April 25, 2005
《 自由テーマ 》 スクリーンのシンクロニシティ。
■【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れ。冷たい南西風。(高)13度、(低)1度。
[海洋気象] (エイベル)
南西、夕方には10ノットに落ちる。海況おだやか。
その後12時間:南西15ノット。
[潮汐表] (ネルソン)
Low 03:52 AM 0.5 m High 10:13 AM 4.1 m
Low 04:15 PM 0.5 m High 10:40 PM 4.3 m

© Copyright Meteorological Service of NZ Ltd
■今日もムチャクチャ寒い。冬到来という感じ。予報上は昨日より気温が低いが、昨日の方が風が強かったので、今日の方が少しまし、という感じではあったが、カフランギ国立公園の山並みを眺めると、マウント・アーサーには積雪が! たぶん、この秋初の積雪なんじゃないかな。
明日は少々気温上がりそうだけど、いぜんとして南風の予報。もうインディアンサマーは再来しないのか???
■僕は日本ではちゃんと気象の勉強をしなかったので、基本的にはこっち仕込み。というわけで、このブログを書くようになっていつも頭を悩ませてるのが、上記の予報の翻訳。どうも日本語の気象予報用語ってのが良く分からんのよね。
ってなわけで、気象庁の「気象庁が天気予報等で用いる予報用語」でも読んで、勉強してみようかなあ、などと思っている今日この頃。
でも、やっぱりこっちの自由奔放な予報用語を上手く訳すのはムリだろうな。きっとこっちの予報には、日本ほど厳密に「使用用語」なるものの規定がないと思う。ときどき「えっ!?」と思うような文学的な単語が出てきたりして、30分悩んだ末に、その単語を無視して普通に和訳したりしてるもん(笑)
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■昼過ぎに三人で釣り。寒かった上に、1時間少々粘ったのに、二人でスポッティ6匹(全部逃がした)。おまけに仕掛け一個を根掛かりで失う。やっぱ、引き潮時はダメか。
ちなみに本日は「アンザック・デイ」というこっちの祝日。これはどういう日かと言うと、第一次世界大戦でNZ&オーストラリア連合軍が、ガリポリに上陸してフランス軍を叩くという大作戦を決行し、見事に成功させた記念日。これ以来、軍人さんのお祝いの日になっている。
実はこのガリポリ上陸作戦のときに、両国連合軍を輸送したのが日本の軍艦。よってアンザック・デイは、日本人も一緒になってお祝いするべき日なのだが、残念なことにその次の大戦ではNZと日本は敵国になってしまい、今ご存命の大戦経験退役兵のオジイチャンたちは、全員こちらの「日本と戦った」方たちなので、この日は日本人にとっては肩身が狭いのである。
ってなわけで、昨年までの過去6回のアンザック・デイには、僕ら一家は一度も外出したことなかった。そんなことを知らずに、大きな町でのんきにパレードを観に行った日本人が、罵声を浴びたり卵をぶつけられたり、なんてことも、あるとかないとか。
もちろん僕らは釣りに行っただけなので、罵声も卵も食らっていない。そんなもの食らいそうなとこにはいかない。っつぅか、地元モトゥエカの町は普段の祝日同様、お店全部閉まってゴーストタウンと化しているだけで、別にアンザック・デイらしい催しなどもやっていなかった模様。きっとネルソンのアンザック・パーク辺りに行くと、派手にやってたんだろうけどね。今日だけは、んなとこには近づいちゃだめっす>ジャパニーズ
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■ウホホホッホォ~イ! 久々の「月曜日」だ。「自由テーマ」の日だ。堂々とアウトドアネタを無視できる日だ。しかもそれなのに、ちゃんと「釣り」という立派なアウトドアやってきて、いちおうそのことも上に書いてるんで、もう立派なもんだ。
というわけで、久しぶりに大手を振って映画ネタでも書くべ。
■全然予備知識はなかったのだけど、「スリラー」の棚でなんとなく手に取ったヴィデオが、たまたまローランド・エメリッヒ製作作品だった。偶然なのだけど最近エメリッヒ作品を集中的に観ていたので、どれどれとジャケットを裏返して説明を読むと、なんと1999年のヴァーチャル・リアリティ・サスペンス! ピンと来るものがあったので、早速借りてきて昨夜観てみたのだが、勘がドンぴしゃり、しかも映画の質も大当たりで、大満足。思わずすぐにネタにしている次第。
■勘っていうのは、「シンクロニシティ」のことだ。
とはいっても、映画のテーマとして「シンクロニシティ=偶然の一致」を扱っているというわけじゃない。皆さんもとっくにお気づきだと思うが、どういうわけだかハリウッド映画は、同時期に「ネタかぶり」をしているケースが非常に多いのだ。そのことである。
例えば有名なところでは、リドリー・スコット監督の『1492 コロンブス』(原題『Conquest of Paradise』1992)とマーロン・ブランド主演の『コロンブス』(原題『Christopher Columbus:The Discovery』1992)が、真っ向からぶつかったことがある。
ま、これは500年記念という節目の年だったので、仕方ないといえば仕方ない(とはいえ、原題がまったく違うのに、あえてそっくりな邦題をつけて勝負を挑んだ日本の配給側の神経はよくわからないが、まぁこれは今日の本筋とは関係ないので、あえてこれ以上は突っ込まないが、前者はDVD品切れに対し、後者はどうやら日本版DVDさえ出ていないらしいっていうのをみると、どう考えても戦略ミスだよなぁ、などとまるで中島らも大兄ばりのやたら長い括弧書きをやってしまったではないか)。
『ターミネーター2』(原題『Terminator 2』1991)と『エイリアン3』(原題『Alien 3』1992)のラストシーンがそっくりだったのも、あまりにも有名。後者はすでに撮影を終えて編集に入っていたのに、前者のラストシーンがそっくり同じだという情報が入ったため、ラストシーンだけ撮影しなおしてド派手な映像に作り変えたという逸話も伝わっていたが、結局間延びしただけで「違うエンディング」には見えなかったばかりか、前者のエンディングの方がスッキリしてて好感が持てた。なんていう僕の感想は、まぁどうでも良いのだけど、超話題作同士のエンディングが同じになってしまうってのは、なんとも皮肉な話だ。
もう少し地味な作品になると、もっとあるぞ。『ドロップ・ゾーン』(原題『Drop Zone』1994)と
『ターミナル・ベロシティ』(原題『Terminal Velocity』1994)も、同年に公開された「スカイ・ダイヴィングもの」である。僕はどちらも観ていないのだが、TV-CMを観ていてどっちがどっちだか分からなくなって混乱したのだけは良く覚えている(余談だが、後者に関する日本語サイトを検索すると、「原題『Terminal Vorocity』」となってるのがあまりに多くてずっこける)。
挙げ始めるときりがないのでこれくらいにするが、同時期に公開される映画に、この手の「シンクロニシティー」が何でこれだけ頻発するのだろう? 勝手な推測を書いちゃうと、きっと映画関係者同士お喋りから企画が持ち上がることがよくあるんじゃないかな? で、そこにたまたた居合わせた人が別の場所で別々の映画に同じアイディアを盛り込んでしまうのではないだろうか? ハリウッドなんて、案外狭い世界だろうからなぁ。
ま、理由はどうでもいいのだが、事実として、「同時期に、同じようなネタがかぶるケースが多い」という事実、これが重要なポイントである。
■で、やっと本題に入るのだけど、今回僕がエメリッヒ製作作品を手にしたとたんに「ひょっとして」と感じたのが、この映画もまた「シンクロニシティー作品」なのではないか、ということだったのだ。そして、その予感はズバリ的中したというわけ。
あんまりひっぱるのもなんなのでそろそろ書いてしまうが、今回借りてきた作品は、『13F』(原題『The Thirteenth Floor』1999)、そしてシンクロニシティーを期待していた作品は、『ダークシティ』(原題『Dark City』1998)と、ご存知『マトリックス』(原題『The Matrix』1999)である。
■前にも何度か書いたと思うけど、僕は『マトリックス・シリーズ』の大ファンである。特に第一作目はヴィデオで100回以上観まくった、「最も好きな作品」の一つ。
ところが昨年11月に、これとそっくりな作品があるらしいということを知った。『マトリックス』は、そもそも「不思議の国のアリス」や日本のアニメなど、色々な作品をモチーフにして美味しいところをコラージュにしたような作品で、そのコラージュぶりの見事さが作品の良さでもあるので、別に似た映画があったって驚きはしない。
特に現実と区別のつかないヴァーチャル・リアリティを扱った作品という意味では、『トータル・リコール』(原題『Total Recall』1990)を始めとするフィリップ・K・ディック原作作品の流れで、すでに一つの確固としたカテゴリーを形成しているくらいだから、類似テーマは腐るほどある。
■が、どうも『ダークシティ』という作品は、そういった「類似テーマ」というようなレヴェルではなく「そっくり」らしいという話だった。いや、『ダークシティ』の方が一年早い作品なので、むしろ『マトリックス』が『ダークシティ』のパクリ、などという陰口さえ、ネット上にはチラホラ散見された。これはおだやかではいられない。すぐにレンタル・ヴィデオ・ショップに走った。
正直、驚いた。そっくりなんてもんじゃない。確かに「パクリ」といわざるを得ないほど瓜二つのシーンが続出する。いや、「シーン」なんていうレヴェルの話じゃない。そもそも映画全体を支配する「空気感」がまったく同じだ。『ダークシティ』をウォシャウスキー流にアレンジしたのが、『マトリックス』だったといっても過言ではないほど。
■『マトリックス・シリーズ』を観ていて不思議だったのが、第二作、第三作の二本の持つ「空気感」が、第一作とまったく違う点だった。特にマトリックス内の仮想世界の雰囲気が、まるで違う。第一作で見せてくれた、あの独特の重苦しくも耽美な世界が、第二作、第三作では上手く再現できていない気がしていた。同じスタッフが作りながら、なぜこうも違うのだろうかと頭を傾げていたのだが、『ダークシティ』を観て謎が氷解した。お手本があるかないか、の違いだったらしい。
かといって、別に『マトリックス・シリーズ』に対する評価を下げたわけではない。あのシリーズは、やはり凄いと思うし、特に一作目は名作だと思う。映画全体の質は少々落ちるものの、続編二本の圧倒的な映像美も好きだ。
■しかし、『ダークシティ』には、参った。あの映画は、スゴイ。
通常僕の中では「シンクロニシティー」を含む二本の映画というのは、「あぁ~あ」な組み合わせとしてファイリングされてしまう。前述の『エイリアン3』と『T2』なども、個々の映画の評価はともかく、セットとして「かぶっちゃって残念だったねコンビ」という形で記憶してしまうのだ。それくらい「ネタかぶり」というのは、マイナス要因としてとらえていた。
が、この『マトリックス』と『ダークシティ』の二本を観たことにより、必ずしもネタかぶりがマイナス要因ではないことを学んだ。そっくりな映画でも、味付け一つで「双方が名作として並び立つ」という可能性があることを知ったのだ。
■そして『13F』である。まったく予備知識はなかったものの、「1999年」という製作年度とエメリッヒ製作ということをみた瞬間、「これは『マトリックス』、『ダークシティ』とセットになるべき、第三のシンクロ名作かも」という予感を感じた。
果たして、この作品は『マトリックス』とも『ダークシティ』とも共通項の多い映画であった。そして、正直に言えば、僕個人としては、映画としてのまとまりは『13F』が一番優れていると感じた。
プロットは、この作品が一番凡庸だ。フィリップ・K・ディックの短編集を読めば、似たような話は一冊に一つは出てきそうだ。しかも『マトリックス』の「機械vs人間」、『ダークシティ』の「異星人vs地球人」という、強烈な対立の構図がない。
キャストも一番地味で、あまり見慣れない役者ばかりである。
絵作りも、別段に目新しさはない。『ダークシティ』の重厚な暗い絵、『マトリックス』の一世を風靡したド迫力映像と比較すると、『13F』の絵は平凡とさえ言える。
しかし、面白かった。ものすごく面白かった。先ほど地味といった役者陣も、それぞれ難なく一人二役、一人三役(あるいは多重人格)をこなしていてお見事だったし、平凡な映像も良く観れば丁寧に作りこんであり、いらぬ緊張感を強いないという点で安心感があって好もしい(その点『マトリックス』の二作目、三作目などは、映像マジックでかなり誤魔化されている点があることは否定できないよなぁ)。
いらぬ緊張感といえば、さっき書いたように、この映画のプロットには、強烈な敵対関係がない。大きな陰謀もない。最近の映画には珍しいことである。しかし、ちゃんと面白い。ものすごくのめりこませてくれる。大した手腕だ。
ありふれたアイディアを、派手さのないキャストと手堅い映像で、超一級のエンターテイメントに仕立て上げる手腕、恐れ入った。これこそが職人芸正直、ここまでの作品とは思っていなかった。いやぁ、世の中には隠れた名作ってあるもんだ。
■で、問題の『マトリックス』や『ダークシティ』とのシンクロニシティ度だが、一見すると映像の雰囲気がまったく違うため、『マトリックス』vs『ダークシティ』ほどのソックリという印象は受けない。が、やっぱりシンクロ映画だと言っていいと思う。
共通点を見てみようか。
まず『13F』と『ダークシティ』だが、主人公が「身に覚えのない殺人容疑」で追われるところから物語が始まる点が同じだ。そして、そっくりなラストシーン。『13F』もまた、『ダークシティ』を意識したのだろうか?
次に『13F』と『マトリックス』だが、これはいわゆる「ヴァーチャル・リアリティ世界」を舞台にしているという点で、基本設定が思いっきりかぶる「同カテゴリーもの」だ。「デジャヴュ」、「世界」を飛び越えて「出てきてしまう」人物、ネオとトリニティの出会いの瞬間を思わせるシーン、効果的に使われる雨と雷鳴など、よく見ていると細部に共通項が非常に多い。
同時期に製作していたはずの映画に、なぜこれだけ共通点が多いのだろう? これらは、確か製作年度の早い『ダークシティ』には出てこなかったディテールだと思うのだが……。そういう意味で「謎のシンクロニシティ度」は、一見あまり似ていないこの二作品の間にも、やはり色濃く見られるような気がする。
■実は『ダークシティ』は、厳密に言えば、ヴァーチャル・リアリティものではない。記憶を操作しているという点ではそれに準じているのだが、登場人物たちが生活している空間は、ヴァーチャルではなく、あくまでもリアルである。たとえそれが異性人の異能によって、たえず変化させられている悪夢的世界であっても。
この「ありがちなヴァーチャル・リアリティもの」に見えるが、実は思いっきりひねってあるという設定、好きだなぁ。
もちろん、『マトリックス』が見せてくれた、機械文明が人間を支配するために与えた「檻としてのヴァーチャル世界」という衝撃的な設定も忘れがたい。
が、『13F』の「これが正攻法の正しいヴァーチャル・リアリティだ」といわんばかりの世界観も、見ていて気持ち良い。というか、90年代に入って大流行したヴァーチャル・リアリティのアイディアが出尽くそうかという1999年になって、ここまで正攻法で名作を作り上げたことに、拍手をしたい。
■さて、こうなると、もう一本気になるのが『ニルバーナ』(原題『Nirvana』1997)。観てみなくては。
ちなみに、こんなサイト見つけた。
ここでは『トゥルーマン・ショー』(原題『The Truman Show』1998)まで「同系列作品」として挙げられてるのが面白い。確かにトゥルーマンが閉じ込められている場所は、人間が作り出したものとはいえ、「ヴァーチャル・リアリティ世界」だよなぁ。そういう見方もあったのか。この映画は、出来は悪くないんだけど、主人公があまりに可哀想で、なんか後味が悪かったことばかりが印象に残ってるんだけど。
■ちなみに『ダークシティ』の監督の最新作『アイ,ロボット』(原題『I, Robot』2004)ご覧になりました?
こちらはロボットが人間に牙を向くという意味ではより『マトリックス』に近い設定なんだけど、刑事vsロボットという構図なので、雰囲気はむしろ往年の名作『ブレードランナー』(原題『Blade Runner』1982)だったな。でも、これもやっぱり面白かった。お薦め。
■しかし、リドリー・スコット監督、最近はなんか大作ばっかり作ってて、『エイリアン』とか『ブレードランナー』とか『ブラック・レイン』とか、あの手の雰囲気のB級エンターテイメントを作らなくなっちゃって、チトさびしい。
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http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/1989
Excerpt: ■【予報】 [地上気象] (モトゥエカ) 晴れ。南西風。(高)13度、(低)3度。 [海洋気象] (エイベル) 南東15ノット、セパレーションポイントより北では午前中に25ノットに上がる。北...
From: Ryu's Logbook ニュージーランド在住シーカヤックガイドのlogbook(=航海日誌)
Date: 2005.06.13
そういや、以前ANZACデーのパレードに音楽隊として参加したことがありました。まあ趣旨というか、日本人云々は分かってはいたのですが、入団してたバンド(サルベーションアーミー系)の行事だったのと、ブラスのリーダーが「弔う気持ちがあるのならぜひ」というので参加しました。
ま、場所が田舎のアカロアだったのもあって、「ほう、それはいい事だ」などと言ってくれる爺さんもいたし、一部の遺族の事を考えるとよかったのやら悪かったのやら。
今考えると、行く方も行く方だけど、連れて行くほうも連れて行くほうだよなあ(笑 まあ、日本人としてレアな経験をさせてもらいました。
Noriさんのパレード参加は、当時MLでもちょっとした話題になりましたよね。
良いことだった、と思います。
確かに連れて行った人は、なかなか勇気凛々だと思いますけど(笑)
Posted by: Ryu : April 26, 2005 10:19 AM
