の論点の一つになっているのでしょうね。
(個人的には、この単純な対立図式事態に疑問を持っていますし、ブロガーに既存メディアを上回る取材力も期待していませんが)
> こちらもイラク情勢では国内のニュースはプロパガンダにしか思えないものが多いのでついついBBCやNHK国際放送の情報を仕入れては自分で「思想のマニュアル修正」をしている始末です。
僕も、ついこの間まではやっぱり英語で読むのが億劫なので、日本語で読めるものはなるべく日本語で、という感じだったのですが、最近は日本語だけで情報を仕入れることに恐怖を感じるようになってきたので、我慢して英語情報にも目を通すようにしていますが、なかなか難しいっすね。
> 世に知れた時点では本当の仁義と言うよりは任侠売りのマーケティングの要素の方が強かったかも知れませんね
僕はね、個人的にはそれで良いと思うんですよ。
「任侠道」に限らず、「~~道」全般に関してなんですが、僕はその類のストイシズムよりも、やっぱりマーケティングをきちんと考えたプロフェッショナリズムの方を信用してしまう人間なんです。
言い換えると、ストイシズムやヴォランティア精神で動いている人間よりも、「金のため」に動いている人間の方が信頼できる、という感じです。
別にヴォランティアをやっている人間が信頼できないとか、そういう意味ではないのですが、まったく同じ仕事をしている人間二人を見比べたとき、無給でやっている人間と金取ってやっている人間がいれば、やっぱり金取ってる方が良い仕事するだろうな、と考えてしまいます。
例外は、無給の人間の動機が「信仰心」の場合ですね。
信仰心は、金よりも強いモティヴェーションになる場合が往々にしてありますから、これはヴォランティアといえども侮れなかったりしますが。
ま、信仰の話はこれまたキリがないんで深入りはしませんが、そういうわけで、僕個人としては「任侠道」というカラーを演出するためのマーケティング手法を暴力団が使うのは、ある意味当然だと思います、それで良いんじゃないかと思います。
いまどき任侠や仁義なんていうマーケティングスタイルとるのは、勇気がいると思いますよ。
だって、任侠や仁義というスタイルでマーケティングしちゃったら、女子高生相手にシャブ売るにくくなるでしょ?(笑)
というわけで、本音はどうあれ、「任侠道」「仁義」を演出するために、ハイエナを追っ払ってくださいまし>任侠なお兄様方
Posted by: Ryu : November 22, 2004 10:43 PM視聴率の話ですが、
実は更に数週間遡ると丁度地震発生前後の視聴率なんかもわかるのですが、その頃の関西地区の上位番組は全部NHKのニュース(様々な時間帯のものが複数)なのです。
で、関西テレビと言うのは某お台場テレビ局の系列局でして、関西での人気番組を提供している訳ですね。
ですから、地震のせいで暫くニュースに流れていた視聴者が落ち着いた頃に又普段の番組に帰ってきたと言う動向が数字の増加と言う形のリバウンドで表面化しているのでは、と、私は思っています。
時間があったらその週に関西テレビが目玉番組でも放映したかどうかも確認して、更にその番組の全国規模での視聴率なんかも比較してみれば傾向はより顕著に現れますね。
私設秘書の今週の課題とします・・・って、今週はサンクスギビングで日本の暮れ・正月並みの忙しさなので来週頭になってから取り掛かってもいいでしょうか>上司殿

