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August 27, 2004

ぬるい危機管理論。

■ 予報
地上気象 - 晴れる。冷たい南西風。最高気温11度、最低気温1度。
海洋気象 - 変風10ノット、午後に南東10ノットに、ただしセパレーションポイントより北では20ノット。海況はやや荒くなる。

■ 快晴だったが寒い一日。昨日よりも寒かったかな。寒の戻りだ。

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■  「自己責任論」に思う、災害リスクとの「付き合い方」
  読者の方からの投稿ネタ。「ぬるーいコラムをご紹介します。私はつっこむ気力もありません。」との紹介文とともに送られてきたURLをクリックしてみると……。

  なるほど、こりゃヌルイ(^^; 
  で、僕が突っ込まなきゃいかんわけね。こりゃ難儀やなぁ(^^;;;

■ 左の「特薦」の欄でもピックアップしている6月7日「サーチ&レスキューにも、お国柄の違いが。」の中でもちょっと触れたし、別のサイトでも『危機管理考その2』と題してこの点は詳述したことがあるので(こっちは古いコンテンツだから、そろそろ加筆訂正しなきゃダメなんだけど)、もうこれ以上はあまり蒸し返さないが、僕は危機管理論と責任論は厳密に区別するべきであると考えているし、日本の危機管理意識や体制が遅れている原因の一つも、この「危機管理メソッドと自己責任論の混同」にあると思っている(そりゃぁそうだ、他人の責任として押し付けてしまえば、自分自身は何もしなくなるってのが人情だってば)。

  さて、翻ってこの銀行系(あるいは旧財閥系といってもいいか)のシンクタンクのエリート氏の手になる文をもう一度読み返すと……。
  う~ん、23日のネタに負けず劣らず、突っ込み甲斐のあるネタだこと……。

■ そもそもこの文の一番おかしな点は、誰に対して何を語りかけているのかまったく不明な点だ。導入部では一般国民の意識を指摘し、ご自身も例外ではなかったことが語られる。
  で、「災害が起こったら、誰もあなたの命は守ってくれないのだ! しっかり自分の身は自分で守ろう!」と来るのかと思ったらさにあらず。途中「行政、企業、国民、NPOやボランティアなどの各主体が」という部分に再度国民という言葉が出てくるものの、話はだんだんとふくらみ、ご自身の専門分野へと迷い込み、最後は「災害研究の発展を望みたい。」というところに落ち着いてしまう。
  け、研究の発展??? 災害危機管理の結論が、災害研究の発展???
  参ったなぁ。この文が意図する対象と内容がつかみきれないのは、南半球の紫外線にさらされすぎて僕の読解力が腐ってしまったせいなのだろうか?

■ もちろん、話が「責任の分担」に終始しているのも大問題。
  蒸し返さないといいつつ、話の流れ上やっぱりまた書いてしまうけど、災害に直面したとき、「この場の状況は、誰が責任を取ってくれんだ!」だとか「この点については市役所防災課が担当のはずだろ!」なんて言ってる場合ではないのだよ。誰の責任であろうと、死ぬのは被災者なのだ。それはすでに「自己責任」ですらない状況なのだ。自分で責任を取るだとか役所が責任が取るべきだとか、そういう責任論は災害がおさまってから法廷でゆっくりやっとくれ。

■ また、氏は
「行政、企業、国民、NPOやボランティアなどの各主体が一体となってこの問題を考え、それぞれにおいてやるべきことは何か、誰が何についてどこまで責任を持って対応するかという、責任分担のコンセンサスをしっかりと形成することが極めて重要となる。」
とおっしゃるが、これが間違いの始まりであることは、賢明なる読者諸氏にはいわずもがなだろう。

  8月16日「原発事故をなくすには。」の蒸し返しになるが、危機管理を考える基本として大切なことは、まず事故や災害は必ず起こるという事をキチンと認識すること。そして、その上で、最悪の場面を想定してバックアップを二重にも三重にも四重にも、可能な限り用意しておくことである。
  対策方法が一つだけだと、まず役に立たないと思っておいた方がいい。逆に言えば、たった一つの対策方法で切り抜けられるような事故や災害ならば、規模はたいしたことはない。

  つまり、氏のおっしゃるような形で「分担」してしまっては、バックアップが減ることになり、危険度は一気にアップするわけ。分担しちゃダメなんだよねぇ。各主体が、それぞれ独自に「できることをすべてやっておく」ことにより、何重にもバックアップが出てくるようにしておかないと。
  調整するとすれば、上のレヴェルから下のレヴェルを見て(例えば県が市町村以下のレヴェルの各主体の準備状況を見て)、バックアップ過剰な部分を多少削り、逆に手薄な部分に予算を回すという形であるべきだ。そして、自分のレヴェルの手に余る部分に関しては、それを担当できるレヴェルに話をしてカヴァーしてもらう。

  ついでにしつこく指摘しておくが、この部分でも「責任分担」と記されている点は要注意。話の流れからすれば、もちろんここは「役割分担」であるべきだろう。
  もちろん、役割分担がなされれば、その役割ごとに責任が生じるのは当然なのだから、「責任分担」と書くことが「大きな間違い」とは言えない。
  しかし、日本の危機管理の遅れの大きな一因が「責任論との混同」にもあるということをきちんと理解していれば、危機管理論を語るときに不用意に「責任」という言葉を使うことは避けるはずだ。少なくとも僕は、よほどの必然性がない限り、危機管理論の中に「責任」という言葉は使わない。

■ 危機管理について書くならば、まず語りかける対象をきちんと設定しなくてはならない。国民一般に話しかけるならば、その次元でのリスクマネージメントを語るべきであるし、行政やシンクタンクに意識改革を促したいならば、それにみあったしかるべき内容を盛り込む必要がある。言うまでもないが、現場で被災してサヴァイヴァルをしなくてはならない国民一般レヴェルと、大災害時に国レヴェルでの危機管理をコントロールしなくてはならない行政レヴェルでは、内容は天と地ほどの差が出てくるのである。

  この文は、そもそもの基調が「災害時に一人でも多く生き残るように」という思想ではなく、「準備のために責任分担」という視点から語られているし、実際の災害発生時に一番問題となる危機管理のバックアップ機能の面に言及するどころか、「分担」によってそのバックアップを減らすべきであると読めてしまうような書き方までされている始末なので、危機管理論としては何の実効性もない。
  危機管理の基本中の基本である「パッシヴ・セイフティ」と「アクティヴ・セイフティ」の二面についてはまったく考慮されておらず、結論として「研究」ということをあげてお終いとしてしまうところを見ると、どうやら被災後の「パッシヴ・セイフティ」に関しても災害シミュレーションと「各主体間での責任分担論」だけで乗り切ってしまおうということらしい。

  その上に、このように対象と内容をあやふやなままに我田引水的な結論に牽強付会してしまっているので、よけいに全体の印象が曖昧模糊としてしまっている。

■ 氏の場合は、ご自身がつい先日の人質事件まで冒頭の段落のような意識だったと告白していらっしゃるので、この程度の内容でもいたし方ない面があることは、僕も否定しない。
  ただ、このように災害の現場をリアルに想像することもできない人がリスクマネージメントを語ってしまい、あるいは研究に従事し、それにしたがって行政の対策が練られてしまうのかと思うと、何やらおそろしくはならないだろうか?

  危機管理を語りたいならば、事故や災害の現場の映像を山ほど見なさい。現場の生々しいレポートを、めまいがするほど読みなさい。そして、自分がもしこの場に居合わせたとしたら、果たして生き残れたかどうかを考える。あるいは、生き残るために何が必要だったかを考える。
  そうしないと、この文のように机の上で宙にプカプカ浮いているかのような空論がまた一つ増えるだけだから。

■ というわけで、結論はシンプル。シンクタンクや行政に「責任」を押し付けたって、あなたが生き残れる保証はどこにもないということ。
  自分の命を守れるのは、自分だけ。大災害時の行政の仕事は、まず一義的にはあくまでも混乱したシステムを立て直すことであり、極端に言えば生き残った人に対するレスキューや補助は、あれば御の字くらいに心得ておいた方がいい。特にジャパンは、レスキューの現場でさえ縦割り行政の弊害で縄張り争いをやるような国だもの。

  親亀小亀の上に孫亀まで重ねるようにして言うが、これは「自己責任論」ではない。「自分の身は自分で守る」ということと「自分の言動には自分で責任を持つ」ということは、確かに似ているし、重なる部分もあることはあるが、基本的にはまったく別の事柄なのである。くれぐれも混同しないように。
  責任は自治体がとってくれるかもしれない。あるいは会社がとってくれるかもしれない。でも命はかえってこない。そういうことだ。

■ ちなみに、この結論でもお分かりの通り、この一文は「一般国民」に対して「お上の災害対策は、こんなレヴェルの考えを元に立てられてるんだから、当てにするな」という内容を語っているものであり、行政やシンクタンクに向けて危機管理対策の提言をしているものではない。だから別に「災害シミュレーションや研究が無駄」などと短絡的なことを言っているわけじゃないので、その辺お間違えのないように。
  念のためお断りしておかないとね(^^;

■ 関連過去ログ【読者投稿】
  ◎ファーストエイド雑感。 (6月30日)
  ◎またもや、サングラス四方山話。 (7月6日)
  ◎東京の星空、ニュージーランドの星空。 (7月10日)
  ◎ガソリンより高い水が、蔓延? (7月15日)
  ◎捕鯨と差別。 (7月20日)

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■ うぅぅ、ホントは今日は熱があるんだよぉ。セキも止まらないんだよぉ。ボケた頭で書いてるんで、また大ポカをやっているかもしれない。お気づきの点があれば、ご指摘くださいまし。

投稿者 Ryu : August 27, 2004 08:45 PM
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From: Ryu's Logbook ニュージーランド在住シーカヤックガイドのlogbook(=航海日誌)
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