October 1, 2006
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June 30, 2005
ツーリズム・ガイドと、エクスペディション・ガイド。
■【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れ。南西風次第に落ち着く。(高)14度、(低)2度。
[海洋気象] (エイベル)
【暴風警報】南西35ノット、昼前に20ノットに落ちる。非常に荒い海況次第に落ち着く。午前中のにわか雨中視界不良、次第に晴れる。
向こう三日間:金曜夕方変風5~15ノット、土曜早くに北10~20ノット、日曜北東25~35ノット海況荒い。
[潮汐表] (ネルソン)
High 03:55 AM 3.6 m Low 10:10 AM 1.1 m
High 04:35 PM 3.4 m Low 10:47 PM 1.3 m

© Copyright Meteorological Service of NZ Ltd
■昨夜は遅くになって雨が降り始め、風も強くなった。今朝はすでに暴風は止んでいて、風も上空で15kn程度。快晴。
しばらく不安定な天候になりそうだが、実はごうちゃんたちが遊びに来たのにあわせて(かこつけて?)二週間ほど休みをとっているので、いくら荒れてくれても知ったこっちゃない。でも、今日は良い天気だ。散歩にでも行くか。
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■『ガイドのつぶやき』の番外編。
5月28日のエントリのコメント欄が、面白いことになってきた。例によってコメント欄に埋もれさせておくにはもったいない流れになってきたので、本編に引越しさせることにした。
別ウィンドウが開くようにしたので、まずこちらをクリックして読んでみてください。
◎「118」と「ch16」
ご覧の通り、waka moana氏と僕の話のメイントピックは、名ガイドの誉れ高き新谷暁生氏だ。
■コメント欄でwaka moana氏がおっしゃる通り、おそらく日本シーカヤック界で新谷氏のことを論ずるのは、タブーなのだろう。理由は、やはりwaka moana氏のご指摘通り、彼が「伝説の先輩」だからなのだと思う。
これは、新谷氏に限った話ではなく、僕がパドルの向くまま、気の向くまま「プロガイド論」を執筆するまでは、十年選手、エクスペディション成功者などの「伝説の先輩」と目される人たちが、議論の的となることはほとんどなかったように思う。
その中でも特に新谷氏に関しては、いまだに批判の声を耳にすることがない。「極めつけのタブー」、「伝説の先輩の中でも、とびっきりの伝説」なのか。
確かに、キャリア・技巧・エクスペディション実績といった部分で序列が決まってしまう「コミュニティ」の中では、新谷氏に対する批判が表に出てこないのは、当然といえば当然だ。
加えて、彼のお人柄は素晴らしいと聞いている。ならばなおさら彼をあえて批判するようなバカはいない、というものだ。
だから「タブー」以前に、きっと「裏」をのぞいてみても、議論や批判そのものが存在しないのだろう。
■そういう意味で、「コミュニティの外」からこうした「新谷暁生論」が出てくるのは大変に面白いことだし、waka moana氏同様に「外部」の人間である僕としては、それを正面から受け止める義務があると思う。
なんせ、僕の「プロガイド論」は、そもそもこうした「キャリア・技巧・エクスペディション実績によって序列が決まる世界」を「アマチュア・カヤッカーの世界」と断じ、プロガイドとはそうしたヒエラルキーとはまったく一線を画するまったく別の存在であり、アマチュアがステップアップした結果プロになるわけではない、と説いたところから始まったのだから。
とはいえ、これは実際には「新谷暁生論」というよりは、彼を例にとった「もう一つのプロガイド論」。
今後の日本のツーリズム業界、特にアドヴェンチャー・ツーリズムやエコツーリズムといった、アウトドア系ツーリズムを考える際に、しっかりと認識しておかなくてはならない「もう一つのアウトドアガイド」のことを考えるのに、新谷氏は極めて興味深い象徴的存在なのである。
というわけで、新谷暁生氏ご自身を「批判」する意図は、まったくない。象徴的存在として、僕なりに「分析」させていただくだけ。そのことは、まず最初にお断りしておく。
ま、ともかく、久々の長文をどうぞ。
■新谷氏の話をする前に、まずその前提となる一般論から始める。
僕はwaka moana氏の「コミュニティ&先輩」という見方、及びその延長にある
こういった人間関係のあり方は、ツーリズム産業とはあまり相性がよろしくないと思います
というご意見に、大賛成だ。
上記の通り、僕はこれを過去に「アマチュアカヤッカーのヒエラルキー」と論じたことがあるが、「クラブ体質」というwaka moana氏の分析もそれに類するものだと思う。
一般消費者はwaka moanaさんの分析通り、「先輩」も「修練」も「コミュニティ」も求めず、その代わりに「その場限りの対等な取引」を望んでいるだろう。そしてそうした「フェアなビジネス」を望むメンタリティは、今後ますます強くなってくると思う。
特に世界的なエコツーリズムの流れまで考えに入れると、今後は海外からの顧客層も無視できないが、外国人観光客には「コミュニティの先輩」などという日本特有の価値観がまるで通用しないことは、言うまでもない。
少々余談気味だが、日本のアウトフィッターが良く口にする言葉に、「ウチの客」というものがある。これは僕がもっとも忌み嫌うセリフの一つだ。お客様は、誰のものでもない。これほど人をバカにした失礼なセリフも珍しい。
この忌まわしい言葉が、日本のほとんどのアウトフィッターの口から発せられるという嘆かわしい事態の背景は、waka moana氏の「コミュニティ」という考え方で簡単に理解できる。「アウトフィッター=クラブ」、「常連客=クラブ員=ウチの客」という発想だ。だから「ウチの客」が他所に移ると、感情的トラブルに発展する。
なんのこっちゃ……。それって「オレの女を取った!」っていうのと、まったく同次元のメンタリティだぞ……。
これは言うまでもなく、今後の消費者が求めている方向性ではない。
ま、それはともかく。
■その一方で「先輩」を求め、「コミュニティ」の一員となりたがるマーケット層があることも事実だ。特に日本人に限れば、本格的に「はまって」いく人の場合は、そういう方向性をむしろ強く求める傾向さえあるようだ。
言いかえれば、アウトフィッターに「ウチの客」と認められて喜ぶ人が、少なからずいるわけだ。今までのマーケットは、そういう人たちを中心に構成されていた、と表現してもいいかもしれない。よって、今まではこの仕組みが機能していたわけである。
しかし、今後のことも視野に入れて大きな視点で考えれば、やはりそれはあくまでもニッチマーケットに過ぎない。だからこそ、今この業界が伸び悩んでいるのではないか。
アウトドア雑誌の定番企画「やってみたいアクティヴィティは?」の類のアンケートで、カヌー・カヤックはだいたいトップ常連だ。にもかかわらず、一向に定着する気配がないのは、一般消費者の求めているものと業界が提供しているものに、大きな差があるからに他ならないと思う。
つまり、過去にも何度も論じてきた僕なりの「プロガイド」の基準に照らし合わせれば、「コミュニティの先輩」的なガイドのあり方は、アマチュア・クラブ・リーダー的であり、よってプロとしては「邪道」ということになる。
ここまでが前提となる一般論だ。過去、僕の発言を読んできてくださってる方にとっては、特に目新しい点はないかもしれない。
が、こっからまったく新しいこと書くので、ここらでコーヒーでも淹れてきて腰をすえてください。
■さて、ここで新谷氏に話を戻す。
冒頭に書いた通り、彼が「コミュニティの先輩」的なガイドの頂点に位置する方の一人だというのは、間違いのないところだろう。よって、前段の話の流れからすれば、新谷氏も「邪道」ということになるはずだ。
しかし。
ここまでの論旨と矛盾して聞こえるのは承知の上だが、僕は新谷氏の存在は排除すべきどころか、「非常に貴重」だと感じている。以下、その点を論じる。
■過去にはあえてこの点を明確に論じたことがなかったのだが、僕は「アウトドア・ガイド」には二種類あると考えている。
過去何度も論じてきたのでもうあまりしつこくは繰り返さないが、一つ目のガイドは、ツーリズムというサーヴィス産業の中で、顧客に上質な商品を提供する役割のことだ。フィールドの違いこそあれ、基本的な立場はバスガイドや旅行添乗員と同じである。こういうガイドは「コミュニティの先輩」であってはならない。
今日のエントリの中では、このタイプのガイドを、「ツーリズム・ガイド」と呼ぶことにする。過去に単に「ガイド」と呼んできたのは、こちらのタイプのこと。
いうまでもなく、僕は完全にこのタイプだ(よって僕に対する批判は、ご遠慮なくどうぞ。僕は貴方の「先輩」ではない)。
一方、そういう枠にはまらないガイドも、ごく少数ながらアウトドアの世界に存在する(つまり添乗員やバスガイドの世界には存在しない)。
例えばこのブログにも、昨年6月1日や今年1月27日のエントリで、南極基地で科学者の野外調査活動をサポートするアウトドアガイドがいることを書いた。あるいは過去の数々の探検や冒険にも、「先導者」としてのガイドがいた。
こうしたガイドは、いうまでもなく「ツーリズム」の枠には収まらない。この手のガイドの責任範囲は、あくまでも「安全確保」だけで、「サーヴィス」は二の次だからだ。
つまり「グループ・リーダー」と限りなく同義なのだが、あえて一つ違いを挙げれば、ガイドは「外部から金で雇われた人間」である、という点になるだろうか。自発的に集まったメンバーの中から選出された「ヴォランティアのグループ・リーダー」とは、この点で区別できるかと思う。だから、エクスペディション・グループには「リーダー」と「ガイド」が共存している場合も、当然ある。こういう場合はグループマネージメントはリーダーの役目、ルートファインディングと危機管理はガイドの役目、という形で役割分担されることになるだろうか。
ま、こうした細かい点はさておき、ここではこうしたガイドを「エクスペディション・ガイド」と名づけておく。
もちろん新谷氏は、まさしくエクスペディション・ガイドに他ならない。
以上が「二つのガイド」の定義だ。
世間一般にイメージされるガイド像は、そのニュース性ゆえに「エクスペディション・ガイド」の方だろう。
しかし僕自身は、今までガイドを論ずる場合に、「ツーリズム・ガイド」の方だけをとりあげ、「エクスペディション・ガイド」の存在をあえて無視していた。なぜならその話題性の大きさとは反対に、数の上でも需要の上でも後者が無視できるほどに微々たるものだからだ。またエクスペディションそのものが、今後産業として発展していく可能性も、極めて小さいと思う(「エクスペディション風の商業ツアー」は、逆に発展の可能性があるが)。また、そもそも「別業種」ゆえに、門外漢である僕が語る資格はない、という気持ちもある。だから、普段は僕は「エクスペディション・ガイド」については語らない。
しかし今日はとりあげる。
あ、そうそう、ここではっきりと断言しておきたいのだが、「ツーリズム・ガイド」と「エクスペディション・ガイド」の間に、「職業的な優劣」はない。あるのは、あくまでも守備範囲の「違い」だけである。
とはいえ、その差は小さくない。ハッキリ言えば、まったく違う仕事だ。サーヴィス業たるツーリズムに属する前者と、それに属しない後者には、むしろ共通点が少ないといった方が良いくらいだ。
具体的に言えば、前者の責務は「安全確保」と「カスタマーケア」の両方で、表面的には「カスタマーケア」の占める割合が大きい。一方の後者は「安全確保」だけが責務だ。
以前から「インストラクター」と「ガイド」は、まったく異なる業種であることを主張しているが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に「ツーリズム・ガイド」と「エクスペディション・ガイド」はまったく方向性の違う仕事だ。
■さて、ここでようやく、新谷氏のことに話が戻る。
こうした視点で彼のことを見直してみると、彼がいかに優れた「エクスペディション・ガイド」であるかが良く分かる。彼は世界的に見ても、間違いなく超一級のエクスペディション・ガイドだ。
僕には逆立ちしても真似の出来ないジャンルの超一流ガイドとして、素直に尊敬する。僕だってもしホーン岬を漕ぐなら、絶対に新谷氏にガイドを依頼する。
つまり、彼がいつも本当に「真のエクスペディション」ばかりをやっていらっしゃるのなら、難しい問題は何も起こらない。
ここからがややこしいのだが、彼が普段知床でやっていらっしゃることは、あくまでも「商業ツアー」、つまり「ツーリズム・ガイディング」なのだ。いくら「エクスペディションっぽいテイスト」を売りにしてみても、一般マーケットを対象に「商業ツアー」として売り出している以上、どう言いつくろってみたところで「サーヴィス業たるツーリズム」であることからは逃れようもない。ならば「ツーリズム・ガイド」として仕事に臨むしかない。
ところが彼自身は、それをあくまでも「エクスペディション・ガイディング」と捉えていらっしゃる節がみうけられる。
これがややこしい点だ。
waka moana氏が言及された、新谷氏の文章の中に散見される「論理的矛盾(認識論・存在論上の錯誤)」は、結局ここのところに起因しているのではないうかと思う。
■もちろん、「商業ツアー(=ツーリズム・ガイドの仕事)」の場合も、「修行」などを前面に打ち出した商品開発&宣伝をすること自体は、「可」だ。
「誰にでも出来ますよ、簡単ですよ」という常識的な手法があるならば、逆に「キツイぞ、冒険だぞ、覚悟して来いよ」というニッチ狙いの手法だって、当然「あり」だ。
どちらを選ぶかは、その業者の自由。前者を選べばマーケットが大きい代わりに、ひ弱で依存度の大きなお客様のケアのために、日々の現場業務は増える。逆に後者はマーケットが小さい代わりに、お客様の自立度が高くなるので現場業務は楽になる。
別の言い方をすれば、「客に選ばせるマーケティング」と、「客を選ぶマーケティング」の違いだ。
その辺のさじ加減が、そのアウトフィッターの個性・スタイルとなる。
しかしその「キツイ冒険ツアー」だって、一般消費者向けに売っている商品である以上は、否応なくサーヴィス業の枠内におさまってしまう。上にも書いたとおり、あくまでも「エクスペディションっぽいテイスト」を強く打ち出した「商業ツアー」なのである。いくら「キツイぞ、覚悟しろ」と宣言したところで「サーヴィス業の呪縛」から逃れられるわけではない。
言葉を変えれば「キツイぞ、覚悟しろ」というのは、顧客を絞り込むための「宣伝文句」であり、決してサーヴィスを放棄するための「免責宣言」であってはならない。
ところが「本物のエクスペディション・ガイド」は、元々サーヴィス業の世界の住人ではない。ここが難しいとこだ。
■新谷暁生氏という「エクスペディション・ガイド」の存在は、この上なく貴重である。世界の宝といってもいいだろう。彼に対する数々の賞賛も当然である。
それゆえに、彼が「ツーリズム・ガイド」としても大きな「商品価値」を持ってしまう、という現象が起こる。つまり『トップ・エクスペディション・ガイド 新谷暁生』というブランドのもとに顧客が集まるわけだ。
そしてそういう顧客層に対しては、「ブランドの威力」と「素晴らしいお人柄」という二つの強力な武器が威力を発揮し、「ツーリズム・ガイド」としての仕事がきちんと成立してしまうのである。
僕自身は彼の仕事ぶりを拝見したことはないものの、僕が持つ情報を総合して考えるとこういうことになる。そして、おそらく非常に事実に近いのではないかとも思っている。
■これは「邪道」か?
答えは「NO」だ。邪道ではない。
結果が出ているなら、こういう手法でも構わない。だから「新谷暁生は、優れたツーリズム・ガイドでもある」といって構わないと思う。
しかし、他人が真似できるものではない。
以前書いた通り、ツーリズム・ガイドの仕事は「教科書通りやったから合格」というものではなく、最終的にお客様を満足させれば良いのである。プロの世界は、結果オーライ、結果がすべてである。正攻法で玉砕してほめてもらえるのはアマチュアの世界だ。プロは必ず成功しなくてはならない。奇策でも一向にかまわない。
つまり「ツーリズム・ガイディングの定石」を無視して、「エクスペディション・ガイディングの手法」で「ツーリズム・ガイド」をやったって、ちゃんとした結果さえ出せるならば、一向に差し支えはないというわけだ。
例えば教科書的にいえば、「ツーリズム・ガイド」がお客様に失礼な口をきくのはタブーだ。
だがTPOとガイド自身のキャラクター(あるいはガイディング技術)次第だが、お客様に「あほぉ!」と怒鳴ることが許されてしまう場合もある。誰にでも出来る真似ではないが、言われた本人も含めて、その場の全員が心の底から笑っているならば、それは素晴らしいガイディングだ(新谷氏がそういうことをやってらっしゃる、という意味ではない。あくまでも一例)。
これがガイディングの難しいところでもあり、楽しいところでもある。
ミュージシャンからこうした「型破りタイプ」の例をひけば、ギタリストのジェフ・ベック、ベーシストのジャコ・パストリアスなんてのがこのタイプだろう(たとえが古いかなぁ)。野球選手なら、さしずめ野茂英雄だろうか。
彼らは凄まじいプレイヤーだけど、凡人がいくら真似してみても本当の意味では「上手く」はなれないだろう。なぜなら彼らのスタイルは基本からあまりにかけはなれているから。
でもオリジナルである彼ら自身は、きちんと結果を出す超一流プレイヤーだ。
「エクスペディション・ガイド」としては、おそらく新谷暁生氏はオーソドックスなタイプだ。
その一方で新谷暁生氏という「ツーリズム・ガイド」は、これらの「型破り」な存在なのだろう。だからこそ、僕自身は彼の存在は貴重だと思っている。
■つまりここまでは、話はややこしいものの、実際には特に何の問題もない。世の中には「エクスペディション・ガイド」の手法で、立派な「ツーリズム・ガイド」をやってしまう稀有な男がいるぞ。へぇ、それはすごいね! それだけの話である。
しかし彼ほどの影響力を持つようになると、話はこれだけでは終わらない。むしろ今日の本題は、ここからだ。
恐ろしいのは、「言葉の一人歩き」である。
例えば上記の「あほぉ!」発言だが、実際にそういう手法を多用するガイドがいると仮定しよう。彼はTPOでこの「あほぉ!」をキチンと使い分ける技術を心得ているので、現場では全員を間違いなくハッピーにしている、としよう。
でも、これが情報として一人歩きし始めたとき、意味合いが歪みはじめる。
それを聞いたある駆け出しガイドは、「名ガイドがそうやってるのなら、僕も真似してみよう」と短絡的に理解するかもしれない。きっと駆け出しがマネをすると、火傷をする。
あるいは別の人は、「客に向かってアホとは、何ごとだ! とんでもない下衆野郎だ! 言われた方の気持ちを考えたことがあるのか!」と、口角泡を飛ばして正論を叫ぶかもしれない。
これが言葉の恐ろしいところで、「沈黙は金」っていうのはまったく本当だと思う(と書いておきながら、一向に発言をやめない僕は、とんでもない阿呆である)。
ここまで書いた僕の発言だって、たとえばこんな風に切り取ってみると……、
お客様に「あほぉ!」と怒鳴ることが許されてしまう(中略)それは素晴らしいガイディングである。
これは恣意的な極端な例だが、なぁに引用なんてものは、多かれ少なかれこういうものだ。実際、自分の文章がこういう「意に反した切り取り方」で引用された経験は、僕にだってある。
これを新谷氏に当てはめると、僕らが彼の発言を見聞するときに、それが「エクスペディション・ガイディング」に特有なものなのか、それとも「一般的にツーリズム・ガイディング」に応用可能なものかを、注意深く吟味していく必要がある、ということになる。
前後関係を無視した部分引用だけで、彼の発言を批判することは出来ない。それと同様に、部分引用だけを「ツーリズム・ガイディングに関する金言」とすることも危険である。
彼に対する批判は今まで「タブー」とされていた節があるが、逆に部分引用は盛んに行われてきている。「新谷さんがこういってた。だからこれは正しい」と。
果たしてそれが正しいことだっただろうか? 彼の「エクスペディション・ガイド」あるいは「エクスペディション・カヤッカー」としての発言が、「シーカヤッキングの一般論」や「ツーリズム・ガイディングの一般論」として曲解されて、一人歩きしていないか?
個人的な見解を述べれば、彼は「シーカヤッキングの一般論」や「ツーリズム・ガイディングの一般論」は、ほとんど口にしていないように見える。つまり、彼が語っているのは、ほとんどの人間には応用不可能な「特殊ケース=エクスペディション・ガイド」の話ばかりなのではないか? 別の言葉で言えば、「新谷暁生ならこうする」という話だ。
■さて、ここでやっとコメント欄の本論に戻れる。
例えば、waka moana氏が「JRCA理事でもある新谷暁生さんは、あまり無線機やGPSがお好きではないようです。」と書いた上で、その根拠として引用してくださった次の一文に注目しよう。
「海を漕ぐのに届け入らない.危険を理解してそれを避けながら漕ぐことがカヤックの最も重要な技術なのであり、誰かの許可を得て漕ごうが無線機を持っていようが、それが身を守ってくれるわけではない.自分の知恵を絞って漕ぐことにカヤックの意味があるのだ.僕は海のカヤックをスポーツと考えている.だから安易にGPSを使うことはしない.また緊急時に助けを求めるために無線機も、レギュレーションでそれが義務付けされている国を除き持たない.道具で安全は手に入らないということを理解した上で、これらの道具を使うか否かを自分で決めるべきなのだ.」
新谷氏がGPSや無線機を手放しで認めていないことは、この一文からハッキリと読み取れる。その点については、誤解の余地はない。
ところが、これが「どういう場合の話」なのかは、よく分からない。そこを注意しないと、誤解が生まれるかもしれない。
■「エクスペディション」の場合は、遭難した時点で「ジ・エンド」である。
生き残れば、再度挑戦できる。しかし、その冒険に「失敗」という記録が残ってしまうのは間違いない。
つまり、エクスペディションをやる人間には、遭難後の対処を考えるよりも、「絶対に遭難しない」ということを念頭に考える、という発想が生まれる。「生還して、成功するまでやり続ける」というスタイルを選ぶ人もいるだろうが、「成功か、死か」というスタイルを選ぶ人もいるだろう。どちらにしても、一般の商業ツアーと比較すると、エクスペディションの場合は「失敗」の持つ意味は重い。これが第一のポイント。
また、同じ行程を狙うエクスペディションの場合も、装備によってその「質」が左右される。同じことをやった場合、GPSと無線を使い、サポート船が横に張り付いたエクスペディションよりも、GPSも無線もサポート船もなしでやりとげたエクスペディションの方が「上質」と判断されるのは、当然のことだ。ならば、より高度な技術を持った超一流には、さらにストイックな装備を求める傾向があって当たり前だ。これが第二のポイント。
つまり、僕は上の一文を「エクスペディション・カヤッカー」あるいは「エクスペディション・ガイド」のセリフである、と読む。
ところが彼を「伝説の大先輩」と仰ぐ「ツーリズム・ガイド」がこれを読むと、「おぉ、そうか、届けもGPSも無線もなしでガイディングする方が良いんだな!」「危険を避けるのが大事で、レスキュー要請などあってはならないことなんだな!」と考えるかもしれない。
しかし、それは言うまでもなく早計だ。この新谷氏のセリフを「ツーリズム・ガイディングの一般論」や「シーカヤッキングの一般論」に応用しようとすると、「翻訳」して読みかえる必要がある。
ご存知の通り、今回の西表の事故以来、僕はセイフティ確保のためにいろいろな機器のことを勉強したり情報を流したりしてみた。そうしてみて分かったのだが、新谷氏のこのセリフに感化されたと思しき反応は、実は少なくなかった。「情報の一人歩き」であり「読み間違え」である。
■あるいは新谷氏には、こんなセリフもある。
「ツアーが面白いかどうかは、その時のメンバーに左右される」
これは、サーヴィス業従事者たるツーリズム・ガイドの口から発せられるべきではないことは、コメント欄で述べた通りだ。要するに「つまらないツアーになったら、それはお前ら客の責任だ、オレの責任じゃない」と、お金を払っているお客様に対して言い放ってしまっているセリフだからだ。
しかし「エクスペディション・ガイド」ならこの言葉を発することは許される。面白いか面白くないかの部分は、責任の範疇外だからだ。
よって、こういうセリフが「エクスペディション・ガイド」である新谷氏の口から出てくるのは、ある意味自然だと思う。
しかし、これがもし「ツーリズム・ガイディング」に対して述べたものであったとしたら、問題だ。
というのは、実は建前的な一般論。
正直に言えば、ガイディングの現場では「メンバー次第でツアーの雰囲気は変わる」というのは「事実」である。いくら名ガイドでも、毎日毎回同じ雰囲気を演出することは不可能だ。むしろ当たり前の話だ。
そして、それこそ場の雰囲気次第では、そのことを正直にお客様に言うことが許される場合もある。いや、むしろ言った方がツアーが面白くなることだってある。
例えば僕の場合も、初対面の人ばかりの寄せ集めグループなのに、場がこれ以上なく楽しく盛り上がっていれば、「良い面子に恵まれてラッキーでしたね。別のメンバーだったら、ここまで盛り上がらなかったですよ、きっと」と、さらに場を盛り上げる意図で、このセリフを口にすることもある。「禁句」をあえて使う、いわば「裏技」的なガイディング技術だ。
しかし、こんなトリッキーなセリフは、前後関係やその場の雰囲気を知らない人、あるいは基礎と応用の区別の出来ない駆け出しガイドには、聞かれたくない。だから、僕はツーリズム・ガイディングを公の場で語るときに、不用意に「ツアーの成否は面子次第」などとは絶対に言わない。逆に僕が口にするのは「どんな面子でも、最高に面白いツアーをやります!」という宣言だ。
しかしこの宣言も、上記のように思いっきり盛り上がっている場では、自分の技術を不必要に誇示するだけに聞こえて、かえって場を白けさせる場合だってある。要するにTPO次第だ。
TPOから切り離され、勝手に一人歩きし始めた「言葉」は、かくも恐ろしい。
■ともかく、新谷氏の本質は「エクスペディション・ガイド」あるいは「エクスペディション・カヤッカーそのもの」であり、「エクスペディション・ガイディング」の手法を使って「ツーリズム・ガイド」をこなしてしまう、稀有な人なのだと思う。そして、彼自身にはそこまで明確な区別意識さえないはずだ。それが、彼の貴重さの本質だと思う。
だからこそ、彼の発言もそうしたスタンスから発せられていることに、読み手は注意しておく必要があるのではないか?
waka moana氏は、このように新谷氏を評した。
新谷さんが、存在論上は自らもツーリズム産業の一員でありながら、ツーリズム産業の人々に冷ややかな眼差しを向けるのも、人間関係のありようが全く異なる文化に属しているからかもしれません。
waka moana氏は「以上、事実と違っていたら申し訳ないです」と断っていらっしゃるが、新谷氏と面識のない僕自身も、waka moana氏と同じように感じている。
よって新谷氏の発言を聞くとき、こうした「立ち位置」の違いを明確に意識した上で、「翻訳」しながら聞くという作業は必須だと考える。
正直に言えば、頭の中でこうした論理の組み立てが完成する以前の僕は、新谷氏の発言を「えっ!? これって似非ガイド発言じゃん!?」と思って読んでいたこともある。が、「エクスペディション・ガイド」という考え方を導入して「翻訳」して読み替えるようになってからは、あまり「違和感」を感じていない。感じるのは「ツーリズム・ガイド」である僕との「大きな違い」だけだ。
もちろん、新谷氏ご自身にも、「エクスペディション・ガイディング」と「ツーリズム・ガイディング」の違いを明確に再定義した上で、発言の段階で両者を明確に区別してもらうように働きかけることも大事だとは思うし、実際に彼がそうした「二足のワラジ」を器用に履き替えながら話をしてくだされば、こんなに素晴らしいことはない。
しかしそれは、野茂に対して「江川のように投げてくれ」と頼むようなものだと思う。よって、僕はこれを、僕たち「読み手」の仕事としておきたい。
■さてさて、そうした「エクスペディション・ガイド」の技術を応用して、余人に真似の出来ない「ツーリズム・ガイディング」をやってしまう新谷氏に関しては、言葉の一人歩き以外にも、もう一つ大きな問題がある。
新谷氏が今後のこの「ツーリズム業界」の行方を左右する「有力人物」である、という点だ。「ツーリズム産業に冷ややかな視線を投げるエクスペディション・ガイド」が「ツーリズム産業の行方」に大きな力を持っているのが、厳然たる事実なのだ。
もちろん、ツーリズム産業を牽引する人間が、必ずしもツーリズム産業に好意的である必要はないと思う。批判的な立場の人間がトップにいたって構わんと思うし、それによるメリットも大いにあると思う。冷ややかな目で見るからこそ分かる点も多いはずだ。
しかし業界全体としては、今までのように「ウチの客」などと平気で口にするような意識を引きずった態度では、発展はありえない。つまり、目指すべきは「脱コミュニティ」であり、それはすなわち「先輩の否定」でもある。
その点を「ツーリズム産業に冷ややかな視線を投げる、偉大な大先輩エクスペディション・ガイド」の牽引の元で、どのように改革していくのか? 業界全体の大きな課題である。
つまり、これからの日本シーカヤック・ツーリズムやエコツーリズムが、皆こぞって新谷氏のスタイルを目指すわけにはいかないのだ。これからアウトドアガイドを目指す人、あるいはこの業界の発展を模索している人たちは、彼のスタイルやポリシーが抱える特殊さ、危うさ、矛盾などを、もう少しきちんと認識しなおさなくてはならない。それを、彼自身の先導のもとでやらねばならないという特殊状況は、きちんと意識しておく必要があるのではないだろうか。
要するに、いつまでも彼のことを「伝説の先輩」として下から見上げてあがめていてはダメだ、ということだ。新谷氏は「エクスペディション・ガイド」ゆえに、そうしたコミュニティの理論の中で「伝説の先輩」として生き続けていく人だろう。しかし、他のガイドたちはそこから出て、僕と同じように「コミュニティ外部」から新谷氏に接するようになる必要がある、というわけだ。
文字通り「外国」でガイドになった僕にとっては簡単な話だったが、日本シーカヤック界という「コミュニティ内」でプロになってしまった(なりつつある)方たちには、なかなかしんどい話だろう。が、越えなくてはならない課題だ。
■この点に関して僕自身の課題を書いておく。
悲しいことだが、過去のプロガイド・ワークショップ(PGW)受講者の中にも、いまだに平気で「ウチの客」を口にする人間が多い。この点を僕自身が厳粛に受け止め、今年のワークショップでそれをどれだけ改善できるかを、僕自身の「エクスペディション・ガイド vs ツーリズム・ガイド」の構図に関する現時点の課題としておく。
しかし、日本人に「コミュニティ&先輩」以外のコンセプトを理解してもらうのは、難しいだろなぁ。NZの業界を見てもらえれば、一目瞭然で分かるのだろうが、いかに見せずして理解させるか?
ハードルは高い。
■最後に。
優れた「エクスペディション・ガイド」も、今後新たに誕生することを期待している。需要は少ないだろうが、やはり「冒険」は必要だ。自分ではやらないが、見せて欲しい。
だから新谷氏を超えるような素晴らしいガイドが、今後もとんでもない冒険を見せてくれることを、心の底から望む。
将来「南極のサポート・ガイドは、ほとんどが日本人だ」とか「ケープ・ホーンを漕ぐなら、日本人エクスペディション・ガイドを雇わなきゃダメだ」なんて言われるようになったら、楽しいよね。
■関連過去ログ【ガイドのつぶやき】
◎その1「怖さについて。」 (2004年10月7日)
◎その2「過保護について。」 (2004年10月8日)
◎その3「プロの基準について。」 (2004年10月9日)
◎その4「互助について。」 (2004年10月12日)
◎その5「トウイングについて(前編)。」 (2004年10月13日)
◎最終回「トウイングについて(後編)。」 (2004年10月14日)
◎番外編「老兵は語るべきか、去るべきか?」 (2004年11月13日)
◎番外編「自己責任と、クラス区分。」 (2004年12月25日)
◎番外編「インタープリテーションについて。」 (2005年6月1日)
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http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/2257
Excerpt: ■「ガイドは無名であるべし」 これは僕のポリシーなのだが、別に先輩から習ったとかそういうのじゃなく、僕自身が仕事を通じて感じたことだ。 僕のような現場のツーリズム・...
From: Ryu's Logbook 別冊
Date: 2005.07.26
Excerpt: ■新谷暁生氏の著書二冊『アリュート・ヘブン』、『バトル・オブ・アリューシャン』を読了。
From: Ryu's Logbook 別冊
Date: 2005.10.12
うーん、素晴らしい分析と提言だと思いました。
「ツーリズム・ガイド」と「エクスペディション・ガイド」の概念を導入する事で、問題の所在がよりクリアになってきていると思います。少なくとも、ガイド業の中にはツーリズムを対象にする者と、エクスペディションを対象にする者がいるという事が見えてきます。
問題は、この両者の違いが、ガイド業者においても、消費者においても、きちんと区別されていないという事でしょうね。散々論じられているように、新谷さんもエクスペディション・ガイドの延長でツーリズム・ガイドをやってしまっています(ジェフ・ベックやジャコのような天然系を喩えに使った気持ち、良くわかります。彼らも個人の超絶的な能力によってジャンルを超越してしまっていましたから)。一方で、消費者側でもカテゴリーの混乱が発生していると私は思います。
消費側について、もう少し詳しく考えてみましょう。
ここで、ヨーロッパの哲学における遊戯論の基本「遊戯とは、それそのものが目的となる行為である。」を参照します。この考え方に照らせば、「シーカヤックに乗ることが目的であるシーカヤッカー」は全て娯楽を行っている事になります。これに対置出来るのが、「シーカヤックに乗ることが、シーカヤックに乗る事以外の目的を実現する為の最も合理的な手段となっているシーカヤッカー」です。
このように考えれば、現在日本に存在しているシーカヤッカーの殆ど全てがレクリエーショナル・カヌーイングの消費者ということになりそうです。
ところが、日本のアウトドア・アクティヴィティの世界においては、ツーリストというアイデンティティとエクスプローラーというアイデンティティが混在しています。本来エクスプローラーというのはエクスペディションの手段としてシーカヤックなりなんなりを用いる者を指すと思うのですが、シーカヤックで危ない所に行くことそのものがエクスペディションである(つまりシーカヤックより合目的的であるツールがあるにも関わらず、敢えてシーカヤックを用いる)と考える見方が一般的になった結果、ツーリストとエクスプローラーの明示的な境界が消失してしまったのでしょう。
そこで、ある種の人々は、存在論上はツーリストであるにも関わらず、認識論において自らをエクスプローラーと規程してしまうわけです。Ryuさんが日本のシーカヤック界にツーリズム・ガイドを普及させていこうとする際には、消費側においてツーリストとエクスプローラーという二つのアイデンティティが(好むと好まざるとに関わらず)存在しているという事を前提にして、それとどうつき合っていくべきかも考慮しておく方が無難かもしれません。
Posted by: waka moana : June 30, 2005 4:42 PMwaka moanaさん、いつもご丁寧なコメント、本当にありがとうございます。
実に勉強になります。
消費者論に関しても、まったくもっておっしゃる通りだと思います。
それゆえに、「自称ツーリスト」を守備範囲にする消費者をターゲットとした業者も必要ですし(僕が日本で強化しようとしているのは、こちらですね)、逆に「自称エクスプローラー」を守備範囲にする業者も必要だと思います。
もちろん、「どんな客層でも、どんと来い」というのが一番頼もしいのですけど。
元ネタエントリのコメント欄にも書きましたけど、日本の方がこちらよりも、よりヴァラエティに富んだアウトフィッターが必要ですね。
問題なのは、自分ところの商品が、どういう客層を想定しているのか分かっていない、あるいは自分のガイディングが、どういう客層を一番得意としているのか理解できていない、ってことでしょうね。
ちなみに
>シーカヤックで危ない所に行くことそのものがエクスペディションである(つまりシーカヤックより合目的的であるツールがあるにも関わらず、敢えてシーカヤックを用いる)と考える見方が一般的になった
と、厳密な意味で考えると、シーカヤックでの本当の「エクスペディション」は、関野氏のグレートジャーニーが唯一のものだったのかもしれませんね。
それをサポートした新谷氏は、やっぱり超一流の「エクスペディション・ガイド」ですねぇ。
同じ積丹で活動しながら、新谷さんとはしばらく会っていない気がします。わたしも「コミュニティ外部」ですが、新谷さんの過去の発言からはいろいろと勉強させてもらいました。ただ、著書は読んでおりません。読まないことがわたしの密かな誇りだったりします。以上のことを踏まえていただいた上で、わたしの漠然とした印象を書きますが、新谷さんご自身はコミュニティ内での居心地を良く感じていないかもしれません・・(?)。まぁ、ご本人を交えてお話ししたいですね。
ところで、わたしも「ウチのお客さん」を使います。ただ、所有の意識は無く、「ウチのツアーに参加される人」等の意味です。会話ならニュアンスで解ると思いますが、少々紛らわしいかな。以後気をつけますね。
Posted by: iwao : July 1, 2005 11:53 AM>iwaoさん
>読まないことがわたしの密かな誇りだったりします。
これ、僕個人的には非常によく分かる気がします(笑)
>まぁ、ご本人を交えてお話ししたいですね。
ですね。
「ウチの客」ですが、確かにいろんなニュアンスがあると思います。
なんせ、日本語ですからね(笑)
で、iwaoさんのように、一切所有や縄張りの意識のない意味なら、問題ないと思うんですよ。
実際、iwaoさんのフィールドのように、遠隔地や島嶼部のアウトフィッターさんの場合は、所有・縄張り意識のない単なる「当社のツアー参加者」という意味合いが強いと思います。
逆に本州の都会近くで、近隣に競合業者があるアウトフィッターの場合は、圧倒的に「オレの女」的なニュアンスが強くなってしまいますね。
僕が今回非難したのは、もちろん後者です。
紛らわしくてスミマセン。
>waka moanaさん
内田さんの名を知ったのはもっと前だったような気がしますが、新谷さんの名を知ったのが、たしかあのエクスペディションのときだったように記憶しています。
関野氏もかっこいいと思いましたが、それをサポートするガイドってのも渋くてかっこいいなと思いました。
当時は僕、パドルを握ったこともなかったですしね。
Ryuさん、こんにちは。
たまにガイド登山で雪山に行くのですが、そのときのガイドは、ツーリズムガイドというより、エクスペディションガイドで有ると思います。
とにかく安全に頂上まで導くというのがその役割で、あまり、ツーリズムガイド的(正確にはどういうものかはよく知りませんが)な気配りは少ないと思いますし、客の方でもツーリズムガイド的な物を求めることは少ない様に思います。
某MLにて、ちょっと表現は違いますが、シーカヤックは、往々にして、その過程を楽しむことが多く、登山は、頂上なり目的を持っての行動が多いと書きましたが、新谷さんは、その経歴からくる登山ガイドの感性でガイドをしているのではないでしょうか?
この場合は、知床半島を無事に一周をさせると言うことです。
その知床半島が雪山や高所登山に匹敵するような場所かどうかは、知りませんが、そうでないとするとエクスペディションガイドの手法で、ツーリズムガイドをしているというのは、そうかもしれないですね。ただし、これも下に書いたようにシーカヤック人口の問題だと思います。ニーズが増えてくれば、困難な所へのツーリングへ移っていくのではと思います。
日本の雪山登山でエクスペディションガイドが成立するのは、その底辺にある膨大な登山人口からくる物だと思います。シーカヤック人口がこれからドンドン増えていけば、エクスペディションガイディングのニーズも増えていく可能性があるのではないでしょうか?
フィールド選定や安全確保の方法などいろいろと問題は有るのでしょうが。
(う~ん、週末や連休に出来るシーカヤックでのエクスペディションガイドが必要とされるカヤッキングというのは、なかなか思いつきませんね。)
ところで、NZや海外の登山ガイド(高所、雪山、氷河など)は、どのような手法でガイディングをしているのでしょうか?
雑文失礼いたしました。
Posted by: Kaz : July 1, 2005 2:33 PMKazさん、コメントありがとうございます。
>新谷さんは、その経歴からくる登山ガイドの感性でガイドをしているのではないでしょうか?
まったくおっしゃる通りだと思います。
問題は、Kazさんもおっしゃる通り、今のところ、高所登山ガイドを求める客層と、シーカヤッキングにガイドを求める客層には、技量にもメンタリティにも大きな開きがある、というところだと思います。
>この場合は、知床半島を無事に一周をさせると言うことです。
その知床半島が雪山や高所登山に匹敵するような場所かどうかは、知りませんが、そうでないとすると
いえ、フィールドの難易度自体は、「エクスペディション・ガイド」と「ツーリズム・ガイド」の差とは直接関係ないと思います。
どんなに難しいフィールドでも「ツーリズム・ガイディング」は可能ですし、顧客のレヴェルによっては、一般的な感覚では「冒険」とは認めてもらえないようなフィールドで「エクスペディション・ガイディング」が成立することも大有りです。
例えば僕が過去にやった数少ない「エクスペディション・ガイディング」は、若狭湾での小学生対象のシーカヤックキャンプツアーでした。
二年目には天候が思わしくなく、あれは小学生にとっては一世一代の「エクスペディション」になったことは想像に難くありません。
雇用形態も「こういう教育的ツアーをやるので、安全確保を頼む」という形での依頼だったので、まさにあれはエクスペディション・ガイドとしての仕事でした。
もちろん普通のシーカヤッカーの感覚だと、若狭湾ですから冒険でも何でもありません。
あくまでも、ガイドを雇う側の意識とレヴェルの問題ですね。
>シーカヤック人口の問題だと思います。ニーズが増えてくれば、困難な所へのツーリングへ移っていくのではと思います。
おっしゃる通り、マーケットのサイズの問題です。
が、「移っていく」というのは、適切ではないかと。
マーケットが拡大する場合、両方向へ広がっていきますから、「より困難なエクスペディション」を求める層が増える代わりに、「より安易で、より気楽に」というのを求める層は、その数倍の勢いで広がります。
よって、エクスペディションガイドが必要とされる「率」は、減りこそすれ、増えることはないでしょう。
が、マーケットが拡大すれば、必要とされるケクスペディションガイドの「数」は、増えてくるかもしれません。
>エクスペディションガイディングのニーズも増えていく可能性があるのではないでしょうか?
上記の通り、YES、です。
ただ、そのニーズが増える数倍の勢いで、ツーリズムガイドのニーズが増えます。
>フィールド選定や安全確保の方法などいろいろと問題は有るのでしょうが。
ま、それはツーリズム・ガイドにもまったく同じようについて回りますので、エクスペディション・ガイド特有の問題ではありません。
>ところで、NZや海外の登山ガイド(高所、雪山、氷河など)は、どのような手法でガイディングをしているのでしょうか?
一般に商品として売り出している商業ツアーならば、ヒマラヤに匹敵するといわれるマウント・クックへのガイドツアーでさえ、当然ながらツーリズム・ガイディングの手法で行われています。
フィールドのきつさとは関係ありません。
顧客が「商業ツアー」を求めているならば、フィールドが南極でも8,000m峰であろうが、NZのガイドは「ツーリズム・ガイディング」をやります。
逆にエクスペディション・ガイドとしての仕事を要求されている場合も、サーヴィス精神旺盛に仕事に望む傾向がある国民性ですから(実際、僕の知っている南極サポートガイド経験者連中は、ツーリズム・ガイドとしても超一流です)。
ですから、Kazさんのお話で、日本の雪山ガイドは「エクスペディション・ガイド」のつもりで仕事をしているとありましたが、それも僕的には「日本の後進性」と映ります。
NZのガイドは、同じ場所を同じ客層をガイドするときに、「ツーリズム・ガイド」として臨みます。
>新谷さんご自身はコミュニティ内での居心地を良く感じていないかもしれません・・(?)
たしか、矢野顕子が海外逃亡した理由が「日本にいると大御所扱いされて居心地が悪い」というものでしたけど、新谷さんも、これだけ神格化されてしまうと、戸惑いがあるのかもしれませんね。ご本人は偉ぶる所が全く無い方だというお噂ですから。
「ウチの客」問題ですが、いち消費者として言えば、ある業者の商売の仕方が真っ当であれば、同じような感性で別のフィールドを商売の場にしている同業者を紹介してもらえれば良いなと思う気持ちもあります。例えば今回私は知床と釧路湿原でアウトドア・アクティヴィティを消費しようと考えていて、知床の場合は藤崎達也さんの所にお願いする事を決めていますが、釧路については、どの業者を使えば良いのかわからなくてちょっと困っているんですね。
で、通常の客商売においても、こういう「ウチで扱っていない商品を買いたいという客に、信頼出来る業者を紹介する」というのはアリだと思います。体育会コミュニティの人間関係が入り込まないのであれば、むしろそういった客の融通はあって良いような気がします。
Posted by: waka moana : July 1, 2005 3:34 PM>いえ、フィールドの難易度自体は、「エクスペディション・ガイド」と「ツーリズム・ガイド」の差とは直接関係ないと思います。
私もそう思います。既に述べたように、本来のエクスペディションとツーリズムの関係は、目的合理性の有無で弁別されるはずですが、現在ではリスクそのものを消費するツーリズムをエクスペディションと見なしている状況でしょう。
すると、個々のツーリングのリスク評価値はフィールドの難易度とツーリストの能力の比較によって決定されるので、ツーリストの能力が著しく低ければ、簡単なフィールドでもエクスペディションになる。その際にエクスペディション・ガイドが減らす神経の量は、難しいフィールドにベテランのツーリストを連れて行くのとあまり変わらないような気がします。
Posted by: waka moana : July 1, 2005 3:42 PM自己レス。
どうも言葉遣いがよくない。
>日本の雪山ガイドは「エクスペディション・ガイド」のつもりで仕事をしているとありましたが、それも僕的には「日本の後進性」と映ります。
補足します。
「商業ツアー」という形で売られている商品でありながら、ガイドが「ツーリズム・ガイド」の自覚を持っていない場合にのみ、上記の批判が当てはまります。
Kazさんのお話のように、参加者側もエクスペディション・ガイドだけを望んでいるならば、問題はありませんし、「後進」という批判も当てはまりません。
>あくまでも、ガイドを雇う側の意識とレヴェルの問題ですね。
ここも言葉足らずでしたね。
これに加えて、その「ツアー」の運行形態、募集形態も問題です。
一般に「商業ツアー」として売られていれば、どんなにキツイフィールドへの挑戦であっても、これは「ツーリズム」と考えざるをえません。
逆に参加者側の企画でガイドが雇われる形の場合にのみ、エクスペディションガイドが成立するのではないかと考えます。
ただ、こうしたケースでも、顧客が「ツーリズム・ガイド」を望むケースは大いにあります。
仲間うちののんびりツーリングにガイドを呼ぶといったケースは、一般公募の商品ではありませんが、やっぱり「ツーリズム・ガイディング」ですね。
こんにちは!
Ryuさんの力作読ませていただきました。
まず非常に素朴に驚いたのが、新谷暁生さんがいつのまにやらシーカヤックのほうにいたことでした(笑)。
寡聞にしてお恥ずかしい限り、Ryuさんの記事に名前が出てきたとき、なんかどこかで見た字面だなと思いましたが、やっぱり登山家の新谷さんだったんですね。
内田正洋氏が海にいるのも変な気がしましたが、なんと申しましょうか……。
新谷さんも正洋氏も元々は海とは関係ない世界でエクスプローラーとして生きてきた人で、「ガイディング」というイメージからは乖離しているように感じます。
そもそもエクスプローラーという人種は、自分と自然との関係にのみ焦点を当てていて、そこで自己満足を得ることを最上として、また、場合によっては記録争いの中でライバルに先んじることを最大の目標としてエクスペディションを行うものだと思います。そこでは多少のリスクは目をつぶるといった局面だってあります。
そういう感性の人がガイディングするとしたら、関野さんのようにリスクも何もかも理解していてあえてサポートを頼むといったスタンスの人ならいいですが、一般の客にとっては迷惑千万ではないでしょうか。
エクスプローラーはエゴイストです。そして、頑固に独自のスタイルで取り組もうとする人がほとんどです。彼らの記録を賞賛するし、その人間性は尊敬できても、そうした人たちにガイドされてスタイルを押し付けられるのなど、私はまっぴら御免です(新谷さんがどういう方かはお会いしたことがないのでわかりませんが、もうお一方はアバウトさにかけては日本一ですもんね=笑)。
門外漢のせいか、いまひとつピンとこないのは、エクスプローラーである人がどうしてガイディングを生業にしようとしたりするのかということ。それから、そうした人がガイディング業界でどうしてカリスマになりえるのかということです。
Posted by: uchida : July 1, 2005 4:02 PM>waka moanaさん
>で、通常の客商売においても、こういう「ウチで扱っていない商品を買いたいという客に、信頼出来る業者を紹介する」というのはアリだと思います。体育会コミュニティの人間関係が入り込まないのであれば、むしろそういった客の融通はあって良いような気がします。
これはぜひ必要なんですよね。
実はここにもコメントを下さってるuchidaさんのコラムにも、その件が取り上げられてました。
http://www.venus.dti.ne.jp/~kazunari/column/column.htm
(6月9日分)
>すると、個々のツーリングのリスク評価値はフィールドの難易度とツーリストの能力の比較によって決定されるので、ツーリストの能力が著しく低ければ、簡単なフィールドでもエクスペディションになる。その際にエクスペディション・ガイドが減らす神経の量は、難しいフィールドにベテランのツーリストを連れて行くのとあまり変わらないような気がします。
まったくおっしゃる通りです。
お客様が全力を振り絞らなくてはならない状況に追い込まれれば、それがガイドにとって楽勝フィールドか困難なフィールドかは、あまり変わりません。
ま、もちろんガイドにとっても死力を振り絞る必要がある状況になると、それはちょっと話が違ってきますが(^^;
>uchidaさん
エクスプローラーの一般論としては、僕もまったく同じに感じています。
ですから正直言えば、真のエクスプローラーがエクスペディション・ガイドになることも困難だと思いますし、ましてやツーリズム・ガイドになるのは、大変なことだと思います。
むしろ、ツーリズム・ガイドがアウトドア技術を磨いて行ってエクスペディション・ガイドになる方が、可能性としてははるかに大きいかと。
>エクスプローラーである人がどうしてガイディングを生業にしようとしたりするのかということ。
これは、「冒険が出来る=人から金とってフィールド連れて行ける」という、間違ったガイド像が広く信じられていたためじゃないかな、と推察しているのですが、どうでしょう?
>「冒険が出来る=人から金とってフィールド連れて行ける」という、間違ったガイド像が広く信じられていたため
それもあるでしょうが、体育会系コミュニティ文化ならば、上手い先輩が未熟な後輩を教えるのはしごく当然ですから。例えばサッカーのプロを引退した人がコーチになって若者を育てるのと同じではないでしょうか。その際に教えられる側が求めているのはコーチのもつ技術であって、「楽しく学ぶ経験」そのものではありません。
アウトドア・アクティヴィティにおいても、ガイドの持つ高いエクスペディション能力を欲望の対象にする消費者というものが存在していると推察します。そしてそういった方にとっては、一流のエクスプローラーほどガイドとして望ましいに決まっています。
つまり、アウトドア・アクティヴィティにおける消費者の欲望の対象が色々とあって、それがきちんと弁別されていないってことでしょうね。
・アウトドア体験そのものを消費したい(ツーリスト)
・リスクを消費したい(エクスプローラー)
・先輩の技術を消費したい(後輩)
etc.
>Ryuさん
>ですから正直言えば、真のエクスプローラーがエクスペディション・ガイドになることも困難だと思いますし、ましてやツーリズム・ガイドになるのは、大変なことだと思います。
ぼくは、どうも「エクスペディション・ガイド」というのがピンとこないんですよ。エクスペディションは自分の未経験領域に踏み込んで入って新しい体験を自分のものとするから「エクスペディション」であって、人にガイドされてしまっては「エクスペディション」の定義から外れてしまうように思えます。
エクスペディションに第三者が関わるとすれば、それはガイドじゃなくて、サポートではないかと……。
だから、関野さんのグレートジャーニーもどこかしっくりこないところがあるんですよね。何か意味があるのだろうか?と。
せっかく関野さんは「とーちゃん森に隠れろ!」といういいエクスペディション=仕事を過去にしているのに、グレートジャーニーで、つまらない記録主義に陥ってしまったよな感があるんです(あくまでぼくの個人的感覚ですが)。
Posted by: uchida : July 1, 2005 10:31 PM>waka moanaさん
>それもあるでしょうが、体育会系コミュニティ文化ならば、上手い先輩が未熟な後輩を教えるのはしごく当然ですから。
あぁ、それも大いにありますよね
> つまり、アウトドア・アクティヴィティにおける消費者の欲望の対象が色々とあって、それがきちんと弁別されていないってことでしょうね。
おっしゃる通りだと思います。
アクティヴィティだけじゃなく、アウトドア用品製造や雑誌をはじめとするメディアも含めて、商業アウトドア界全体が「先輩」の法則に支配されてるきらいはまだまだ大きく、消費者の傾向に関する詳細な分析はまだちゃんと行われていないと思います。
>uchidaさん
>エクスペディションに第三者が関わるとすれば、それはガイドじゃなくて、サポートではないかと……。
おっしゃること、分かります。
僕自身も、本当は「エクスペディション・ガイド」という言葉よりも、「エクスペディション・サポータ」という言葉の方が、個人的にはしっくりきます。
ただ今回の論旨上からは「ガイド」の方が適切だと思ったので、ガイドと書きましたし。
uchidaさんのおっしゃることに沿うならば、本文はこういう風になりますね。
---------------------------
過去にはあえてこの点を明確に論じたことがなかったのだが、僕は「アウトドア・ガイド」には二種類あると考えている。
(中略)。今日のエントリの中では、このタイプのガイドを、「ツーリズム・ガイド」と呼ぶことにする。
一方、そういう枠にはまらないガイドも、ごく少数ながらアウトドアの世界に存在する(つまり添乗員やバスガイドの世界には存在しない)。
(中略)
ま、こうした細かい点はさておき、ここではこうしたガイドを「エクスペディション・サポータ」と名づけておく。
---------------------------
ただ、論点をハッキリさせるためには、やはり両方に「ガイド」という呼称を使ったことは、政界だったと思ってます。
さてさて、サポータをつけたエクスペディションの質ですが、本文内で触れた通り、豪華装備と完璧なサポートに囲まれたエクスペディションが、貧弱な装備のノンサポート単独行に比較するとどうしても「落ちる」という評価を受けてしまうのは、やむをえない部分があると思います。
エクスペディションをやらない僕にすれば、グレートジャーニも「スゴイ」のですが、逆におやりになるuchidaさんにすれば、「しっくりこない」という厳しい評価も、ある意味当然なんでしょうね。
よって「エクスペディション・ガイド(サポータ)」という存在自体に疑問を投げかけられるのも、uchidaさんならでは、と感じます。
世の中には、「他人の手を借りてでも、こういう冒険をどうしてもやってみたい」と感じている人は、いらっしゃると思います。
そういう方の思いは、大事だと思いますし、それに応える人間も、いてもいいのではないか、と思います。
だから、僕自身はエクスペシデョン・ガイドの存在も、あってしかるべき、と思ってます。
ま、これも僕の個人的感覚なんですけど。
あ、そうそう、改めて手元の辞書を引いてみたのですが、
1.(探検・戦闘など明確な目的のための)長いたび(航海)、遠征
2.遊覧旅行、遊山
(リーダースより一部抜粋)
とあります。
僕にとっては、2の「観光旅行」の意味にもexpeditionという言葉が使われているということが驚きでした。
実際の生活上、そういう用法を聞いたことはありません。
そういう意味で、「エクスペディション」を銘打った商業ツアーは、厳密な言葉の上でも「可」ということになりますね(笑)
Posted by: Ryu : July 2, 2005 11:50 AM私がエクスペディションで思い出すのは、例えば故サー・ピーター・ブレイクが行った「ブレイク・エクスペディション」ですね。
http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/2621588.html?p=&t=2
このエクスペディションは地球環境の危機を世界に訴えるという目的のもと、オメガのスポンサーで最高の装備を調えて行われていました。彼らの目的は例えばアマゾンの環境破壊の現場で状況を調査しつつ、それを世界に発信するというものであって、危険は最大限回避すべきものでした。それでもどうしてもヤバい橋を渡らなければいけないので、現地のエクスペディション・ガイドを雇った。
ですから、
>豪華装備と完璧なサポートに囲まれたエクスペディションが、貧弱な装備のノンサポート単独行に比較するとどうしても「落ちる」
という見方そのものが、リスク消費型ツーリストの論理でしかないわけです。スペースシャトルで宇宙に行って来るのもエクスペディションですが、その時わざわざ装備の質を落とすバカはいないわけで。
Posted by: waka moana : July 2, 2005 12:08 PM>という見方そのものが、リスク消費型ツーリストの論理でしかない
これも、賛成です。
って、いろんな見方にすべて賛意を表明してたら、単なるバカみたいですね、僕(^^;
でも、僕自身は、個人的にはwaka moanaさんに近いイメージを抱いています。
結局、今度は「エクスペディション」そのものに対する考察が必要になってくるんでしょうね。
コメント欄では限界がありますが、例えば「極めて個人的動機」と、「学術的動機」という風に、動機でも分類できるような気がします。
前者が、アウトドアズマンたちがやってる「冒険」で、装備を削るなどの、よりストイックな方向に向かう傾向、あるいはそれが賞賛される方向があるようです。
だから、持とうと思えば持てる、雇おうと思えば雇えるガイドを、持たない雇わない、という選択がありえますし、それが成功後のさらなる高評価につながる可能性がある。
サー・ブレイクや南極探検、宇宙探査も後者はですね。
こちらには、強固に別の目的があるので、手段としての装備やガイドなどを「削った方がえらい」という発想は、ないですよね。
あくまでも予算や技術、トランスポートなどの制約で、「削らざるを得ない」という選択を迫られるだけの話でしょう。
後者から前者を見れば、どうしても「リスク消費型ツーリスト」と映ってしまうと思います。
アウトドアにおける「冒険」と「普通のアウトドア」の境界線は、あいまいです。
こうした「エクスペディション論」は、また別トピックとしてしっかり考え直さなきゃいけませんね。
切り口も、こうした動機の面だけではなくて、他にも色々ありますし。
ガイド論と違って、こちらは世の中にも優れた考察が相当数ありますので、僕も勉強しなおします。
あぁ、大変だ(笑)
>コメント欄では限界がありますが、例えば「極めて個人的動機」と、「学術的動機」という風に、動機でも分類できるような気がします。
よく言われる冒険と探検の違いと同じようなことですね。
冒険は、リスクを追及していくので、装備をドンドン削っていき、肉体的に精神的にどんどんストイックになろうとする。
探検では、たとえば、シーカヤックなりは、ある目的を達成するための手段にしかすぎず、リスクを出来る限り排除していこうという傾向がある。
ですから冒険のエクスペディションの中では、サポート、ガイドという者の価値は、低くなっていき、最終的にはソロに行き着き、探検では、必要であれば、ドンドン雇っていく。
まぁ、現実的には、「個人的動機(冒険心)」と、「学術的動機(探検心)」が混ざり合っている部分も多いと思いますので、一概にどちらと言いづらいことが多いと思いますが。
以下は余談です。
個人的な意見なんですが、冒険というのは、探検が終わった後のバリエーションルート的な物だと思います。最初、とにかくがむしゃらにそのとき考えられる最善の装備なりを揃えて探検されたところを、徐々に装備を減らし、難しい条件の中で、達成を目指そうとする、これが冒険だとおもいます。
宇宙探検も現在は、文字通り探検の時代だと思いますが、いずれそのうち冒険的な宇宙探検(冒険)をする者が現れてくるように思います。
すみません、話がそれてしまって。
横からすいません。探検部出身者のRともうします。
実は、「118」と「ch16」のコメント欄のころから、お尻の穴がムズムズする心地で読ましていただいてました。
話の流れがムズムズの原因に近づいてきたので、コメントさせていただきます。
ずばり日本の大学では、探検部は体育会ではありません。
(一部の私学では体育会の場合もあるようですが)
目指すは新記録ではなく新規な知識であり、「フィールドで学問を!」と言う思想に基づく学術団体です。
そんなこんなで正式名称に学術探検部と掲げてる団体も結構あります。
そんな探検部出身者からすると、新谷暁生氏や内田正洋氏は冒険家であって探検家ではなく、また、ここで書かれてるエクスペディションのほとんどは、冒険であって探検ではないと感じるわけです。
で「エクスプローラー」とか、探検という表現が出るたびにお尻がムズムズするわけです。
いまさら何が探検やと言われるかもしれませんが、
「山を登るために登山をしない」
「探検の検は、冒険の険とまったく別もの」
ってのが探検部関係者の儚い自負です。
とは言うものの、かつては地理学や文化人類学の分野で華やかだった探検部活動も、我々の世代あたりでは、洞穴測量や新洞・新支洞探査以外は、目的と手段とが入れ替わりつつあったのも事実ですが。
ちなにみ、探検部員の上下関係はかなりざっくばらんです。
互いの技術や計画にけちを付け合います。私もよく後輩に怒られました^^;
特に本家本元の京大探検部では、計画や活動で遠慮が出ないように、先輩後輩で日ごろから互いに苗字呼び捨て、敬語なしって話です。そこまでやってる団体は他に聞きませんが。
おお、そうでしたか。これは失礼しました。
学術団体ということは、紀要のようなものも発行して、論文を掲載していたりするのですか?
Posted by: waka moana : July 3, 2005 8:22 AMKazさん、Rさん、コメントどうもありがとうございます。
ますます面白くなってきました!!
がんばってこのエントリアップした甲斐がありました。
「探検」と「冒険」、僕が先ほど書いた分類だと前者が「学術的動機」、後者が「個人的動機」に分類できるわけですね。
なるほど、です。
で、これに従うと、本文で「エクスペディション」としたものも、「探検」と「冒険」に分かれますね。
本文であげた中では、南極調査は探検ですね。
つまりこちらのガイドが本来の意味のエクスペディション・ガイド。
一方の例えばケープ岬シーカヤッキングなんてのは「冒険」=「アドヴェンチャ」になるわけで、こう考えるとまさしく「アドヴェンチャ・ツーリズム」の延長にあることになる。
uchidaさんの「しっくりこない」というご意見も、この考え方をベースにすると「しっくり」きますね(笑)
僕とwaka moanaさんの最初の議論は、「ツーリズム」という商業形態の枠、つまり経済面からのアプローチだったので、KazさんやRさんのおっしゃるような認識論的(動機・目的による分類)とは、違う形で話を進めてしまいましたが、こちらからの考察も大切ですね。
「ツーリズム」の枠で見れば、新谷さんの「知床ツアー」と「ケープ岬」は、別物に分類出来ると思います(本文はこちらの切り口です)。
しかし、今回の動機・目的で分類すれば、等しく「冒険」というくくりになる(こちらは、どちらかというと世間一般の見方ですね)。
経済面からのアプローチと、動機・目的面からのアプローチの両面を導入して、探検、冒険、商業ツアーを改めてきりなおして整理する必要があるようですね。
がんばります。
って、僕はどこかに論文でも発表するつもりなんだろうか?(^^;
waka moanaさんのおっしゃる通り、時間があればPGWでのディベートネタにしても面白そうですね。
夜酒呑みながらかなぁ。
でも議論が白熱してまた徹夜になっちゃったらマズイなぁ。
余談ですが、研究助成申請するのなら論文という形での研究業績があった方が遙かに強いですよ。通常、申請テーマに関係がある既発の論文は申請書類に添付しますから。ただ、殆どの学会は会員がファーストオーサーになっていないと投稿を受け付けませんから、誰かと共著という形になるでしょう。
Posted by: waka moana : July 3, 2005 11:21 AMありがとうございます。
余談どころか、大変貴重なアドヴァイスです。
ホント、研究助成金が入ると、この業界もう少し面白いこと出来るんで、常に頭の片隅にはあるんです。
共著か。
お付き合いいただけるような先生を探すのが大変そうだ(^^;
>学術団体ということは、紀要のようなものも発行して、論文を掲載していたりするのですか?
探検部ではございませんが、いわゆる洞窟探検を行っている学術団体として、日本洞窟学会というものがあります。
http://www.netlaputa.ne.jp/%7Essj/
Posted by: Kaz : July 3, 2005 1:27 PM>学会がイニシアチブを取って探検をするって面白いですね。
ですよねぇ。
余談ですが、僕が住んでるところは、NZのケイヴィングのメッカで、大家は指折りのトップケイヴァなんだそうです。
僕はケイヴィングやらないんで、彼らがどれくらいすごいのか良く知らないんですが(笑)
waka moanaさん
>学術団体ということは、紀要のようなものも発行して、論文を掲載していたりするのですか?
昔はどこの団体も紀要を出していたんですが、最近は予算、実力ともに不足して定期的に出せる団体はないんじゃないでしょか。
私が学生のころ(10年ほど前)には、近畿大学学術探検部が毎年出していたようですが、あそこは人手不足で廃部になってしまいました。
現在は海外遠征などがあった際に遠征報告という形で出すとこがほとんどでしょう。そんな中でも、数年に一度程度いいものがでてます。
去年でた中では、立命館大学探検部の中国雲南省洞穴探査の報告書がよかったという噂です。(私もまだ読んでませんが)
大学からの課外活動予算はみんな体育会にいっちゃうんで、学生さんが印刷代だけでもぴーぴーいうてます。各団体のHPなどで販売していますので、よければ買ってあげてください。
Posted by: R : July 4, 2005 12:42 AMおお、紀要を出しているとなると結構本格的ですね。たしかにそういう活動だとアドベンチャー・ツーリズムとは全く別種のものになるでしょうね。カヤックが用いられて大きな成果を挙げた探検もあるのでしょうか。
Posted by: waka moana : July 4, 2005 1:03 AM>いわゆる洞窟探検を行っている学術団体として、日本洞窟学会というものがあります
研究者とケイバーの両方が会員となってますが、学会自体が探検してるわけではないです。
東京スペレオクラブや、富士火山洞窟学研究会などの団体が、測量や学術研究とファンケイビングを両立しているようです。
学会といえば、ここと関係ありそうな内容として、委員会で洞穴救助の技術研究、救助組織運営の検討などがなされています。
また、学会大会では、学術発表、ケイビング技術講習、巡検などに加えて、洞穴救助講習や訓練会も実施される年もあります。非学会員でも参加できますので、興味のある方はのぞいてみては、いかがでしょうか。
>カヤックが用いられて大きな成果を挙げた探検もあるのでしょうか。
実は、学生のころケイバーだったため、学生探検でカヤックが使われた例に詳しくありません。
ただ、カヤックやラフトは探検部としての目的と手段が入れ替わってしまった好例なので(実際、楽しいんですよね^^;)、探検部としても冒険的エクスペディションが多いのではないかと思います。
最近のネタとしては、今年あたりに計画されてる京大探検部の遠征がカヤックを使用しそうな計画でした。
内容は、季節によって流れの向きが逆転するアマゾンの一支流へ遠征し、地理地質調査により、逆転のメカニズムと成因とを解明するという面白そうな計画だったのですが、今HPをみたら改装中ということで詳細不明です。
(参考)京都大学探検部HP
http://ecku.s76.xrea.com/
>研究者とケイバーの両方が会員となってますが、学会自体が探検してるわけではないです。
そうですね。誤解を招く書き方をしてしまいました。すみません。
ところで、Rさんは、今年の多賀での大会に行かれますか?
自分は、洞窟測量講習に参加してみようかなと思っております。
>Ryuさん
>経済面からのアプローチと、動機・目的面からのアプローチの両面を導入して、探検、冒険、商業ツアーを改めてきりなおして整理する必要があるようですね。
がんばります。
ツーリズムから離れたエクスペディションとして、探検と冒険があり、それを一般の人が疑似体験をできる場として探検的ツーリズム、冒険的ツーリズムがある。
探検的ツーリズムは、探求心を見たそうとするのが主な目的で、内容としては、たとえば砂漠の中の遺跡を見に行ったりだとか、ホエールウオッチングなどもそれに当たると思います。無人島ツーリングなどもそうかな?
冒険的ツーリズムは、文字通り冒険心を満足させることがメインですので厳冬期の雪山ガイド登山だとか、~湾横断、縦断ツーリング、などはそれに当たると思います。
ただ、探検的ツーリズムで難しいところは、その中に冒険的な部分もないと探検と見なされにくいところ、つまらなくなってしまうところが有ると言うことですよね。砂漠の中の遺跡に行くのに飛行機で飛んでいったり、ホエールウオッチングに動力船を使ってしまったんではどうしようもない。
だから、適度にリスクを導入することが必要。
なぜなら、探検的ツーリズムでは、本当の探検とは違い、個人的達成感が重要な目的になるから。その疑似探検の内的価値を高めるのに適度なリスク感は、非常に重要な要素となる。
冒険的ツーリズムでは、客に合わせたリスクの設定、或いはリスクに合わせた客の募集ということが必要となってくる。こちらは、探検に比べれば要素的には単純だと思います。
つまり、探検的にしろ冒険的にしろツーリズムという範囲内では、同じリスク消費型ツーリズムとなる。そして、その目的に応じて、適切なリスクを設定し、場合によっては、特に冒険的ツーリズムでは、その内容のリスクの度合いによって客の選定をすることも必要になってくる。
全く門外漢なので、稚拙な内容だと思いますが、探検と冒険などと話をそらせてしまったので、探検、冒険、ツーリズムということで感想を述べさせて頂きました。
う~~、しかし、文章を書くのは難しい。
Kazさん、ありがとうございます。
Kazさんの定義を世間一般に流布している言葉におきかえると、
「冒険的ツーリズム」→「狭義のアドヴェンチャー・ツーリズム」
「探検的ツーリズム」→「狭義のエコ・ツーリズム」
ということになるような気がします。
>特に冒険的ツーリズムでは、その内容のリスクの度合いによって客の選定をすることも必要になってくる。
日本ではこれが割りと常識的な発想で、例えばシーカヤックツアーなども、多くのアウトフィッターが「初心者向けツアー」、「中級者(当店初級者スクール修了者)向けツアー」などのようなクラス分けを行いますが、NZではここでもいつも書いているように、セミプロレヴェル(あるいはホントのプロ)の人と、初体験の身体障害者を一緒のグループで連れて行くような形でもツアーが催行されていますし、それも無理ではないように思います。
このあたりは、ツアーの組み立て方の問題であって、本質的な論点ではないかと。
むしろ、知的好奇心の側に重点をおく「エコ・ツーリズム」の方が、理解度のレヴェルが揃わないと、ツアーが成立しにくいという側面があるような気がします。
ただ、この「アドヴェンチャー・ツーリズム」と「エコツーリズム」は、消費者側から見た場合、これら二つをキチンと切り分ける術がない、というややこしい点があります。
よってガイディングの際も、アドヴェンチャー・ツーリズムとエコ・ツーリズムに、技術の差はなく、単に「表面上味付けの違い」ということになってきます。
ただ、今回の話を通じて、僕はこれらの枠組や定義自体を、壊してみたくなっています。
もっと違った別の切り口で、これらのツアーや冒険、探検を整理することが出来るかもしれないな、という気がしているんです。
できないかもしれませんが(^^;
もう少し時間ください。
いまのところの議論から考えれば、「リスク消費型−回避型」と「知的好奇心が高い−低い」の二つの尺度を直交させた二次元のタブローで、個々のアウトドア・アクティヴィティの性質を表現することは出来ると思います。
知的好奇心高い
┃
┃
リスク回避型━━━━╋━━━━リスク消費型
┃
┃
知的好奇心低い
ただ、この四つの象限を的確に表現する概念はまだ出来ていないんじゃないかと。
Posted by: waka moana : July 5, 2005 1:49 PM折しもこういう記事を見つけたのですが、
http://hokulea2.exblog.jp/d2005-07-05
「中にはビギナーの参加もあるけれど、彼らを全員無事に帰すガイドの力量は、世界のアウトドアガイドの中でも超一流だと思う。」「世界自然遺産になればツアーもきっと増えることだろうけど、もしも行ってみようという場合には、ぜひとも信頼できるガイド、つまりその土地を知り抜いていて、参加者全員を無事に帰す力量のあるガイドと共にお出かけください。」
これはRyuさんの使った概念で言えば典型的な「エクスペディション・ガイド」(その後の議論から考えると「アドベンチャー・ガイド」の方が適切か?)を期待した言説でしょうね。アウトフィッターがユーザーフレンドリーであるかどうかは問題ではなく、ハイリスクのフィールドでリスクを消費しつつ無事に戻るという1点がガイドの評価基準になっている。別の言い方をすれば、ユーザーの消費対象はリスクとフィールドそのものであり、ガイドは消費対象ではないと考えられている。
それで私少し思ったのですが、上で示したタブローで問題なのは、アウトフィッターの性格を表現する次元が無いことでしょうね。例えば「享楽的−禁欲的」というような尺度を足して三次元のタブローを作れば、フィールドとツアーの性質をもっと上手に捉えられる気がします。
Posted by: waka moana : July 5, 2005 2:09 PMやはりこれが一番スッキリしますね。
僕の中でまだモヤモヤしてるのが「ツーリズム型」と「非ツーリズム型」をどのように処理するか、です。
なかなか面白い研究テーマになりそうです。
あ、入れ違いになってしまいました。
>上で示したタブローで問題なのは、アウトフィッターの性格を表現する次元が無いことでしょうね
そうなんです。
二次元だと、まだモヤモヤが残るんです。
でも、三次元は複雑になりますねぇ。
僕のとろけた脳ミソで、大丈夫かな。
がんばって考えて見ます。
>「ツーリズム型」と「非ツーリズム型」をどのように処理するか
私の現時点の考えは、次のようなものです。
まず、商品としてのツアーは、上に書いたように「リスク消費型−回避型」「知的好奇心が高い−低い」「享楽的−禁欲的」の三つの尺度を用いた三次元タブローで表現されます。
一方、消費者においては、三つ目の尺度「享楽的−禁欲的」が「自己言及傾向が強い−弱い」に置き換わります。自己言及傾向が強い、とは、ツアーの消費形態が自らのアイデンティティに深く関わっているという意味です。ツアーを消費する事で「アドベンチャラー」とか「エクスプローラー」とか「アウトドアマン」とか「先輩」とか「後輩」とか、ともかく自らのアイデンティティを強化しようとするタイプの消費者です。一方、自己言及傾向が弱い、とは、ツアー消費と自らのアイデンティティと切り離して行うタイプの消費者です。
おそらく前者は禁欲的なツアーを好んで消費し、後者は享楽的なツアーを好んで消費すると思いますが、これは質問票調査かなんかをやって多変量解析にかけてみないとはっきりした事は言えないでしょうね。私は統計学を勉強していないので、手も足も出ませんが。
ともかく、ツアー商品と消費者とでは、似ているようで若干タブローの構成要素が違い、それは片方では「享楽的−禁欲的」、もう片方ではツーリストのアイデンティティのありようの違いとして表現されるのではないか、ということです。
Posted by: waka moana : July 5, 2005 3:18 PMなるほど、「享楽的−禁欲的」が「自己言及傾向が強い−弱い」に置き換わるわけですね。
これはスッキリしますねぇ。
さすがです。
>これは質問票調査かなんかをやって多変量解析にかけてみないとはっきりした事は言えないでしょうね
ですよねぇ。
こうなると、社会学者のテリトリになってきますね。
一ガイドには、ちと荷が重いです。
しかしながら、大変有益な示唆です。
ありがとうございますm(..)m
June 25, 2005
近未来SF的ゴーグル。
■【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れ。南風次第に強くなる。(高)10度、(低)1度。
[海洋気象] (エイベル)
南10ノット、ただしセパレーションポイントより北は20ノットが午前中に10ノットに落ちる。夕方には全域で20ノットに上がる。海況一時やや荒い。
向こう三日間:日曜朝南西5~15ノットに落ち、火曜15~25ノットに上がる。
[潮汐表] (ネルソン)
Low 05:32 AM 0.5 m High 12:00 PM 4.0 m
Low 06:08 PM 0.6 m

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■予報に反して朝はどんよりとした曇り。10時ごろから晴れたが、ときどき雲がかかって、決して快晴ではない。海は南東のウネリ

