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March 23, 2005

アウトドア用アンダーウェアの普段使い。

【予報】
[地上気象] (モトゥエカ)
晴れ晴れ。風おだやか。(高)22度、(低)12度。

[海洋気象] (エイベル)
 変風10ノット、午後北東に変わる。海況はおだやか。

[潮汐表] (ネルソン)
 Low 02:17 AM 1.3 m  High 08:33 AM 3.6 m
 Low 02:29 PM 1.0 m  High 08:40 PM 3.5 m

天気図
© Copyright Meteorological Service of NZ Ltd

朝は曇ってて、そのうち一瞬小ぬか雨がぱらついた。昼前には一度晴れたが、昼過ぎにはまた曇り。「晴れ」というより「くもり時々晴れ」だな。風はない。

 ちなみに今日はオンだったのだけど、風邪気味だったので休みをもらった。そんなにひどくないんだけど、シーズン終盤で身体が疲れてるし、会社もそう忙しくないから良いだろうと、無理をせずにさっさと休暇申請。ちょっとのどが痛く、背中が強烈にこって身体がだるい。熱はないし、食欲もあるので、一日ダラダラしたら治るだろ。

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 ◇シーカヤック ポレポレ日記「finetrack出勤!」

 finetrackはまだ見たことさえないけど、最近日本で話題のアウトドア製品の中では、唯一気になってるブツ。
 それ以外の「話題の新製品」とやらは、どれを見てもまぁ~ったくときめかない。不感症のジジィだな。

 ま、それはともかく、上記エントリーのようなアウトドア用サーマルアンダーウェアの普段使いだったら、僕は10年以上前からやってるヴェテラン。
 だって僕は東京で働いてたとき、夏用スーツも冬用スーツも持ってなかったから。いつも合服というのかスリーシーズンというのか、夏は保温性抜群(=クソ暑く蒸れ蒸れ)、冬は風通し抜群(=常に凍死寸前)のスーツばかり買ってた。
 となると、夏はジャケットを脱いでしのぎ、冬はサーマルアンダーウェアの上下を着込んで耐えるしかない。だから日本では、ワイシャツの下に着ても目立たないような薄色のアンダーを選んでた。

 こっちではそんなこと考える必要がなくなったので、衣装棚の中はネイヴィ、ブラック、ダークグレーばっか。チビのクセに、どうもダーク系が好きらしい。
 でも実はNZでは、ド派手な原色ストライプのサーマルアンダーもポピュラー。ピエロもビックリのアンダーをTシャツ短パンの下に着込んだ連中を初めてみたときは、「どういう神経なんだろ?」と呆れ果てたが、最近はあれがどうも気になって仕方がない。破廉恥なオヤヂになってきた証拠か。

 そういえば、映画『平成狸合戦ぽんぽこ』の四国の三長老の登場シーン、あれにはしびれた。サンバのリズムにのって超ド派手な原色爺ィ三人組が登場し、オープンカーで疾走。あぁいう風になりたいもんだ。

あ、そういえばこの手の話、昔も書いたことがあったっけ。どうも物忘れが激しい。やっぱかなりオヤヂになってきてるな。

 ◇パドルの向くまま、気の向くまま「掘り出し物その2 ジップ・ザップ & ビーズ・ニーズ 」

 そうそう、そうなんだ。アレルギー性皮膚炎が全身に出た2000年12月以降はムリになったけど、それ以前は四六時中サーマルアンダーを身に着けてたりしたんだった。野田知佑氏じゃないが、いつでも水の中に飛び込める格好が普段着。それまでの「親水性の低い生活」から反動だったのか。

 実は今も背中や首筋には常に皮膚炎が居座っているため、化繊ウェアは必要最小限しか身につけないようにしてる。

あっ、も一つ思い出した。
 そういえばサーマルアンダーの普段使いは、サラリーマン時代に始めたんじゃなかった。昨年4月28日のエントリーにも書いたくせに忘れてるとは、情けない。お迎えが近いぞ、早くド派手にならなきゃ……。

 僕が最初に手に入れたサーマルアンダーは、アウトドア用じゃなくて雨の日の自転車通学用だった。途中大きな峠のある20kmの道のりを50分でぶっ飛ばしてたので、まぁアウトドアといっても過言じゃないのかもしれないけど、ともかくゴム引き合羽では蒸れてビショビショになって毎回風邪をひく。見かねた親がゴアテックスのレインウェアとオーロン羊毛混紡アンダーを買ってくれた。
 我が高校は黒の詰襟学生服にワイシャツが制服だったんだけど、その下にサーマルアンダーを着込んでた。
 水色に紺色のトリムのあるアンダーだったので、白いワイシャツの下でその存在を主張し、あまり格好のいいものじゃなかったけど、背に腹はかえられなかったので、気にしないことにしてた。ホントは一番格好が気になる自意識過剰の年頃だったので、あえて気にしてないフリをしてたんだろな、たぶん。

 ということは、キャリア20年以上の超大ヴェテランじゃん。

 おかげで風邪ひかなくなって出席率はあがったが、しかし成績はますます落ち続け、入れてくれる大学がすっかりなくなったのはどういうわけだ? やっぱ「アウトドアグッズ」が身近にあると、バカになっちまうっていう証拠? 20年後に気づいても遅いよなぁ。

当時と比べると、シンセティックのアウトドアウェアはずいぶん進化した。
 20年前のオーロンアンダーは分厚くてチクチクしたし、きっと混紡されてたウールの質も良くなかったのだろう、洗濯を重ねるうちに縮んでカチカチになっておシャカ。シンセティックの進歩は言うに及ばず、ウールだって今のニュージーランド・ファインメリノなんて、ガンガン洗いまくってもビクともしない。

 でも、PCだとか携帯電話だとかあるいはiPodだとかの最先端のテクノロジーと比べると、それも色褪せる。
 いちいち裏とるのも面倒なので、怪しい記憶だけで書いてしまうけど、当時はまだアナログレコードとカセットテープが全盛。たぶんCDウォークマンはすでにあったんだろうと思うけど、普通のCDさえ珍しかった。「レコード屋」でレコードとCDの比率が突如逆転して「CDショップ」に変身したのは、1987年のことだったと記憶している(ただし東京の話、地方は知らん)。
 携帯電話なんて見たこともなかったし、確か公衆電話もまだ赤いヤツの方が多かったんじゃないか? ダイヤル式も健在だった。
 PCだと、インターネットどころか確かパソコン通信さえもなかったのでは? マッキントッシュなんて目玉どころか尻子玉が飛び出るほど高かったらしいが、僕はその存在さえ知らなかった。ウィンドウズもなかった時代だよな、確か。
 ヴィデオゲームは、確かNEC PCエンジンとかセガ メガドライヴはまだ出てなくて、事実上初代ファミコンの独壇場だったはず。ファミコンのディスクシステムも、登場してなかったのでは?
 ヴィデオといえば、まだベータがかなり幅をきかせてたな。今は亡きLDってのもあった。えっと、あれに似たメディアがあったけどなんだっけ? VHDとか言ったっけ? もうよく覚えてない。
 カメラだと、確かオートフォーカス一眼レフ(ミノルタα7000だっけか?)登場前夜という時代だったと記憶している。APSフィルムが発明されるのは、まだまだ先の話。デジカメなんて想像もしなかった。

 なんか別世界の話みたいだ。たった20年しか経ってないのに、今じゃデジカメとインターネットとゲームとGPSが携帯電話に搭載されてるんだもんな。

 それ考えると、アウトドアの世界はゆるやかに改良が進んでいるものの、革命的な変化や世代交代はほとんど起こってない。20年前には、すでにゴアテックスを始めとする防水透湿素材もサーマルアンダーもフリースもあった。多少軽く、多少しなやかに、多少薄くなったという程度。最大の変化は、価格が下がったことくらいだろうか(ユニクロだとフリースが数百円だもんな)。さすがに地味で小さな業界だ。

じゃアウトドア道具で、20年前と比べると同じものと思えないほど進化したモノって、何があるだろう?
 あっそうだ、リヴァーカヤックがある。プレイボートは、20年どころかここ10年でも同じものとは思えないくらい大きさも形も変わり果てた。20年前だったら、きっとリヴァー艇もポリじゃなくてFRPばっかだったんじゃないかなぁ?

 他に変わったもの、何があるんだろ? あんまりなさそうだな。ま、新たに登場したスポーツは別として。

でも、考えてみれば、一番変わり映えがなく、進歩してないのは、他ならぬ僕自身のような気がする……。いや、むしろ退化してるか。少なくとも高校生の頃は、もう少し身奇麗な美少年だったよな。こんな野人のオッサンではなかった……。記憶力なんて、とても比較にもならん。ヤレヤレ。

 う~ん、なんとも切ない結論になってしまったぞ。こんなハズではなかったのに。

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普段使いしてらっしゃる方は人気ランキングを、「んなもん、カッコ悪くて普段着られるかよ」というオシャレな方はranking.gifを、「サーマルアンダー? 何それぇ?」という方は、両方クリックしておきましょうね。きっと明日は良いことがあるでしょう。


投稿者 Ryu : March 23, 2005 12:08 PM
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コメント

おお、タイムリーな話題。
今日の夜から年に数回あるかないかのスーツが必要な出張で新潟に行くんですが、寒いだろうからと思ってパッキングの際にサーマルアンダーを持っていこうかどうか迷っていたんです。でも、丸首で持っているのはネイヴィーだけなんですよねえ。ジップネックならライトグレーのもあるんですが。どちらにしてもワイシャツの下には着られないのであきらめました。

最近、ファイントラック教信者とさえ言われてしまうようになった僕が言ってもあまり説得力はないかも知れませんが良いですよ、あそこの製品。

リバーカヤックを始めた約10年前、僕はかの銘艇ダンサーを買いましたが、今は初心者でも短くてハードチャイン、フラットボトムの艇が当たり前になってきましたね。と言うよりそんなのしか売ってないし…

Posted by: さのし : March 23, 2005 06:35 PM

ファイントラックは、次回日本に行ったらぜひ試します。
『プロガイド・ワークショップ』が10月末とか11月頭とかになりそうなんで、試用のタイミングとしては絶好。

ダンサー、あぁいう良い艇が今はないんですよね。
初心者に基本的なパドリングやロールを教えるには、今の過激なプレイボートより、絶対あぁいうのが良いんですけど。
僕はスタントバットを持ってるんですけど、後輩が借りてったまま戻ってこない……。
しかもアイツ、今期はうちの会社に戻ってこなかったから、もうあの艇も戻ってこないかもしれない……(涙)

Posted by: Ryu : March 23, 2005 09:38 PM

ご紹介いただき、恐縮しております。

私がシーカヤックでアウトドアに出た、まさにその年、finetrack製品も世にでて来て、アンダーについては何一つ悩む必要がありませんでした。 幸せ者です。
フラッドラッシュタイツは、足首が何故かもう、擦り切れてます・・・そんなに使ったっけな?

ブリーズラップの保温性をもうちょっとあげるために、最近パタゴニアのR5トップと、Caplene lightweightの半袖を足しました。

もうこれで、寒さ対策は完璧!・・って思ったら、もう春なんですね~、、

Posted by: おっくん : March 24, 2005 02:16 AM

西表島でシーカヤックのガイドツアーが遭難したようですね。

Posted by: Hokulea2006 : March 24, 2005 02:36 AM

沖縄タイムス
2005年3月24日(木) 朝刊 31面




西表でカヤック3人不明/観光の母娘とガイド
 二十三日午後二時四十分ごろ、竹富町西表島の観光ガイド業者から石垣海上保安部に「シーカヤックで竹富町の新城島下地から西表島に向かっていた観光ガイドから海上保安庁に連絡するよう電話があった」と通報があった。同保安部によると、観光ガイドの本郷雅則さん(37)=竹富町南風見仲=と、観光客の奈切美香さん(39)=横浜市港南区、娘の量子さん(10)の行方が分からなくなっており、航空機や巡視艇で捜索している。二十四日午前零時現在、発見されていない。
 同保安部や八重山署の調べでは、三人は二十三日午前九時ごろに新城島下地を出発。新城島と西表島の直線距離は約七キロで、通常なら約三時間で到着するが、三人の行方は分からないままだ。

 三人は救命胴衣を着用しているとみられ、長さ約五・四メートルの一人乗り用と長さ約六・三メートルの二人乗り用の計二隻のグラスファイバー製シーカヤックに分乗。量子さんが本郷さんか美香さんのいずれかと二人乗りし、残る一人が一人乗り用に乗っているとみられる。

 三人は二十二日に、西表島から新城島下地にシーカヤックで渡り、一泊した後、西表島に戻るところだった。

 第十一管区海上保安本部は航空機四機、巡視艇四隻で新城島を中心に周辺海域を捜索。竹富町総務課は、黒島と西表島東部の消防団に協力を要請し、二十四日早朝から捜索に参加するという。

 石垣島気象台によると、二十三日の石垣島地方(石垣市、竹富町)は風が強く、平均風速七―八メートル、最大瞬間風速は午前十時十八分に一九・四メートルを記録。波も高く、午前と午後を通じて、波浪注意報が発令されていた。


天候急転 無事祈る家族


 ガイドの本郷さんは日本縦断のキャリアを誇り、「国内でも指折り」と仲間の評価も高い。海上保安庁などによる懸命の捜索は夜通し続けられ、本郷さんの妻や仲間らは三人の無事を信じ、祈った。

 本郷さんの妻は「午前中に本人から数回の電話があり、ボートを持つ友人の電話番号などを教えた。救助を求めたかもしれない」と説明。「とにかく海上保安庁からの連絡を待っている」と心配そうに話した。

 奈切さん親子が宿泊していた西表島の旅館オーナーは「母親は川でのカヌーの経験があると言い、救命具などの装備も自前で持ってきていた。娘さんはハキハキと礼儀正しくかわいらしい印象。冷たい北風の荒れた天気が続いているので心配だ」と気をもんでいる。

 オーナーによると、三人が出発した二十二日は蒸し暑い好天で海はべたなぎだったが、夜になって北風が強まり、激しい雷雨になった。二十三日は朝から風雨が強く、海は大荒れだったという。

 本郷さんのホームページによると、本郷さんはシーカヤックで波照間島から北海道まで縦断した経歴を持つ。

 シーカヤックツアー業者の中川隆行さん(33)は「本郷さんはおそらく沖縄でナンバーワンのガイド。国内で数本の指に入るだろう」と強調した上で、「朝は天気がとてもよかったので、西表までぎりぎり持つと判断したのではないか。近くの無人島など安全な場所に移動していると信じたい」と祈るように話した。

 西表島カヌー組合の前大敏夫組合長によると、同島では約四十業者が営業。西表島から周辺離島へのツアーは夏場に人気が高く、新城島へは年間約一、二万人が渡るという。


船4隻ヘリ2機、夜を徹し捜索へ


 西表島の消防団・大原分団と豊原分団、黒島の黒島分団は、十二人が参加し二十三日午後七時半ごろから、海岸を歩き三人の行方を捜索した。同日午後十時、視界が悪くなったため捜索活動を打ち切った。石垣海上保安部は船舶四隻とヘリコプター二機で依然捜索中。午後十一時現在、照明弾を上げ、夜を徹して捜索する予定という。


Posted by: Miya : March 24, 2005 01:53 PM

月並みなことしか言えませんが、
今はただ無事を祈っております。

Posted by: Miya : March 24, 2005 01:57 PM

そんな歴戦の猛者がガイドさんだったんですね。

Posted by: Hokulea2006 : March 24, 2005 03:12 PM

本郷氏が遭難とは、こりゃまた……。
ともかく無事をお祈りしております。
もし何か新しいニュースが入りましたら、教えていただけると大変うれしゅうございます。

全員生還しますように。

Posted by: Ryu : March 24, 2005 04:41 PM

沖縄タイムス
2005年3月24日(木) 夕刊 5面




高波の中捜索続行/西表3人不明
 竹富町の新城島から西表島に戻る途中で行方不明となっている観光ガイドの本郷雅則さん(37)=竹富町南風見仲=ら三人について、第十一管区海上保安本部や八重山署は二十四日午前も付近海域の捜索を続けている。前日からの強風の影響を考慮し、捜索範囲を広げているが、午後一時現在、行方は分かっていない。地元消防団も捜索に乗り出しているが、海上はしけており、関係者らの表情は険しい。
 行方不明になっているのは、本郷さんと横浜市から訪れた観光客の奈切美香さん(39)と娘の量子さん(10)。

 十一管は巡視船艇四隻と航空機四機を派遣し、付近海域の捜索を継続。前日から吹いている北寄りの風が強いことから、強風で三人が乗ったシーカヤックが南に流されている可能性が高いとみて、波照間島の南側まで捜索範囲を広げ、行方を探している。

 十一管の職員がシーカヤックが出発した新城島下地に上陸し、海岸付近などを捜索したが三人の姿はなく、持ち物なども発見できなかったという。八重山署は午前七時から警備艇を出し、前日に引き続き新城島と西表島の間の海域を中心に捜索を行っている。

 十一管や同署によると、三人は二十三日午前九時ごろ、新城島下地をシーカヤックで出発し、西表島に向かっていたとみられる。しかし同日午後二時四十分ごろ、本郷さんから妻に電話があった後、行方が分からなくなっている。


無事戻って住民ら祈り


 二艇のシーカヤックに分乗した母娘ら三人が行方不明になってから一夜明けた二十四日午前七時半ごろ、西表島の大原港では、同島消防団が次々と船をチャーターし、海上での捜索に乗り出した。同八時現在、西表島は気温一六度で、北北東の風が強く、海上はしけている。消防団関係者は「小さな船での捜索は無理なので、五トン以上の船を出す。しかし波が高いので厳しい捜索になりそうだ」と、荒れる海を前に表情を険しくした。

 捜索しているのは、豊原消防分団と大原消防分団の団員約十人。チャーターした地元の船五隻に、二、三人ずつ乗り込んで海に出た。玉盛広皓豊原分団長は「波照間島と西表島の間を中心に今日は一日見つかるまで捜索する」と話した。

 大原港とは反対側にある島の西部からも、地元のマリンレジャー関係者らが応援に駆けつけた。

 島の西部に住む男性(43)は、捜索船のアシストとして乗り込んだ。「今日は波が高く西部から船は出せない。昨日もだいぶ海がしけており、地元の遊覧船も運航を見合わせたほどだったのに、どうしてカヌーを出したのか。無事に戻ってほしい」と話した。

 港には本郷雅則さんの友人らも駆けつけ、捜索船が出るのを心配そうに見送った。


Posted by: Miya : March 25, 2005 01:17 AM

時間がたちすぎてるのが、なんとも気になります。

Posted by: Ryu : March 25, 2005 10:07 AM
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