August 16, 2004
原発事故をなくすには。
■ 予報
地上気象 - 晴れ。冷たい南西風。最高気温14度、最低気温-3度。
海洋気象 - 南西15ノット、午前中に南25ノットに変わる。海況は一時あらくなる。
■ 僕が休んだとたん、これだよ。快晴で、暴風警報も出てない。まぁ、ホントに南が25ノットも吹いちゃったら、海もけっこう荒れるし、何より寒くてツアーはツライだろうけど。
しかし、-3度か。まさに三寒四温だな。
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■ ちょっと乗り遅れた感もあるけど、むしろ熱しやすく冷めやすい日本人の間では、こういう話は「蒸し返す」くらいのタイミングくらいの方がいいのである、などと勝手に決め、僕なりに原発事故について一言。
■ 危機管理でオマンマをいただいている立場で言えば、まず念頭に置いておくべきは「事故を完全に回避することは出来ない」という鉄則。
僕は「無理」とか「絶対」とか「100%」とか、その手の言葉があまり好きではない。でも危機管理を考えるときは、これらの言葉を残念ながら、どうしても使わざるを得ない。「事故を100%防ぐことは、絶対に無理」ってな具合に(笑)
小説『ジュラシックパーク』の中で、マルコム博士がジュラシックパークの安全システムの崩壊を予言する(映画版にもあるね)。僕はカオス理論だの複雑系数学だのはまったくパッパラパーなんだけど、それでも「完璧な安全システム構築」が机上の空論だということくらいは分かる。
だから、きっと前にも書いたことあると思うけど、僕自身もそのうち必ずシーカヤックツアー中に事故を起こすに違いないと思っている。問題は、運悪く引退前に本当に事故を起こしてしまうのか、幸運にも事故を起こす前に引退できるか、そのどっちになるかっていうだけのことに過ぎない。ま、僕の仕事の話は余談だけど。
■ ともかく、事故ってやつは、とてつもなく意地悪だ。
「あ、しまった、ストック切れちゃってたかぁ。今から田中を買いに走らせても、今日の仕事にはまにあわんなぁ。ま、一日くらい仕方ないか」
とか、
「ありゃ、いつもここに入れてるのになんでないの? あ、そうか! 昨日使って戻しておくの忘れたんだっけ。ま、今日一日くらい大丈夫だよな」
なんていう日に限って、ピンポイントで襲い掛かってくる。
あるいは日常点検してて、
「ここ、そろそろやばいかもな。まぁもうしばらくは大丈夫だけど、念には念を入れて来月のメンテの日に交換しておくか。もしも、ってこともあるからな」
なんて言ってたら、メンテの前日になってその部品が壊れて事故が起こる。
また、マネージャやオフィスの女の子がオフィスを閉めて先に帰り、会社に自分一人だけ居残っていて、電話も使えない(電話はオフィスにある)ようなときに限って、足の裏を切ってしまったりする(笑)
ほんっと意地悪だよねぇ。事故っつぅヤツは、視覚、嗅覚、聴覚はおろか、どうやら第六感と邪悪な意思までそなえているんじゃないかとさえ思う。
もちろん、コストの問題なんかで点検の手を抜いたりしたら、たちまちそこにつけ込んでくるに決まってるのだ。
原発事故だけ事情が違うのなら話は簡単なんだけどね、そうは問屋がおろしてくれない。
■ 原発事故が起こると、ずさんな管理体制があーだの隠蔽がこーだの癒着がどーだのと議論百出して、要は「ちゃんとやらんとおえりゃーせんが!」(注:岡山弁。和訳すると「ちゃんと安全管理やってもらわないと、安心して暮らせんぞ!」)っていうところに議論の焦点が向きがちで、あっちのお偉いさんがペコペコ謝り、そっちのお偉いさんが深刻なコメントを述べ、こっちのお偉いさんの首が飛んでどこぞのお偉いさんが減俸になってハイ一段落、その頃には世間もすっかり喉元すぎて、っていう感じでことが進んで行くんだけど、僕は「それってちょっと違うんじゃないの」と思う。
だって、いくらちゃんとやったって、いくらお偉いさんの首飛ばしたって、「事故は絶対に防げない」のは明白なんだもん。
なんだったら賭けたっていいっすよ。「今後は絶対に原発事故は起こらない」に賭ける人がいらっしゃるなら、僕受けて立ちますのでご一報ください。何賭けようかな。よし、フリルネック U.T.E.10個でどうだ!(笑)
■ つまり、原発事故が起こったときにやるべきことは、管理会社を叱ることでも、責任者の首を飛ばすことでも、今後もっと厳重な安全システムを徹底することでもない(いや、もちろんこういうのをやらなくていいって言ってるわけじゃないんだけどね)。
じゃ、何をすべきか?
■ 「原発をなくす」しかないんじゃないの、やっぱり。
当たり前すぎる? そう、当たり前すぎるの。だからこそ、それをホントにやらねばならんでしょうが、やっぱり。そうすりゃ事故は「絶対に」起こらない。
今回の事故直後、国の原子力委員会が「きちんと対応しないと、原子力政策はやっていけなくなる」 と危機感をあらわにしたそうだが、僕個人としては原子力政策なんぞからは一刻も早く手を引いて欲しいと思っている。
■ でも、「原発反対!」と叫ぶだけで状況が変わるわけがない。ましてや、普段は原発のことなんかすっかり忘れてて、こうして事故が起こったときに、たった3日間だけ「そら言わんこっちゃない」とか「だから原発はダメなんだ」などと言ってみたところで、原発はビクともせず、今後も元気にドンドン事故を起こし続けてくれるに違いない。
そんなヤンチャ坊主の原発をなくすには、電気消費量を減らすしか手がないんじゃないか?
つまり、これは首を飛ばされることになるお偉いさんや管理会社の仕事ではなく、我々一人一人の仕事のはず。
■ やっと話が核心に触れたけど、つまりやるべきことは「省エネ」なんじゃないの?
当たり前すぎる? そう、当たり前すぎるの。だから、それをホントにやろうではないか、っていう提案。
■ 日本は世界でも有数のエネルギー消費大国だ。これは別に企業だけが悪いわけじゃない。各家庭=各個人が、とてつもないエネルギーを消費しているのだ。日本人一人当たりのエネルギー消費量が、他国、とくに途上国と比較してどれくらい多いか、ちょっと調べればいくらでもリサーチ結果が出てくるので、もうあえてここには書かない。
つまりこれを逆からみれば、各個人が少し気をつけるだけで、原発の一つくらいなくすことができるかもしれない可能性を持っている、ということにもなるわけだ。「簡単になくせる」とは言わない、もちろん。でも可能性は大いにあるでしょうに。あるなら、やる価値あると思わない? 僕は思う。
エアコンの設定温度を一度あげる(冬は一度さげる)。自販機の使用を控えて台数を減らす努力をする(自販機一台で一家庭分の電力を消費するそうだ!)。消費電力の一割をも占めるといわれる「待機電力」のカットを心がける。こんなのは、今すぐにでも始められること。
もう少しがんばるなら、ビルの壁をツタでおおうとか、エアコンに頼らずレイヤードで体温調節をしてみるとか、飲み水以外には雨水をためて利用してみるとか(浄水処理にも電力は必要だし、高層住宅なら給水ポンプだって電動)、夕食はロマンチックにキャンドルでとるようにするとか、消費電力の少ない電気製品や照明器具を選ぶとか。
さらにがんばってみるなら、ソーラーパネルや風力なんかで自家発電するなんてのは、相当ダイレクトに節電に貢献するはず。近所のコンビニを使うのやめて、いくつかコンビにを淘汰してしまうなんてのもいいかもしれない(なんてことを書くから、「お前みたいなのがいるから、なかなか消費が拡大しない!」って叱られるんだけど)。
ちょっと頭をひねれば、いっくらでも無理なくやれることはあるはず。
だからといって、よく「夕方6時以降はエアコン停止」なんて非人道的な省エネをやる会社があったりもするが、それもまたちょっと違うだろうがと思う。ま、ここまで突っ込み始めると脱線してきりがなくなるからやらんけど。
あと、防犯用常夜灯を消すようなことは、やっぱりしない方がいいかも(笑)
ともかく、国民一人一人が「原発をなくすために、これをやっています」という意識をきちんと持ち、「一億人のキャンペーン」をやれば、少なくとも一つくらいは減らせるんじゃないのだろうか? 少なくとも、口ばかりで「原発反対!」っていっているよりは、はるかにチャンスが大きいはずだ。
■ つまり、事故が起こったときに我々が言うべき台詞は
「そらいわんこっちゃない、ちゃんとやってもらわないと困る!」
ではなく、
「あぁ、僕の努力が足りなかったせいで、原発をなくす前にまた一つ悲惨な事故が起こってしまった……。次の事故が起こる前に、なんとか一つでも原発をつぶせるくらい省エネに励まなくては……」
であるべきだと思うのだが。
日本人の10人のうち3~4人がこうつぶやくようになれば、日本の原子力政策は変わらざるを得ないと思うんだけどねぇ。
■ ちなみに、僕は決して「地球に優しい」人間じゃない。僕は単に、自分の子供には核に脅かされなくて暮らせるようになって欲しいと願っているエゴイストにすぎない。
「エゴ」が原動力だからこそ、無責任な即席評論家やってるだけでは安心できず、些細なこととはいえ行動がともなってくるのだと思っている。
■ ついでに言えば、ニュージーランドは非核政策をとっているので、もちろん原発はない。
特に僕の住む南島には火力発電所さえ皆無で、すべて水力発電でまかなわれている。ニュージーランド全体で見ても、実は総発電量の大半が水力発電によるもの(降雨量によって発電量が変わるので、全発電量の6割の年もあれば8割の年もあって、割合は一定ではないが)。
かといって日本ほどダムだらけ堰堤だらけ護岸だらけではないのだが、これはまた脱線しそうなネタなので、また今度。
もちろん水力発電だからといって、安心して電力を無駄遣いする気は毛頭ない。だから原発だらけの国の人たちが、なぜあれだけ電力を「垂れ流し」に出来るのか僕には不思議でならない。
■ ちなみに、紙面が足りないので、今回は大気汚染だの温暖化だの、そういう観点からの省エネについては一切触れないことにしたので、その方面からの突っ込みはご勘弁を。
ホントは、省エネってこれらの問題とも絡むし、上でちょっと書いたように経済問題とも密接な関係があって、一筋縄でいく話じゃないのは、僕も百も承知の上なので。
例えば、上でキャンドルのことを書いたけど、本来ならば電灯とキャンドルを比較するには、ある一定の光量を電灯で得るために必要な電力を発電するために火力発電所の出す廃熱や二酸化炭素と、キャンドルのそれを比較し、さらに原料のサステイナブル性や輸送に要するエネルギー、あるいはダイオキシンなどの大気汚染を始めとする環境に与えるインパクトなどの多くのパラメータをいろいろな観点で総合的に比較してみないことには、話はできない。難儀なこっちゃ。
でも、それにしたって、やっぱり原発だけはいらない。ダイオキシンが出ようが二酸化炭素が出ようが、制御できない「核」よりはましだと思っている僕としては、原発も核ミサイルも原潜も、地球上には一つたりともあって欲しくない。だから、僕自身は非核の国、水力発電の国に住んでるんだけど、とにもかくにも節電する。これを書いた以上、今後はもっと節電がんばる。
■ う~ん、仕事続きで疲れて頭も回ってないときに、短時間で書き飛ばしても良いようなトピックじゃなかったなと、書き終わってから深く反省。どうもあちこち詰めが甘い。
でも、ここまで書いてボツにする気合もないし、別のトピック考える気力もないので、エイヤッとアップして、ビールでも呑もう。うん、そうしよう。冷蔵庫の中身を減らせば省エネにもなることだし(笑)
■ その前に改めて合掌。今回の事故でお亡くなりになった方のご冥福を、また怪我に苦しんでいらっしゃる方の一日も早いご回復を、心よりお祈りいたします。
http://www.gofield.com/openair/mt/mt-tb.cgi/580
ついさっき、ニュース巡回で
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040816-00000115-kyodo-soci
という記事を見つけたところでした。
海水甘く見すぎてますよね・・・発電所の設備の中に「身近な資源だから」という安直な考えで、しかも「環境にもやさしいし」などという危ない勘違いも入って海水を冷却水利用していたとしたら、本当に怖いです。
勿論これは我々が普段海水のみならず、自然界の風とか水の力というものの怖さを体感していないから、でしょうが。
(自分も日本脱出した生活をして初めて「身をもって知った」ことのひとつです、塩の怖さ)
その一方で、昨日のニュース巡回では
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040815-00000015-mai-bus_all
という記事も見つけておりました。
こういうのはどんどん普及させて欲しいですね。取り組みやすいとも思いますし。
さらに、丁度NHKの国際放送で頷きながら見ていたのはこちら。
http://www.nhk.or.jp/gokinjo/backnumber/040805.html#idea03
マンションの話では、階段等の共有部分にも緑のカーテンを取り入れていました。外から見ると、階段の踊り場部分を利用して上から下まで外に面した一角がきれいに一面緑でしたね。
小学校のほうは、確かキュウリを植えていたのでした。収穫する子供たちも楽しそうで、一石二鳥ですね。
あ、もう一つ(今日は突っ込みどころ満載)、今日の記事で触れられていたことの中で、自宅と東京の実家周辺でで実際に起こっていることシリーズ:
・ 防犯灯はモーションセンサー仕様(人影が動いたときのみ点灯)。
電力的なこともありますが、ドロさんはやはりいきなりついた灯りのほうがギョッとするんだそうです。出入り口付近の玉砂利も、足音がするのでかなり効果的とか(・・・って、脱線ついでに前のトピックとつながってしまいました)
・自宅のプール(・・・す、すみません、これは恨みを買う覚悟でカミングアウト。でも逆についていないほうが今は不動産的には売れるみたいですよ、お手入れ大変なんで)。ソーラーで水温調節です。我が家はプールのみの独立型で、前のオーナーが設置していった物。市ではソーラーパネルを設置する場合にリベートを出すプログラムもあり、我が家の様に小規模で独立型でもよいし、大掛かりにして、市の送電グリッドに組み込まれるケースもあるようです。後者の場合、超過電力はどんどんグリッドから他に流れ出てゆくので、勿論その分は電気代から差し引かれてゆくという仕組みらしいです。
・ ちなみに我が市を含む近辺の自治体、「省エネ仕様」の家電購入の際は、リベートが帰ってきます。
・ 日本と違ってかなり大きな会社でも自社ビルよりオフィスをリースしている率が圧倒的なシリコンバレー。かなりの割合で夜中や週末、休日にエアコン切られます。休日出勤や夜遅くのビデオ会議の多い大コブ、よくこの「蒸し風呂被害」にあっております・・・でも、大抵どの会社も炭酸飲料満載冷蔵庫や冷水器装備なので、サウナほどは辛くはないようです。
Posted by: MM : August 16, 2004 06:40 PMはじめまして!gumaと申します。Ryuさんの、真摯で的を射た鋭い眼識と、たっぷりのユーモア、毎日楽しみに読ませていただいています!
さて。今日は原発のお話ですね。私は学生の頃、ロシア語を学んでいたので、チェルノブイリ被災者支援のNGOで活動していました。おかげで、その時期かなり「原発反対」の市民団体の勉強会などにも参加しました。そこでは、やはり、政・官・財の原発推進派の横暴・陰謀を許すな!というトーンが強かったように思うのですが、じいっと目を凝らして問題を見つめてみると、原発を他の発電手段に転換するにしても、究極的には、ああ、我々の側が「電気」を諦めなくてはいけないのだなあ、と思うに至り、愕然としたのを覚えています。本当に当たり前な結論ですが、消費の拡大→経済の伸展→豊かさの獲得、という価値観の根本のところから、疑問を持っちゃうわけですから、大変な選択ですよね。
なあんて、社会や経済全体の行く末に関しては私の手になど負えるわけもなく、ただ、個人的には、「持たない」方式で、省エネに努めています(笑)。家電は、冷蔵庫(小さいもの)とコンピュータ関連(ああ、でもこれは手放せません。。。)しか持っていません。掃除機も洗濯機も、なければないで慣れます、なんてこれはチェコやロシアでの生活でみーーっちり鍛えられたのですが。
原発の問題に関しては、科学的な論拠も、論理的で多角的な考察も重要なのかもしれませんが、病院で通訳をした徐々に蝕まれて弱ってゆく子供たちの姿や、そのときに感じた自分の無力さやくやしさ、直截的な怒りや恐れ、を忘れないでいようと思います。
Posted by: guma : August 16, 2004 10:53 PM>gumaさん
初めまして。
素晴らしいコメントありがとうございます。
こういうシリアスな投稿は、自分のアホさ加減をさらけ出すことになるので、ホントはあまり気が進まないのですが、その反面こうした素晴らしい出会いがあったりするので、ついついアホを省みずに書いちゃったりします。
チェルノブイリの犠牲者をその目でご覧になった経験の前には、僕の空論なんてホント芥子粒みたいなものですが、でもあの事故を繰り返さないために何かしたいですね。
あ、ちなみに貴ブログのリンク先が間違っているよう上手く飛べないので、改めてここに書き換えておきます。
>MMさん
いつもフォローありがとうございます。
海水は、危ないっすね。
金属はけっこうあっという間に腐食しますよ。
マイクロ水力発電は、むしろ遅すぎるきらいもありますが、遅くても始めないよりは一億倍良いに決まってます。
がんばってマイクロ水力、マイクロ風力、そして各家庭レヴェルでのソーラー、どんどん普及させて欲しいですよね。
こういう小規模で安全なインフラを地域や各家庭にいきわたらせることこそ、本当の「ハイテク」だと思います。
緑のカーテンの資料もありがとうございました。
あれって、パッシヴソーラーを勉強しているとあまりにも当たり前のアイディアなのですが、日本ではあまり一般的でないようですね。
これについては改めてまた別の機会に書いてみようと思っているのですが、NHKが分かりやすく放送したんだったら、僕が書くまでもないのかな?
Ryuさん、こんにちは!
原発押し付けられ地域出身者としては、今回の事故は、「ああまたか....」という捨て鉢な気持ちと、チェルノブイリ級の事故が迫っているという恐怖のないまぜになったような気分です。
原子力発電というのは、日本の制度のもとでは、発電が目的ではなく、それに関わる利権でどれだけの人間が利益を得るかという経済システムなんですよね。
だから、開店休業の原発がいくらあっても関係ない。出来上がるまでにかかるお金が大事で、出来上がってしまったらほったらかし。
リスク管理なんて何もしていません。とんでもない放射能漏れを地元ローカル紙が大々的に報道しても全国紙は一行も触れない。たまに今回の事故や以前の臨界事故のようなとんでもないことが起こるとしぶしぶ報道機関も取り上げる....。
原発という制度は、とことん末期的な制度だと思いますよ。地元では公然としている作業員の大量被爆の問題もほとんど公にされないし、臨界事故のその後も何も報道されないし、当事者たちは大金で口封じされている。
原発に頼る地元は、ずっと「必要悪」と言ってきましたが、臨界事故以降は、「不必要悪」と認識されはじめました。
茨城県や福島県の小中学校では、「原子力災害時避難訓練」が行われたり、体育館の表には「原子力災害時緊急避難所」の看板があり、のどかなメロン畑のあちこちには環境放射線モニターと警報が設置されています。
一刻も早くこの「不必要悪」を無くさないと、100%必ず原子力災害で、日本は人の住めない土地になります。
Posted by: uchida : August 19, 2004 07:50 PMuchidaさん、地元の方ならではのご意見、どうもありがとうございます。
ここまでハッキリと簡潔にビシッと書いていただけると、「原発不要!」という気持ちにさらに一本筋が通ります。
そう、おっしゃるとおり「必要悪」なんかじゃないですね。
「不必要悪」です。
要りません。
ホント、おっしゃるとおりこのままじゃ、ホントに100%、「とんでもないこと」が起こって、「とんでもない人数」が犠牲になって、日本は死の砂漠になりますね。
なくしましょう。

